6月 ニート、家から出ない
ゴールデンウィークの飲み会以来、仕事が本格的になってきたのか、時々来ていた連絡もぱったりと止んだ。俺は返信する気持ちが起きず、それに何を言えばいいのかわからないので、既読無視をし続けた。
俺は執筆に集中することにした。何もしないよりその方がいいからだ。それに、梅雨が来て、雨の日が多くなった。わざわざ傘をさして外に出て、ズボンを濡らして帰るよりましだ。家にいれば一週間くらい洗濯せずに同じ服を着続けていても誰も文句を言わないし、電気代と水道代の節約にもなる。さすがにベランダにバケツを用意して雨水を保管するほど落ちこぼれてはいない。
執筆の具合はというと、なるべく趣味に走らないように、万人受けするものを書こうと心がけている。だが、その「万人受け」という範囲がよくわかっていない。俺が学生時代に流行していた作品は色々あるけど、同じ物を書いてもインパクトがないし、俺はそういう物より自分が好きだと思った作品を読み込むタイプだったから、あまりそっちの知識がない。
それに、ずっと家に一人でいると、他人が何を考えて生きているものなのかもわからなくなってくる。
俺は深く考えることをやめた。自分が面白いと思う物をまず一つ仕上げることが大事だ。自分がかっこいいと思う設定を考えて、自分がかわいいと思うヒロインを登場させて、誰も予想しなかった展開に発展していく。イメージはできている。あとはそれを文章にするだけだ。できる。俺はできる男だ。頑張れ佐久間
そうやって俺は家に引き篭もって書いてばかりいた。一日も声を発さない日もあった。自分のくしゃみの声に驚く日もあった。それでも頭の中に浮かんできたストーリーやイメージを文章にしていく作業を止めなかった。ばかりか、どんどんランナーズハイみたいになって、溢れ出した発想を言葉に置き換えタイピングするまでの時差が気になるほどに執筆に没頭していた。
一通りのストーリーが書き上がり、気が付くと、俺は部屋に独りぼっちだった。書いている間は、それぞれに特徴を持ったキャラクター達と一緒に冒険している仲間のように自分を思うようになって、色々な場所へ行ったり、おかしな出来事が起きてそれに全力で対処したり、自分自身がそのハチャメチャな状況下に置かれているような気分になっていた。でも、それは俺の頭の中だけのことで、俺はボロアパートの一室で、話の合う友達もいないさみしい奴だった。
時間を見ると、深夜四時だった。寝る時間は決めていたはずなのに、それさえも守れなかった。腹も減ったが、アパートの大家さんから、近くの牛丼屋に深夜に行くと怪しい客(多分たちの悪い酔っ払いだと思う)に絡まれると聞いていたから、行こうかどうか迷った。
いつの間に、俺はこんなにも社会から取り残されてしまったのだろう。卒業式の時は、内定はなかったし、誰かから進路を聞かれてお茶を濁すことはあっても、どこかやっていけるという自信があったはずだ。それが蓋を開けてみればこんな夜更けに一人で考え事をしながら、わけのわからない文章を書いている。
外に出なくては。他人と触れ合わないと、他人が面白いと思うものがわからない。外に出れば、新しい着想を得て、気晴らしもできて、もっとまともな文章が書けて、いい作品が作れるような気がする。
俺はある決断をした。
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