峰岸 佑太 その2

「バッカだなあ……」

 恨み辛みを吐き散らして、落ちていく委員長の姿を見ながらオレはほくそ笑む。

 いやあ、面白い。普通に考えて、トン、トン、ツーというわざとらしすぎる呼吸がヒントのわけないだろう。あれはブラフに決まっている。

 それに一般的な高校生がモールス信号を全部覚えていると思うのか? そんなことあるわけないだろ? オレは暇つぶしに「あ~お」まで覚えたが、委員長に渡したメモはそれ以外は適当に書いた。

 モールス信号だなんて、高校生が覚えていなさそうなものを高校生相手に使うわけがない。もっともこの考えは、このゲームが高校生向けと前提している場合だけだが。

 さらにいえば、たったひとつ風が吹く場所が分かっただけで、それがモールス信号のパターンだと確信できるわけがない。

 オレが言うのもなんだが、遠池の敗因は思考の放棄だ。俺に追い詰められ、打開策が見当たらず、だからオレに騙されて、死んだのだ。

「キミは遠池を騙したのか?」

「誤解するな。騙したんじゃない。必勝法を見つけたから、それを教えたんだけど、それにどうやら欠陥があったらしい」

「欠陥があった?」

「ああ、そうだ。信じてくれ。オレは決して遠池を殺すつもりなんてなかった。それどころか、遠池をヒーローにしたかった。だから、良かれと思って……でも、遠池はオレが騙したと勘違いしたらしい……」

 オレは嘘っぱちだが、哀しむ素振りをする。

「その……なんだ……疑ってすまない」

 ちょろい。思わず零れそうになった笑みを我慢する。

「で……その必勝法ってのはなんだ?」

「いや、もう必勝法じゃないんだ……」

「それでもいい、何かの参考になるかもしれない」

「オレはあの8つの穴が何かの法則で動いているかもしれないって思ったんだ。それで、鉄骨を何等分かにして、穴の位置を確かめると……モールス信号の『あ』のトンの位置で風が噴出した。だから、モールス信号じゃないかって委員長に提案したんだ」

「なるほど……」

「けど、『い』のトンに当たる部分じゃない場所で風が噴出した。だから、今分かったことは、“パターン性があるかも知れず、それはモールス信号じゃない”ってことだ」

「なるほど、もしかしたら8ケタがヒントになるかもしれないな」

「確かに……そうかもしれない」

 同調してみるものの、8ケタがヒントというのは的外れではないにしろ、的に掠っている程度のようかもしれない。

「とはいえ、そうそう思いつくものでもないと思う。ここは……」

 オレはA組の委員長に耳打ちをする。

「C組のやつを挑ませて、もう少しパターンを探らせるべきだ」

「それは考えていた。早速実行しよう」

 悪巧みが終了すると、A組の委員長は言う。

「次はC組の番だが……代表は誰かな?」

「ふざけんなよ……おい、委員長も言ってやれよ」

「そうよ、西田くん言ってやって!」

 C組の委員長――西田というらしいが名前はどうでもいい、がA組の委員長の前に立つ。が腰が低く情けない印象を受ける。

「あの……その……」

「早く言ってよ」

「そうだ、オレたちはやんないって!」

「ほら、早く」

 両サイドの男女に責め立てられ、西田は言う。とはいえ、両サイドの主張はオレたちにも聞こえているわけで、どういう要望かは既に把握していた。

「あの……その……ぼくが……行く」

「はぁ?」「ふざけてんのかよ、西田!」

「そ、そういうわけにも行かないだろ。A組もB組もやったあとで、僕たちはやらないだなんて……そんなの卑怯だし……それに、他の人だって許してくれないよ」

 真面目で、協調性とかを大事にする、一言で言えば西田はそういう人間で、俺はそれを愚かだと思う。それこそ真面目な振りをして誰かを出し抜こうと考えていた遠池のほうがまだ人間味がある。もっとも遠池はそれを隠すのが下手くそすぎたが。

 それに比べ、西田は何もかもが劣っている。真面目だろうが、協調性を大事にしようが、そんなことはどうでもいい。だからと言って自己犠牲するのは間違っている。

 ま、考え直せ、とは言わない。

 オレがパターンを割り出すためにせいぜい頑張ってくれ。

 黙って見ているなか、西田は進み出す。

 西田はバカじゃない。

 おそるおそる進みながらも、一つ目の壁穴、二つ目の壁穴を見事クリアしていた。しかしそこで足が止まる。

 次の位置が分からない。

「進め!」

 A組の委員長が声を荒げて言う。

 勇気付けられるように西田が三つ目の壁穴に進もうとした瞬間、二つ目の壁穴から風が吹いた。いや、よく見れば、一つ目の壁穴からも風が吹き出ていた。

 西田が少しだけ体勢を崩し、悲鳴が上がる。うるせぇし、うぜぇ。黙って見つめているとなんとか体勢を立て直して、西田は一安心して進む。安心しきったのが致命傷だった。三つの目の壁穴からいよいよとうとう風が吹いた。

 それで体勢を崩し、「うわあああああああああああああああ」悲鳴とともに落ちていく。

 生死なんか確認しない。どうせもう死んでいる。A組の委員長がこっちを見ているのが分かった。

 何見てやがる。さっさと促せ、目で指示すると、A組の委員長は言う。

「次はA組の番だ」

「えっ? オレ?」

「番田じゃねぇよ」

「やっぱり? ですよねえ」

 面白くねぇよ。A組の番田のくだらない冗談は、こんな状態でも笑えない。責任取っていっそ、お前が次に行けよ。喧嘩腰にそう言ってやろうと思ったが、絡まれでもしたら時間の無駄だ。

「小川、さっきのメモしておいたか」

「もっちろんだよ」

 オレは自分で順番を覚える一方で、小川にも指示を出し、順番をメモらせておいた。小川のメモを受け取り、確認する。


   1

   ↓ ↓ ↓ ↓

S――・・・・・・・・――G

    ↑ ↑ ↑ ↑



   

   ↓ ↓ ↓ ↓

S――・・・・・・・・――G

    ↑ ↑ ↑ ↑

    2

   3

   ↓ ↓ ↓ ↓

S――・・・・・・・・――G

    ↑ ↑ ↑ ↑

    3

     4

   ↓ ↓ ↓ ↓

S――・・・・・・・・――G

    ↑ ↑ ↑ ↑



 オレが把握していたのと一致する。

 さて、ここからパターンを割り出さなければ。

「次は自分が行くよ」

 決まるのに時間がかかると踏んでいたが、こんなに早く決まるのは予想外だった。立候補したバカの姿を確認する。

 体操部の有吉だった。有吉は吊革が専門だったはずだ。とはいえ、有名校と比べれば実力は雲泥の差。弱小すぎて話題性はゼロだ。

「自分には秘策があるからね。それにも自分にしかできない」

 そう言って有吉は一つ目の壁穴までサクサクと進む。

「さすが、体操部! バランス感覚に優れてるぅ!」

 誰かが感心するように言った。お世辞か本心か、それは窺い知れないが、それでも有吉は勢いづいて、 その場にしゃがみ込んで、大穴に飛び込んだ。

 全員が何をしてんだ、と大穴を覗き込む。オレも思わず覗き込んでしまっていた。

「見てみろ、ぶら下がってる!」

 A組の委員長が鉄骨の下を指差す。

 その先で、鉄骨にぶら下がっている有吉の姿があった。

 吊革をやっているから、握力に自信があるのだろう。鉄骨を歩いて、風に吹き飛ばされるよりも、握力を使って鉄骨を渡ったほうが早いと判断したのかもしれない。

 それが秘策か。と一蹴しかけたが、誰も到達していない五番目の壁穴に早くも到達しかけていた。

 しかし、そこで有吉は止まる。

「もうすぐだ、行け!」

 全員から声援が飛び交う。

 途端、電撃が流れた。当然だ、秘策と有吉は言ったが、当然、そういう対策があるに決まっている。

「ぎゃああああああ!」

 有吉は大穴に落ちていく。そんなことよりもまずい事態になった。

 有吉の秘策に集中しすぎて、風の吹いた順番を見るのを失念していたことだ。

 オレはそれどころじゃなかった。くそ、どうする? 小川を使うか……いや、ダメだ。使わないと決めたのに、使うのはオレのプライドが許さない。

「ギッシー……」

 思考がまとまらないうちに、小川が話しかけてくる。

「どうしたんだ?」

「とりあえず、今のもメモっといたけど見る?」

 当然だ、オレはニコリと微笑む。小川は言ったことしかやらない。オレは小川に「遠池の挑戦中に風の吹く壁穴をメモしろ」と言った。だからこそ、それしかやらない。そう思っていた。けれど小川はオレの命令を、「風の吹く壁穴をメモしろ」、と捉えていたらしい。だから誰の挑戦中であれ、メモをしていたのだ。オレと小川の解釈の違いが僥倖を生んでいた。

 小川は有吉が挑戦している間も、メモを必死に取り続けていたのだろう。

「4つ目まではさっきと同じだよ」

 とはいえ、一応自分の目で、4つ目までが同じことを確認して、それから5つ目を見る。


   5 5

   ↓ ↓ ↓ ↓

S――・・・・・・・・――G

    ↑ ↑ ↑ ↑


   6 6

   ↓ ↓ ↓ ↓

S――・・・・・・・・――G

    ↑ ↑ ↑ ↑

    6


   ↓ ↓ ↓ ↓

S――・・・・・・・・――G

    ↑ ↑ ↑ ↑

      7



「五番目の壁穴まで、ないのか?」

「うん。噴出すタイミングよりも早く進んでたのかな……?」

「確かに、それはあり得る」

 考えることも躊躇うこともなかったのは確かだ。だからその異様さはオレさえも釘付けになってしまって色々と失念してしまっている。

 このメモだけを頼りにオレは考える。

「次はC組だが……」

 A組の委員長の声が聞こえる。

「オレが行く。だが10分でいい、時間をくれ」

「10分だけにそれで十分! なんつって」

 気に触るように番場がダジャレをつぶやく。こんな状況でそんなことが言えるのは神経が図太いのか、無神経なのか何にせよ、殺したくなる。

 ダジャレには誰も反応しなかった。失笑もなく、それは言ったやつを黙らせ、そして辱めるには十分だった。

 オレは番場の真っ赤に染まる顔を一瞥して、その一瞥すらも無駄な時間だったことを悔やむ。

 それも束の間、すぐに思考を切り換えて、最初のメモから順番に見つめていく。

1・・・・・・・

・2・・・・・・

33・・・・・・

・・4・・・・・

5・5・・・・・

666・・・・・

・・・7・・・・


 頭の中でメモを簡略化していく。何かがひらめきそうだった。

 メモを変形させ、回転させ、そして……

「約束の時間だ」

 A組の委員長が時間を告げる。一秒も狂いはない。神経質な野郎だ。

「ギッシー……」

 心配そうに小川が見つめる。

「心配すんな」

 安心させるようにオレは小川の頭を撫でる。

「言ってくる」

 うん、と小川は頷いて「頑張って」と声援をくれた。

 さてと……しらけたダジャレではないが、10分で十分だった。

 オレは閃いていた。

 鉄骨に足を置く。あとは落ちなければ、クリアできるはずだった。

 落ちなければ……オレの運動能力は高くない。中の中、平均的と言っても過言ではない。

 この鉄骨がどういう人間向きに作られたかわからない。

 けれど運動能力に優れた人間しかクリアできないように作られていたら、オレは死ぬ。

「ハハッ」

 オレは思わず笑ってしまう。面白ぇ。やってやるよ。

 オレは歩き始めた。


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