第25話『真実を告げる②』

「犯人はあなたに決まっているじゃないですか、竹内さん」

 俺の言葉に、周囲の人間は動揺を隠せないようだ。まどかと宮永先輩、ななみさんと百瀬さん、タブレットの向こうにいる松本さんは声を上げて驚いていた。平静を保っているのは昨晩、病院で俺の推理を聞いた堤先輩と霧嶋刑事だけだ。

 そして、俺に指を指された竹内さんは、

「あははっ! 冗談もほどほどにしてよ!」

 高らかに笑い飛ばしていた。あまりにも笑いすぎたのか、頬も赤くなっている。

「私が越水さんを殺した真犯人ですって? 成瀬君はそんなことを私へ話すために小関さんに協力してもらったの?」

「だって、俺が竹内さんに事件のことについて話があると言っても、あなたは来てくれないでしょう?」

「当たり前だよ。だって、私……殺してないもん」

「そう言うと思って、小関さんからのメールであなたを呼び出したんですよ。あのプロジェクトのことについて話があるという餌を付けて」

「へえ……」

 竹内さんはまだ声を出して笑っている。余程、自分が真犯人だと立証されないという自身があるのだろうか。

 だが、彼女の微笑みはすぐに消えてゆく。その代わりに現れたのは、

「そこまで言っておいて生半可な推理を聞かされたときには、絶対に許さないから。名誉毀損って言えばいいのかな? 人一人を殺人犯だって決めつけることがどれほど重いことなのか、教育者である私がちゃんと教えてあげないと。成瀬君はもちろん、AGCのメンバー全員にね」

 そう言って俺達を鋭い目で睨み付ける、豹変した竹内さんだった。核心を突かれると、途端に性格が変わるタイプなのか。

「篤人さん、危険です! 竹内先生から赤黒いオーラが激しく出ています」

 赤黒いオーラか。初めて聞いた表現だ。つまり、怒りや恨みの念を強く抱いているということか。これは、本気で俺達に何か制裁を下すつもりだ。

「忠告ありがとう、まどか。大丈夫だ、俺は真実を掴んでいる。まどかは松本さんと一緒に真実を見届けてくれ」

「……分かりました。頑張って、篤人さん」

 まどかは強い眼差しで俺のことを見て、頷いた。

「だ、大丈夫なの? 竹内さんの罪を立証できないと成瀬は……」

「紗希ちゃん、成瀬君を信じよう」

「で、でも……」

「僕達は自分達でできる最大限のことをやったんだ。そして、僕は全て成瀬君に託したつもりだよ。紗希ちゃんもここは一つ、彼を見守ることにしない? 何かあったら僕達がフォローすればいいじゃないか」

「香織……」

「成瀬君の考えはAGCの考えだと思っているから。僕はその考えに賛同する。彼の仲間としてね」

「仲間……か。そう、ね……そうよね」

 さっきまで不安そうにしていた宮永先輩が、いつも通りの強気な表情に戻り……俺に向かって、

「中途半端なことを言ったら、あたしだって許さないんだから! あんたはAGCの代表なんだからね!」

 と、威勢の良い声で叫んだ。

 そうだ、俺には……AGCにいる仲間がいるんだ。俺は一人なんかじゃない。一人じゃ絶対に見つけられなかった真実を俺は掴んでいる。みんなで見つけた真実を俺はAGCの代表として竹内さんに伝えるんだ。

 俺はまどか、宮永先輩、上杉先輩、最後に堤先輩のことを見る。堤先輩とはアイコンタクトを取った後に互いに頷き、俺は竹内さんの方に振り返る。

「AGCのメンバーと話していたようだけど、結論は決まったかしら?」

「はい。俺は……いや、AGCはあなたが事件の真犯人という考えを変えません」

 AGCとしての総意を伝えると、竹内さんは一度、長い呼吸をする。

「……そう。なら、私も本気で考えないとね。君達に対する裁きをね。高校生のお子様が警察事に首を突っ込むとどう痛い目に遭うか……思い知らせないと」

「その前に俺達……AGCがあなたに自分の罪を認めさせます」

 俺も本気で立ち向かわないと、竹内さんの話術によって言いくるめられる。絶対に気を抜いちゃいけない。

「私を疑い始めたのはいつ?」

「……松本さんが百瀬さんの妊娠診断書を見せたときからです。その診断書の存在が、事件の発生した時刻を午後三時から三時十五分の間に絞らせました。一昨日……あなたは堤先輩が事件当日のことを訊いたとき、言っていましたよね。午後三時から十五分くらいの間、職員室を離れていたと。そこからあなたを疑い始めました」

「なるほどね。たいした推理力じゃない。確かにその十五分間は私のアリバイを証明してくれる人はいないわね」

「十五分も時間があれば、七階にある理科第一実験室に行き……犯行に及び、職員室に戻ってくることは可能ですよ」

「でも、そんな話……机上の空論じゃない。私が十五分の間に現場に行って、越水先生を殺害したですって? 証拠でもあるの?」

 やはり、そのことについて訊いてくるか。

 ここからは俺の話術によって竹内さんに罪を認めさせられるかどうかが決まる。俺よりも一枚上手のことを言われてしまったら、そこで竹内さんには永遠に罪を認めさせることはできないだろう。

「証拠は……俺は持ってません」

「何よ、それ。じゃあ――」

「でも、竹内さん自身が持っているんです。事件から一週間以上経っている。竹内さんも大手製薬メーカーの研究所員ですから、頭が良いはずです。そんなあなたが、俺達のような高校生に手に入れられるような証拠を残すはずがありません」

「私を褒めて気を宥めたとようとしても今となっては何の意味はないわよ」

「全くそのつもりはありません。……ところで、もう一度お尋ねしたいんですが……事件当日の朝、越水さんに会ったとき、彼はあなたに何を言っていましたか?」

「そんなことを今更訊いてもどうしようもないと思うけど。越水先生は麻美のクラスの生徒に返す課題の採点をしなきゃいけないから、今日は一人にしてくれって言われたの」

「その課題を……どうするんでしたっけ?」

「今日中に麻美に頼んでその生徒へ返してもらうって言ってた」

「そうですか……」

 やはり、俺の耳と記憶に間違いはなかったんだ。梅津君の特別課題は事件当日、松本さんを介して返してもらうようにしたということ。

「何を笑っているのかしら?」

「いえ……同じことをちゃんと言ってくれたので、助かりました」

「それはどうも……」

「これで、あなたが事件に関係している証拠を掴むことができたので」

「どういうこと?」

 まだ、自分の言ってしまったことに気づいていないのか。まあ、いずれは言うつもりだったからさっさと言ってしまおうか。

「あなたは何故、越水さんが事件当日……松本さんのクラスの生徒である梅津卓巳君への課題の採点をしているのを知っているんですか?」

「そ、それは朝に実際に会って……」

「そうですか。しかし、もっと重要なことがあるんです。どうして、その課題を……松本さんに頼んで梅津君へ返すことまで知っていたんですか! 松本さんは事件が起きた数日後に警察が来て知ったことなのに!」

「それも事件当日の朝に……」

「それは違います。霧嶋刑事、事件資料のファイルを俺に見せてくれませんか?」

「ああ……分かった」

 俺は霧嶋刑事から事件資料のファイルを受け取る。

 膨大な情報の中で、俺は越水さんが亡くなる直前に送信したとされるメールについて書かれたページを開く。

「見てください、竹内さん。ここに……越水さんが梅津君へ送信したメールのキャプチャ画像がありますよね。ここの部分をよく読んでください」

 越水さんが事件発生直前に送ったメールの本文は次の通りだ。

『特別課題のことだけど、気が変わって昼に採点しておいた。思ったよりも早く採点が終わったから今日、麻美に渡すことにした。俺は用があって学校には暫くいないから、部活のある日にでも麻美のところへ行って受け取ってほしい』

 という文章だ。

 俺は事件資料を霧嶋刑事に返す。

「このメールを読む限り、事件当日に麻美さんに頼んで課題を返してもらうのは……急なことだったように思えますけど?」

「そ、そんなこと……」

「梅津君は特別課題を出したとき、越水さんから返却は新年度になってからでもいいかと言われたそうです。年度末で研究所の方での仕事も多いからと。梅津君もそんな越水さんの頼みを承諾しました。事件当日に採点しなきゃいけないってことは決してないと思うんですけどね……」

「くっ……」

 初めて竹内さんが焦ったように見えた。どうやら、俺の言っていることは間違っていないようだな。

「このメールが送信されたのは、午後二時五十七分です。つまり、松本さんに頼んで梅津君へ課題を返すことを知ることができるのは……事件が発生したとき、越水さんの携帯電話を見た場合に限られるんですよ」

 おそらく、竹内さんは事件が発生したとき、現場で越水さんの携帯を見たのだろう。別課題についてのメールの内容を知っているということは、送信履歴を見たということになる。そこから導かれる答えは一つしかない。

「事件当日、実は竹内さんにも越水さんからメールを受け取ったのではないですか?」

「どうしてそんなことが言えるのよ」

「梅津君へのメールは送信履歴にあったからです。そのことを知るには越水さんの携帯電話を実際に手に取り、送信履歴を見る他はない。送信履歴は最後に送ったメールから順番に表示されるのが普通です。梅津君へ送信したメールの前に、あなたへ送信したメールがあったんじゃないですか? そして、そのメールの履歴を消去した……」

「そ、そんなありもしない推理なんて……」

「だったらどうして事件直前に送信された梅津君へのメールの内容をあなたは知っていたんですか! 竹内さん、言いましたよね? 生半可な推理では許さないって。なら、俺も生半可な反論は絶対に許しませんよ。俺やここにいる全員が納得できるような理由を言ってくれませんか?」

 竹内さんが事件に全く関係ないなら、別の理由を堂々と言うことができるはずだ。

 しかし、実際には彼女は口を噤んでしまっている。この反応も、彼女が事件に関わっている一つの証だろう。

 暫く口を開かなかった後、竹内さんは口角を僅かに上げた。

「……そうよ。私は……午後三時に現場に行ったわ」

「そうですか。しかし、あなたは何の理由無しに行ったわけがない。実際に越水さんの携帯を手にとって、送信履歴を見ているわけですからね。おそらく……午後三時に現場に来るように越水さんからメールが来たのでは?」

 おかしいとは思っていた。どうして、松本さんは午後三時十五分という中途半端な時間に現場に来るように指示されたのかを。緊急を要することならまだしも、メールの送信された時刻は呼び出す時刻から一時間以上前の午後二時だ。

 そこで、松本さんよりも前に誰かが午後三時に現場に来るように呼ばれたのではないかと思った。越水さんは竹内さんに十五分もあれば十分な用事があったから、松本さんを呼び出す時刻を午後三時十五分としたんだと思う。

「ご名答。さすがだね、成瀬君」

 竹内さんは俺に拍手を贈る。

 ご名答、ってことは事件当時、現場にいたことを認めるわけか。それは事件に関わっていたことを認めることにもなる。よし、これでステップを一つ踏めた。

「……俺を称賛できるような余裕があなたにはないと思いますが」

「その言葉、成瀬君に返してあげるよ」

「どういうことです?」

 俺が訊き返すと、松本さんは再び高らかに笑う。

「分からないのかな? 成瀬君が今……頑張って証明したことって、私が事件当時に現場にいたことだけなんだよ。普通さぁ、殺害した犯人であることを証明するなら、被害者を殺した決定的な証拠を挙げるか、せめても動機は示すものでしょ」

「そう……ですね」

「だったら、さっさと示してみてよ。私が越水さんを殺した決定的な証拠か、殺そうと思った動機をね」

 竹内さんの言う通り、殺人事件の犯人であることを立証するには、犯行のチャンス、物的証拠、動機の三つを示さなければならない。彼女を殺人事件の犯人として立証するのであれば、俺達はかなり劣勢の立場にある。

 竹内さんはそれを分かっているから、余裕の笑みを浮かべることができるんだ。

「……ちなみに、私が越水さんを殺そうと思うなんてあり得ない。むしろ、彼が亡くなって悲しいわ。だって、今でも……私は彼のことが好きなんだから」

 唐突な竹内さんの告白に、俺は思わずまどかの持つタブレット画面を見る。

 やはり、画面の向こうにいる松本さんは驚いていた。越水さんと恋人同士になってからも、彼が亡くなった後でも親友は自分の愛する人に恋い焦がれていたのだから。

 再び竹内さんのことを見ると、彼女は一筋の涙を流していた。

「さあ、成瀬君。私に自分が殺人犯だって認めさせたいんでしょう? 自信があるなら示してみなさいよ!」

 彼女の叫びが木霊する。

「篤人さん、竹内先生からは黒いオーラが全く見えていません! 見えているのは青いオーラと、桃色の僅かなオーラだけです」

 まどかが焦った表情で俺に彼女の現在の心理状態を伝えてきた。

 青いオーラと桃色の僅かなオーラか。

 つまり、竹内さんは……悲しみの感情と恋愛感情を抱いているわけか。そうなると、彼女の言ったことは正しいことになる。黒いオーラがないということは、罪悪感や恨みの感情がない。つまり、犯行を行っていない。もしくは、犯行を行ったが、罪の意識を全く感じていないか。

「篤人君、あなたの思う真実を竹内さんに示せるの?」

「大丈夫です、堤先輩。すみません、昨晩話した推理は大分違っていました」

「どういうこと? まさか彼女が犯人じゃ……」

「彼女は今回の事件の真犯人であることは間違いありません。大丈夫です、真実はこれから話しますので」

 昨晩、病院で堤先輩と霧嶋刑事に推理を話したとき、俺はとんでもない誤解をしていたんだ。誤解だと分かっていなかったら、俺は竹内さんの策略にはまるところだった。

 何にせよ、この事件の本当の姿を示す時が来たみたいだな。

 誰も予想しなかった儚くも悲しい真実を。

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