意志――剣に選ばれし者
「ま、お前自身にも戦う意志はあったようだからな。割合としては俺が力を九割九分九厘、お前が一厘出したって所かな」
「そんなのないのと同じじゃないか」
一真は少しムッとしながら言いかえした。しかし、剣は怒るでも、蔑むわけでもないらしい。
「だが、その一厘が無けりゃ、あいつは倒せなかった。大体、俺一人じゃあいつから逃げることすら出来ないわけだからな。で、話を戻すぞ」
軽い調子で話の軸を戻す。
「今より十年程前の事だ。それまで正の気も負の気も均衡が取れていた。物の怪の数も力も陰陽師が抑え込める程度の物だった。あの封印が解けるまでは」
封印……? 月からも日向からも聞いていないような事だった。それに、この話から察するに、今は物の怪の力が、陰陽師が抑えられない程に強大になっているのだろうか。
「遥か昔、古の陰陽師達の間で大きな戦があった。二つの、国をも巻き込んだ大きな勢力同士の激突だ。陰陽師は互いに呪いを掛けあい殺し合った。戦いは数年で終わったが、その影響は計り知れなかった。陽の界と陰の界のバランスは崩れ、世には物の怪が溢れた」
「陰陽師同士で戦う……そんなことが」一真は話の途中にも関わらず思わずつぶやいた。クククと破敵の剣は不敵に笑う。
「所詮は人間さ。利害が、思想が食い違えば敵対もする……で、だ。溢れた物の怪をどうにかしようと、それまで敵対していた者同士が協力しあい、巨大な結界を京の都の地下に張った。物の怪どもを押し入れる為の監獄だな。力の無い物の怪は数日でその結界の力に耐え切れずに消滅する。が、力の強い物の怪はその結界の中でも生き続けた。死にはしないが、自由に生きる事も出来ずに結界の力に苦しみ続ける。フフフ、生き地獄とはこのことだよな?」
舞香の時もそうだったが、まるで世間話のように気軽に話す剣を見ると背筋が寒くなる。
「その結界が解けたのか? 十年前に?」
「解けたというかな、正確には解かれただな。その結界を解こうとする狂気としかいえない蛮行に出た奴がいてな。俺と刀真、それに蒼と護身の太刀の奴、その他多数の陰陽師が阻止行動に出た。月の嬢ちゃんが京都に呼び戻されたのもこれがきっかけだ。で、だ。結論から言うと俺らは失敗した」
剣の言葉はあくまでも淡々としていて、感情が込もっていなかった。それは一真に悟られないようにあえて押し殺したのだろうか。
「陰陽師の大半は死ぬか二度と使い物にならない程に傷ついた。蒼はその時は、負傷したものの、どうにか生き残った」
その時は、をさりげなく強調しつつ剣は言った。つまりはまだその先の話があるという事なのだろうが、剣はその先を言おうとせず沈黙している。三十秒くらい経っても何も言わないので、一真は不審に眉を寄せた。
「あ、あの? 剣さん?」
「俺の名は白陽はくよう・破敵之剣はてきのつるぎ・天あまつノ光ひかりだ。ま、剣でも間違ってはいないけどなぁ。さんなんかつけなさんな。坊や」
「あ、俺も名前言うの忘れてたな。俺は一真だ。……坊やじゃない」
実際の年よりも幼く見られるのが嫌いな一真だが、なぜだかこの剣――天ノ光に坊やと言われると笑い出したくなる衝動に駆られた。坊やなんて言う人が今までにいなかったからかもしれない。
「フン、生まれて十年ちょっとなら、どんな奴だって坊やさ。で、一真は神社連中とどういう関係なんだ?」
「月とは幼馴染……かな」
問われて曖昧に答えたが、この剣はそれだけで多くの事を悟ったらしい。
「あぁ、成程。お前が守りたい者か」
「う、いや、まぁ」
その断定する口調に気圧されて一真は曖昧に頷く。どうしてそこまで分かる? とか、一真が聞いたわけではないが剣は妙に得意そうに言う。
「おいおい、守りたいと思っているならもっと自信を持て。隠しても無駄ぞ。神社には他にも何人かいるのに、そのなかでお前は真っ先に月の名を言った。そして先程の戦いの時の言葉だ。護身の太刀を持った事があるだと? あれは元々蒼の物だった。だが、今彼女はそれを使える“状態”じゃねぇ。今は恐らく月の嬢ちゃんが持っているのだろう? それをお前は何等かの形で使わざるを得ない状況に陥った。恐らく、嬢ちゃんが危機に瀕して、それをお前が助けたってところか」
物凄い観察力だな……と一真は素直に感心した。論理的でしかも、図星。肯定せざるを得なかった。話題が最初の物からかなりずらされている事に一真は気が付いたが、あえてそこは追及しない。
「そうだよ。俺にとっての大切な人なんだと思う。あいつは」
「思う~?」
「あぁもう! そうだよ! 大切な人ですー!!」
神社連中が傍にいなくて良かったと一真は思いながら叫ぶ。日向か、吉備姉妹に聞かれでもしたら、何を言い出すかわからない。
天ノ光は何を思ったのかフフフと笑んだ。
「よろしい。お前気に入ったぞ。今日からお前を俺の使い手にしてやる!」
「へ?」
思わず、一真は聞き返した。物に「お前の所有物になってやる!」と言われているようなものである。それを偉そうにと、呆れて流していいものなのか一真には判断できない。何しろ、「俺の使い手にしてやる!」なんて言われた経験は一度もないのだから。竹刀にも木刀にだってそんな事言われた事ない。
なので、一真は聞き返した。
「あの、なんで、俺?」
「なんだ。俺が力のあるなしで使い手を選ぶとでも思ったか? 馬鹿馬鹿しい。力のある奴は、剣なんざ無くたって何かしらやり遂げる事は出来る。だが、お前は違うだろう?」
「力が無いから貸すと?」
チッチッチと破敵の剣は、人間だったら指を振る動作を加えているだろう擬音語で一真を窘めた。
「お前自身に護りたいという強い意志があるからこそ、だ。それと、力を貸すわけじゃない。お前に力の使い方を教えてやると言っているのさ」
その言葉に魅力を感じないと言ったら真っ赤な嘘になる。一真には目に浮かぶようだった。月と共に戦う自分の姿が。影女を斬り倒し、月の母を救い出す……。
その力があると剣は囁いているのだ。だが、そんなのは子供じみた夢でしかない。実際には彼が欲しているのは、月を助ける事が出来る力。それだけだ。その他の栄光など必要ない。
「だけど、俺にそんな力があるのか?」
微かな失望を滲ませて言うとやけに断定的な答えが返ってきた。
「あるさ。ただ……」と剣は低く静かな声で言う。
「それをうまく引き出してやれるか、どうかが問題なだけさ」
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