第一章⑦
でもね。ハルヒコの生き様をうらやましいと思う理屈では割り切れない感情が心の片隅でひっそり踊っていることも無視できない。
私がとうにあきらめてしまった非日常との邂逅をいまだに待ち望んでいるわけだし、何と言ってもやり方がアクティブだしね。
ただ待っていても都合よくそんなものは現れはしない。だったらこちらから呼んでしまおう。よんでますよ、宇宙人さん。で、校庭に白線引いたり屋上にペンキ塗ったりフダを貼り回ったり。
いやはや(これって死語なの?)。
いつからハルヒコが傍目から見るとトチ狂っているとしか思えないことをやっていたのか知らないけど、待てど暮らせど何も現れず、業を煮やして奇怪な儀式を行ってもナシのツブテ、当然いつもの全世界を呪っているような顔にもなる……わけないか。
「ねぇ、キョン子」
休み時間、谷口が難しい表情を顔に貼り付けてやって来た。そんな顔をしてると本当にアホにみえるわよ、谷口。
「ほっときなさい。そんな事はいいの。それよりアンタ、どんな魔法を使ったの?」
「魔法って何?」
高度に発達した科学は魔法と見分けがつかないという警句を思い出しながら私は聞き返した。授業が終わると例によって教室から消えてしまったハルヒコの席を親指で差して谷口は言った。
「私、涼宮が人とあんなに長い間喋ってるの初めて見たわ。アンタ、何言ったの?」
さて、何だろう。適当なことしか訊いていないような気がするんだけど。
「驚天動地だ」
あくまで大げさに驚きを表現する谷口。その後ろからひょっこりと国木田が顔を出した。
「昔からキョン子は変な男子が好きだからねぇ」
誤解を招くようなことを言うな。
「キョン子が変な男を好きでもいっこうに構わないわ。私が理解しがたいのは、涼宮がキョン子を相手にちゃんと会話を成立させていることよ。納得がいかないわ」
「どちらかと言うとキョン子も変な人間にカテゴライズされるからじゃないかなぁ」
「そりゃ、キョン子なんていうあだ名の奴がまともであるはずがないんだけどね。それにしても」
キョン子キョン子言うな! 私だってこんなマヌケなニックネームで呼ばれるくらいなら本名で呼ばれたほうがいくらかマシよ。せめて弟には「お姉ちゃん」と呼んでもらいたい。
「僕も聞きたいな」
いきなり男の声が降ってきた。軽やかなテノール。見上げると朝倉涼介の作り物でもこうはいかない笑顔が私に向けられていた。
「僕がいくら話しかけても、なーんにも答えてくれない涼宮くんがどうしたら話すようになってくれるのか、コツでもあるの?」
私は一応考えてみた。と言うか考えるフリをして首を振った。考えるまでもないからね。
「解らない」
朝倉は笑い声を一つ。
「ふーん。でも安心した。涼宮くん、いつまでもクラスで孤立したままじゃ困るもんね。一人でも友達が出来たのはいいことだよね」
どうして朝倉涼介がまるで委員長みたいな心配をするのかと言うと、委員長だからである。この前のロングホームルームの時間にそう決まったのだ。私てきには、眼鏡で優等生の猫憑きの女の子みたいな子が良かったんだけど。ま、そんな冗談はいいとして。
「友達ね……」
私は首をかしげる。そうなのかな? それにしては私はハルヒコの渋面しか見てないような気がするんだけど。もはや十面も見ていない。
「その調子で涼宮くんをクラスに溶け込めるようにしてあげてくれないかな? せっかく一緒のクラスになったんだから、みんな仲良くしていきたいよね? 悪いんだけど、よろしくね」
よろしくね、と言われても。
「これから何か伝えることがあったら、キミから言ってもらうようにするからさ」
いや、だから待ちなさいよ。私はあいつのスポークスウーマンでも何でもないんだけど。
「お願い」
両手まで合わされた。私は「ああ」とか「うう」とか呻き、それを肯定の意思表示と取ったのか、朝倉はまるで太陽みたいな笑顔を投げかけて、また男子の輪の中へ戻って行った。輪を構成する男どもが残らずこちらを注目していたことが私の気分をさらにツーランクほどダウンさせる。
「キョン子、私たち友達だよねぇ……」
谷口が胡乱な目で私に言う。何の話だよ。国木田までが目を閉じ腕を組んで意味もなく頷いている。
どいつもこいつもアホだらけだ。
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