第二章⑥
SOS団のウェブサイト立ち上げ。
ハルヒコはそれがしたかったようだ。で、誰が作るの? そのウェブサイトとやらを。
「お前」
と、ハルヒコは言った。
「どうせ暇だろ。やれよ。俺は残りの部員を探さなきゃいけないし」
パソコンは「団長」と銘打たれた三角錐付きの机に置かれていた。 ハルヒコはマウスを操ってネットサーフィンしながら、
「一両日中によろしく。まずサイトが出来ないことには活動しようがねぇーし」
我関せずとばかりに本を読む長門有希の横で朝比奈先輩はテーブルに突っ伏して肩を震わせていた。ハルヒコの言葉を聞いているのは、どうやら私だけであり、ハルヒコの託宣を聞いた以上は私がそれをしないといけないようなのである。少なくともハルヒコがそう思っているのは間違いない。
「そんなこと言われたって」
言いながら私はけっこう乗り気だった。いやいや、ハルヒコの命令口調に慣れてきたからじゃない。うん、決して。サイト作り 。やったことないけど、なんか面白そうじゃない?
つまりそういうわけで、次の日から私のサイト作成奮戦記が始まった。
◇ ◆
とは言え、奮戦することもそうそうなかった。さすがコンピュータ研究部、あらかたのアプリケーションはすでにハードディスク内に収まっており、サイトの作成もテンプレートに従ってちょこっと切ったり貼ったりすればよかったからだ。
問題はそこに何を書くかである。
なんせ私はSOS団が何を活動理念とした団体なのか未だに知らないのだ。知らない活動理念について書けるはずもなく、トップページに「SOS団のサイトにようこそ!」と書いた画像データを貼り付けた段階で私の指はハタと止まった。いいから作れ早く作れとハルヒコが呪文のように耳元で言い続けるのが五月蝿いので、こうして昼休みに弁当を食べながらマウスを握りしめている私だった。
「長門、何か書きたいことある?」
昼休みにまで部室に来て本を読んでいる長門有希に訊いてみた。
「何も」
顔も上げずそう返答する長門。どうでもいいけどこいつはちゃんと授業に出ているのだろうか。
長門有希は眼鏡顔から十七インチモニタに目を戻し、私は再び考え込んだ。
もう一つの問題がある。正式に許可を受けていない同好会以下の怪しげな団のサイトを、学校のアドレスで作ってしまっていいものなのだろうか。
バレなきゃいいんだよ、とはハルヒコの弁。バレたらバレたでほっときゃいいんだよ、こんなもん、やったもん勝ちなんだよ! そのうち犯罪とか犯しそうである……あ、もう充分犯罪まがいな事をしてた。
この楽観的で、 ある意味前向きな性格はちょっとだけど羨ましい。
適当に拾ってきたフリーCGIのアクセスカウンタを取り付け、メールアドレスを記載して、――掲示板は時期尚早だろう――タイトルページのみでコンテンツ皆無という手抜き以前のホームページをアップロードした。
こんな感じだろう。
ネット上でちゃんと表示されていることを確認して私はアプリを次々消してパソコンを終了させ、大きく伸びをしようとして、長門有希が背後にいることに気付いて飛び上がった。
気配ってものがないのか。いつの間にか私の後ろを取っていた長門の能面のような白い顔。わざとやっても出来そうにない見事な無表情で長門は私を視力検査表でも見るような目で見つめていた。
「これ」
分厚い本を差し出した。反射的に受け取る。ずしりと重い。表紙は何日か前に長門が読んでいた海外SFのものだった。
「貸すから」
長門は短く言い残すと私に反駁するヒマを与えることなく部屋を出て行った。こんな厚い本を貸されても。一人取り残されていた私の耳に、昼休みがもうすぐ終わることを告げる予鈴が届いた。どうも私の回りには私の意見を聞こうとしてくれる人は少ないみたいだ。
ハードカバー本を手みやげに教室へ戻った私の背中をシャーペンの先がつついた。
「どうだ、サイト出来たか?」
ハルヒコが難しい顔をして机にかじりついていた。破ったノートに何やらせっせとペン先を走らせている。私は出来るだけクラスの注目を浴びないようなさりげなさを装って、
「出来たには出来たけど、見に来た人が怒りそうな何もないサイトよ」
「今はまだそれでいいんだよ。メールアドレスさえあればオッケー」
じゃあ携帯メールでも充分なのでは……
「それはダメだ。メールが殺到すると困る」
何をどうすれば登録したばかりのアドレスにメールが殺到するのか、詳しく。
「内職だ」
そしてまたいやぁな感じの笑い。不気味だ。
「放課後になりゃ解る。それまでは極秘」
永遠に極秘にしておいて欲しい。
◇ ◆
次の六時間目、ハルヒコの姿は教室になかった。おとなしく帰っていてくれればいいのに、はぁ……まずあり得ない。悪事の前段階。
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