再会――思い出の中の少女

 携帯の方へと耳を近づけ、一真は警察と未来の会話を聞いた。


 未来は電話が繋がったことに安堵する余り今にも膝が砕けそうな様子だった。電話向こうの警察が落ち着くように促し、彼女が適切な言葉を発するまで忍耐強く待つ。


 目元の涙を拭きようやく話せるようになった未来の言葉はまだ震えていたが、幾分か落ち着きを取り戻していた。


「不審者に襲われたんです……いえ、今は振り切りましたが、まだ追ってきているかもしれません。身長は二メートルくらい。服の色は――黒です。」


 そう切り出した未来は不安そうに廊下の角に目を向けた。だが、そこには何もいなかった。今はまだ。未来が静かになった。向こうからの言葉を受け取っているのだろう。


「え? 場所ですか?」


 未来は、一真に視線を向けた。一真はマンションの階段を上るときに見た看板を思い出した。


「小川ビルズ」


「小川ビルズです……え?」


 一真の言葉を繰り返した未来は次の瞬間怪訝に眉を寄せた。


「一真、そこはマンション跡地だって。一ヶ月前にもう、取り壊されて今はないって」


「俺の記憶力を疑いたいのはわかるが、そうあったぜ。階段のところに。それとも今、見に行くか?」


 もちろん冗談にならない冗談だ。どちらも戻る気なんてさらさらない。未来は不安そうな顔で携帯に戻り、警察と再び話した。二、三言葉を交わした後、未来は見えるわけでもないのに、深々とお辞儀してお礼を言い、電話を切った。


「相手にされないかと思ったわよ。しっかりしてよね」


「されたんだからいいだろ……後はどれだけ」


 ここで持ちこたえるか。そう言おうと思った時だった。


――ガタン、タタタ


 マンションの一室から何かが倒れる音と子供の足音が聞こえた。二人は互いの顔を見た。どちらも人を発見出来たことの安堵感など無かった。鉛を胃腸にぶち込んだような気分だった。こみあげてくる吐き気を抑えて、一真は未来を見た。


「あいつか?」


「確かめるなんて言い出さないでしょうね?」


 未来の声は震えて笑っていた。


「ここに住んでる人かも――」


「あんた気づかないの? ここは異常だよ? それにあの変な姿のも!! 開けた途端、アレが襲ってくるかもしれないじゃない!!」


 これは普段一真が見る未来ではなかった。パニックに頭を取り乱し、正常な判断力を失っている。


 いや、正常な判断というのがこの場では、何がそれに当たるのかも分からない。


 一真自身もパニックに駆られており、返す言葉が頭に全く浮かばなかった。部屋の向こうでは物音一つ聞こえない。


 だが、何か声のような物が聞こえる。風の唸りのような声だ。悪い夢に違いない。一真はついにそう思い込み始めていた。悪い夢ならばさっさと醒めてくれ。そう願ったが、こんなはっきりと自分の心臓の音が分かる、血の温もりが冷めていくのを実感できる夢などあるだろうか?


 それにこの夢は前にも見た事があるような気がしてならない。騒ぎ出す程の恐怖に襲われないのはその為か?


「打開策になるかもしれないだろ。お前の言う通り、警察が来ないのだとしたら、自分達で道を開く他にない」


 返事も待たずに一真はドアノブに手をやった。何の抵抗もなくドアは開いた。鍵が掛かっていない。投げつけるように一真はドアを押した。


 そして、ドアの向こうにいる子供と目が合った。


「こっちにはやくきて」その声は、闇の中から救いを求めて這い出す腕のようだった。


 暗示に掛けられたかのように一真の足が部屋に入った。自然と体が吸い寄せられ、その袂に向かう。


「一真!!」


 未来はドアの外で叫んだ。続いて、そのドアが閉ざれた。太鼓のようにドアを叩く音とノブが狂ったように左右に回る。が、扉は開かない。決して。一人の少年が、物の怪に捧げられるまでは。それとも――


「こっちにこい。おまえもいっしょに」


 中心にいる炎を纏った子供のせいで、まるで部屋の空気が半分無くなったかのような息苦しく、冷たい空気が一真の肺を凍りつかせる。


 子供が手を伸ばした。恐ろしさの余り体中の毛が逆立つ。しかし心のどこかでは、これが正体不明の怪物などではなく、むしろ自分達のような人間なのだろうとも気づいていた。


 悲しみと憎しみという人間らしい感情が針のように一真の肌に刺さるのを感じたからだ。


 子供は痺れを切らしたように、ゆっくりとこちらに漂うように向かってきた。体のあらゆる神経が言う事を聞かない。ドアの向こうの音がどこか遥か彼方遠くで鳴っている。


 精神的な痺れから目を覚まそうと、一真は無意識のうちに拳を握っていた。指に爪が深々と刺さり皮膚が捲れて血が流れる。


 足の指が微かに動いた。しかし、それよりも先に眼球が動いた。視線は黒い炎を通して窓の外へと突き抜け、金色に輝く月に向けられていた。


 一真の絶望を表わすかのように、どこまでも黒い空がが広がっている。その中で浮かぶ月華が希望の光に見えた。


――前にも見たことがある。

 月の中に一段と輝く黄金の光が差した。その正体が何なのかが分かるよりも先に煌めく閃光が照らす。


 闇夜を。


 絶望に沈みかけた一真の心を。黒く燃え上がる炎を。いつか見たその光は、窓を突き破り、吹き飛ばし、黒い炎に吸い込まれた。子供の腹から一本の太刀が突き抜けていた。


 邪悪な炎はその刃が触れた所から、浄化され呑まれていく。


「あ……」黒い炎をまとった子供が体を揺らした。


「ひとりは、いや、だ」


 一瞬照らされた少女が手を伸ばしてき、咄嗟に一真はどうしてそうしたのかもわからないまま、手を伸ばした。だが、少女の体は一瞬にして形を崩し、霧のように流れ、空彼方の帳に溶け込んで行った。


 光が消えると同時に炎も消えて無くなっていた。後には静寂と一人の少女だけが残された。狩衣をまとった少女だけが。


「見つけた」


 白い肌はこの闇の世界の中で朧月。


 長くしなやかな黒髪は、帳の中ですら艶やかに波立っていた。


 夕日に煌めく紫峰の山肌のような色彩を放つ瞳は、感情の起伏に乏しいが、攻撃性は一切ない。何者をも受け入れてくれる、見ていると吸い込まれそうな夜空にも似た美しい透明感があった。


 ゆったりとしたその衣は少女の華奢な身体を、すっかり覆い隠しているにも関わらず、着物の間から覗く両肩や袖からはみ出る手がどこか艶めかしい。

 身にまとっているのは、歴史の教科書や時代劇くらいでしか見ないような黒い狩衣、その下には白い衣を着込んでいる。


 手に持つ刀の刃は漆黒、その周囲が月食を迎えた月のように純白に輝いていた。


 それが余りにも自分の夢の中にあったイメージとぴったり同じであることに一真は、驚き自分の正気を疑った。これはやっぱり夢なんじゃなかろうか? こんなに都合よく助けられていいものか?


「お、お前……月か?」


――春日月かすがつき


 記憶の底にあった名前を一真は十年ぶりに口にした。初めて出会った夜はちょうど今のように暗く不気味だった。神社で共に遊んで、神社を抜け出して、一緒に怒られた。あの時に見えた無邪気さは思い出のどこかに置き去りにされたように、今の彼女には無かった。


「うん。久しぶりだね。 一真」


 落着きのある穏やかな声が、十年ぶりに、澄んだ川で波紋を立てるように一真の頭に広がった。


「あ、おう久しぶり……じゃなくて! い、今のは何だったんだ?!」


「今の、とは?」


 月が小首を傾げた。昔のようにからかうような感じはまるでなく、至って真面目な口調だった。一真の気迫に圧されるように体の重心を後ろに傾ける。


「今の、とは? あれだよ! 黒い炎みたいなのと、お前が今やってみたこと!それとここの現象全てについて、説明してくれ!!」


 月は本気で驚いたように瞼をぱちくりと瞬きさせた。太刀が音叉を震わすような音と共に煌めいた。月の手元には一本の懐剣が握られていた。その結果に驚きもせず、月はそれを袖の中にしまいこんでから、考え込むように黙った。


 一真はそれをあんぐり口を開けたまま見つめた。一体なんだ、今の?


「えっと、月さん?」


「静かに。今、なんて説明しようか考えているから。全部彼が説明してくれたものとばかり思っていたから……」


 思い出した。こいつは、人に何かを説明するのがとても苦手なんだった。一真は笑いだしたいような頭を抱え込みたいような感覚に陥る。


 ふと、一真は外が静かになっていることに気付いた。部屋に入ってドアが閉じられた後、未来が開けようと必死になっていたことを思い出し、一真は慌ててドアノブに手を掛けた。


「そうだ! 未来は!?」


 ドアは入った時と同じように簡単に開いた。しかし、そこには誰もいなかった。


「未来!!」


 一真は外に向けて叫んだ。答えは返ってこない。音もなく月が後ろから近付いてきた。頭が一真の肩ほどしかない。


「外にいた女の子なら、こっちの世界にはもういないよ」


「こっちってどっちだよ……つまり、今は無事って事でいいのか?」


「元の世界にいる。混乱してるとは思うけど、無事」


 一真は安堵し、床に勢いよくしゃがみこんだ。もう、二度と立ち上がりたくない。月は腰を曲げて見下ろし、顔を近づけて口を尖らせる。黒髪が床に垂れるのも気にせずに。


「せっかくの再会なのに、その反応は何?」


「そのせっかくの再会があれじゃ、誰だってこんな反応になるって……」


 一真は今にも泣き出したい面持ちでそう答えた。


 部屋は相変わらず静寂で物音一つ、風の音すらしなかった。外の景色は静止画のように動かず、ただ景色がどこまでも広がっていた。空から降り注ぐ月華の光だけがそれを照らし出している。


 一真は腕時計を見た。針の音がやたらと大きく聞こえた。随分と長い間逃げ回っていたような気がしたが、異変を感じた時から、まだ一時間も経っていない。


 そもそもあんな非現実的な事が起きた後――今も十分に非現実的だと思うが――で、時計が動いている事がおかしいような気もする。それに、携帯がなぜ繋がったのかも。全てがちぐはぐな世界だ。まるで夢の中のようだ。非現実的な想像と現実を混ぜっ返したかのような。


 一真達がいる居間は意外と広く、すぐ傍には台所があった。清楚な感じの換気扇と焼け焦げたガスコンロが隅にぽつんとある。


 部屋の中は箱型のテレビ、天井の角には何世代も前のエアコンが設置されていた。周りを見ないで部屋まで来たが、恐らく玄関から居間に来るまでの間には洗面所もあるのだろう。何の変哲もないマンションの一室だ。


 そう感じた時、ふと未来がしていた電話のやり取りを思い出した。


「こ、ここは、もう何か月か前に取り壊された筈だよな? なんで、まだここにあるんだ」


「勿論、取り壊されてる。何か月か前に」


 一真は黙り込んでじっと月の顔を見た。月は一真から顔をそらした。


「えっと、まず。ここがいつも自分が暮らしている場所と違うってのはわかる?」


「え? そりゃな。だから、どうしてそうなっているのか教えてくれって!!」


「一真落ち着いて」


「あ、あぁ……悪い」


 先程のような恐怖が目の前にある時ならばともかく、今は目の前の現実に思考が追いつけていない。


 だが、彼は今これ以上ない程に安堵していた。


 月は性格こそ落ち着いているが、十年前と同じような気持ちで話しかけてきている。


 懐かしい気持ちと彼女ならなんとかしてくれるという安心感。だが、同時にこうも思う。


 十年前と同じ気持ちでこの世界を月と一緒にいることは出来ない、と。


 昔、同じような事を経験した。それはおぼろげながら覚えている。


 あの時は幼かった。だから、彼女といつまでも一緒にいられた。


 だが、今は――あんな怪物と戦う彼女についていくことは出来ない……そうしたくても。


「で、お前は一体ここで何をしていたんだ?」


「十年前と同じ」


「つまり、何をしていたんだ? 俺はあまり記憶力がよくないんだ」


 こんな素っ気ない、冷たい言い方をするつもりは無かったが、ここは居心地が悪かった。早くここを出たい。今すぐにでも。月はその皮肉に動じなかったが、どことなく落胆しているような様子だった。少し考えてからこう言う。


「物の怪を滅っしにきてた」


「物の怪ってさっきの炎みたいなのか?」


「さっきのも、そうだけど私が追っていたのじゃない。あれはずっと小物」


 あれで小物なのか。一真は背筋に幽霊がとりついたような寒気を感じた。


「物の怪が何なのかってのもわからないと思うから説明するけど、その前にこの私たちが今いる世界は『陰』。現実世界の裏側にある所。」


「……陰陽の二つの世界があるって話か?」


 昼間に読んでいた本にも、物事にはすべて表裏があると書かれていた。それが陰陽の基本なのだと。


 例えば、霊魂には穏やかな「和」の性質がある一方で荒々しい「荒」の性質がある。


 雨は大地に恵みをもたらす一方で、木々をなぎ倒す嵐にもなり得る。


 古代の人間はそれを、神が持つ二つの性質であると解釈した。


「そう。現実世界の存在そのものの裏側にある世界。私たちが暮らす陽の界を形あるものが存在する場所とするならば、ここは目には見えない物によって作り出された現実世界の「鏡」とも言える場所」


 月は、一真の顔色を見て即座に言い方を変更した。


「ここはね、人間の強い負の感情が生み出した世界で、例えば――さっき私が倒した物の怪の女の子」


――こっちにはやくきて


 あの時。あの少女……月の言葉で言うなら物の怪だ。彼女にはどんな表情が浮かんでいたか? ちらっと一真は思った。一真の表情に幾分か真剣味が見えた事に勇気を得たように月は続ける。


「彼女は半年ほど前、このマンションの一室で一人で死んだの。火事で。彼女の両親はその前の晩に少女を置いて家を出て行き、その子は一人でずっと夜も寝ずに両親の帰りを待っていた」


 一真はその光景を思い浮かべようとした。


 暗い部屋で始まる夜明けを一人で迎え、空腹と孤独に苛まれながらも待ち続ける。しかし、何か食事を取らなければと思ったのだろう。


 小さな女の子はガスコンロに火を掛けた。何か料理をしようと。しかし、上手くいかなかった。ガスの火が台所を覆い、あっという間に部屋全体に広がる……。


 一真自身も幼い頃に何度も一人、或いは妹と二人だけで長い留守番をさせられた事があったから、ある程度の想像が出来た。


「孤独からの悲しみと帰ってこなかった両親への憎しみが、この世界で物の怪となって具現したの」


「つまり、あれは亡霊みたいなものか?」


 一真は説明された事を頭でどうにか解釈しようとしたが、月は首を振った。


「強すぎる感情が、少女が死んだ後もその場に残ってしまった感じ。魂はあの世に行ったのに感情が置いてきぼりにされてこの世界に引き寄せられてしまった」


 そもそも、感情と魂は分離できるものなのか? 一真は思ったが、それを追及していくと哲学的な見地にまで発達しそうなので、あえてそこには触れずに別な事を聞いた。


「で、そんなのがうようよしてんのか? それにしてはやけに静かな所だな、ここは」


「本当に何も覚えてないんだ」


 月はがっくりと肩を落として口をへの字に曲げた、一真は、ん? と怪訝に眉を上げた。そして、別段悪い事をしていないにも関わらず、罪悪感を感じた。


 実際の所、月が言うように何もかも忘れているわけではない。記憶には朧けながら残っているものもある。丁度、今いるような暗い世界の中で月と共に歩いていた事。


 月の持つ太刀が光を浴びて煌めき、怪物を斬り裂いた事。だが、多くの普通の子供が経験した事は覚えていても、それが何を意味するのかが分からないように、一真もその記憶が何を意味するのかを明確には理解していなかった。


 だが、それは当たり前の事だろうと、一真は自分を弁護する。


 幼馴染の女の子が物の怪をあじの開きみたいに斬りまくっていた記憶なんぞあっても、夢で見た事と混同しているんだと思い直すのが普通だ。さもなければ、頭がその事実についてこられずに爆発してしまうかもしれない。


「物の怪は常に影に隠れて生きているから。出てくるのは自分の力が最も強くなっている時か、私たちが弱っている時」


「だったら、さっさとこんな所は出て行こうぜ。そもそもなんで俺と未来はこんな所に迷い込んだんだ? まさか、こんな事が日常茶飯事にあるわけじゃないよな?」


 月はその質問から逃れるように瞳を宙で泳がした。酷く気まずそうだった。普段の一真なら、女の子にそんな思いをさせる事にいたたまれない気持ちになるのだが、今は違った。


 明らかに月がなんらかのミスをおかしたせいで、一真はひどい目に遭わされ危うく物の怪とやらに取り殺される羽目に陥ったのだ。


 一真が胡乱な表情になるのを見て、月は怒られるのを察した子供のように急に話し始めた。


「十年前に渡した折鶴。まだ持ってたんだね。とっくに捨てたと思った」


 完全な不意打ちだった。


 一真は反射的に自分の胸を抑えた。折り紙のパサパサとした感触が指越しに伝わる。まさかと思うが、これが原因?


「女の子から初めて貰ったラブレターだからな、一応」


 ゆっくりと吐き出すように言って一真は初めて月の顔をまともに見る事ができた。


――女の子。そう、目の前にいるのは紛れもなく女の子なのだ。


 月はその言葉の意味がわからなかったのか、あえて無視したのか、大した反応を示さずに一真の胸を指差した。


「それは陰陽師が造った道具、霊具の一つで、こっちの世界と元の世界との間に開いている扉を通る事が出来る」


「いや、ちょっと待てよ、おれは十年近くこれを持ってるが……」


 そこまで言って、一真は口をつぐんだ。折鶴を今持っている時点で隠しようがない事であるのは、わかっているがこうして肌身離さずいつも持っていた事を言うのは、なんとも恥ずかしかった。


「持っているだけでは駄目。陰陽師かあるいは物の怪が造った陰と陽の界を行き来する扉が無いと。一真とあの女の子は、私が造った扉に偶然入り込んだ」


「……恐ろしい話だな」


 ぽつりと呟くと月は俯いた。一真は自分でも驚く程にうろたえ、慌てて付け足した。


「い、いや、でもそのおかげでこーして、会えたわけだしな」


「そうだね」


 月は視線を床に這わせた。一真の心のこもらない言葉を真に受けていないのは確かだ。そもそも、こんな危険な目に遭ってまでして再会せずとも明日には会えたのだ。


 気まずい雰囲気だ。がしがしと乱れた髪を掻きながら、一真は窓の向こうに視線を向けたが何も見えない。ふとある事を思いだして、月に顔を戻した。


「あ、あのさ。ここっていつも暗いのか?」


「陰の界は、主に消極的な陰の気によって成されているから――」


 手を上げて一真はその説明を遮る。どうせ説明されたところでわからない。


「そういう説明はいいから」


「うん、暗い」短く月は答え、一真は確信した。


「お前と一緒にいた時の記憶はいつも夜だった」


 一真はその時の記憶を呼び起こしながら言った。

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