第一章⑤
運命なんてものを私は琵琶湖で生きたプレシオサウルスが発見される可能性よりも信じない。だけど、もし運命が人間の知らないところで人生に影響を行使しているのだとしたら、私の運命の輪はこのあたりで回り出したんだろうと思う。きっと、どこか遥か高みにいる誰かが私の運命係数を勝手に書き換えたに違いない。
ゴールデンウィークが明けた一日目。失われた曜日感覚と共に、まだ五月だっていうのに異様な陽気にさらされながら私は学校へと続く果てしない坂道を汗水垂らして歩いていた。地球はいったい何がやりたいんだろう。黄熱病にでもかかってるんじゃないか。
「よ、キョン子」
後ろから肩を叩かれた。谷口だった。
スカートの丈を少し短くして、前髪の両脇を四つのピンでとめたニヤケ顔で。
「ゴールデンウィークはどっかに遊びに行った?」
「小学の弟を連れて田舎のばーちゃん家に」
「しけてるなぁ」
「そういうあんたはどうなのよ」
「ずっとバイト」
「似たようなもんじゃない」
「キョン子、高校生にもなって弟のお守りでジジババのご機嫌うかがいに行っててどうすんのよ。高校生なら高校生らしいことをね、」
ちなみにキョン子というのは私のことだ。最初に言い出したのは叔母の一人だったように記憶している。何年か前に久しぶりに会った時、「まあキョン子ちゃん大きくなって」と勝手に私の名前をもじって呼び、それを聞いた弟がすっかり面白がって「キョン子ちゃん」と言うようになり、家に遊びに来た友達がそれを聞きつけ、その日からめでたく私のあだ名は「キョン子」になった。くそ、それまで私を「お姉ちゃん」と呼んでいてくれてたのに。弟よ。
「ゴールデンウィークに従兄弟連中で集まるのが家の年中行事なのよ」
投げやりに答えて私は坂道を登り続ける。髪の中から染み出す汗がひたすら不快だ。
谷口はバイトで出会った格好いい男の子がどうしたとか小金がたまったからデートで着る服を買う資金に不足はないとか、やたら喋りまくっていた。他人の見た夢のペットの自慢の話と並んで、この世で最もどうでもいい情報の一つだろう。
谷口の計画する相手不在の妄想デートコースを三パターンほど聞き流しているうちに、ようやく私は校門に到達した。
◇ ◆
教室に入ると涼宮ハルヒコはとっくに私の後ろの席で涼しい顔を窓の外に向けていて、今日は頭に二つのドアノブを付けているようなダンゴ頭で、それで私は、ああ今日は二ヶ所だから水曜日かと認識して椅子に座り、そして何か魔が差してしまったのだろう。それ以外の理由に思い当たるフシがない。気が付いたら涼宮ハルヒコに話しかけていた。
「曜日で髪型を変えるのは宇宙人対策?」
ハルヒコはロボットのような動きで首をこちらに向けると、いつもの笑わない顔で私を見つめた。ちょっと怖い。
「いつ気付いたんだ」
路傍の石に話しかけるような口調でハルヒコは言った。
そう言われればいつだったろう。
「んー……ちょっと前」
「あっそう」
ハルヒコは面倒くさそうに頬杖をついて、
「俺、思うんだけど、曜日によって感じるイメージってそれぞれ異なる気がするんだよな」
初めて会話が成立した。
「色で言うと月曜は黄色。火曜が赤で水曜が青で木曜が緑、金曜は金色で土曜は茶色、日曜は白だよな」
それは解るような気もするけど。
「ていうことは、数字にしたら月曜がゼロで日曜が六なのか?」
「そう」
「私は月曜は一って感じがするけどな」
「おまえの意見なんか誰も聞いていない」
「……そうですか」
投げやりに呟く私の顔のどこがどうなのか、ハルヒコは気に入らなさそうなしかめ顔でこちらを見つめ、私が少しばかり精神に不安定なものを感じるまでの時間を経過させておいて、
「俺、おまえとどっかで会ったことがあるか? ずっと前に」
と、訊いた。
「いいえ」
と、私は答え、岡部担任教師が軽快に入ってきて、会話は終わった。
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