遠池 元也 その1
峰岸は得たいが知れない。
さっきまで僕を貶めていたと思えば、うって変わって僕をヒーローにしたてようとしている。何が目的なのかさっぱり分からないが、けれど利用するしかない。学級委員長として、クリアしなければならない。
「いいか、壁の穴から噴出してきた風は松原が近づいたから吹いたわけじゃない。あれには法則がある」
「法則?」
「ああ、モールス信号って分かるか」
「トン、とツーで表すあれだろう?」
「そうだ。そのトンというタイミングであの風は吹いている。小川、書くものないか?」
「あるわけないよ」
峰岸の言葉に小川が肩を竦める。
「だろうな。おい、メモ用紙とかないのか?」
鉄骨の向こう側にいる男へと峰岸が怒鳴る。
男は峰岸の言葉に気づいて、もう一度鉄骨を渡ってこちらへとやってきた。
「ワタシとしたことがうっかり渡し忘れていました」
男はメモ用紙とボールペンを渡す。
「みんなで大事に使ってください」
峰岸はそれを受け取ってなにやらメモを書く。男はその間に再び鉄骨を渡って向こう側へと到る。
峰岸が書いたもの。それはあ~んまでを書かれたモールス信号だった。
「おそらくモールス信号のあ~んまでを繰り返して風が吹いている。これを見ればタイミングが分かるはずだ。あとは落ち着いて鉄骨を渡れ。落ちそうになったら鉄骨を掴めばいい。触ってみたが特に仕掛けはなかった」
ギュッと僕の手にメモを握り締めさせる。
「どうしてモールス信号だと分かった?」
僕は尋ねる。
「ヒントがなさすぎ。そう考えたとき、あの男の呼吸がわざとらしいことに気づいた。あいつ、わざわざ深呼吸するのにトン、トン、ツーとつぶやいてやがった」
「なるほど、それがヒントだったわけか……」
「そういうことだ」
なるほど。確かに納得できる。これでクリアできるかもしれない。いやできる。
「お前ならできるぞ、オレたちの委員長なんだから」
オレたちの委員長。なんて甘美な響きだ。それにこの必勝法。壁の穴が風を噴出す瞬間は、このメモに書かれている。
「大岩! お前の提案を飲んでやる。そしてクリアして度肝を抜いてやるよ」
宣言して僕は鉄骨に立つ。両手を広げ、バランスを取る。
絶対クリアしてみせる。僕が大岩より優れていることも見せ付けなければならない。
大岩と僕は幼なじみでずっと競走してきた。時には勝ち、時には負けを繰り返してきた中学時代、しかし高校に入ってからは負けっぱなしだ。
僕も大岩も、それこそ生徒会長に落選した。人気だけで勝ち取った生徒会長を僕も大岩も認めない。
実力は僕たちのほうがあるはずだ。
案の定、A組の生徒会長は、大岩を『努力』の部屋に送った反面、自分は『怠惰』の部屋に残った。
『努力』せず、何が生徒会長だ。内申点のためになったという噂があったが、まさにその通りなのだろう。
僕は負けるわけにはいかない。クソッタレな生徒会長にも、よきライバルである大岩にも。
それにしても持つべきはクラスメイトである。これさえあれば僕はクリア間違いなしだ。
一個目の壁の穴に近づく。少し立ち止まると前方で風が吹いた。
紙の「ーー・--」と書かれた部分を確認する。これが「あ」のトンにあたる部分だ。
次は「い」だ。紙を確認して――
僕は違和感に気づく。次は「・-」だ。ん? どういうことだ?
頭の中に鉄骨を思い浮かべる。
S――――――――――――G
左端のSがスタート位置で、Gがゴールだとすると、
それぞれの壁の穴の位置は
↓ ↓ ↓ ↓
S――・・・・・・・・――G
↑ ↑ ↑ ↑
こういう感じになっている。↑が右の壁の、↓が左の壁の穴だ。
これがモールス信号のようになっているのだとしたら、
「あ」はSから「ーー・ーー」の位置。これは最初の↓の位置だから正しいはずだ。
だが、「い」これは「あ」の次からだとすれば、「ーー・ーー・ー」となる。
ああ、そうか。大丈夫だ。次の風の吹く位置は……
↓ ↓ ↓ ↓
S――・・・★・・・・――G
↑ ↑ ↑ ↑
★の位置になるはずだ。
僕はそれを瞬時に整理して、歩き出す。
途端、僕の真横から、風が吹いた。
そのとき僕がいた位置は
↓ ↓ ↓ ↓
S――・☆・・・・・・――G
↑ ↑ ↑ ↑
☆の位置だった。なんでだ? どうしてだ、必死に考えて、ひとつの答えにたどり着く。
なんとかその風を耐えて、今にも落ちそうのを堪える。
モールス信号じゃなかったのか、峰岸ぃ!
僕はくるりと回るようにスタート地点を見ると……
「騙したなあああああああああああああああ、峰岸ぃいいいいいい!」
ニヤリと笑う峰岸がいた。
くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、
くそったれぇえええええええええ!
死にたくなぁあああああああああい!
『怠惰』の部屋残り118人
『努力』の部屋残り30人
残り148人
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