第ニ章⑩

 すでに校内に轟いていた涼宮ハルヒコの名は、バニー騒ぎのおかげで有名を超越して全校生徒の常識までになっていた。それは別に構わない。ハルヒコの奇行が全校に知れ渡ろうがどうしようが私の知ったことではない。

 問題は涼宮ハルヒコのオプションとして朝比奈みつるという名前が囁かれることになったことと、周囲の奇異を見る目が私にまで向いているような気がすることである。


「キョン子……いよいよもって、アンタは涼宮と愉快な仲間たちの一員になってしまったのね……」


 休み時間、谷口が憐れみすら感じさせる口調で言った。


「涼宮に、まさか仲間が出来るなんて……やっぱり世間は広いや」


 うるさいな。


「ほんと、昨日はビックリしたよ。帰り際にバニーガール? に会うなんて、夢でも見てるのかと思う前に自分の正気を疑ったもんね」


 こちらは国木田。見覚えのある藁半紙をヒラヒラさせて、


「このSOS団って何なのかな? 何するところ、それ」


 ハルヒコに訊いてください。私は知らん。知りたくもない。仮に知っていたとしても言いたくない。


「不思議なことを教えろって書いてあるけど、具体的に何を指すのかな? それで普通じゃダメってよく解らないんだけど」


 朝倉涼介までがやってきた。


「面白いことしてるみたいだね、キミたち。でも、公序良俗に反することはやめておいたほうがいいと思うよ。あれはちょっとやりすぎだと思うな」


 私も休めばよかった


 ◇◆◇◆◇


 ハルヒコはまだ怒っていた。ビラ配りを途中で邪魔された怒りもさることながら、今日の放課後になってもまるっきりSOS団宛にメールが届かなかったからである。一つ二つは悪戯メールが来るんじゃないかと思っていたんだけど世間は思いのほか常識的であった。おおかた皆、ハルヒコに関わると面倒くさいことになりそうだと考えたに違いない。

 空っぽのメールボックスを眉根を寄せて睨みながらハルヒコは光学マウスを振り回した。


「なんで一つも来ねーんだよ!」


「まぁ昨日の今日だし。人に話すのもためらうほどのすごい謎体験なのかも知れないし、こんな胡散臭い団を信用する気になれないだけかもしれない」


 私は気休めを言ってやる。本当は、

 何か不思議な謎はありませんか。はい、あります。おお素晴らしい、私に教えてください。解りました、実は……

 なんてことになるわけないだろう。いいか、ハルヒコ。そんなものはマンガか小説の物語の中にしかないんだ。現実はもっとシビアでシリアスなの。県立高校の一角で世界が終わってしまうような陰謀が進行中とか、人間外のイカのような白い帽子を被った生命体が閑静な住宅地を徘徊してるとか、裏山に宇宙船が埋まっているとか、ないないない、絶対にないって。解るよね? ハルヒコも本当は理解してるんでしょ? ただもやもやしたりやり場のない若さゆえのイラダチがアンタを突き抜けた行動に導いているだけなんでしょ。いい加減に目を覚まして、誰か可愛い女でも捕まえて一緒に下校したり日曜に映画行ったりしてなさいよ。それか運動部にでも入って思いっきり暴れてなさいよ。アンタなら即レギュラーで活躍できるから。

 ……と、もっともらしく説いてやりたいのだが多分五行くらい話したあたりで怒号が飛んで来るような予感がしたのでやめておいた。


「みつるは今日休み?」


「もう二度と来ないかもね。可哀想に、トラウマにならなきゃいいけど」


「せっかく新しい衣装を用意したのに」


「自分で着なさいよ」


「もちろん俺も着る。でも、みつるがいないとつまんねー」


 長門有希は例によって希薄な存在感とともにテーブルと一体化していた。別に朝比奈先輩にこだわらず長門を着せ替え人形にすればいいのに。ってのもあまり良くないけど、それでも泣き虫の朝比奈先輩と違って長門は言われたとおりに淡々と着替えるような気がするし、それはそれで見てみたいような気もする。

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