断片1
峰岸 佑太
「ねぇ、ギッシー……ぼく、好きな人ができたよ」
中学生の頃、小川が唐突にそんなことを言い出した。
「そっか。そいつはおめでとう」
心底どうでもいい、というふうを装ってオレは小川に言葉を返す。
小川が誰を好きか、なんて昔から付き合いのあるオレには言われなくても分かりきっていて、けどそれを悟られないように、オレはきっとそんなふうを装っていた。
「けど、悩みもあるんだ」
「恋の相談ならやめてくれよ」
そういうのが嫌いだって小川も知っている。故意にやってるのだとしたら、憎たらしいが、こいつは天然だから、本当に気づいてないのかもしれない。
「違うよ。そのぼくの好きな人はさ――さんだから」
好きな人の名前を言うのでさえも小川は恥ずかしがった。「えっ、なんて聞こえない?」とからかうように言うのも面白いがオレらしくもなく、
「だったらお前がヒーローになるか?」
「えっ。それはイヤだよ。いじめられそうだし」
「だったらおとなしくしてろ。あいつはいじめられているというかハブられているだけだから」
「何が違うの?」
「嫌いと無視ぐらい違うね」
嫌いなら、イジメられている程度済むが、無視なら完全にいないことにされる。どっちが辛いかは個人の尺度にもよるが、陰でへこんだりするあいつの姿を見たりすると、たぶんそうとう応えている。死ぬんじゃないの、って思うぐらい。
「ま、当分は気遣うように見守っているぐらいしかないんじゃないかね」
自己犠牲ヤローなら例外だが。自己犠牲ヤローは救いたいと思ったら、当事者に嫌われようと救っちまうからな。それ以外の人はまずは自分の保身を考えてから、動き出す。この程度なら大丈夫と。けどその度を越えてしまうと自分の予想だにしなかったことが起こってしまう。だから大抵の人間は保身だけで終わるのだ。
「うーん、でも何か役に立ちたいんだよね……」
その数日後、小川はイジめられ始めた。その現場に遭遇したりもしたが、オレは助けなかった。なぜなら、オレはヒーローじゃない。自分の保身しか考えていない、その辺にいるクズヤローだからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます