第18話『和解』

 事件捜査の後、俺とまどかの家でお互いの捜査報告が行われた。

 宮永先輩と上杉先輩が研究所で調べたことで分かった、越水さんによって中止が決まった新薬開発プロジェクト。その発案者が竹内さんだとは思わなかった。プロジェクトの中止により殺意が生まれたという可能性もありそうだ。研究していた新薬が娘さんの罹っている難病を治す特効薬であったことから、小関さんにも殺意を抱く可能性もある。

 俺達の方の捜査で浮かび上がった、返り討ちの可能性を宮永先輩と上杉先輩に話した。二人によると越水さんが恨むような人は研究所にはいないように思えたそうだ。

 今後の捜査方針として、学校側と研究所側のどちらに真犯人がいるのかは特定できないので、今後も二手に分かれて捜査することが決まった。また、返り討ちの可能性もあるので越水さんが恨みそうな人物いるかどうかも調べることになった。

 個人的には、研究所の方の捜査報告を聞いて真相が分かるどころかますます複雑になって真犯人の目星さえもつかなくなっていくのであった。



 四月六日、土曜日。

 俺とまどかはまだオリエンテーション期間ということで学校に行くことになった。二年生と三年生はまだ春休みであるため、堤先輩は鏡浜東中学校、宮永先輩と上杉先輩は宝来製薬鏡浜研究所で捜査をするらしい。

 俺とまどかも捜査に加わりたかったが、堤先輩に学校優先だと強く言われた。俺がオリエンテーション期間だから大丈夫だと言ったが、

『昨日は特別。それに、何事も初めは肝心だからちゃんと行きなさい』

 と、堤先輩に言われた。確かにその通りである。

 今、俺とまどかは学校の昇降口にいる。昨日の昼以来だけど、それが随分と前のように思える。

「まどか、本当に大丈夫か?」

 俺がまどかにそう言うのも、昨日の自己紹介の時にまどかがクラスメイトの大半から罵詈壮言を浴びせられたからだ。

「大丈夫です。どんなことがあっても、私は逃げません。それに……篤人さんが守ってくれるんでしょう?」

「ああ、そのつもりだ」

 俺がそう言うと、まどかは嬉しそうに微笑んだ。クラスメイトがどういう態度を取ってくるか分からないが、この様子であればまどかも大丈夫そうだ。

 俺とまどかは上履きに履き替えて教室へと向かう。

 今日は土曜日で上級生はまだ春休みのためか、生徒の数が少ないように思える。部活動もお休みなのかな。

 俺達の所属する一年二組の教室が見えてきた。

「まどか、俺が先に入ろうか?」

「いえ、二人で一緒に入りましょう」

 その気持ちの表れなのか、まどかは俺の制服の袖をぎゅっと掴む。そんな彼女が何だか可愛らしく思えた。

 相変わらず廊下のいる生徒は俺のことを差別の目で見てくる。人の噂は七十五日というが、俺の起こした騒動は事実なので彼等の頭の中から記憶が消えるには七十五日よりもずっと長い時間がかかるだろう。それでも、俺もちゃんと前に向かわないと。

「よし、じゃあ……行くか」

「はい」

 一年二組の教室まで行き、ゆっくりと教室の扉を開ける。

 すると、今まで話し声で盛り上がっていた空気が一瞬にして静寂の空気へと変化し、クラスメイト全員が自分の席に座る。俺やまどかのことを差別しているのだろうか。それとも別の理由でもあるのだろうか。

「まどか。辛いとは思うけど、どんなオーラが見えるのか教えてくれないか」

「はい。ええと……黒いオーラです。それと若干、青いオーラが見えますね」

 黒と若干の青か。この状況で言えるのは……彼らの心の中が良い状態ではないということは確かだということだけだ。

「とにかく、自分の席に座ろう。何かあったら俺のことを呼んでくれ」

「分かりました」

 昨日、あの後に何があったんだ? 何もなければ昨日の朝みたいにまどかや俺のことを見ながら何か話しているはずなのに。

 俺とまどかが座った後もクラスメイトは誰一人として声を発しない。ここまで静かだと逆に落ち着かないぞ。

 教室内の様子を見てみると……まどか以外の奴は全て無表情で俯いている。まどかもこの様子に戸惑っているようで、俺の方を時々見てくる。

 そんなことをしていると、朝礼のチャイムがスピーカーから鳴り響く。そして、その直後に先生が教室に入る。

「これからオリエンテーション期間最終日のホームルーム活動を始めますが、その前に成瀬君と栗橋さん、前に来てください」

 俺とまどかは先生に指示されるままに、教室の前に行き黒板の前に立つ。

 改めて教室全体を見てみるけど凄まじい光景だな。全てのクラスメイトが俯いているなんて。とても高校生活を始めようとする雰囲気だとは思えない。

 すると、昨日俺と言い争った女子……相川がすっと立ち上がる。それにつられるようにクラスメイト全員が席から立ち上がっていく。そして、

『ごめんなさい!』

 クラスメイト全員が一斉に頭を下げてそう言ったのである。もちろん、俺とまどかはいきなりのことなので戸惑う。

「これはどういうことですか?」

 俺が先生に訊くと、

「成瀬君が出て行った後、クラスで話し合ったんです。私達は成瀬君と栗橋さんに対して酷いことをしたと。そして、成瀬君の言ったことが全てだという結論になりました。栗橋まどかさんは何も悪いことはしていない。あの時、止めることができなかった私のせいでもあります。二人には謝らなくてはいけないと思っています。本当にごめんなさい」

 先生はそう言って深く頭を下げた。

 しかし、まどかのことだけでなく俺のことまで話し合っていたとは。正直、それは意外だった。

 こうして皆が謝ってくれたということは、あの時の俺の行動は無駄じゃなかったみたいだ。まどかのことを考えるきっかけを作れて嬉しく思う。

 まどかは未だに驚いており何も言えそうにないようだ。だったら俺が代わりに言うしかないか。

「本当に申し訳ないと思っているなら、まどかの妹さんが無実であることを信じてやってほしい。それがまどかにとって一番の心の支えになる。あと、どんな真実が待っていてもまどかの優しさは変わらないということを信じてくれ。……まあ、こんな俺が言うのも何だけどさ」

「別にそんなことないし」

 相川が俺から目を逸らしながらもそう言う。

「成瀬って最初はめっちゃ悪い奴だと思ってたけど、それよりも本当のことか分かんないことで栗橋さんを傷つけたうちらの方がよっぽど悪かったっていうか。昨日の成瀬は正しかったっていうか。だから、本当に……二人には悪いって思ってる」

「……そうか。過去のことを反省することは必要だけど、悔やむ必要はない。相川がそう思ってくれて俺は凄く嬉しく思ってるよ」

「……あぅ」

 な、何だ……あの気の強かった相川が子猫のように項垂れている。頬を真っ赤にして俺のことをちらちらと見てくるんだが。それに、相川周辺の女子生徒も同じように頬を赤くして俺のことを見てくる、本当に何なんだ。

 それはともかく、せっかくクラスメイトがまどかのことを分かってくれたんだ。そんな彼らに一つ、協力してほしいことがあった。

「先生、ホームルーム活動の時間……少し、俺達の時間にしてもいいですか?」

「もちろん、いいわよ」

「ありがとうございます」

「……ううん、そんなことないって……」

 何なんだ、先生まで相川達と同じことになっているんだが。新任だからか先生が大学生のように見えてきたぞ。

 まあ、それは置いといて本題に入る。

「俺とまどかが入っているAGCは今、まどかの妹さんが逮捕された事件を調べている。知っている人もいるかもしれないけど、殺されたのは鏡浜東中学校に勤務する越水直樹さんだ。そこで、特に鏡浜東中学校出身の人に聞きたい。越水さんのことで何か知っていることがあれば俺達に教えてほしいんだ。教えてくれると嬉しいんだけどな」

 と、言った瞬間に女子から黄色い悲鳴が響き渡る。

 この反応だと、どうやら俺は悪い表情はしていないようだ。もしかしたら、笑っているのかもしれない。人前で笑顔を見せるなんて久しくなかったことだから、どんな感覚なのかもう覚えていなかった。

「まどか、俺……笑ってるのかな」

 女子からの悲鳴が鳴り止まない中、小声でまどかにそう訊いてみる。

 すると、まどかは嬉しそうな笑顔を見せて、

「はい、とっても素敵な笑顔ですよ」

「……そうか」

 ああ、笑うってこういうことなのか。俺も人前で笑顔を見せれば、誰かを笑わせることができるのか。普通ならそんなこと気にしないのに、人から避けられて俺も防衛本能のせいで本心がなかなか出せなかったから、非常に感慨深い。

 そして、ただただ嬉しい。

 俺の呼びかけにより、鏡浜東中学から進学してきた数人の男子と女子が越水さんのことや松本さん、竹内さんのことについて教えてくれたのだった。

 彼らの協力は絶対に無駄にしない。

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