最上 啓祐 その2

 ジリリリリリリリリ……ジリリリリリリ……

 壁に備えつけられていた電話が鳴り響く。

「出ろよ」

 一瞬、何のことかわからなかった。

「早く、出ろよ」

 そこまで言われて、僕に電話に出ろということを理解する。

 なんで僕が……、最悪だった。

 こんなことなら、電話の近くにいるべきじゃなかった。電話なんてかかってくるわけがない、そう思いこんでいたから、僕は電話の近くでもいいなんて思っていた。

 電話に出ることすらイヤなのか、みんなは電話に近寄ることがなくて、僕はむしろみんなと離れていたかったから、好都合だと思ったのに、全然そんなことなかった。

 数十分前にこの位置を選んだ僕を恨みながら、僕は電話に出る。

「もしもし……」

『その声は……最上か』

「そういうキミは峰岸か……」

『ああ、それよりパスワードだが……その前に黒尽くめ野郎にメモ帳か何かをもらってくれ』

「分かった」

「なんだって?」

 受話器から耳を離した僕のそばに生徒会長が近寄ってきていた。

「とりあえずパスワードを言うから黒尽くめの人にメモ帳をもらってくれ、だって」

「おい、誰か黒尽くめを呼んでくれ」

「呼べ、つってもどうすりゃいいのよ!」

 命令された副生徒会長が喚く。

 その途端、壁が再び開いて黒尽くめの男が現れた。手にメモ帳とボールペンを持って。まるで予知能力を持っているかのようだった。

「今だ、走れっ!」

 途端、号令が飛ぶ。

 部屋の隅で何かを話し合っていたサッカー部と野球部の連中だった。普段はグラウンドの取り合いで犬猿の仲のくせに、悪巧みするときに限ってお互いが気持ち悪いぐらいに仲良くなる。

 だから今回も何か企んでいるんだろう、と分かっていた。まあ、分かっていたところで僕のスタイルは変わらない。

 号令とともにサッカー部と野球部が走り出す。普段から走っているから瞬発力はあった。でも瞬発力だけだ。こいつらにスタミナなんてない。僕たちは部室の裏にタバコの吸殻が落ちているのを知っているし、その持ち主が誰なのかを知っていた。とはいえ、今、この時ばかりはスタミナなんて関係ない。

 野球部たちの狙いはすぐに分かった。

 再び壁が開くのを待っていたのだ。男たちが去っていく通路。そこには当然出口がある。

 男たちはここで生活しているはずがないのだから。だから扉が開いた瞬間に入れば、そう思ったのだろう。

 それは僕も考えた。けど無駄だ。

 メモ帳を持ってきた男は受話器を持つ僕に向かってメモ帳を投げると、まるで手品を始めるかのように、パチンと指を鳴らした。嫌な予感がして、耳を塞ぐ。その直後、

 ドゴォオオオオオン!

 大爆発が起きる。痛っ、メモ帳をとり損ねて僕は思わぬ痛手を受けるが、この程度、野球部やサッカー部の部員よりはマシだろう。

 彼らは死んでいた。さっきの爆発音は彼らの首輪が爆発した音だった。

 当然だ。なんでそこまで思考が回らない。男たちの意にそぐわぬ行動をしたら殺されるとゲームが始まる前に教えられたばかりなのに。

『どうした?』

 峰岸が聞いてくる。爆発音が気になったのだろう。

「脱出を試みたバカが死んだだけだ」

 冷たい声でそう伝える。

 背後では阿鼻叫喚が栄えていた。

 死んだ二つの部の部員たちの多くには恋人がいて、大抵がこっちに残っていた。

 愛し……いや恋し合っていたはずの片割れが死んだのだ。嘆くのは無理もないのかもしれない。

 けど、本当に彼らの死を悲しんでいいものだろうか、彼らは僕たちはともかく、恋人たちを置いてけぼりにして逃げようとしたわけだ。

 あとで助けに行くつもりだった、とか生きていたら言い訳しそうだけれど、そんなのはやっぱり言い訳で、やっぱり彼らは自分たちだけで逃げようとしていた事実は変わらない。

 だからというべきか、僕は彼らに同情なんてしなかった。

「メモ帳は受け取ったから、パスワードを」

『ああ、パスワードは……ryoeuissncotuhieng』

 僕はその言葉を一字一句確認しながらメモをしていく。あとはこれを入力すればクリアだ、そう思ったときだった。

『と』

 峰岸はそう言った。「○と×」「1と2」そんな感じの間にある「と」だった。

『rthereseqcuaurteerだ』

 僕は動揺したまま、パスワードを書きなぐり、そして写し終えてから、聞いた。

「なんでパスワードがふたつあるんだ?」

『さあてね、ただ、オレたちばかりが努力するのは少しばかりずるいんじゃないか?』

 それは峰岸のいつもの意地悪だった。

『いいか。そのパスワードには謎がある。その謎さえ解ければ、オレたちは生き残れる。まあ、せいぜい選択してくれよ』

 なんて面倒なことをしてくれたんだ。

『ああ、そうそう、それとひとつ重要なことを伝え忘れていた。お前が努力する必要はない、その部屋の名前らしく怠惰に過ごすのがベストだ』

「ああ、そのつもりだよ」

 パスワードの意味は分からなかったが最後の意味だけは理解できた。ああ、面倒なことこの上ない。

「電話はなんて? パスワードは入手できたのか?」

「パスワードは2つあるみたい……」

 そう言うと生徒会長は僕に掴みかかってくる。マジで迷惑だ。「僕が知るわけないだろ」掴んできた腕を捻って腕を離させる。痛みに歪んだ生徒会長の顔が妙に心地いい。

「このパスワードには謎があって、それを解ければ、僕たちは生き残れるみたいです」

「僕たちは生き残れる? 電話のやつがそう言ったのか?」

「……そうですけど」

「僕“たち”か……どういうことだ?」

「今はそれ関係なくないですか」

「なんだと?」

 ギロリと生徒会長が睨んでくる。

「今は謎を解くべきでしょう。ああ、でもその前に他のやつらをなだめないと。うるさくてしょうがない」

「……一理ある」

 そう言って生徒会長はざわめく生徒たちのなかへと入っていく。

 そういうのを宥めたりする手腕だけは認めざるを得ない。

 僕は生徒会長が副生徒会長とともに生徒を宥めていくのを尻目に、もう一度だけパスワードを見やった。


ryoeuissncotuhieng


rthereseqcuaurteer


『怠惰』の部屋残り102人

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残り130人

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