カノジョと図書館

汐谷くらら

第1話


この学校で一番マシなのは図書館だ。


ボクはゆっくりと本のページをめくりながらそう思った。


回転式のこの不安定な椅子を固定するため、ボクは机の上に足を乗せて足を組む。


とても人には見せられない行儀の悪い格好ではあるけど、貴重な昼休みに図書室にいるのなんて図書委員である僕だけなのだから別に良いだろう。


入り口のところに作られた、図書委員専用のブースにいるときがボクの唯一落ち着ける時間だった。


ページをめくる音と共に外から皆の楽しそうなハシャギ声が聞こえる。


それは、元気の良い証拠なのだろうが、ボクにとってはただうるさい騒音にすぎない。


外で遊ぶことよりも本を読むことが好きな僕はきっと健全な男子高校生ではないのだろう。


それでもボクはそんな自分を変えるつもりはなかったし、図書の管理という特権を利用して、

昼休みと放課後に落ち着いて本を読めるのは何にも変えがたい幸福だった。


「あの、すみません、k県の歴史について調べたいんですけど なんかそういう本

 ありませんか?」


いきなり声をかけられて、僕が驚いて顔を上げるとそこには、明らかに

新入生と思われる、どこか初々しい女の子の二人組みが立っていた。


二人とも同じくらい小さくて、片方は平均並みの顔で特に興味は引かなかったが、もう片方は、整った顔にくりくりとした大きな目が特徴のかわいらしい女の子で、

2・3年もすれば立派な美女になるだろうと思われる逸材だった。


二人とも身長は150センチくらいであろうか?


ボクは急いで机から足を下ろして立ち上がる。


急に立ち上がった僕を見て一瞬びくっとした女の子にボクはできる限りの

感じのいい笑顔を作った。


「はじめまして、ボクは二年で図書の管理を担当している、上野 優 

 です。たぶんその本はこちらにあると思うのでついてください」 


女の子は何故か敬語を話す僕を不思議そうな目で見つめていた。


それもそのはずである。ボクは厳格な家で育ったため、常に日常の中で丁寧な言葉遣いを使うように義務付けられていた。


その結果小さい頃から他人と話すときには敬語になってしまい、

それがあまりに周りから浮いていたので、健気な小学生のボクは必死に努力してなんとかこのクセを直そうとした。


結果 男の前では普通に話すことができるが、年上と女の前では敬語になってしまうという中途半端な人間になってしまったのだ。


なんともまぁ 我ながら涙を誘う物語である。


まぁ これはこれで周りからは礼儀正しいと好印象なのでボクとしては

気に入っているわけなのだが。


「一年生ですよね もう学校には慣れました?」


ボクは図書室を案内しながら二人に声をかけた。


・・・視線は当然かわいらしいほうに向いているのであるが、


「ハイ、それにしてもこの図書室はとっても広いんですね」


可愛らしい方は、ボクの想像したとおりの少し小さな声で高めの


まるで一昔前のアイドルみたいな可愛らしい声で答えた。


あぁ 外ではしゃいでいるウルサイ女じゃなくて、日本の女性とは本来こういうものを言うのだろう。

ボクはひとりでしみじみとそう思った


「この図書館は日本でも有数の広さでね。どうやら読書家の 資産家が多くの本を寄贈してくれて、しかもご丁寧に

 その本が入りきるような図書館も作ってくれたんですよ」


「すごいんですねぇ」


女の子は本当に感心しているようで何度もうなずいた。


ボクは気分がよくなり、続けて喋り続けようとしたが、運が悪いことに目的地である郷土史のコーナーに到着してしまった。


ボクはがっくりと肩をおとし、図書を借りる時の手続き方法を説明した後、ボクは本のブースに戻って本を開いた。


残念なことに、きっとあの女の子達はしばらく帰ってこないだろう


僕はもう一度大きく肩を落とした。



ボクはまたさっきの様に机の上に足を乗せ、静かな昼休みを満喫しようとようとした瞬間、


何者かが自分に向って近づく気配を感じたのだが、悲しいかな、そこは普通の男子高校生でありなおかつどちらかというとスポーツが苦手なタイプであるためか、


ガツン


頭に何か大きいものがあたって、バランスを崩して転倒した。


さっきまで静寂を保っていたはずの図書室にすさまじい音が鳴り響く。


「いてぇ 死ぬとこだぞ」


ボクは覆いかぶさる机と崩れた百科事典を払いのけて立ち上がった。


頭がジンジンと焼けるように痛む。


髪をかき分けて頭皮を触ってみると血は出ていないが大きなこぶになっていた。


クソっ ボクは危うくボクを殺しかけ、なおかつボクの頭に強大なこぶを生成した犯人をにらみつけた。


しかし顔を上げてにらみつけたことをすぐに後悔する羽目になった。


「あんた、私をにらみつけるなんていい度胸じゃない」


そこにはあまりに見慣れた姿の少女が立っていた。


短く整えられたショートカットにすらりと通った鼻、


そして薄い唇に一見華奢に見えるからだつきの可愛らしい少女。


ただし・・・何も知らない人が見たらの話である。


そこにはボクをにらみつけ仁王立ちする、 金城 美雪 が堂々と立っていた。


その威風堂々たるや東大寺南大門のあ・うん像もはだしで逃げ出してしまいそうなほどの威圧感を持っていた。


「なんで、こんな分厚い本を投げるんですか 死ぬところでしょう。」


いくら相手がボクの抹殺を図ろうとしても、女は女、


女性には敬語で話しかけるという一見のろいとも思えるこのクセは直ることはない。


「あんたはこの図書委員会でしょう?いわばこの図書室の管理人であり帝王でしょう? それなのにそのぐうたらぶり

呆れるわ」


美雪は本当に呆れるようにそう言った


確かに彼女の言い分は正しいし一理ある。


しかし、だからと言って暴力行為までボクの正義感にかけて許すわけにはいかない


「確かにぐうたらしていた僕は悪いですよ。 でもだからといってこんな分厚い本をなげるのはあんまりでしょう。

 それはあきらかに暴力行為であり法治国家である日本では・・」


顔を上げると後ろにある広辞苑を片手で軽々と持ち上げながら


こちらになげつけようとする彼女が目に入った。


「すみません 調子に乗りました」


ぼくが頭を下げると彼女は満足そうに一度うなずいた。


彼女の持つ美貌と凶暴性が影響してか、ボクと同じ二年生であるはずの彼女は委員会で一番の発言力を持つ。


これは彼女が入学してすぐに犯した、生徒会長、暗殺未遂事件が関与しているわけであるが、あまりに恐ろしいこの事件を語るのはまた今度の機会としておこう。


「珍しいですね 美雪さんが図書室に顔を出すなんて」


「別に 今日はヒマだったから」


みゆきはそういうと本棚から適当に本を一冊抜き取りボクの隣の椅子に腰掛けた。


美雪に限らずボク以外の図書委員はこの図書館にめったに顔を出すことはない。


その確立といえば、ある日釣りをしていたら、つちのこが釣れた。


そんなレベルのつまりは、まずありえない話なのである。


暇な人が図書室の本の管理 というシステム事態問題があるとは思うのだが、


ぐうたらな図書委員長とおっかない美雪がいる限りはまともなシステムを期待する方が無駄とも思える。


まぁ結果としてボクは昼休みを有意義に使えることができていたのだが。


そう 今日までは。


「相変わらず人が少ないね ちゃんと努力しているの?」


本を読むのに飽きたのか、彼女は本を頭に載せながらボクに言った。


僕は 溜息をつきながら頭を左右に振り


「努力もクソも 図書室を人気にしようという努力なんて別にいらないじゃないですか。必要な人が必要な時間利用するそれが本来の姿じゃないですか」


本から顔を上げずに答えたのが癇に障ったのか彼女はボクから本を取り上げ、そして閉じた。


あぁ ページ数覚えてない・・・ 


ボクがそう思ったのも束の間 彼女はボクに指を突きつけた。


まっすぐ伸びた彼女の右の人指し指はまっすぐボクを向いている。


きっとあと一歩彼女が僕に近づいたのならいとも簡単に僕の眉間に大きな穴があいてしまうだろう。


「あなたは それでも図書委員の端くれなの? みんなに本を読んでもらいたい、親しんで欲しい そうそう思うのが普通なはずよ?それなのにアンタは・・・呆れてものも言えないわ・・・・」


珍しく彼女が正論を言っている、僕が驚いていると


「それに・・・・有名になったら発言力も増して生徒会に部費アップを請求できるじゃない」


彼女は最後にぽつりと言った。


なるほどこれが本心か、 さっきまでボクに芽生えかけていた尊敬の念は一瞬にして消え去り、大気中の塵になった。


しかし、彼女の言う部費アップには魅力的なものがあった。


わが図書委員会の部費の大半は維持費に消えてしまい。


新しい新刊など買えず、生徒に本の寄贈を呼びかけるくらいである。


部費が上がれば新刊が、しかも自分の自由に選ぶことができるかもしれない。


ボクにとってこれは大きなメリットだ


「ならどうします 図書のPR広告でもつくりますか?こんな本がありますよ。 とか本の紹介とか・・・」

だんだんボクもやる気になってきた。


本の紹介ならいくらでもかけるし、それにボクは文章を書くのが好きだ。 これ以上ボクが適任な仕事はないだろ

デザインは友人にでも頼もう・・・


ボクがあれこれ構想を考えていると美雪はバーンと机を叩いた。


本来静かなはずである図書館にまたど派手な音が響き渡る。


「そういうことじゃない そんなマニアックな広告誰が読むの?あなたが思っている以上に若者の活字離れは深刻なんだから」


みゆきはそう高らかこぶしを握りながらに言った。


若者の活字離れ以前に図書委員会がここまで図書室を騒音に巻き込んでよいものだろうか?


おそらくその理屈は美雪の頭の中には存在しないだろうと考えボクは言うのをやめた。


「ならどうするんですか? 図書委員ができることは限られているでしょう」


ボクはため息をつきながらみゆきに言った。


みゆきがしばらく考え込むそぶりをしたこと思うと、何か良いことを思いついたか指を鳴らしてにやりと笑った。


「そうだ 簡単じゃない。 私達図書委員が有名になればよいのよ」


「はい?」


彼女の思考回路がどうなっているのか、これほどまでに知りたくなったのは今日が初めてだった。


みゆきは自信満々の顔で続けた


「わからないの? この図書室を人気にするなんて今の時代では無理に近いわ。そこで私達が有名になればきっと図書室にも人が増えるはず きっとそうよ」


ぼくはもう一度大きなため息をつくはめになった。


「あのですねぇ 百歩譲って僕ら図書委員が有名になったとしましょうでも そうなったとしても図書を閲覧する人は増えないと思うんですけど」


「別に良いじゃない 図書の貸し出し数より 図書室の利用人数が大きなポイントになると思うから」


この人は・・・・ ボクはみゆきのあまりの言動にいつもながら口を開くことができなかった。


今まで何度も美雪の言動には振り回されてきたし、今回もそうだろうがいくら立ってもその、異次元からなにかの電波を受信しているとしか思えないその発想には呆れられた。


若者云々に図書委員であるお前が深刻な活字離れを起こしているじゃないか・・・


ボクはそう言おうと思って今にものどからそのセリフが出てきそうになったが 後一歩のところで言うのをやめた。


こんなセリフを言ったところで、また手痛い反撃を食らうのは目に見えていた。


ボクはなんだか面倒になって


「まぁ 頑張ってください」


と言って美雪に閉じられた本を開いた。


しかし本を開いたのも束の間その本を美雪は勢いよくとじた


そのためボクの愛おしい右手の人差し指は本に挟まれ尊い犠牲になった


「なにするんですか!」


「何人事のように聞いてるの?」


「人事って別にボクはやるともなんとも・・・・」


美雪はボクの本を取り上げて頭の後ろまで大きく振りかぶった


「ごめんなさい 手伝います」


ボクは頭を下げた。 こんな他愛もないことで自分の命を失うくらいなら


うそでもしたがっていたほうがいい 僕の心がそう判断したのだ。


「よし」 


美雪は腰に手を立て大きくうなずいた。  


「ちなみに 具体的な考えはあるんですか?」


上げに手を当てしばらく考えて 彼女は何かひらめいたのか手を叩いた


「なにかこの学園で事件が起きてそれを私達が見事解決するのは?」


ボクが目を丸めていると美雪はうれしそうに続けた


「最後は体育館に全校生徒を集めてそこで犯人の作った巧妙なトリックを私が解き明かし激しい格闘の末、犯人を捕まえるってのは?これなら図書委員会は注目のまとじゃない?」


両手の指を硬く握って力説するか美雪は確かに可愛いのだけどどうやら根本的かつ重要なことを忘れているらしい


「・・・・でその事件はいつ起きるのですか?」


みゆきは一瞬きょとんとした顔になり、照れくさそうに頭をかいた


「あんた・・・・複雑なトリックで完全犯罪とかやる予定はない?」


ボクはため息をついた。 


その時、昼休み終了のチャイムが鳴り、僕らは図書室を出た。


彼女といるのはやたらとエネルギーを使う上に、ため息の量が日ごろと平均して10倍にはなる気がする。


美雪が言っていた計画も明日には忘れているだろうし、まぁ今日は運が悪かったってことだ


本を抱えて教室に帰りながらそうぼんやり考えていた。





「ねぇ 私はたしか図書委員全員集合と言ったわよね?」


美雪はホホに手をあててハンバーガーをほおばりながら言った。


眉間に大集合した皺からは彼女が不機嫌なことは良くわかる。


「そうですね 皆用事があったのではないのでしょうか?」


ボクもハンバーガーをほおばりながらとりあえず相槌をうった。


まったく そういって彼女は二個目のハンバーガーに手を伸ばした。


彼女を見ていると女の子は少食だという絶対神話が都市伝説程度にしか思えなくなってくる。


今日の昼休みに美雪の提案した図書館をPRしよう作戦(仮)の打ち合わせのために放課後にファーストフード店に

集合をかけたのだが、委員長は風邪を引き、副委員長は塾そして他の部員達も部活や用事、祖父がなくなったという人もいた。


ボクは美雪にその伝言を頼まれての参加だがその言い訳を彼らの身の安全のために美雪には秘密にしておくことにした。


おそらく彼女は嘘だと見抜き明日の彼らが命の危険にさらされるからだ。


「今日はやめときますか? 二人じゃたいした調査もできないでしょう」


そうね・・・ 彼女は三個目のハンバーガーをほおばりながらなにやら考えていた。


おそらく今日は中止になるだろうし、明日からは美雪から逃げ続ければ、きっとそのうち忘れるだろう。


部費アップは少し惜しいが平穏な学校生活を守るためだ しかたがない


「決めた」


「えっ?」


ボクがすっかり油断してコーラをストローですすっていると、


ボクを大きな眼で見ながら彼女は笑顔を浮かべた。


この異様なまでにキラキラした眼をしているときは、ろくでもないこと


しかし彼女にとっては愉快なことを思いついたに違いない。


ボクは背筋がやたら冷えるのを感じた。


「尾行よ 尾行」


机に乗り出して間でボクに訴える彼女のセリフをボクは全く理解ができなかった。おそらく備考のことを言っているのであろう。


何か言い忘れたのに違いない。


ボクは無理やり自分自身を納得させようとしたが、彼女は困惑しているボクを無視して続けた。


「ほら後ろを見てみて」


「なんですか?」


ボクは普通に後ろを振り向こうとしたが、頭に鈍い衝撃が走った。


「いて!」


前を見ると拳を握り締めている美雪がいた。


「アホ そんなんじゃバレるでしょ ゆっくりよゆっくり」


さっきまで馬鹿でかい声で話してたのはどこのどいつだよ。


ボクはそう心の中でつぶやいて、できる限り自然に後ろを見た。


「後ろのおじいさんですか? 確かにひとりでファーストフードはさびしいですけど、高齢化社会ですからこれはしょうが・・・いてぇ」


また頭に鈍い衝撃が走った。 振り返るまでもなく美雪の鉄拳制裁にちがいない。


「バカ もっと後ろよ後ろ」


はいはい ボクはそう相槌をうって眼を凝らしてみた。


良く見るとおじいさんの後ろにはスーツを着た中年の男性と制服を来た少女がいる。


スーツを着たほうはすらりとして、かつ眼鏡をかけていて理知的な表情をしている。間違いなく仕事ができるほうの会社員で世界を飛び回っているような風貌だった。


少女の方は僕らの学校の制服を着ており、やけに楽しそうな表情を浮かべている。


きっと仲の良い親子に違いない。 娘のほうは、年齢的には反抗期真っ只中というのに、その父親を慕う表情など見たら、世の娘に嫌われるお父さんが涙を隠せずに見る光景に違いない。


「仲の良い親子ですね。 おそらく中流以上の家庭で一戸建て 庭付きの我が家で犬をかってますね ぐはっ!」


今度はさっきより強い衝撃が頭に走り、美雪のほうを見ると


どこから持ち出してきたのやら、良く受験生が持っているようなポケット型の広辞苑を持っている。


美雪に辞書、鬼に金棒、これは立派な銃刀法違反ではないのだろうか?


「さっきから痛いですねぇ 一体なんですか?」


「ほら あの子に見覚えない?」


「確かに どこかで見たような・・・」


ボクが思い出そうと必死に考えていると彼女はニヤニヤ笑いながらボクを見ている。


このままバカにされ続けるのも尺なので僕は自分の力を最大限に利用して考える。


必死に考えて、頭から煙が出るか出ないかのところで、その考えまでたどり着くことができた。


「もしかして・・・・今日の」


「そう 昼休みのちびっ子よ」


ボクの答えも聞かずに彼女は勝手に答えを言った。


オレのささいながら努力した時間を返せ!


「そのちびっ子が どうしたんです? 親子で飯食ってるだけなのに、なんで尾行なんて、とち狂ったことを・・・」


「ばか 気がつかないの? そんなんだからしょせんワトソン君なのよ」


ワトソン君でも十分であるし、別にワトソン以上を目指したいわけでもないのだが・・・・


「それじゃ あの人たちは何の秘密があるっていうんです?」


ボクがそう聞くと美雪は フフン と得意げに腕組みをして見せた。


そして明らかにボクを見下すような眼でこういった。


「あれは噂の援助交際よ きっとこの後ホテルか何かに行く気だわ」


ボクは口に含んでいたコーラを吹きそうになったが、ここは


口の周りの筋肉たちに最大限努力してもらい我慢する。


「なに バカなこと・・・」


「これは生徒指導上大変な問題よ。 彼女みたいな腐ったみかんを公正させ、私達のすばらしさをアピールするのが、今回の作戦よ」


いつの間にか作戦にまで発展している。前々から思っていたが、


ささいな出来事も彼女の脳内では、加速的に大事件に発展するようである。


この物理法則をも無視した思考回路は何かの発電に利用できないだろうか、


全く 文学少女恐るべしである。


「あっ あいつら出るみたいよ。 ほら行くよ」


ボクが唖然としていると、彼女は店の外に出て行った。


ボクは自分達の食いカス達を片付けようと思ったが、


彼女をこのまま放っておくと本当の大事件になりそうな予感、いや悪寒がしたので片付けないで出て行くことにした。


店員さんごめんなさい。


店の外に出ると、電信柱の影に隠れるようにして、


彼女は備考・・・もとい尾行をしていた。


それはまるで古いテレビであるような探偵の姿で現実の世界で見ると昨日までのボクは全く予想もしていなかった。


まぁ 予想できているほうがおかしいとは思うのだけれど


「ちょっと美雪さん なに考えてるんですか」


ちょっと静かにして 彼女はそう一言だけ言うと


電信柱に隠れつつ顔を出したり引っ込めたり、外の様子を伺う野生のモグラのような仕草を繰り返していた。


彼女は周りの注目および嘲笑をも意に返さずその行動を繰り返し、ボクの頭を重くした。


「あっ動いた あんたは私の後に続きなさい」


そういうと彼女は体制を低くして走り出した。


「ちょっ」


ボクもあわてて彼女の後を追ったが、悲しいかな、僕は文学少年であり体育会系とは程遠い体型をしているのである。


それに比べて何故かスポーツ万能である彼女にボクが追いつけるわけがない


彼女との距離がぐんぐんと離されていき、あわや地平のかなたへと彼女の後ろ姿が消えようとした時彼女は急に立ち止まった。


ボクもそれに続いてやっとの思いで彼女に追いつくと


不思議なことに彼女は息一つ乱れておらず、その目は好奇心に満ち溢れており、漫画であるなら星のひとつやふたつは出ているであろう状態だった。


「なにか・・・あったんですか・・・」


息も絶え絶えに尋ねた僕に何のねぎらいの言葉もなく彼女は進行方向を指差した。


ボクは顔を上げその方向を見るとこの町では有名なホテル街であった。


この町に生息している男女のカップルなる未知の生き物の数よりもホテルのほうが多いのではないかというほどの


ホテルが立ち並び、ボクのような健全な青少年には全く縁のない場所であった。


「もしかしてここに・・・」


「そう入っていったのよ」


そういう彼女はまるで勝ち誇ったかの要に腕組みしながら言った。


「でも 見ただけじゃ証拠になりませんよ? 何か有力な・・・」


そういったボクの頬を精一杯引っ張ると、その後見下すような視線をしながらポケットからケータイをとりだすとボクの眼前に突き出した。


「なんですか・・」


そこにはこのホテル外に言っていくあの女の子と中年男性の姿があった。


「どう? これで証拠もそろったわけだし犯人逮捕は目の前よ」


そう美雪は言うと大きくガッツポーズをして見せた。


確かにホテルこそ入っていってはいないが、まず父親と娘はこんなところに入っては行かないだろう。

しかも仲良く腕まで組んで。


これはあの女の子には悪いのだが停学もしくは場合によっては退学ものだろう。


きっと明日には呼び出しを受けてこってり絞られるに違いない


全く可哀想だ。


その後とりあえず僕らは帰路に着いた。


帰り道、ずっとこれからの計画を楽しそうに話す彼女を横目に眺めながら、このまますんなり終わるわけがないよなぁ

とボクは思わずため息をついた





次の日ボクはいつものように図書室で過ごしていた。


人っ子一人いない図書室で過ごす昼休みはいつものように至極充実し、かつ日ごろの疲れを癒すような、すばらしい時間をすごし、この喧騒に満ちた世界の中で安らぎをえるはずだった。


「ちょっと 優!! いんの?」


それはまるで窓ガラスも粉々に粉砕するような声とともに図書室のドアが開け放たれた。


その声の主が誰だか理解できたとき僕の安らぎにみちた平穏な昼休みはもろくも崩れ去ることになった。


「あっいた。 何ぼやぼやしてんの? さっさといくよ」


そういって美雪は僕の襟首をつかんでキャスターの付いた椅子ごとボクを図書室の外に連れ出そうとしていた。

ボクは仕方なく本を閉じ


「いや 何をするかはわかりませんけどボクは図書委員会の代表としてこの立派な図書室を管理するという指名があってですね・・・」


ボクの予想では理論的に反論することにより、美雪の呼び起こすトラブルを華麗に回避し図書室で有意義かつ安楽な時間をすごすはずだったのだが、美雪が本棚からいつものように百科事典を取り出したのでボクはおとなしく口をつぐんだ。


「それにしても一体どこに行くんですか? こんな昼休みに」


ボクのセリフが悪かったのか、美雪は はぁ と明らかに


いらだっている様に、あえてボクに聞こえる様に吐き出された、悪意に満ちたため息を吐いた。


「あんたねぇ 昨日のことを忘れたの? あの子に直接事実確認 そして説教、そんでもって改心した彼女の口コミにより図書委員の地位向上よ!」


彼女はそういって握り拳を作って、それを天にも届かんばかりに真上へと突き上げた。


それを眺めつつ今度はボクがため息をつく番であった。


「あのですね、 まずそんなに上手くいくとは思えないし、それより何かの間違いかもしれないじゃないですか、」


ボクは極めて正論を彼女に言って納得させようとしたのだが、


なぜかはわからないは飛んできたのは謝罪の言葉ではなく、彼女の平手であった。


「グダグダ言うな このネガティブ野郎! 早くついてきなさいよ」


そういって彼女はヅカヅカと一年生の教室がある方向へと進んでいった。


美雪の説得どころかネガティブ野郎と罵られたボクは、諦めて彼女の後ろを着いていくしか選択肢がなかったのだった。




「タク! いるならでてきなさい!」


美雪は一年生の教室に入るなりそう怒鳴った。


怒鳴られたほう、つまりは被害者である一年生諸君は悪名・・・・もとい学校一有名である美雪の怒鳴り声を至近距離で聞いたことによって、まるで時が凍り付いてしまったかのように固まってしまっていた。


「は・・・・はい」


教室の隅で友人達と楽しそうに昼食を取っていたタクはまるで頭の上から強力なワイヤーで引き上げられたかのように勢いよく席をたった。


彼は小さい頃から本が好きで、当然のように図書委員会になることを選んだわけだが、幸か不幸か、いや不幸としかいえないのだが、この図書委員会には帝王こと美雪が居座っていたわけだ。


よって彼女より年下である彼は当然のように、悪く言えば奴隷、よく言っても舎弟のようなポジションに位置づけられてしまった。


なんとも瞳からとめどなく涙が溢れてしまいそうな話である。


ダッシュ! 美雪が声を張り上げ、ためらいつつも少しずつこちら側に進行していたタクは、まるで美雪の犬のように教室の入り口までかけてきた。


「なっなんですか?」


彼は恐る恐る美雪を見上げながら言った。 美雪は両手を腰にあて、いかにも仁王立ちと言った風に眺め、僕は少しはなれたところに立ち、自分は何にも関係ないとアピールしてみたがきっとそれは無駄な抵抗であろう。


「この子知ってる? 同じ一年生のはずなんだけど」


そういって美雪はポケットから取り出したケータイ電話をたくの前にズイッと突き出した。


タクはそれをしげしげと眺めた後


「これ、四組の花園 桜 さんじゃないですか? たしか今は・・・」


「わかった!」


タクの言葉が終わるか終わらないかの内に、美雪は駆け出し、瞬きをした次の瞬間には僕らの視界から消え去っていた。


そこには、呆然とたたずむ 僕とタクそして一年生の面々だけが残されるだけの結果となった。


「どうしたんですか? 何かあったんでしょうか?」


タクは帝王美雪から解放された安堵感からか、少し笑顔さえ浮かべて僕を見た。


僕はそれを眺めながら首をゆっくりと横にふる


「何でもないよ タダのあいつの気まぐれだから気にするな。これから何も起きない平穏な日々をすごせるはずさ。」


僕は自分自身の願望と思える言葉をタクに向かって話すと、タクも そうですね。 と可愛らしい笑顔で答えた。


やっとのことで昼休みの平穏が訪れるかと思った、 少なくとも僕はそう思っていた矢先、


教室に設置してあるスピーカからやけに聞き覚えのある声が流れ出した。


「一年四組の 花園 桜さん。 至急、大至急保健室まで来なさい。 五秒できなさい」


そのスピーカどころか教室中の窓ガラスですら破壊してしまいそうな強大な美雪の声は学校中、もしかしたらこの島国日本中に響き渡ってしまいそうなほどの声量で響き渡った。


僕とタクはお互いに顔を見合わせ、そしてほぼ同時に方をがっくりと落とした。


僕らの切実に思う平穏な日々はまだまだ随分と先のことらしい・・・





僕はそのまま彼女を放置するわけにも行かず、急いで保健室に駆けつけると、そこにはベッドに腰掛けてくつろぐ美雪と男にもかかわらず保健室担当である歩

あゆむ

先生が机に足を乗っけたまま椅子に腰掛け、しかも学校の教員とはあるまじき行為である喫煙を悪びれもせずに行っていた。


「おいおい さっきの放送といいやけに大胆な逢引だな。 オレは邪魔か?」


そういって空き缶の中にタバコを放り込むと息を切らしたまま呆然と立ちすくんでいる僕を振り返った。


歩先生を見てまず思うのは、この人は本当に男なのだろうか? と疑問に思えるほどのきれいな容姿である。 


まるで外国の俳優のようにすっと高い鼻に整った顔立ち、長く伸ばした髪の毛は無造作に一本にくくってある。


そんないかにも女性にモテそうな外見をしているのにもかかわらず、先生の持つ口の悪さと人を見下したような態度がこの学校のワーストを争う結果をもたらしていた。


「そんなんじゃないですよ。 先生こそタバコの臭いをさせながら歩いているとまた校長にしかられますよ?」


僕がそういうと、歩先生は独特の顔をゆがませた、まるで 映画に出てくる悪役のような邪悪な笑みを浮かべた。


「こいつがあるから大丈夫、 それに用もないのにこの俺の保健室に来る物好きはお前らくらいしかいないからな」


そういって机に乗っかっていた消臭剤を部屋中にばら撒き、先生はポケットからガムを取り出し、それを口に放り込んだ。


この保健室はめずらしく生徒には全く人気の無い場所である。 普通保険室といえば生徒のたまり場や憩いの場になったりするのだが、ここは、生徒を容赦なく放り出す先生の人柄と他人を寄せ付けない雰囲気により、まるで何らかの結界が張られているかのように、近づくものすらいない。


明らかに腕が折れているだろう運動部の男子生徒に 病は気持ちから! と言い放ったのはこの学校ではあまりに有名な話である。


いろいろと問題を抱える保健室にこの先生が居座り続けられるのは、もはや神秘的な奇跡としか言えず、物好き代表である美雪が興味を示すのは当然のことだ。


そして当然のように巻き込まれる僕もまたいつの間にか図書室の次に訪れる場所といえば、この邪悪な保健室となってしまったのだ。


「あら? あんたも来たの? やっぱりアンタも援助交際の結末が知りたくなったんでしょ?」


ベッドに腰掛けながら彼女はニヤニヤ笑いながら僕を見た。


「そんなんじゃなくて、暴走するあんたをほっとけるわけ無いでしょう。」


僕がうなだれると僕の気もしらずに美雪は何故かうれしそうに笑った。


「援助交際? なんか面白そうだな」


歩先生は備え付けてある冷蔵庫からジュースを取り出し僕と美雪に投げてよこした。


好奇心に目を輝かせながら僕を見る歩先生に僕は昨日の出来事を全て話した。


もしこれが普通の教師だったら決して話すこともないだろうし、美雪も不用意に援助交際などと口に出すことは無かっただろう。


しかし、みんなが恐れたり毛嫌いするように僕はこの先生を嫌いにはなれなかった、むしろ妙な愛嬌というか、他の教師とは違う信頼感を歩先生から感じたからだし、この自分と対等に生徒を扱うこの性格が心地よいのもあった。


きっとそれは美雪も同じであろう。


「ふぅ~ん まぁいまどきの高校生なんて援助交際なんて普通だろ? そんなに気にしなくて良いんじゃないか?」


先生はタバコに火をつけながらそういった。


「でも、一応やっちゃダメでしょう。 私達はそれを正すために桜っていう女を呼び出して先輩として説教しようと思ってるんだから」


私達・・・・ 彼女のその言葉を聴いて僕はいつの間にか自分も共犯にされていることに気が付いた。


「あの・・・でも僕はあくまで美雪に・・」


僕が自分の立場を主張しようとしたが彼女の突き刺さりそうな目線が見事僕に突き刺さり、僕は口をつむいだ。


「まぁ 別にどうでもいいが、面倒くさいことにならないように気をつけろよ」


そういって歩先生はタバコを空き缶の中に入れ、席を立ち上がった。


僕はその先生らしくないそのセリフがどこか引っかかった。


「どこに行くんです?」 


僕がそう尋ねると先生は


「うんこ」


そういって部屋を出て行った。





先生が出て行ったのとほぼ同時に、保健室のドアが開いた。


「あの・・・呼ばれてきたんですが・・・・」


そういって、恐る恐る保健室の中を覗き込んできたのは、紛れもない桜と呼ばれる昨日僕らが尾行した女の子だった。


「よく来ました! そこに腰掛けて」


美雪は顔が崩れてしまいそうなほどの盛大なニヤニヤ笑いを浮かべながら少女をベッドの方に誘導した。


僕は思わず頭を抱え、この哀れな少女の今後を思って涙しそうになった。


「あの・・・なんでここによばれたのが良くわからないのですが」


無理も無い。僕は頭を左右に振りながら、おずおずと答える彼女が哀れに思えてしょうがなかった。 だってそうだろう。 


いまだに僕も何故ここにいるか分からないのだ。


僕とは裏腹に美雪は、さっきのニヤニヤ笑いをさらにパワーアップさせて、もうすでに勝ち誇っているかのように思えた。


「ふふふ 実は昨日、あなたのある現場を目撃してね。 言いたくはなかったんだけど一応先輩として注意しておこうとおもって・・・」


一瞬彼女の表情が固まった。 これはいよいよ確定かな・・・僕がそう思った矢先、美雪はポケットからケータイを取り出し桜に突きつけた


「これが証拠の写真よ!!! ひれ伏せ!」


最後のセリフの意味は良くわからなかったが、とにかく桜はその車メールを食い入るように見つめ、美雪は邪悪なほど

の勝ち誇った表情で彼女を見ていた。


「あの・・・これ・・・いつとったんですか?」


「昨日の夕方よ? どうこれがなにの写真か分かる?」


はい・・・ と桜は美雪を不思議そうな表情で見つめた


「これは私と父です。 どうしてこんな写メールとったんですか?」


そのいたいけな少女のセリフによりこの保健室の時間は止まり、桜だけが不思議そうな表情で微動だにできない僕らを見つめていた。


「だって これはホテル街よ? 実の父親とこんなとこ歩く?」

美雪は自分の失敗を認めたくないのかさらに食い下がったが、


「ここを通ったほうが父の家が近いんです。 いつもは怖くていけないんですが・・・

父が一緒に歩いてくれて・・・」


もはやこれは我々、もとい美雪の完敗だった。 美雪はグーの根もでず、僕は恥ずかしさのあまり赤面するしかなかった。


「そう・・・なら帰っていいよ・・・・」


失礼しました。 そう一言言うと桜は足早に保健室を出て行った。


「ねる」


そういって美雪はベッドの中にもぐりこみ、僕は保健室を出て行くわけも行かず、美雪とともに昼休みが終わるまでただボーとするしかなかった。





まぁ なんというか良い意味で、いや美雪にとっては悪い意味での想像どおりの結果だったわけだが。なんにせよ美雪の落胆振りは相当なものだった。


前から感じていたのだか、美雪は一瞬一瞬の出来事にまるで命をかけるかのように、全力で挑んでいるような気がした。


そのやり方は時々、いや大抵の場合は周囲を置き去りにしてしまい、よって僕がいつも美雪の被害に会うのだが、それはそれで僕は嫌いじゃなかった。


過去の例を挙げると、文化祭の喫茶店ジャック、これは図書委員会で出展した小説喫茶といういかにもマイナー向けな店を出店した訳なのだが、当然客足は少なく、いつまでたっても人っ子一人いない状態だった。そこで美雪が考え出した答えとは、繁盛していそうな他店舗に小説を徐々に投入し、そこから少しずつ小説喫茶に変化させていこうというあほらしくもすばらしい案だった。 


結局他のクラス全員が一致団結して僕らを追い回し、僕らは学園中を逃げ回ることになった。とりあえず、何組かは知らないがクラスの親睦を深める結果になったと僕は前向きに考えている。


そもそも、よく考えてみれば突っ込みどころ満載の穴だらけの計画だったのだ。


失敗してもしょうがないはずなのに、図書室にも顔を出さず、廊下で見かけても声をかけるのをはばかられるくらいに落ち込んでいる美雪を見ると、あの桜という少女には申し訳ないが援助交際をしていて欲しいくらいだった。


そんなもんもんとした日々が続いていたある日、保健室の歩先生から呼び出しがかかった。


「よぉ しばらく見なかったけど元気にしてたか?」


保健室に入るなりタバコのにおいをさせながら歩先生は言った。


「ちょっとタバコ臭いですよ。 仮にも保健室の先生でしょう?」


僕が鼻を押さえながらそう言うと歩先生は そう固いこと言うなって、と笑いながら冷蔵庫に手を伸ばし中からコーヒーを取り出し僕に投げた。


「どうも」


僕はそれをキャッチし、缶を開けて一口飲む、缶コーヒー特有の安っぽい味がした。


「で この前の結果はどうだったんだ?」


歩先生は椅子に腰かけ、足を組みつつ新しい煙草に火をつけた。


僕は事の顛末を先生に一通り話すと、先生は大笑いしだした。


「やっぱな、 そんなうまい話はないよな。 しかし本当に父親と援助交際してると疑うなんてやっぱお前ら最高だ。」


そういって、腹を抱えて笑い転げながら先生は親指をぐっと立てた。


いつの間にか僕も美雪の仲間に含まれていたのには心外であったが


「まぁ 笑い話ではありますけどね。 美雪の凹み具合が半端じゃないですよ。 もう死ぬんじゃないかってくらいへこんでいるんですから」


先生はまだ笑いがおさまらないらしく含み笑いをしながら僕を見た。


「確かに、あの猪突猛進娘の性格じゃそうかもな。 さっき少し桜って子の担任から聞いたんだが、 猪突猛進娘を元気づける情報はいらないかね?」


僕はその先生からの提案にすっかり悩んでしまった。美雪を元気づけてしまったら、このしばらく続いていた平穏ライフも終わりをつげ、また騒々しい日々が始まってしまう。


しかし、正直、これ以上元気のない美雪の姿を見ているのもなんだか辛かった。


ここ一年でさんざん苦しめられた相手にこう思うのは変な話だけれども、美雪にジャイアントスイングさながらに振り回される日々が一種の僕のライフワークになってしまったのかもしれない。


「お願いします」


僕がそういうと先生は 待ってました、と言わんばかりに両手を勢いよく叩いた。


「まず、あの子の両親だが実は離婚しているんだ。 んで母方の両親の強い要望で、母親に彼女は引き取られたんだが、 その母親に少し問題があってな、」


「問題というと?」


僕がそう尋ねると、先生はさらにニヤニヤ笑いを浮かべながら


「いわゆるモンスターペアレンツというやつで、事あるごとに学校にクレーム入れたり保護者会で大暴れするなりで担任の教師も手を焼いていたんだよ。 それにたまにその子も体にあざを作ってきたり、けがしてくるなりで虐待があっているんではないかというのが噂だ」


そこまで一気に話し終えると先生は深く煙草の煙を吸い込み、上を見上げ勢いよく吐き出した。


保健室の天井にはまるで真夏の入道雲のような煙草の煙が今にも雨を降らさんばかりに充満していた。


しかし、先生から与えられた情報は、失礼な話だがあまり期待していない僕にとって、以外にも有益な情報となってしまった。


もし先生のいう情報が真実だったら、あそこで父親とあっているのはおかしい気がするし、父親の家に行くなどもって

のほかだ。 


それに父親がわざわざ娘を連れてホテル街を通ってまで近道をするだろうか? それに、なんとなくだがもっと他にもいろいろ事情がありそうな気がした。


まさにシャーロック・ホームズといわんばかりの頭脳の回転に僕は思わずワトスン君! と大声で叫びそうになったが、我ながら自分はレストナード警部、よくて自分自身がワトスン君だろうと謙虚にも自覚しているので言うのをやめておいた。


「ありがとうございます。 かなり美雪が食いつきそうな情報ですよ」


僕がそういうと先生は少し照れくさそうに頭をかいた


「まぁ オレだって猪突猛進娘が元気ない姿を見るのは嫌だしな。 それにお前らが厄介事を起こしてくれないと傍観者の俺としては非常につまらない」


そう言って先生は両ほほを釣り上げるようにして笑う 邪悪な笑みを浮かべた。


僕は後半に本音をポロリと漏らした先生に苦笑いしつつも、意外な優しさに感謝した。


先生は何かを思い出したように、手をたたくと何やら机の中をがさごそとひっかきまわし、しわくちゃになった紙切れを僕に手渡した。


「なんですかこれ?」


「さくらって子の家の住所と、別れた親父の住所、 生徒名簿からパクッテきた」


そういうと先生は僕にむかって親指を立てた。


僕は呆れて


「先生がそんなことしていいんですか? 下手すれば犯罪ですよ?」


「大丈夫。 筆跡はわざと崩して書いたし、何よりももし見つかった時はお前らが職員室に忍び込んでいたと俺が証言してやる」


先生は本日二度目の邪悪な笑みを浮かべて僕を見た。


僕は呆れてものが言えず首を左右にふり、それでも先生の協力はありがたく、ここは素直に頭を下げた。


僕が保健室を出ようとすると不意に先生が僕を引き留めた。


「なんですか?」


「お前ちょっとタバコ臭いからちょっと匂いを消していけ」


そういうと先生は消臭剤をこれでもかというくらいに僕に振りかけた。


「お礼はたばこでいいからな。 」


そういうと先生は保健室の扉をしめ、そこにはピーチの香りをまんべんなく漂わせる 僕一人が取り残された。





とりあえず、僕は僕の本拠地であり心の休まる場所である図書室へと帰還すると、そこには美雪が本を片手にぼんやりと椅子に腰かけていた。ある種の神がかり的なタイミングともいえるこの状況に僕は初めて神様とかそういうたぐいのものを信じかけた。


「なにしてるんですか?」


ぼくが声をかけると美雪は僕の存在に全く気が付いていなかったのか驚いたように目をかっと見開いて僕を見た。

しかし、そのあとは何事もなかったように べつに と僕に一言だけ返答するとまたぼんやりと本の中に視線を戻した。


これは恐らく天変地異の前触れであり、いつ地球上に巨大隕石が衝突してもおかしくないほどの美雪のリアクションだった。


いつもだったらおそらく


「びっくりさせんじゃない!」


と窓ガラスを粉砕せんばかりの勢いで怒鳴りつけ、本棚を軽々と持ち上げた挙句僕の眉間にたたきつけるほどのリアクションをとるはずなのに、今の彼女のリアクションのせいで僕はなんだか調子がくるってしまった。


「そんなにあの子が援助交際をしてなかったのが悔しかったんですか?」


僕はとりあえず彼女の隣に腰掛けながら気になっていた疑問をぶつけてみた。


「そんなんじゃないよ」


その問に対して美雪はいつもの彼女からは考えられないほどのか細い声で答えた。


「ならどうしてそんなに落ち込んでいるのですか?」


「別にいつもどおりだよ。 ただやっとこの下らない位単純な日常から抜け出せて、しかも図書室に来る人を増やせるかと思ったのに、一気に振り出しに戻っちゃった。 強いて言うならそれが悔しいんだよ」


そういった彼女はほのかに涙ぐんでいるように思えた。


きっと美雪は美雪なりに図書委員会としての役目を果たそうとしていたのだ。 方法はどうであれまったく何もしなかった僕とは違う、第三者がこの状況を見ていたのなら美雪より僕なんかのほうがずっと迷惑な人間なわけだ。


僕は自分自身に呆れかえり首を左右に振ってみる。


とりあえず僕ができそうなことと言えば歩先生から受け取った情報を美雪に伝えるだけのようだった。


「なら降り出しからまた先に進んでみますか?」


僕がそういうと美雪は本から顔をあげ、じっと僕の顔を見つめた。それはクリスマス前夜にサンタクロースの到来を今か今かと待ち望む子供のように、期待と希望に満ちた笑顔だった。


その無邪気すぎるほど無防備でかわいらしい美雪の笑顔を見て僕は思わず苦笑してしまう。


「この前、あの子はただお父さんとあっただけと言いましたよね?」


「うんうん」


彼女は精一杯に首を何度か縦に振った。


「それがその父親というのは、あの子の母親とすでに離婚していて もう血のつながりはあっても親子ではないんですよ。 しかもその母親はモンスターペアレンツと呼ばれる類の親で、気に入らないことがあるとすぐにヒステリーを起こすような母親です。 あと一つ付け加えるのなら あの子には虐待を受けている疑惑まである。 どうです? なんか怪しい感じがしませんか?」


僕がそこまで説明すると美雪は俯いてしまった。 もしかして賢い美雪のことだからここまでの情報はすでに入手していて、なおかつ実証した上で特に問題がないと考えていたのではないだろうか? だから僕の得た情報はもう価値がなくいたずらに美雪を期待させてしまっただけに余計に落胆させる結果になってしまったのではないだろうか?


僕の頭の中ではネガティブ思考ここに極まりといわんばかりの考えがぐるぐるとまわり、僕までなんだかうつむいてしまいそうになったが、 顔を伏せている美雪から フフフフ となにやら不気味な笑い声が聞こえてきた。


「大丈夫ですか?」


僕がうつむく彼女の背中をさすろうとした瞬間美雪は勢いよく立ちあがり、結果美雪の後頭部が僕の顎を直撃し、思わぬカウンターパンチをくらった僕は脳をぐらぐらと揺らす事態へと陥ってしまった。


「それよ それしかない! これはあの子とその父親に事情を聴取するしかないわね。 あんた ちゃんと住所は押さえてる?」


「はい これを歩先生から預かってきました・・・」


僕がマグニチュード8くらいの勢いで揺れる脳を必死に押さえながらメモ用紙を手を足すと彼女は勢いよくそれを分捕った。


ふむふむ とそのメモの内容を食い入るように見たあと、美雪は机の上に駆け上った。


「よくやった ワトスン君! これで事件解決は目前よ。 それでは早速 あの子を呼んで父親の元に特攻あるのみ!!」


そういって 美雪は腰に両手をあてふんぞり返るように フハハハハ と高笑いしだした。


全く まだ事件も何も始っていないだろうに・・・・


僕は呆れつつも美雪がいつもの調子を取り戻したことが、内心うれしくてたまらなかった。





その日の放課後僕らはさっそく桜ちゃんをあの始まりのファーストフード店へと呼び出した。


僕らはこの前と同じ席に腰掛け、また同じように僕は普通のハンバーガセットを一つ、そして美雪はハンバーガーセットとハンバーガーを三つ目の前に積み上げていた。


そのアメリカ人顔負けなハンバーガー摂取量はまず間違いなく将来の生活習慣病予備軍といっても過言ではなかった。


「あの子ちゃんと来ると思う?」


ハンバーガーを両ほほに頬張ったまま美雪は言った。


「どうでしょうね?」


僕はすさまじい勢いで消費されていくハンバーガーの山を眺めながらそう答えた。


しかし僕は内心桜ちゃんが来ることは」ほとんど、いやまったく期待していなかった。


それもそのはず、美雪が桜ちゃんを呼び出した方法というのが靴箱に手紙、それも一言 ○×店にて待つ とかかれた、手紙とも呼ぶことがためらわれむしろ一昔前の果たし状のような紙切れをほ織り込んできただけなのだ。


もうちょっとマシな方法もあっただろうに・・・


僕はとりあえずポテトをつまみながらそうぼんやりと考えていたのだが、僕の考えは何の問題もなく店を訪れた桜ちゃ

んによって粉砕された。


どうやらこの子もどこかおかしいところがあるらしい・・・むしろ僕のほうがおかしいのだろうか?


「あの、 何か用事でしょうか?」


そうオドオド僕らのもとを訪れた桜ちゃんを僕のフランス紳士も真っ青な抜群のエスコートにより僕の隣に座らせ、とりあえず僕の食べきれなかったハンバーガーを彼女に手渡した。


「ありがとうございます。」


と頭を下げた桜ちゃんはかわいらしく、そしてその僕の手渡したハンバーガーをまるで餌を狙うアフリカの動物のように見つめる美雪は恐ろしかった。


しかし、隣で小さな口で桜ちゃんを見つめていると、この見つめるというのはあくまで観察でということで微塵も下心などなく、もう一度言うが下心などみじんもないのだが、袖から見える手にはアザがあり、顔には目立たないのだが何やら切り傷のようなものも見えた。 もしかしたら虐待があるのも本当かもしれない。そう僕が考えていると美雪が口を開いた。


「あのね 桜ちゃん。事情は先生から聞いたよ。 辛かったね。 私たちが力になれることはなにかあるかな?」


以外にも美雪の口から出てきた言葉は優しさに満ちた、まるで妹を慰めるような言葉だった。


桜ちゃんもそれを見てまるで時間が止まってしまったかのようにハンバーガーをほおばろうとした姿勢で止まっている。


それもそのはずだろう。 美雪の奇行にも慣れているぼくですらあいた口がふさがらないのだ、この意外すぎる言葉に驚くのもおかしくはない。 


しかし、そのあとに起きた出来事は僕の予想の範疇をはるかに超えていた。


「なんで・・・わかったんですか?・・・本当に・・・・」


桜ちゃんの大きな可愛らしい瞳からは大粒の涙があふれ、それがほほを伝いあごの先から水の玉となってテーブルの上へと落ちた。


肩を震わせながら泣き始めた桜ちゃんの肩をやさしく抱き締めた美雪は耳元でずっと励ましの言葉をかけ、この予測も全くしていなかった事態に僕は明けた口がいまだにふさがらなかった。 


泣き出した女の子の前でただ口をあけているだけじゃ男として、いやまず一人の人間としてはどうだろうか?

僕はとりあえず、まず事態の把握をしようと冷静に頭を働かせてみた。


きっと歩先生のくれた情報はすべて真実だったのだ。


両親が離婚し、そしておそらく虐待も受けていることも。


それを誰にも話すことができず、思い悩んでいたところに美雪の思わずやさしい言葉になみだしたのだ。


あくまでもこれは僕の想像であり、まだまだ推測の域を出ないのだけれども、不思議と間違っているような気はしなかった。


あふれ出す涙を止めることができず、それでも訳を聞こうとする僕と美雪に桜ちゃんはとぎれとぎれながらゆっくりと話してくれた。


その話を要約すると、桜ちゃんの物心ついた時から両親のケンカは絶えず、そのたびに桜ちゃんは泣いていたという


 理由は主に母親のヒステリーを起こしたことが発端みたいだったが、中学を卒業するあたりに急に父親が仕事を首になったことを理由に両親は離婚をした。 当然母親の方に親権が与えられ、桜ちゃんは母親と二人で暮らすことになった。


もともと裕福な家庭で育った母親は仕事もせずに実家からの援助で暮らしていたが、高校に上がったあたりから母親のヒステリーの対象が桜ちゃんに移り、それでたびたび暴力を振るわれ、生傷が絶えないようになった。  


そしてこの前父親から連絡があり、母親には内緒でここの店でこっそりあっていたという。僕らが目撃したのはちょうどその場面だったのだ。


「父親は・・・仕事が決まったから一緒に暮らそうと言ってて、でも私がそれを母さんに話したらまた殴られちゃって・・・ もうどうしたらいいのかよくわかりません」


そういうと桜ちゃんは顔を伏せてまた涙を流し始めた。


その後僕らは必死に桜ちゃんを慰め続け、なんとか泣きやんだ桜ちゃんにお礼をいい、家に帰した。


しばらく、僕と美雪は無言で座り続け、そこにはいつもとは違う何やら重い空気が流れていた。


「父親とも話して どうにかして桜ちゃんが父親と暮らせるようにしてみましょう」


口を開いた美雪からは、いつもの口調からは感じられない、深い決心にも似た言葉だった。


「そうしてやりたいのですが、 それは俺らには荷が重すぎませんか? 素直に先生に任せた方が、正直、これは僕らなんかが、かかわっていけるレベルの問題ではないような気がします。」


僕がそういうと 美雪は強く首を振った。それに合わせて髪も激しく左右に動く。


「教師は信用できないよ。 それにこれは私達を信用して桜ちゃんが話してくれたことんだんだよ? それを勝手に先生に報告して、父親に親権を移す裁判の間に何も起きないと思っているの?」


「それは・・・」


美雪の言葉に僕は何も反論することができなかった。 僕らが教師に報告したとして、それで問題が解決したとしてもきっと桜ちゃんは納得ができないであろう。


おそらく自分が母親を売ったような気になるんじゃないのだろうか?


そう考えると一番よいのは、父親を説得して桜ちゃんの母親と話し合うことしかないように思えた。


「確かにそうですね。 なら今度桜ちゃんとその父親とどうにか話してみましょう。 それでどうにもならないとなったら、桜ちゃんに説明して先生へと問題をまかせますか」


そう僕が言うと美雪は大きくうなずいた。


「わかってきたじゃん。 ワトソンのくせに偉いね」


その地球上の歴史上はじめてといってもよい美雪のほめ言葉に僕は、若干ばかにされているワトソン氏には悪いのだが思わず照れてしまった。





次の日、さっそく僕らは桜ちゃんに協力を頼み、例の父親を呼び出した。


実際に会ってみると最初見たときの印象とは少し違い、どこか弱気な感じを受ける印象だった。


僕らが桜ちゃんに了解を得て、今までの経緯とこれからやろうとしていることを説明するとその父親は最初こそためらっていたものの、桜ちゃんが暴力を受けていることを知ると心を決めたのか話し合いに応じることを約束した。


僕らは次の週に桜ちゃんの家を訪れることを約束し、そこで別れた。


それからは何も起ることのない平穏な日々を僕はすごすことができ、昼休みと放課後は図書室で過ごし、美雪とも会うこともなかった。


決行を前日に控えた放課後、僕は湧き上がる緊張感を抑えるために一人読書に励んでいた。物語を読み解くといったことよりもどっちかというと現実逃避といった方が正しいのかもしれないが、僕は少しだけだが安らぎを得ることができた。


そんな時、珍しく図書室のドアが開く音がしてその方向をみると美雪が立っていた。


僕に向かってあいさつの意味なのか右手を少し上げると本をとることもなく僕の隣に腰かけた。


「どうしたんですか? 珍しく本もとらないで」


「別に図書委員会の私が図書室を訪れても不自然ではないでしょう? あんたの仕事ぶりをチェックしにきたのよ」


確かに正論だけども、自分は仕事するつもりはないのか? とツッコミを入れようと思ったが、なぜだかそんな気にもならず僕は そうですか と一言返答し本に目を戻した。


「なんだか 大変なことになっちゃったね。」


「まぁ 僕もこんな大事になるとは思いませんでしたよ。でも桜ちゃんの父親もなんとか決心してくれたし、母親に少しでも良心があるのなら成功するのでないでしょうか?」


僕がそういうと美雪は そうね と少し元気無下げにそういった。


「元気がないですね? 緊張しているのですか?」


美雪は膝の上に手を置いたまま大きく首を左右に振った。


「なんだか嫌な予感がするの 何が? って尋ねられても困るのだけど、すごく嫌な予感がする。」


そういった美雪の口調はどこか暗く、こうも順調に物事が進んでいるのにもかかわらず、それはあまりに不自然に思えてならなかった。


「大丈夫ですよ。 今まで通り何とかなりますよ。 そんな元気のない美雪さんはまるで普通の女の子みたいですね」


僕がしまった と思った瞬間、時すでにおそく、おそらく当たり所がわるかったら死ぬであろう美雪の拳は僕の眉間を的確に射抜いた。


「うっさいな。 いつでも普通の女の子だし、 三回生き返ってもいいから五回死ね!」


美雪は僕に対して中指を天井に向かってまっすぐに向けながらそう吐き捨てた。


「それを差し引いても僕は二回死ぬじゃないですか。」


僕がおそらくはれ上がっているだろう額をさすりながら不平不満を口にするとさっきまでの少しおとなしい、それこそ普通の女の子のようだった美雪から一遍、あははは と口を大きくあけて笑いだした。


そのあまりの快活な笑い声につられて僕も思わず笑い出す。


誰もいない静かなはずの図書室に笑い声が響き、まるでこれから何事も不安なことが起こることがないことを暗示しているかのように僕は思えた。





決行の日である金曜日の放課後、僕はいつものファーストフード店へと着いた。


時間よりも少し早かったせいか、そこには美雪も桜ちゃんすら来ておらず、僕はひとりコーヒーを注文し席に着いた。


しばらくボーとして過ごし店員がコーヒーを持ってくると僕はそれをすすりぼんやりと今晩のことを考えてみた。


とりあえずの計画は、桜ちゃんの父親に説得をまかせて僕らがあえて中立的な立場を装いつつ桜ちゃんと父親が暮らせるようにする。というかなりお粗末なものだった。


これはあくまで言い訳にしかならないのだが時間的な猶予もなく、桜ちゃんの父親ともあまり打ち合わせできない僕らにとってこれが最上の策である。


まぁ、 最悪何の進展がなくても母親に考えだけでも伝えられるのなら良いだろう。


美雪に言ったのならまたもやネガティブ野郎とののしられそうではあるが、それが僕の妥協点であり、目標でもあった。


「あら ずいぶんと早く来たんだ」


そう言って店内入って気きた美雪はいつもと違うどこか緊張した表情をしていた。


それもそのはずだろう。僕らは美雪の言うとおり平凡で退屈な日常から抜け出すというメリットを得るために、一歩間違えれば大惨事になりかねないリスクを負っているのだ。


それに美雪だけではなく当然僕もまともに立っていられないくらい緊張しているし、桜ちゃんもそのお父さんも緊張していることだろう。


僕が一言美雪に何か声をかけようとした瞬間みゆきは


「トイレ」


とそう一言言うとすごいスピードでトイレに駆け込んでいった。


僕はあっけにとられてしまい、美雪の走って行った方向をただ茫然と見つめるだけしかできなかった。


しばらくして美雪がトイレから出てきて、僕の目の前に腰かけると すっきりした といかにも満足げな声を上げた。


僕はそのよい年をした女性のあまりにも幼い行動を見て思わず吹き出してしまい、美雪はそんな僕の姿をみてあっけにとられたような表情をしていた。


「さて 行きますか。」


僕がそう声をかけて僕が対上がると美雪もまた 大きくうなずいて僕を見た。





僕らは教えられた住所の場所へと到着すると 桜ちゃんの父親は僕らより既に早く到着しており、どこか緊張した様子で家を見上げていた。


「あの・・・大丈夫ですか?」


美雪は桜ちゃんの父親を見上げながら心配そうに尋ねると、桜ちゃんの父親はゆっくりとうなずいた。


「今まで私が勇気を出すことができなかった分桜にはつらい思いをさせてきましたからね。

今日くらいは・・・・」


そういってまるで何かを決心するかのように力強くうなずいた。


「さあ行きましょうか」


そういって力強く歩きだした父親の後ろを僕らは歩きながら桜ちゃんの家へと僕ら踏み入れた。


桜ちゃんの住んでいた家は、普通の中流家庭である、広くもないしまた狭くもない。いたって普通の構造をしていたが、なんだか僕はその空間に、違和感を感じた。


・・・なんというか温かさというものが欠如しているかのように思えるのだ。


とりあえず、僕はインターホンを押してみた。


中には桜ちゃんがいるはずであり、この時間に尋ねることも伝えてある。


しかし、僕がインターホンを何度も鳴らしても帰ってくるのはインターホンが反響する音だけだった。


「このままじゃ、らちが あかない。 中に入りましょう。」


桜ちゃんの父親はそう言って玄関のドアを強引に開けようとした。


しかし、いつもなら 鍵がかかっているだろうそのドアはあっけがない位に開き、それは逆に何とも言えない不気味さを感じさせた。


玄関の扉を開けても、家の中は真っ暗で中からは何の反応もなかった。


中には桜ちゃんがいるはずなのに・・・僕は急に全身が凍るかのように寒気を感じ、美雪の方を見ると僕と同じような気持ちを感じているのか表情は固くこわばっていた。


そこには人の気配は全くないわけではなく、何かが息づいているどこか不気味な空間がそこにはあった。


「ねぇ なんかおかしくない?」


美雪は僕の服の袖をつかみながら不安な表情を隠しきれずにそういった。


「なんかヤバいかもね」


僕は彼女にうなずいてみせる。


「さくら いるか?」


玄関をくぐるなり父親はそうどなり靴も脱がずに家の中に入っていった。


当然僕らもそのあとに続く。


するとキッチンの方から ゴトン、という何やら重いものが床に落ちたかのような何やら鈍い物音が聞こえた。


「さくら そこにいるのか!!」


父親はそうどなりながら勇敢にもキッチンへと駆けて行った。


僕らもそれを追う。 


廊下を走りながら僕は言葉にできないほどの悪寒が背中を伝っていくのを感じた。


この前 美雪が感じていた嫌な予感とはこのことなのかもしれない。


人の気配はするけども全くの暗闇である家、そしてかすかに聞こえる物音とかすかな呼吸音、そして何よりもこの家の中に立ちこめるこの嫌な空気は最悪な状況を想像せずにはいられなかった。


僕らがキッチンにたどりつくと、桜ちゃんのお父さんが壁につけられたスイッチを押し、


やっとのことでこの不気味な暗闇から解放されることとなったのだが、


その光景を見た瞬間、美雪は息をのみ、僕はいっそのこと暗闇のままであってほしいと後悔するはめになった。


そこには割られた大量のお皿が床を埋め尽くし窓ガラスは無残にもばらばらに砕けている。


そして何よりも身動きすることなく横たわり、おそらく桜ちゃんの母親であるのだろうか、髪の長いげっそりとやせ細

った女性が、桜ちゃんとそれにのしかかり、桜ちゃんの首に手をあて絞め殺そうとしていた。 


「あんたさえ・・・あんたさえいなければ・・・」


そう小さな声で何度もつぶやき、あまりの光景に僕らは身動きをとれずにいた。


「やめろ!!」


その、凍りきった空気を切り裂いたのは桜ちゃんの父親であった。


父親がその母親にとびかかり、その衝撃で吹き飛ばされた二人はゴロゴロと転げながら


キッチンの奥へと転がって行った。


その衝撃で我にかえったのか、美雪は眼にもとまらぬ速さで桜ちゃんのもとへ駆け寄った。


しかし、僕の両足は全く持って動くことはなかった。


情けない話ではあるが、この現実離れしたあまりの状況に僕は腰が抜けないようにするだけで精いっぱいであった。


「うわっ」


父親はそう叫びながら、母親に突き飛ばされたのか強く壁にたたきつけられ、


そのままぐったりとして動かなくなってしまった。


そのあと、ゆっくりと床から立ち上がった母親は右手に包丁を持ち、ゆっくりと桜ちゃんの方へ向った。


一歩一歩近づいていくにつれ 桜ちゃんを守るように抱きかかえる美雪の表情が硬くなる。


「あんたが 私たちの幸せをぶち壊したのね。 うちの桜をそそのかして 許さないからねぇ!!」


そういって包丁を振りかぶり、美雪は桜ちゃんを抱きかかえたまま堅く目をつぶった。




その後の出来事は夢なのか幻なのかはよくわからない、しかしそれは今でも僕の頭にしっかりと刻み込まれている。




美雪が指されようとした瞬間、僕はいつの間にか、自分でもわからないくらいの速さで美雪のもとへ駆けつけていた。


 そして美雪を桜ちゃんごと突き飛ばすと、何やら冷たい金属が僕の脇腹へ食い込むのがわかった。


しかし不思議と痛みはなかった。


ただ自分の体ではない冷たい異物がゆっくりと僕の中へ入ってくる。 そう感じた。


いつしか周りの音は消え去ってしまい、目の前には涙を流して ゆっくりとなにやらつぶやきながら涙を流す桜ちゃんの母親の姿があった。


きっとこの人は本気で桜ちゃんを幸せにしようとしただけなんだ、でもやり方がわからなくて不器用なだけだったんだ・・・・


それに気がつくことができずに僕らは桜ちゃんのお母さんだけを悪者と考え、最悪な結果へと導いてしまったのかもしれない。


そう今にも止まってしまいそうな思考の中ぼんやりと考えていると、いつしか 僕のぼやけた視界からは桜ちゃんの母親は消え、両方の瞳から大粒の涙を流す美雪の姿があった。


僕はゆっくりと手を伸ばし、美雪の涙を拭きとるように瞳に手を当てる。


「最後に 頼みがあるんですけど・・・」


僕が精いっぱい声を出すと、美雪はまるで駄々をこねる子供のように首を激しく横に振った。


「このことは僕らの内緒にしておきましょう。  もし桜ちゃんの母親を訴えたら死ぬまで恨みますからね」


半分死人の笑えない冗談だ、僕は美雪に向って笑顔を作ったつもりだったのだが、それがちゃんと笑顔になっているのかは自分では分からなかった。


ただ僕の脇腹からはゆっくりと何やら温かい液体が流れ出し、それに比例するように


僕は死に近づいて行った。


僕の視界は色を失い、徐々に暗闇に染まっていく。


我ながらに 素晴らしいフィナーレではないだろうか?




僕は満足しながら意識を失った。






僕が目を覚ました時まわりは真白な壁で包まれていた。


おそらくここは天国だろう。


きっとあのあと僕は死んでしまい多くの天使に連れられて天国へ向いいれられたんだろう。


そう思うと何やら切ない気もしたが、これから幸せで落ち着いた生活を送れると思うと


どこか幸せな気分に思えた


しかし、僕の眠る白いベッドに突っ伏して眠るある少女はおそらく天国というより地獄のほうで罪人を指導している方がおそらく似つかわしいであろう少女だった。


その少女はすやすやと寝息を立てていた。


僕はその少女の頭をゆっくりとなでてみると、それは明らかに実在しており、そこから感じられるぬくもりは僕がまだ生きていると証明していた。


ゆっくりと冷静にあたりを見渡してみる。


そこは六畳ほどの個室であり、僕の右手からつながれたチューブは天井へとつながっている。


そして僕の脇腹には何重にも包帯が巻かれており、少しだけ血がにじんでいた。


不思議と痛みはなく、きっと痛み止めが効いているのだろう。


この状況から察するに僕はどうやらまだ生きているようであった。


「おはよう」


僕がすやすやと寝息を立てる美雪に声をかけてみた。


すると美雪はゆっくりと顔をあげ僕をまっすぐと見た。


もしかしたら感動の抱擁があるのかもしれない。 そう思った僕が馬鹿だった。


美雪は僕と目が合うなりいくなり僕の顔を殴った。 あまりにも予想外な出来事に僕が目を白黒させていると、彼女は両方の手をぎゅっと強く握りしめ、何かを堅く我慢するかのように口を真一文字に結んでいた。


そして両方の大きな瞳からは大粒の涙が流れ出している。


その姿を見ていると僕はなぜだかひどく申し訳ない気持ちになり、 ごめん と誤ってしまっていた。 


そのあと彼女は大きく首を振った。そして一言ひとこと吐き出すように言った。


「あの母親は逮捕されたわ。私たちが証言したの 親権は父親に移り桜ちゃんと幸せに暮らしてる」


そういうと美雪は僕のリアクションを待っているかのようにじっと僕を見た。


僕は自分の中になにやら言葉にはできない、強い感情が湧きあがってくるのを感じた。


「なぁ 僕が言った言葉は聞こえてなかったのか?」


「聞こえてたわ。 でも私が証言した。逮捕されたのも私が通報したからよ」


「なんで そんなことしたんだ!? あのヒトはただ幸せになりたかっただけなんだ。それを僕らがひっかきまわして、こんな最悪の事態にしてしまったんだぞ!


それに僕が秘密にするように言ったのは、あの後もしかしたら話し合うチャンスがあったかも知れないだろう?」


僕は気がつかないうちに美雪に対して敬語でしゃべれなくなっていた。それに怒鳴りつけてしまっていた。


「でもあんたは刺されたのよ? もう少しで死ぬとこだったのよ? なんでそんなことがいえるのよ?」


「そんなことどうでも良いだろう? 僕なんかよりあの子らの幸せが大切なんじゃないのか!?」


僕はそう言い終わると急に息苦しくなり激しくせき込んでしまった。


せき込みながら彼女を見ると僕の言葉に対して何の反論もせずにただただ涙を流しながら僕をじっと見つめていた。


そのしぐさはどんな強い言葉でののしられるよりも僕の心の深いところを傷つけた。


「もういい 馬鹿」


そういうと美雪は部屋のドアを開け、そしてドアが壊れてしまいそうなほど激しく閉めた。


僕は部屋に一人取り残され、そこには何の音もなく不自然なほど静かだった。


当然僕は美雪が悪いわけではないことは分かっている。 


人が一人大けがをしているのだ。何もなく丸く収まるだなんて思っていたわけでもない。


ただ、こんな最悪な結果でしか終わらせることができなかった自分に死ぬほど腹が立っていた。 


特に何もせずただどうにかなるだろうとしか考えていなかった自分に、それが 半分八つ当たりとして美雪に強い言葉を浴びせてしまったのだ。


僕は最悪だ、いっそのことそのまま死んでしまえばよかった。


そう僕が頭をかかえて打ちひしがれていると、不意に病室のドアが開いた。


僕がビクッとしてドアの方を見るとそこには ビニール袋を片手に持った歩先生が立っていた。


「おぅおぅ さっき泣きながら走る猪突猛進娘とすれ違ったぞ? 普通目覚めるやいなや、そうそう女を泣かせるかぁ?」


歩先生は何やらにやにやしながら 差し入れ とビニール袋を投げてよこした。 


「どうも」


「代金はお前の名前でつけといたからあとで売店に払いに行けよ」


そうぼそりと言うと歩先生は煙草に火をつけた。


僕は先生の やりたい放題な態度に突っ込む気力もなく そうですか とうなずくことしかできなかった。


「まぁ なんつうか、さっきの話を病室の外で聞かせてもらったけど、猪突猛進娘は悪くないと思うぜ? それはお前がよくわかっているだろ?」


「はい」


「まぁ説教するのは面倒だからやめとくけど、彼女はお前が目覚めるまでの一週間、学校にも来ないでずっとお前に付き添ってたんだぜ? お前の両親にも土下座までして」


いつものようにひょうひょうと話す先生の口調なはずなのに、その言葉の一つ一つが僕の心に深くのしかかるように響いた。


「さぁ ここでお前ができることはなんだ?」


僕は右腕につながる点滴をはぎとり、ふらつく足で立ち上がった。


その姿を見て先生はまたもや邪悪な笑みを浮かべた。


「おうおう青春は良いねぇ。 あっ言っとくけどもし看護師に見つかっても・・・・」


「先生は止めたけど 俺が無理して出て行ったんですよね」


僕がそういうと先生は一瞬あっけにとられた表情をしたあと、いつもの唇の片方だけをつりあげる邪悪な笑みを浮かべた。


「お前もなかなかやるようになったじゃないか」


そのほめ言葉かけなしているのかよくわからない言葉を背に僕は病室を出た。





病院中を探し回った結果、やっとのことで見つけた美雪は屋上で一人遠くを眺めていた。


屋上に入ってきた僕を美雪は一瞬だけ見詰めるとまた遠くを眺めはじめた。


「あのさ さっきはすみませんでした。」


僕がそういうと美雪は首を強く横に振った。


「いいの。 だって真実でしょ? 私が調子にのってこんなことしなければあの家族はもっと良い方向に向かったかもしれない。 しかももう少しで優を殺すところだったんだし、もう最悪よね」


美雪はいつもとはうって変ってうなだれながら彼女らしくないセリフを弱弱しくはいた。


「確かにそうかもしれません。 今回のことはお互いに軽率に行動しすぎたのかもしれませんが、結果として桜ちゃんは父親と過すことになったのだし、まったくのマイナスではないかもしれません。 


僕が彼女をまっすぐに見つめながら言うと、彼女は大きく首を振った。


「だとしても、同じ結果を得るにしてももっと違う過程があったはずでしょ?


 私たちが手を出さなければ、もっと他の・・・・


 私にとってこれはちょっと重すぎるよ」


そういって彼女はうなだれた、その弱弱しい背中は今にも消え入りそうであった


「なら僕らは共犯ですから、美雪さん一人ではないですよ。へたれな僕ですけどちょっとは軽くなるでしょう」


僕は自分自身の足りない語彙力を駆使して美雪を励ませようと努力してみた。


もしかしたら余計に傷つけたのかもしれない。


しかしそんな不安を打ち消すかのように


美雪は僕の方を振り向き、真っ赤に充血したままの瞳で大きく笑顔を作ってうなずいて見せた。 


その笑顔は今まで僕が見た彼女の表情のどれよりも美しく輝いて見えた。


「あっ 歩先生から差し入れもらったんですけど一緒に食べますか?」


僕は病室から無意識のうちに持ち出していたビニール袋を美雪に差し出した。


ありがとう と言ってそれを受け取った美雪の表情がみるみるうちに曇って行った。


「ねぇ これをどうやって食べろというの?」


「え?」


僕もビニール袋の中身をのぞいてみると、そこには煙草とライターが入っており僕の想像していた差し入れとは程遠い内容であった。


それを見て僕は思わず吹き出してしまい、そしてそれにつられたかのように美雪も笑い出した。 


もしこれがあの先生の狙いだったら大したものだ。


「一本だけでも吸ってみますか? 少しは下らない位単純な日常から抜け出すことができるかもしれませんよ?」


僕がそういうと美雪は一瞬驚いたような表情を浮かべたがそのあと何やらいたずらっぽい表情を浮かべた。


「全くワトソンのくせに生意気な。 言っとくけど私はあんたに強引に吸わされたんだからね?」


「はいはい」 


僕は苦笑しながらうなずく。


その後僕らはなれない手つきで煙草を吸った。


きっと僕らはこの後、ありふれた、彼女の言うところの下らない位の単純な日常を過ごしていくことになるだろう。 


しかし美雪と一緒にこの図書委員会を続けていく限りはそうでないかもしれない。


もしそうであるのなら、僕は美雪の助手であるワトスンであり続けるのも悪くない気がした。


こんなことを考えてしまうのは傷のせいと、煙草のけむりのせいなのだ。


僕はそう考えることにした。


煙草の煙が立ち上っていく青空には雲ひとつなく、ただただ輝かしい光が僕らを照らしていた。





「で、 なんで図書室の利用人数は全く増えない訳!?」


図書館に存在する図書委員専用のブースの中で、美雪は今日もまたぶつぶつと文句を垂れている。


「しょうがないですよ。 この件はなかったことになったんですから」


僕がそういうと美雪は そうだけど・・ と口を尖らせた。


あのあと僕は奇跡的に急所を包丁が避けていたため一ヵ月の入院で済んだ。こればっかりは僕の日ごろの行いの良さとしか言いようがないだろう。


そしてもう一つ、今回の件は大ごとになると思いきや、不思議と学校側からはおとがめはなく、ただ誰にもしゃべらないようにと口止めされただけであった。


まったく最後の最後でこんなにも運に恵まれるのだからしょうがない。


そして僕らは、いや主に美雪がだがどうやったら図書委員会を有名にできるか、ということを考えている。


僕としてはとんでもないことを思いつかないように祈るばかりなのだが・・・


「あっ あんた文章書くのは得意なんだっけ? なら今回のこと小説にしなさいよ」


そうはいかなかったようだ


「でも今回のことは他言しないようにと学校からきつく言われたでしょう?」


僕がそう反論すると美雪は得意げにフフンと鼻を鳴らした。


「大丈夫、 フィクションということにすれば良いわ。 表現の自由は日本国憲法で認められているのよ!」


そう言って机の上に立ち上がった美雪は アッハッハッハ とヒーローマンガの悪役顔負けな高笑いを始めた。 


当然僕はその下でいつものように頭を抱えることになったのだった。


ということで今、僕は美雪の命令で小説を書き続けている。 一応フィクションということなので実在する団体名や個人名は変えてはいるのだが・・・・


取り敢えず、僕らの考えた本のタイトルはこうだ。      



「彼女と図書館」


我ながらなかなか良いタイトルだと君もそう思わないだろうか?

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カノジョと図書館 汐谷くらら @kurara_sio

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