第2話 友を想ふ

『ねぇ知ってる男君……』


あれは確か高校一年生の親睦旅行の時のことだったろうか。


『あの松の木って相生あいおいの松って呼ばれていて、夫婦がいつまでも長生きするようにって言う神木なんだって』


---きっかけは何であっただろうか…ふと、なんの前触れもなく私はその言葉を思い出した。




昔恋し、とはよく言ったものだ。

学生時代は漫画のような生活は送らずとも良き友人に恵まれていて、これ以上の時間はもう手に入らないのではないかと思ってしまうほど幸せな時を過ごしていた。

社会人になってからは厳しい生活であった。もともと出版企業に勤めたいという願望を中学生の頃から持ち始めていたが、人生そう甘くはないものだ。努力も実らずに結局一般のサラリーマンとして主張することのない人の波の中ですごすごと生きながらえてきた。


「はぁ……昔を振り返ると、なかなか普通だったのかもしれないなぁ」


会社を定年退職してからは都会暮らしから一転、山形に移り住んだ。そして今はこうして家の縁側で、庭に生える一本の松を見ながら昔を思い出す毎日を送っている。


「あの時の女の子も、今はどこかで元気にしているのだろうか……それに、友も」


去年の四月にある一報を聞いてから、前よりも増して昔を惜しむ気持ちが出てきたように思える。





この歳になるとそれは唐突にやってくるものである。


小学校の頃からここ山形に引っ越してくるまで、人生で一番という程付き合ってきた親友が死んだ、その報告を電話で聞かされた時は本当に耳を疑った。今ではだいぶ気持ちの整理がついているが、それでも思い出すたびに涙と共にえもいわれぬ悲しみが自分を襲う。


「なんでだろうな、こんなに悲しいのに、それでも私は今日も生き長らえている……」


少し詩的な言葉を口ずさみながらもなにも感じない、ここ最近になっては心にポッカリと穴が空いたような、そんな気持ちにさえ……。


またこれもあの頃からだろうか、私はよく思っている。

昔の物語において、人が不老不死を願うことはよくある。しかしそれは本当に幸せなことなのだろうか。自分一人が生き長らえても周りは常に変化していく、その環境の中で、はたして人は正気を保ち続けることができるのだろうか、と。


……私にはできないと思う。親が死に、友人が死に、自分の人生に関わりを持った人々が次々といなくなっていく中で、何度自分も一緒に……そう思ったことだろうか。そんな事を胸の内で思いながらも、 それでも と思いながら私は日々を過ごしている。

いつかの相生の松のようにはいかずとも、この庭の松が私とあの世の友とを結び付けてくれる、なんて突拍子のない事を考えながら---






たれをかも しる人にせむ 高砂の

    松も昔の 友ならなくに


          藤原興風(34番)










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百人一首思いつき小説 てふてふと書いて蝶々 @tehutehu

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