第一章②

 このように一瞬にしてクラス全員のハートをいろんな意味でキャッチした涼宮ハルヒコだが、翌日以降はしばらくは割とおとなしく一見無害な男子高校生を演じていた。

 嵐の前の静けさ、という言葉の意味が今の私にはよく解る。

 いや、この高校に来るのは、もともと市内の四つの中学校出身の生徒たち(成績が普通レベルの奴ら)ばかりだし、東中もその中に入っていたから、涼宮ハルヒコと同じ中学から進学した奴らもいるわけで、そんな彼らにしてみればこいつの雌伏状態が何かの前兆であることに気付いていたんだろうけど、あいにく私は東中に知り合いがいなかったしクラスの誰も教えてくれなかったから、スットンキョーな自己紹介から数日後、忘れもしない、朝のホームルームが始まる前のこと。涼宮ハルヒコに話しかけるという愚の骨頂なことを私はしでかしてしまった。

 ケチのつき始めのドミノ倒し、その一枚目を私は自分で倒してしまったというわけだ。

 だってさ、涼宮ハルヒコは黙ってじっと座っている限りではイケメン男子高校生にしか見えないんだよ? たまたま席が真ん前だったという地の利を生かしてお近づきになっておくのもいいかなぁと一瞬血迷った私を誰が責められよう!!

 もちろん話題はあの事しかない。


「ねえ」


 と、私はさりげなく振り返りながらさりげない笑みを満面に浮かべて言った。


「しょっぱなの自己紹介のアレ、どのへんまで本気だったの?」


 腕組みをして口をへの字に結んでいた涼宮ハルヒコはそのままの姿勢でまともに私の目を凝視した。


「自己紹介のアレってなんだ」


「いや、だから宇宙人がどうとか」


「おまえ、宇宙人なのか?」


大まじめな顔で訊いてくる。


「……ち、違うけど」


「違うけど、何だよ」


「……あ、うん、いや、何でもない」


「だったら話しかけるな。時間の無駄だから」


 思わず「ごめんなさい」と謝ってしまいそうになるくらいの冷徹な口調と視線だった。涼宮ハルヒコは、まるで芽キャベツを見るように私に向けていた目をフンとばかりに逸らすと、黒板の辺りを睨みつけ始めた。

 何か言い返そうとして結局何も思いつけないでいた私は担任の岡部が入ってきたおかげで救われた。

 負け犬の心でしおしおと前を向くと、クラスの何人かがこっちの方を興味深げに眺めてきていた。目が合うと実に意味深な半笑いで「やっぱりな」とでも言いたげな、そして同情するかのごときうなずき私によこす。

 なんか、シャクに障る。後で解ったことだけどそいつらは全員東中だった。


◇◆


とまあ、おそらくワァースト・コンタクトとしては最悪の分類に入る会話のおかげで、さすがに私も涼宮ハルヒコには関わらないほうがいいんじゃないかなと思い始めてその思いが覆らないまま一週間が経過した。

 だけど理解していない観察眼のない奴らもまだまだいないわけではなく、いつも不機嫌そうに眉間にしわを寄せ唇をへの字にしている涼宮ハルヒコに何やかんやと話しかけるクラスメイトも中にはいた。

 まぁ、だいたいそれはおせっかいな女子だったり、面白半分で話しかける男子であり、新学期早々クラスから孤立しつつある男子生徒を気遣って調和の輪の中に入れようとする、本人たちにとっては好意とかからでた行動なのだろうけれど、いかんせん相手が相手だった。


「なぁ、昨日のドラマ見た? 九時からのやつ」


「見てない」


「え? なんでー?」


「知らねえ」


「いっぺん見てみろよ、あーでも途中からじゃ解らねーか。そうそう、だったら教えてやるよ、今までのあらすじ」


「ウザい」


 こんな感じ。

 無表情に応答するならまだしも、あからさまにイライラした顔と発音で応えるものだから話しかけた人間の方が何か悪いことをしているような気分になり、結局「うん……まあ、なんだ……その……」と肩を落としてすごすご引き下がることになる。「俺、何かおかしな事言った?」

 安心したまえ、おかしな事は言ってない。おかしいのは涼宮ハルヒコの頭のほう。あ、だけど確かにちょっとウザかったかも。


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