第一章③
別段一人でご飯を食べるのは苦にならないものの、やはり皆がわやわや言いながらテーブルをくっつけているところにポツンと取り残されるように弁当をつついているというのも何なので、というわけでもないけど、昼休みになると私は中学が同じで比較的仲のよかった国木田と、たまたま席が近かった東中出身の谷口という奴と机を同じくすることにしていた。
涼宮ハルヒコの話題がでたのはその時である。
「あんた、この前涼宮に話しかけてたわね」
何気にそんな事を言い出す谷口。まあ、うなずいとこう。
「わけの解らんことを言われて追い返されたでしょう」
その通り。
谷口はゆで卵の輪切りを口に放り込み、もぐもぐしながら、
「もしあいつに気があるんだったら、悪いことは言わない、やめときなさい。涼宮が変人だっていうのは充分解ったでしょ?」
中学で涼宮と三年間同じクラスだったからよく知ってるんだけどね、と前置きし、
「あいつの奇人ぶりは常軌を逸してる。高校生にもなったら少しは落ち着くかなと思ったんだけど全然変わってないわね。聞いたでしょ、あの自己紹介」
「あの宇宙人がどうとか言うやつ?」
焼き魚の切り身から小骨を細心の注意で取り除いていた国木田が口を挟んだ。
「そ。中学時代にもわけの解らないことを言いながらわけの解らないことを散々やり倒していたわ。有名なのが校庭落書き事件」
「なんだそりゃ?」
「石灰で白線引く道具があるでしょ。あれ何って言うんだっけ? まぁいいや、とにかくそれで校庭にデカデカと変な絵文字を書いたことがあるの。しかも夜中の学校に忍び込んで」
その時のことを思い出したのか谷口はニヤニヤ笑いを浮かべた。
「驚くわよね。朝学校来たらグラウンドに巨大な丸とか三角とかが一面に書きなぐってあったのよ。近くで見ても何が書いてあるのか解らないから試しに校舎の四階から見てみたんだけど、やっぱり何が書いてあるのか解らなかったわ」
「あ、それ見た覚えある。確か新聞の地方欄に載ってなかった? 航空写真でさ。出来そこないのナスカの地上絵みたいなの」
と国木田が言う。私には覚えがない。
「載ってた載ってた。中学校の校庭に描かれた謎のイタズラ書き、ってね。で、こんなアホなことをした犯人は誰だってことになったんだけど……」
「その犯人があいつだったってわけか」
「本人がそう言ったんだから間違いないわ。当然、何でそんなことをしたんだってなるわよね。校長室にまで呼ばれてたわ。教師総掛かりで問いつめたらしい」
「何でそんなことしたの?」
「知らなーい」
あっさり答えて谷口は白いご飯をもしゃもしゃと頬張った。
「とうとう白状しなかったらしいわ。だんまりを決め込んだ涼宮のキッツい目で睨まれてみなさいよ、もうどうしようもないわ。一説によるとUFOを呼ぶための地上絵だとか、あるいは悪魔召喚の魔方陣だとか、または異世界への扉を開こうとしてたとか、噂はいろいろあったんだけど、とにかく本人が理由を言わないんだから仕方がない。今もって謎のまま」
私の脳裏には、真っ暗の校庭に真剣な表情で白線を引いている涼宮ハルヒコの姿が浮かんでいた。ガラゴロ引きずっているラインカーと山積みにしている石灰の袋はあらかじめ体育倉庫からガメていたのだろう。懐中電灯くらいは持っていたかもしれない。頼りない明かりに照らされた涼宮ハルヒコの顔はどこか思い詰めた悲壮感に溢れていた。私の想像だけどね。
たぶん涼宮ハルヒコは本気でUFOあるいは悪魔または異世界への扉を呼び出そうとしたのだろう。ひょっとしたら一晩中、中学の運動場で頑張っていたのかもしれない。そしてとうとう何も現れなかったことにたいそう落胆したに違いない、と根拠もなく思った。
「他にもいっぱいやってたわよ」
谷口は弁当の中身を次々と片づけつつ、
「朝教室に行ったら机が全部廊下に出されていたこともあったなぁ。校舎の屋上に星のマークをペンキで描いたり、学校中に変なお札、キョンシーが頭にはり付けているようなやつね、あれがベダベタ貼りまくられたこともあった。意味が解らないわよ」
ところで今教室に涼宮ハルヒコはいない。いたらこんな話も出来ないだろうけど、たとえいたとしてもまったく気にしないような気もする。その涼宮ハルヒコだけど、四時限目が終るとすぐ教室を出て行って五時限目が始まる直前にならないと戻ってこないのが常だ。弁当を持ってきた様子はないから食堂を利用しているんだろう。しかし昼御飯に一時間もかけないだろうし、そういえば授業の合間の休み時間にも必ずと言っていいほど教室にはいない奴で、いったいどこをうろついているんだか。
「でもなぁ、あいつモテるんだよねー」
谷口はまだ話している。
「なんせ顔がいいからさぁ。おまけにスポーツ万能で成績もどちらかと言えば優秀なんだよねー。ちょっとだけ変人でも黙って立ってたら、そんなこと解らないし」
「それにも何かエピソードあるの?」
問う国木田は谷口の半分も箸が進んでいない。
「一時期は取っ替え引っ替えってやつだったわ。私の知る限り、一番長く続いて一週間、最短では告白されてオーケーした五分後に破局してたなんてものもあったらしい。例外なく涼宮が振って終わりになるんだけど、その際に言い放つ言葉がいつも同じ、『普通の人間の相手をしてるヒマはないんだよ』。もう! だったらオーケーすんじゃないわよ!!」
こいつもそう言われた口かもね。そんな私の視線に気付いたか、谷口は慌てたふうに、
「聞いた話だって、本当に。何でか知らないけどコクられて断るってことをしないんだよね、あいつは。三年になった頃には皆わかっているもんだから涼宮と付き合おうなんて考える奴はいなかったけどね。でも高校でまた同じことを繰り返す気がするわ。だからね、あんたが変な気を起こす前に言っておいてあげるわ。やめときなさい。これは同じクラスになったよしみで言う私の忠告よ」
やめとくも何も、そんな気はないんだけどな。
食べ終わった弁当を鞄にしまい込んで谷口はニヤリと笑った。
「私だったらそうねぇ、このクラスでのイチオシはあいつね、朝倉涼介」
谷口が目線を向けた先に、男どもの一団が仲むつまじく机をつけて談笑している。その中心で明るい笑顔を振りまいているのが朝倉涼介だった。
「私の見立てでは一年の男子の中でもベスト3には確実に入るわね」
一年の男子全員をチェックでもしたのか。
「もちろんよ。AからDにまでランク付けしてそのうちAランクの男子はフルネームで覚えたわ。一度しかない高校生活、どうせなら楽しく過ごしたいからね」
いや、そんなヒマがあったら勉強をしなさいよ。
「朝倉くんがそのAなわけ?」と国木田。
「いいえ、AAランクプラスね。私くらいになると顔を見るだけで解るわ。アレはきっと性格までいいに違いない」
勝手に決めつける谷口の言葉はまあ話半分で聞くとしても、実のところ朝倉涼介もまた涼宮ハルヒコとは別の意味で目立つ男だった。
まず第一にイケメンである。いつも微笑んでいいるような雰囲気がとてもいい。第二に性格がいいという谷口の見立てはおそらく正しい。この頃になると涼宮ハルヒコに話しかけようなどという酔狂な人間は皆無に等しかったけど、いくらぞんざいにあしらわれてもそれでもめげずに話しかける唯一の人間が朝倉である。どことなく委員長っぽい気質がある。第三に授業での受け答えを見てると頭もなかなかいいらしい。当てられた問題を確実に正答している。教師にとってもありがたい生徒だろう。第四に同姓にも人気がある。また新学期が始まって一週間そこそこだけど、あっという間にクラスの男子の中心的人物になりおおせてしまった。人を惹きつけるカリスマみたいなものが確かにある。
いつも眉間にシワ寄せている頭の内部がミステリアスな涼宮ハルヒコと比べると、たしかに彼氏にするんだったらこっちかな、私だって。ていうか、どっちにしても谷口には無理だと思うけど。
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