疑念――深まる霧
†††
一真が部屋を出るとまるで、それを見計らったかのように碧と舞香が廊下の角から現れ、いそいそと月の所に向かって行った。もしや、話しを全部聞かれていたのでは、と一真は碧の方を見たが彼女はちらっと微笑んだだけで、何も告げない。
「月、大丈夫そうだったか? ねー、ねー」と舞香の方はこちらは、かなりの落着きぶりで先程の動揺が嘘のようだった。絶対にさっきの話を聞かれた。舞香のにやにやした口が何よりもそれを語っている。襖が一真の後ろで閉まり、かしがましい声が襖越しに伝わってくる。
「日向はいいのか? 一緒にいなくて」一真は後ろに立つ式神の少女に聞いた。
「命を解かれてないからね。一真君護衛の」
いい加減なようで妙な所で律儀である。一真は困ったような顔で日向を見やった。出来れば一人になりたかった。それは別にうじうじしたかったからではなく、携帯の電源を入れ、そこにあるメールやら連絡を確認したかったのだ。
差出人とタイトルをざっと確認するだけでも嫌になる程の量のメールが放り込まれているに違いない。とはいえ、いつまでも放っておくわけにもいかなく、電源を入れた。廊下の角を曲がり少女達の会話が聞こえない所まで行き、縁側に腰掛けた。庭には、苔の生えた岩が一つ転がっていた。小さな池も見える。鯉か亀でもいるのだろうか。
起動された画面を見ると時刻は三時を過ぎた頃。
あれから、二、三時間も経ったのかと思うと不思議な気持ちがした。思った通り、携帯には嫌になる程の量のメールが差出人もタイトルもバラバラに入っていた。最後辺りのメールの内容を開けるのが怖くて、画面をスクロールし、一番最初に送られたメールまで下がり、空けた。
差出人は、秋原悠斗
当然だよなぁ。一真はふうっと溜息を吐く。普段の学校であれば、一人二人、生徒が勝手に帰ったとしてもそれ程、大騒ぎにはならなかったかもしれない。だが、今は隣の高校で生徒が一人失踪した事件が起きたばかりだった。
その次の日に何の言伝も無く二人――しかも一方は今日転校してきたばかりの少女――も生徒が消えたら心配するだろう。そう言えば、と一真は半ば現実逃避するように襖の向こうを見た。
「あちら二人はなんで、ここにいるんだ? 学校は?」
「うーん、よくわからないけど。二人とも通ってるのが女子校だからー。そして、昨日あんな事件が起きたわけだしー」と日向がわざとらしく首を捻った。……成程、午前授業か、もしかしたら休校かもしない。
詳しく聞いたことはないが、碧と舞香の二人は私立で名の知れた女子校に通っているのだとかという話だ。
普通の学校以上に生徒を大切にする……イメージは一真の頭にもあった。そうしなければ、親から強烈な社会的攻撃を受けることになる感じがするし。
「はぁ、俺の所も休校になってくれていれば」そんな事を言っても、目の前の携帯の表示は消えて……はくれるが、内容までは消えてくれない。そして内容を消しても、担任の教師からメールを貰ったという事実は消えてくれない。
堪忍して、一真はメールを開いた。内容は思った通り。今、どこにいるのか。何故授業に出てこないのか、等々。その文面から担任教師の焦りと心配が読み取れ、申し訳なさが込み上げてくる。
ひとまず返信すべきかと思ったが、秋原からのメールは後四、五通はあった。恐る恐る開いて見る。二通目は返信を早くしろと促すメール。文調がかなりきつい。
三通目は二通目よりも少し時間が空いてから来ていた。内容は何か事件に巻き込まれているのかという確認と月も一緒にいるのかという問いだった。
続いて来た四通目も同じ内容か……と思ったが、違った。まず件名タイトルからしておかしい。
件名:春日刀真さんから事情は聞きました
「事情って何の?」
一真が一人ごちると日向が不思議そうに首を傾げた。まさか物の怪云々の話をしたわけじゃないだろう。だとすると、偽りの事情か。安易に返信をしなくて良かったと思いつつ、一真はその先の本文に目をやる。
本文:まずは、中々メールの返信を貰えず心配しました。これからはどのような事情があっても、きちんと事後報告なり事前の報告が欲しい。事件や事故かと思って、皆心配していたよ? それだけじゃない。多くの人に無駄な手間を掛けさせた事もある――
お説教の部分がやたらと長かったので、一真はスクロールで飛ばした。反省していないわけではない。
――春日のお父さん、刀真さんから話は聞きました。持病で倒れた春日さんを、沖が自宅まで送ってあげたんだね? 最初、一真は保健室に運び込もうとしたけど、春日さんは自宅に帰りたいと譲らなかった事も聞いています。だけど、やっぱりそういう場合でも担任に連絡は――
何故だか、そんな事になっていた。月が持病? 何の冗談だろうと一真は思った。それに秋原も秋原だ。そんな不確かな言葉に騙されるなんて。
一真は自分が何に腹を立てているのかも、よくわからないまま、その文章をしばし睨みつけていた。自分は刀真に何から何まで助けられた事が気に喰わないのだろうか。ともあれ、後できちんと電話を入れておこうと思いつつ、そのメールを閉じる。
他のメールは同じクラスの狩野からで、秋原先生に頼まれたから鞄を家まで届けてやるという事と、月は大丈夫なのか、ちゃんと気遣ってやれよというお節介だが温かみのある内容だった。こいつ、こんなにいいやつだったのかと一真は驚き、同時に感謝しつつ返信を送った。
他のメールも大体が、同じクラスからの物だった。と、新たに二件メールが届く。今送った返信に対する反応ではなかった。
一件は未来、もう一件は叔父の博人。
しばし、一真は二つのメールを見比べた。未来は安否の確認のつもりだろう。
そういえば、陰の界であっても電話だけは繋がっていたな。そんな事を一真は思い出し、こちらを先に開くべきかなと思った。今さっきのメールで事後報告はきちんとしろと怒られたばかりだ。
件名タイトルは「警察が家に来たんだけど、そっち大丈夫?」なんか、未来もまだ色々と頭が混乱しているのかなぁ。無理もないと一真は同情しつつ、開けた。
本文:そっちは大丈夫? まったく、連絡もなにもないから、私はどうすればいいか分からないじゃない! あの日向って子は二人とも無事だろうって言ってたけど!!
怒った顔文字がその後に続き、怒りマークが三つくらい続いていた。
――で、あんたも彼女も無事であることを前提で話進めるけど、警察が家に着ました……できれば呼びたくはなかったけど。部屋があんだけ破壊されていてそのまんまってわけにいかないから。『部屋を何者かに荒らされた』て体を装いました。で、いざ駆けつけてくれた警察と共に部屋に上がったらあら不思議。部屋は何事も無かったかのように、破壊される前の状態に戻っていました!
わざとらしいその文面に一真はあぁ、と声を上げた。日向がフクロウみたいに首を傾げている。
――警察には『部屋を荒らされたけど、自分で荒らされる前の状態に戻してしまいました。貯金箱の中のお金が全部と服が何着か盗まれてしまいました』と苦しい言い訳をして納得してもらいました。いや、納得したかは知らないけど……いや! 納得したはずさ! この天才軍師未来様の話術に掛かって騙されない者はおらん! ……で、とりあえず警察の人達、指紋やらなんやら調べて帰りました。だから、一真の所に警察が来るかもしれない。気を付けてね。
追伸、私はもう大丈夫です。多分。だから、あんまし心配はせんよーに。明日はちゃんと学校行くから。その時に話聞かせて。それと、ありがとうねたすけにきてくれて。じゃあ、またね。
それで全部だった。警察云々のくだりは、思わず冷や汗をかいたが、なんとかなったようだ。そして、追伸の最後の文は未来らしいのからしくないのか、照れ隠しのつもりか、礼の文が全部ひらがなだ。とりあえず、こっちは無事だという事とどういたしましての文を打った。
さて、問題はこっちだ。叔父博人からのメール。何故彼からメールが来たのか。秋原は父と母の連絡先は知っているが、叔父の所は知らない筈だ。
いや、知っていたとしても、彼に連絡を入れただろうか。父や母の方に連絡を入れるのが普通だろう。父か母が心配して、叔父に連絡したのだろうか? でも、それなら直接一真の方に連絡を入れた方が早い。
件名には『話したい事がある』とあり、一真の頭をますます混乱させた。もしかしたら、学校の件とはまるっきり無関係なのかもしれない。兎に角開けてみることにした。
本文:やぁ、こんにちは。授業中だったかな? だとしたら申し訳ない。自分が高校生の時の事を思い出しつつ、この時間帯なら大丈夫だと思ってメールを出したのだが。要件自体は大した事ではないよ。今朝の新聞はもう見たかな? 小さな記事だが、私の会社の事が載っていた筈だ。「歴史的な遺産」を発見した事でちょっとした揉め事になっていてね――
そういえば、そんな記事があったなぁと一真はなんだか、遠い記憶の事のように思い出す。とはいえ、話が読めない。
一体、それが自分と何の関係があるのだろうかと少し苛立ちながら思った。普段だったら興味が湧いたかもしれないが、今は別に悩み事がある。『歴史的遺産』を手に入れた経緯だとかが、バーっと書いてあったのを流し読みしていく。が、一真の視線はある一文で止まった。一瞬読み間違えたのかと思った。
――元々、この物品は栃煌神社の物らしいという事が私独自の調べで判明してね。私自身は栃煌神社に返そうと思っているのだが、どうにも学会の連中が五月蠅い。先に発見したのは私だし、強引な手段に出るとも思えないが、『何者』かの手によって盗まれないかが、少し心配だ。だから、一真。君に届けて欲しい。君なら神社の人とも私よりかは親しいし。返信の必要は無い。その気があったら、会社の方まで来てほしい。受付には話をしてあるから、すぐに通してくれる筈だ。
栃煌神社の物品か。一真は思った。一体なんだろう。それに、そんな貴重な物を何故神社に返すつもりになっているのか、叔父の心情が気になった。
一真の知る限り、博人は記事のネタになるような物品を手放すような男ではない。そのせいで、問題になったことが過去に何度かあったのを一真は知っている。
もしかしたら、その『遺産』呪われているのかもしれない……以前だったら冗談だろと笑い飛ばしている考えを今は、笑い飛ばせない。そんなものを神社まで運べとな。どうしようか、断るべきか。
そうだ、月達に聞いてみよう。一真は思い、立ち上がった。日向がやっと終わったかというように顔を綻ばせた。
「お、やっと、めえる終わった?」
“メール”の発音と音のアクセントがおかしい。月も外来語の発音がおかしかったりするが、もしかして主人と式神の共通点なのだろうか。
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