ブンノゲーム

大友 鎬

1章-1 ハジマリノゲーム

「努力」か「怠惰」

最上 啓祐 その1

「『努力』か『怠惰』どちらかを選んで下さい」

 黒い服に包んだ、まるで頭脳は大人で見た目が子どもの漫画に出てきそうな、男たちのひとりが僕たちにそう言った。

 僕たちは修学旅行で鳥取から東京に向かうはずだった。なのに僕たちを乗せた飛行機は羽田空港ではなく、わけも分からない場所に連れていった。

 それがどこだか分からない。飛行機から降りる前、僕たちは目隠しをされ、建物の中に連れて行かれた。

 連れてこられたのは高校3年生になった僕たち、152人だけだった。

 同行していたはずの先生や、乗っていた客室乗務員に機長などはいない。

 僕たちが目隠しされた直後、何発も銃声と悲鳴が聞こえた。それで僕たちはおとなしくなったのだけれど、きっとあれは先生たちを殺したに違いない。

 そうして目隠しを外した僕たちを迎えたのは、黒尽くめの男たち。

 その男たちのひとりが、僕たちの戸惑いを無視して、先程の言葉を紡いだのだった。

「ちょっと、待てよ。その前に……」

「さあ、早く選んで下さい」

 短気な戸田山の声を無視して、男たちは僕たちに選択を迫る。

「おい、無視してんじゃねぇぞ、コラ!」

 戸田山が走り出して、唯一喋っていた男へと立ち向かっていく。僕たちは152人。それに大して男たちは10人ぐらいしかいない。全員で立ち向かえばなんとかなる。僕を含めてそう思った人がいたのかもしれない。

 何人かの足が動き出そうとしていた。

 しかし、戸田山の拳はいともたやすく受け止められる。

 腕を捻られて戸田山は体勢を崩して、無様に転ぶ。

「ワタシ……暴力は嫌いなんですよねぇ」

 転んだ戸田山を見て、男たちは笑う。ケタケタケタケタと癪に笑う笑い方だった。

「ふざけやがってっ!」

 キレた戸田山は再び拳に振るう。結果は当然、さっきと一緒だ。

 戸田山がまた転び、そして男は言った。

「死んで下さい」

 途端に戸田山の体が爆発した。今気付いたが戸田山の首に何かがついていた。

 不思議に思って僕が首を触ると、ひんやりとした感触。なぞるように確認するとそれはどうやら金属質の首輪のようだった。

「イヤアアアアアアアアアアアアア!!」

 戸田山の爆発に、近くにいた女子が悲鳴をあげる――違うクラスなので、名前が思いだせない。思い出そうとするのも束の間、うるさいですねぇ、と男がその女子も爆発させた。

「なんなんだよ、これ……」

 日野谷がつぶやく。日野谷は女子の血も戸田山の血も浴びて、軽くパニックを起こしていた。

「落ち着け、日野谷」

 近くにいた清川が宥めるように日野谷に話しかける。大騒ぎをすれば、戸田山やあの女子――思い出した、前田さんだ、前田さんのように殺されてしまう。

「気づいた人もいるようですが、キミたちの首に爆弾をつけさせていただきました。逆らえばバーンって爆発させていただきます」

 全員が絶句していた。今まで気づいていなかった人たちも自分たちの首筋を触って、ひぃ、と小さな悲鳴をあげてすぐに押し黙る。騒ぐと殺されるかもしれない、そう思ったのだろう。

「ぼくたちに何をさせる気だよ」

 学級委員長の遠池が言う。おそるおそると言った感じだった。

「ですから、言ったように『努力』か『怠惰』か選んで下さい。『努力』を選択する人は、隣の部屋へどうぞ」

 そういうやいなや、僕たちのいる部屋の左下の壁が上へとせりあがって、隣の部屋とやらの入り口ができる。

「『努力』を選んだ方は変更できませんので、よくよく考えて進んで下さい」

 そこまで言って男たちは自分たちの後ろにあった扉から出ていく。質問は何も受け付けないらしい。

 その男たちのひとりだけがその場に残り、言葉を続ける。

「ですがやはり『努力』する人がいないと、何も成り立たないのは事実ですので、注意して下さい」

 意味深な言葉だった。けれどやっぱり質問は受け付けるつもりはなかった。

 男は言うだけ言って、退出せずに、他の男たちが去っていた扉の前に鎮座して、黙る

 僕たちは何も分からぬまま、『努力』か『怠惰』に分かれなければならなかった。

 けれど分かれることにさえも意味がありそうだった。

「B組のみんな集まってくれ」

 遠池が言う。だが反応はない。「こういう時こそ団結しよう」

 ウザッ、と誰かがつぶやく声も聞こえた。「団結って、どうするの?」

 ちょっと大人しげな松原さんが質問する。待っていたとばかりに遠池が告げる。

「ぼくたちは一致団結して『努力』を選ぼう」

 クソ喰らえな団結だった。そもそも僕たちは運動会でさえ団結していない。誰かが出たい競技を選んで、残った競技を適当に埋めただけだ。運動会にご褒美もなければ、クレームを恐れて順位を決めることもしない。そんなものに興味は失われていって、時間の無駄という風潮さえあった。けれどなくなってしまうことを僕たちは望んでいない。授業が減るならどんなつまらない学校行事でさえ、大歓迎なのだった。

 僕は『怠惰』を選ぶつもりだった。もちろん、遠池には伝えない。伝える意味もない。

 遠池の意見に従いたいやつは従えばいいんだ。

「オレは行かねぇーぜ。だいたい、なんでお前の意見を聞かなきゃなんねぇーんだよ」

 中野が気に食わなそうに言った。僕も中野の意見には賛成だが、中野のように言うつもりもなかった。

「なんでってぼくは学級委員長だぞ。先生がいない今、全員をまとめるのがぼくの役目だ」

「そういうのうぜぇよ。ここ、学校じゃねぇーし。さっきのお化けだってよ、選べって言ったけどよ、クラスごとに選べなんていったか? ほら見てみろよ、A組もC組も好き勝手移動してんじゃねぇーかよ、オレたちもそうすべきだろ?」

 クラスの何人かが頷く。

「だが……みんな、考えても見たまえ! 『怠惰』など、許されるはずがない。『努力』か『怠惰』、そう問われたのなら『努力』を選ぶのが当たり前じゃないかっ!」

「つーかさ」ケバい化粧の明智が言葉を発する。「ようは委員長ってひとりが嫌なだけっしょ、扇動して仲間増やして、誰かについてきて欲しいだけっしょ」

「ちが……」

 遠池は否定しようとして言葉に詰まる。そういう側面もあったのだろう。

「勝手にしろ」

 遠池は腹を立てて、ひとりで『努力』の部屋に向かった。

「待てよ。遠池……」

 峰岸が立ち上がって、遠池を呼び止める。「オレも行く。小川、お前もついてこい」

「えー、ボクは……『怠惰』でいいって言うか……」

「いいから来い。『努力』なんてクソ食らえだが……面白そうだ」

 ニヤリと峰岸は笑って、遠池のあとについて行く。

 僕たちB組38人で『努力』に向かったのは、遠池、峰岸、小川の3人だった。

 残ったのは、死んでいる戸田山を除いて34人。

 他のクラスに比べて、『怠惰』に残ったのがずいぶんと多い。他のクラスからしてみれば「だろうな」という感想を持っていることだろう。僕たち、三年B組に『努力』を好む人間なんていない。

 『努力』の部屋に率先して行った遠池なんて、『努力』が嫌いなくせに、そうせざるを得ないと思っている節がある。嫌いなら、しなけりゃいいのに。遠池はアホだと思う。

 しばらくして、誰も『努力』の部屋に行く気配がなくなるとそれまで開いていた入り口が閉じる。

 僕たちは『努力』の部屋と『怠惰』の部屋に二分されてしまったことになる。

 そうして再び男は喋り出す。

「さあ、ゲームを始めましょう」

 男がそう言うと、僕は緊張のあまり唾をごくりと飲んだ。

「とはいえ、あなた方がすることは簡単。パスワードを入力する、だけです。『怠惰』にふさわしいゲームだと思いませんか」

「パスワード? この部屋にあって探したりするってこと? なんか面倒くせぇー」

「そうでしょう。そうでしょう。けどパスワードを探す必要なんてないのです」

「意味がさっぱり分からない」

 確かにパスワードが分からなければ、入力のしようがない。

「パスワードは隣の部屋にありますから、あなた方は隣の部屋から連絡があるまで待機するだけです」

「じゃあ……」

「そうです。『怠惰』を選んだあなた方はその名の通り、何もできないのですよ。ちなみに制限時間は6時間。それまでに電話がなければ……あなた方の敗北です」

 そう言って男は部屋から去っていった。

 僕たちは何もすることができないというのか。

 時間だけが無情に過ぎていく。


『怠惰』の部屋残り118人

『努力』の部屋残り32人

死亡2人

残り150人

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