涼宮ハルヒコの憂鬱

第二章⑧

　この団の存在意義がだんだん解ってきた。どうあってもハルヒコはSFだかファンタジーだかホラーだかの物語世界に浸ってみたいらしい。

「そんじゃ配りに行くぞ」

「どこでよ」

「校門。今ならまだ下校していない生徒もいっぱいいるだろうからな」

　はいはいそうですか、と紙袋を持とうとした私を、しかしハルヒコは制した。

「おまえは来なくていいぞ。来るのはみつる」

「はい？」

　両手で藁半紙を握りしめて駄文を読んでいた朝比奈先輩が小首を傾げる。ハルヒコはもう一つの紙袋をごそごそかき回し、そして勢いよくブツを取り出した。

「じゃあああん！」

　猫型ロボットのように得意満面にハルヒコが手にしているのは最初黒い布切れに見えた。が、オーノー！ハルヒコが四次元ポケットよろしく次々出してきたアイテムが揃うにつれ、私は朝比奈先輩のために祈った。先輩の高校生活に幸あれ。

　黒いワンウェイストレッチ、網タイツ、付け耳、蝶ネクタイに、白いカラー、カフス及び尻尾。

　それはどこからどう見てもバニーガールの衣装なのだった。もう一度言う、『バニーボーイ』ではなく『バニーガール』の衣装なのだった。

「あの…あのあの、それはいったい…」

　怯える朝比奈先輩。そして、静かにその場から離脱する私。

「知ってるだろう？ バニーガール」

　こともなげに言うハルヒコ。そして、長門有希の隣に座る私。

「まままさかボクがそれ着るんじゃ……」

「もちろん、みつるのぶんもあるぜ」

　聞き間違いだろうか、今『ぶんも』っと聞こえたのは。

「そ、そんなの着れませんっ！」

「大丈夫。サイズは合ってるはずだから」

「そうじゃなくて、あの、ひょっとしてそれ着て校門ビラ配りを、」

「決まってるだろ」

「い、いやですっ！」

「うるさい」

　やばい、目が据わっている。群れからはぐれたガゼルに襲いかかるライオンのような俊敏な動きで朝比奈先輩に飛びついたハルヒコは、ジタバタする先輩のブレザーを手際よく脱がせ始めた。

「いやああああぁぁぁ！」

「おとなしくしろ！」

　無茶なことを言いながらハルヒコは朝比奈先輩を取り押さえ、あっさりブレザーとワイシャツを脱がせてしまうとズボンのベルトに手をかける。見る人が見れば喜ばしい光景なのだろうが、残念ながらそんな趣味の無い私はドアに向かって――どうやら鍵をかけていたようだ――鍵を開けて流れるように廊下に脱出した。

　その時横目で見たけど、長門有希はまるで動じず本読みをしていた。

　何か言うことはないのだろうか。

　閉めたドアにもたれかかった私に、

「ああっ！」「だめぇ！」「せめて……じ、自分で外すから……ひぇっ！」

　などと、あられもない朝比奈先輩の悲痛そのものの悲鳴と、

「うりゃっ！」「ほら脱いだ脱いだ！」「最初から素直にしときゃよかったのさ！」

　というヒルヒコの勝ち誇った雄叫びが交互に聞こえてきた。飲み物でもかってこようかなぁ。あ、財布鞄の中だ。