峰岸 佑太 その1

「さあ、ゲームを始めましょう」

 『努力』の部屋と『怠惰』の部屋をつないでいた入り口が封鎖された直後、『努力』の部屋に佇んでいた男がそう宣言する。

 オレはこういう仕掛けが嫌いではなく、思わず笑ってしまう。さあて、何が始まるんだ?

「ゲーム?」

 困惑したように遠池が聞き返す。

「ええ、ゲームです」

 そう言うと男の後ろの壁がズズズズと音をたててあがっていく。

 その先に広がるのは、大きな穴。

 その奥にオレたちがいるような場所があり、オレたちがいる場所とその場所は、一本の鉄骨で繋がっていた。

「この部屋にはパスワードがふたつあります。ひとつはあそこに」

 男の腕を上げるように布を上げてオレたちの左側を指差す。

 全員が注目し、もちろんそこに何が書いてあるか興味を持つ。

「そして、ふたつめのパスワードは鉄骨の先にあります。あなた方は、パスワードを電話を使って向こう側に伝えてください」

「はは、だったら簡単じゃないか……どっちでもいいなら、こっちのパスワードを伝えれば……」

「ただし、『努力』せずに入手したパスワードにはそれなりの代償があります」

「代償? なんだよそれ」

「それはお教えできません。それでは『努力』を選んだ32人の方々、ご健闘をお祈りします」

 そうとだけ伝えて、男は信じられない行動に出る。

 男は鉄骨に向き合って、軽くジャンプ。トン、トン、ツー、とつぶやきながら深呼吸を繰り返して、鉄骨を走り出した。細い足場を何も躊躇いもなく、渡る。その圧倒的なスピードにオレたちは度肝を抜かれてしまう。

「何なんだ、あいつ……」

 そのつぶやきに同意せざるを得ない。

 鉄骨を渡り終えた男は壁際に背をもたれて、こちらをじっと眺めている。

 質問も何も受け付けないという意志表示なのかもしれない。

 男が鉄骨を渡り終えたのと同時に、パスワードの上にある「6:00:00」という時間が動き出し、カウントダウンが始まる。制限時間は6時間ということだろう。

「代償ってなんなんだ?」

 他のクラスだから名前は知らないが、なんにしろ気にしすぎている。とオレは思う。もちろん伝えることなんてしない。

 もちろん、代償が何かなんて分かりもしない。分かりもしないものを気にしすぎて、何もしないだなんてバカのすることだ。

 オレはとりあえず、鉄骨に近づいてみる。

 鉄骨の幅はオレの足と同じぐらい。25cmぐらいだろうか。鉄骨に触ってみると特に電撃などが流れたりする気配はない。

「何かの漫画であったよねえ、こういうの」

 小川がのん気にそんなことを言った。

「ま、仕組みは違うみたいだかな」

「にしても、ギッシーはあれだねー、みんながパスワード見てるのに単独行動とはさすがだね」

「あとで見ればいい。どうせ誰も代償を恐れて電話したりしないだろ」

「でも誰かが万が一……」

「その時はその時だ」

 電話して、その後どうなるのかそもそも伝えられてない。それにどうしてパスワードがふたつあるのかも教えられていない。疑問だらけ。疑うことだらけだ。

「キミたち、勝手な行動は困るよ」

「悪いな、委員長。パスワードは見たのか?」

「当たり前だ。それが最も重要じゃないか。パスワードを電話することが重要なんだからな」

「で、あそこのパスワードを伝えるのか?」

「いや、他のクラスの委員長とも話をしたんだが、とりあえず鉄骨を渡ってみようということになっている。各クラスから代表を出そうということになっているのだが……」

「なら、委員長が一番だ」

「なっ……」

「何を驚いてやがる。お前、ここから落ちたらどうなるか、とか考えてそういうことを考えたのか? ああ?」

 そう言って、無理やり委員長の腕を引っ張って、大穴の下を見せると「ひぃ」と悲鳴をあげた。

 大穴の下には巨大な剣山が生えていた。落ちれば串刺し、即死間違いなしだった。その確認を怠って三人の委員長は、そんなことを提案しやがったのだ。

「うちのクラスの代表はお前だよ、遠池」

 おべっかで委員長と言ってやっていたが、さすがに呆れた。

「異論は?」

「……」

 遠池は何も喋らなかったが、葛藤しているのだろう。自分たちが軽挙に決めたことが自分たちの首を絞めたことを。

 オレは知らん。

「小川、パスワードを見に行くぞ」

 小川は何度もうなずいてオレに続く。


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「りょえういすすんこつひえんぐ?」

「テキトーに読むな」

「けど……」

「今はただの文字の羅列程度に捉えておけばいいさ」

「どういうこと?」

「代償か何かが書かれているかと思ったが、そうでもないらしい、ってことさ」

「みんな、聞いてくれ」

 オレがパスワードを確認し終えた頃、声が響く。その声の主には見覚えがあった、A組の委員長だったか。もっとも名前は知らない。他クラスのやつらの名前なんていちいち覚えてられない。もちろん、3年になるまでクラス替えもあったが、3年間で一度もクラスメイトにならないやつなんてごまんといる。対照的にオレと小川のように3年間一緒というケースもある、そこには何の奇跡もなく、仲のいい友人とはあまり離れ離れにならないように先生が操作しているオチがつく。

 それはさておき、A組の委員長の話は続いていた。

「僕たちはあの鉄骨を攻略しなければならない。我こそは、と立候補するものはいないか?」

 その言葉にオレは驚いたが、すぐに気づく。

 遠池、やりやがったな。

 きっと遠池は自分が代表になるのを回避するため、他の委員長に違う提案をしたのだ。代表を決めるのが反発を得るやり方だとでも説明したのだろう。立候補させることで、どうなることが責任を立候補者になすりつけようと考えたのだ。

 真面目ぶっていて、自分に危険が起こりそうになると、あの手この手で回避する。

 それが遠池のやり方だった。相変らず汚い。B組の『怠惰』を選んだやつらの中にも『努力』に行こうとしたやつらはいただろう。けど、遠池が発言したせいで、それを取り止めた。利用されるとでも思ったのだろう。遠池は気づいていないが、オレたちは遠池の姑息な手段には気づいていた。

「なら、オレが行くぜ!」

 軽いノリで、手をあげたのはA組の松原。サッカー部所属で少し上手いってだけで天狗になっているヤツだった。今回も運動神経がいい自分ならクリアできるとでも過信しているのだろう。

 これだから浅慮は困る。でもオレは何も言わなかった。

「おお、さすが松原くんだ」

「松原、やっちまえ。とっととクリアしてしまえ」

 A組からの信頼を一心に受けて、松原は鉄骨に足をかける。

 鉄骨以外には無関心といった様子にオレは笑ってしまう。

 狭い鉄骨を渡るには確かにすごい集中力がいる。

 松原も鉄骨を見つめて、ゆっくりと歩いていく。

 その姿を全員が見つめて、そして何人かが気づく。

「松原ー!」

 A組の誰かが叫んだ。呼ばれた松原は余裕だよ、と言わんばかりに手をあげて……そして落下した。

 落下する直前、松原の驚いた顔は滑稽で少しばかり笑えた。

 松原を落とした原因は、壁を見ればすぐに分かった。

 左右の壁には4つずつ、計8つの穴が交互するように空いていた。

 松原はそれが飾りとでも思っていたのか、それに無関心、無警戒で、鉄骨ばかりみていた。

 それが敗因だろう。

 松原が最初の壁の穴に近づいた瞬間、壁の穴から空気砲のように風が吹き、松原を押したのだ。

 全員が唖然とするなか、オレだけが鉄骨に近づき、大穴を覗く。

 串刺しにされた松原の死体がそこにはあったが特に感想を抱かなかった。

「次は……どうするんだ?」

 A組の委員長が困ったように、遠池に尋ねる。

「それは……」

「いっそ、あそこのパスワードを伝えてみるってのはどう? 隣に電話もあるんだし」C組の竹中が提案する。「代償が分かったのか?」遠池は思わず尋ねた。

「分からないけど、でも実は大したことが起こらないんじゃないかってなんて思ったり……」

「無責任だな……」

 オレはバレないようにつぶやく。

「誰だよ! 今、無責任って行ったの! 僕はみんなが鉄骨渡って死ぬよりも、安全だと思ったから……!」

「でもさ、代償が……その最悪誰かが死ぬとかだったら……それ意味なくない?」

 誰かが最悪の推測に辿り着いて、竹中の言葉を否定する。

「じゃあ、どうすんだよ?」

「……」

 キレた竹中が怒鳴り散らすと誰もが押し黙る。早くも手詰まりと言った雰囲気が漂う。

「やっぱり、当初の計画に戻そう……」

「ですが、それは……」遠池はぶるっと身震いをしていた。

「僕たちは権利を与えられただけでは動かない、責務と義務、そのどちらで縛りつけなければ……」

「それは……」

「みんな、こうしよう。各クラスがひとりずつ順番にこの鉄骨に挑んで、ゲームをしよう。それしかない」

 遠池の返事を待つ前にA組の委員長が提案し始める。

「待て! 待ってくれ! 大岩! うちは3人しかいないんだ」

「人数は関係ない、順番は守らせる。特別扱いはしない」

 捨て駒にする気だなとオレにはすぐに分かった。オレたちB組と最初に挑戦する何人かを捨て駒にして、攻略方法を探るつもりなのだ。

「諦めろ、委員長。お前の死ぬ番だ」

「イヤだ!」

「……なーんてな。オレが見つけてやったよ。必勝法を!」

 追い詰めるふりをして、からかうふりをして、オレは委員長を弄ぶ。

「そんなものがあるのか?」

「あるとも。委員長……お前はクリアしてヒーローになるんだ」


『怠惰』の部屋残り118人

『努力』の部屋残り31人

残り149人

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