第22話『ななみの告白』
まどかはななみさんを抱きしめながら涙をこぼしている。
「もう、会えないかと思ったんだから……」
「……ごめんね、お姉ちゃん」
「いいんだよ。ななみとこうしてまた会えたんだから……」
ななみさんは抱きつく姉のことをしっかりと抱き返した。ななみさんの目には涙が浮かんでいる。
何だか泣けてくるな。こういう展開には弱いんだ、俺。
俺も思わず泣きそうになったとき、宮永先輩が俺の隣で号泣していた。その光景があまりにも信じられなくて、涙が引いてしまった。
「宮永先輩って涙もろいんですか?」
「別にそんなわけないし。今だって泣いてないわよ。ちょっとあくびが出ちゃっただけなんだからね。目の前がよく見えないけど……」
「素直に泣いているって言えばいいじゃないですか……」
この人は俗に言うツンデレさんなのか?
堤先輩と上杉先輩は号泣する宮永先輩を微笑ましそうに見ている。こうできるのも、きっと宮永先輩との付き合いが長いためだろう。
それよりも、ななみさんには訊きたいことがあるんだ。
「ななみさん、色々と訊いてもいいかな」
「は、はい。いいですよ。もう、お姉ちゃん……私はもう離れないし、これ以上抱かれるとさすがに恥ずかしいし……」
ななみさんがそう言うと、まどかはようやく抱擁を終える。
「あなたが成瀬篤人さんですか?」
「ああ。それよりも、俺のことを知っていたんだな」
「はい。霧嶋刑事さんからお姉ちゃんのことを聞いていたので。家から離れて成瀬さんの家に住まわせてもらっていることも知っています」
「そうか。とりあえずは君の無実が証明されて良かった」
「ありがとうございます。……あと、私の身勝手な行動で色々な人に迷惑をかけてしまいました。本当にごめんなさい」
ななみさんは深く頭を下げた。
「気にするな。君のおかげで俺達は真実を見つけたいと思ったんだ。どうして、ななみさんが逮捕されることになったのか、話してくれるね?」
「……はい、もちろんです。松本先生がこうなってしまった今、隠しておく必要はないですし」
松本さんの名前が出てくることが気になるが、それも今からななみさんが話すことに答えがあるだろう。
ななみさんは手術室前のベンチに座る。
「私、あの日に越水先生と会う約束をしていたんです。でも、二時ちょっと前に先生からメールが来て、今日は会えないって断られたんです。でも、どうしても話したくて、葵ちゃんとだったら大丈夫だろうと思って、理科第一実験室へ午後三時半に行きますと越水先生にメールを送ったんです」
「それで、その後に稲見さんに三時半に実験室へ行くとメールして、ななみさんはその時刻通りに実験室に行ったんだね」
「はい。実際には少し早めに行きました。三時二十分ぐらいです。実験室の扉が開いていたので中に入ったら、そこには血を流して亡くなった越水先生と、何か書類を見ていた松本先生がいたんです」
おそらく、その時に松本さんが見た書類が百瀬さんの妊娠診断書だったのだろう。
「私、とにかく近くの机の下に隠れて松本先生が立ち去るのを待ちました。松本先生が立ち去ったのを確認してから、私は越水先生の側まで行きました。それで……」
ななみさんは口を噤み、涙を流し始めた。
「ナイフの柄を触って……床に流れていた越水先生の血を自分で制服に擦り付けました」
「どうしてそんなことをしたの!」
まどかは力強くななみさんの両肩を掴む。
「そんなことをしたら、ななみがどうなるか分かるじゃない!」
「まどか、落ち着け!」
まどかがここまで感情的になるなんて。それだけ、ななみさんのことを大切に思っているんだな。
ななみさんはまどかの言う『どうなるか』を分かってやったんだ。そうでなければナイフの柄に指紋を付け、制服に越水さんの血を擦り付けるなんてことはしない。
「ななみさんは自分が疑われるために、わざとそんなことをしたんだね?」
「……はい。凶器に指紋が付いていたり、制服に血が付いていたりすれば必ず私が疑われることになる。そして、時間通りに実験室へ来る葵ちゃんを偽りの第一発見者にしようと考えました」
「そして、ななみさんの思惑通りになった。稲見さんが『自分が犯行を行った』現場を見て職員室まで行き、警察に通報。そして、ななみさんは逮捕された」
「動機は約束を一度断られたことにしておきました。メールもありましたし。予めナイフを用意して実験室まで行って越水先生を殺害したと言い通しました」
「でも、どうしてそんなことをやったんだ?」
ななみさんが無実になった今、彼女がしてしまったことよりも、どうして自分が逮捕されてしまうようなことをしたのかが重要だ。
「……松本先生が犯人だと思ったからです。私、遥ちゃんが越水先生との子供を妊娠していることを知っていたので」
ななみさんは知っていたのか。彼女の妊娠の事実を。
「一度断られても越水先生と会おうと思ったのも、遥ちゃんの妊娠のことがあったからです。葵ちゃんはまだ知らなかったみたいだけど、二人は親友同士だし……葵ちゃんに知られても大丈夫だと思い一緒に行こうとメールしたんです」
「なるほどね。じゃあ、現場で松本先生が見ていた書類も……」
「はい、遥ちゃんの妊娠診断書だとすぐに確信しました。家を出る前に、遥ちゃんから産婦人科に行って、その直後に診断書を越水先生へ渡しに行ったとメールがあったので」
「そうだったのか」
「だから、思ったんです。何かのきっかけで松本先生に遥ちゃんの妊娠がばれて、松本先生はそのことを理由に越水先生を殺したんじゃないかって……」
「だから、君は自分の疑いがかかるように細工したわけか」
「はい、松本先生のことが大好きだったので。愛し合っていたのに、松本先生が越水先生を殺すなんてことを認めたくなかったから……」
ななみさんは泣き崩れた。そんな彼女をまどかが優しく抱きしめる。
つまり、ななみさんが逮捕されたきっかけは、彼女が抱いた松本先生に対する優しい想いからだったんだ。
「でも、自分がしたことが間違っているのは分かったよね。警察に逮捕されて、君はきっと俺にも想像付かないような苦しい思いをしたはずだ」
「……はい」
「君のしたことは真犯人を一般社会へ逃がしたのと一緒だよ。どんな理由であろうと、偽りの犯人を演じちゃいけない。それは警察に拘束されている間に分かったね」
俺がそう言うと、ななみさんは一つ頷いた。
「霧嶋刑事。ななみさんの罪はこれでお咎めなしということでもいいですか? 彼女は警察に拘束されている間、深く反省したと思いますから」
俺がそう言うと、霧嶋刑事は「もちろん」とだけ言って静かに頷いた。それに対してまどかが「ありがとうございます」と深く頭を下げた。
さて、今のななみさんの話を聞いてはみたが……分かったのはななみさんが自分に罪が被るように仕向けた方法と、百瀬さんの妊娠の事実を知っていたことだ。真犯人に繋がる情報は何一つ得られなかったな。
ここまで色々なことが分かっているのに、真犯人に繋がるものが何一つ出てこない。上杉先輩の言うとおり俺達は真犯人に踊らされているのか?
こうなったら、今回の事件についてまっさらな状態から考える必要があるか。とりあえず、今までの捜査を出来るだけ順を追って思い出してみることにしようか。
「それにしても、霧嶋刑事。思ったよりも早くななみさんを釈放できましたね」
「ああ、部下も彼女が犯人でない可能性を考えていたようだ」
「優秀な部下ですね」
「いやいや、堤さんとAGCのメンバーのおかげでもあるよ」
と、堤先輩と霧嶋刑事は談笑している。
確かに、思っていたよりも早くななみさんが釈放された気がする。これもきっと、警察が真犯人は他にいると考えていたから――。
「……いや、待てよ」
もし、俺の耳と記憶に間違いがなければ……あの人の言ったことには決定的な矛盾が出てくる。
そうか、そういうことだったのか。犯人はあの人で間違いない。
だけど、まだまだ俺達には分かっていないことがある。どうにかしてそれを調べないとあの人に罪を認めさせることはできない。
「霧嶋刑事と堤先輩、ちょっと三人で話したいことがあるんですが……」
俺は霧嶋刑事と堤先輩を誰もいないところまで連れて行く。
そして、周りに誰もいないことを確認し、俺は自分の推理を二人に伝える。警察関係の人と、AGCのリーダーには伝えておく必要があると思ったから。
霧嶋刑事と堤先輩は何も言わずに俺の推理を聞いてくれた。
「確かに、成瀬君の言うことに筋が通っているわね。霧嶋刑事はどう思います?」
「俺も同感だ。これまでの捜査で分かった事実も考慮すれば、成瀬君の言うことには同感できる。でも、それを立証するには色々と証拠が足りない」
どうやら、二人は俺の推理に賛同してくれたようだ。まだまだ、不備のたくさんある推理ではあったが。
「よし、その方向で調べてみよう」
「ありがとうございます。あと、お願いがあるのですが……」
俺はとあることを霧嶋刑事に頼んだ。事件解決のために必要なことだ。
「分かった。それはこっちが責任を持って行う」
「ありがとうございます」
さてと、俺達にできないことは霧嶋刑事に頼むことができた。
そして、俺達が最後にすべきことは百瀬さんと話をすることだ。俺と堤先輩は手術室の前まで戻る。
「まどか、携帯を持っているか?」
「は、はい……持っていますけど。どうかしましたか?」
「百瀬さんと話がしたい。彼女にここへ来るように言ってくれないか」
「分かりました、篤人さん」
まどかは携帯を取り出して百瀬さんに電話をかける。
妊娠の事実だけは俺達でも本人に直接確認することができる。そして、百瀬さんは事件当日に越水さんと会っている。
「篤人さん。三十分くらいでここに来るそうです」
「分かった。ありがとう」
三十分後、か。
そういえば、昼ご飯の後から何も飲んでなかったんだ。一度心を落ち着かせることも兼ねて、冷たい缶コーヒーでも一杯飲んでおくか。
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