第17話『事件捜査-Laboratory Side- ③』

 声の主がいると思われる応接室の入り口の方を見てみると、灰色のスーツ姿の男性が立っていた。黒髪で端整な顔立ちをしており、背は成瀬君よりも少し低いくらいだ。

「な、何なんですかあなたは……」

「私は鏡浜警察署刑事部捜査一課、特別犯罪対策室の霧嶋徹(きりしまとおる)です」

 と、黒髪の男性……霧嶋刑事は自分の警察手帳を見せる。すぐ後に僕と紗希ちゃんのことをじっと見る。

「城崎学院の制服……もしかして、君達がAGCのメンバーか?」

「は、はい……そうですが」

「話は堤さんから聞いている。さすがは彼女の後輩だ。自分達で研究所に入り込み、被害者と関係のある人物とここまで話しているんだから」

「ど、どうも……」

 霧嶋刑事は何やら満足そうな表情をしていた。

 そういえば、何度か堤先輩から警察に知り合いがいて捜査協力もしてくれたことがあるって言っていたけど、その知り合いって霧嶋刑事のことだったのか。

「彼等は私達警察の信頼における人達です」

「け、警察がこんな高校生を……」

「もちろん、私情も入っていますが……彼等には何度も助けられたことがありますよ。そんなことよりも、小関さんが被害者の仕事内容を話したくないと頑なに拒否する気持ちも分かりますが、警察もこのことについては訊いておきたい」

 もうだめかと思ったのに、まさか刑事さんが僕達の協力をしてくれるなんて。改めて堤先輩の凄さを思い知らされる。刑事さんは事件捜査において絶対的な味方なのだから。

 小関さんもさっきまで鋭い目つきをしていたけど、さすがに刑事さんが言ったためかすぐに目力が無くなった。

「新薬の……開発をしていました」

「どのような病気に効果が?」

「……僕の娘が罹っている難病です。その病気は現在の医学でも治せますが、子供の場合は完治までは難しいんです」

「なるほど」

「もし、新薬開発プロジェクトが成功すれば……そう遠くない未来にその病気の特効薬として広く使われることは間違いなかったです」

「そのようなプロジェクトが中止になった理由は?」

「本当に分かりません。研究も順調に進んでいましたし。ただ、先月の中旬になって越水君が急にプロジェクトをなかったことにすると言ってきたんです。僕が上の方に異議を申し立てても、彼の決定を受け入れると聞いてくれなくて……」

 越水さんによって突然中止になってしまった、小関さんの娘さんが罹っている病気を治す特効薬を開発するというプロジェクト。もし、小関さんが犯人であれば殺人の動機として十分だ。

 霧嶋刑事も今の小関さんの話を手帳へ熱心に書き込んでいる。

「香織、もしかしたら小関さんが……」

「可能性がないとは言い切れないね」

 僕達に対してあれだけ言うことを拒否した内容が内容だけに、紗希ちゃんは小関さんが真犯人だと睨んでいるようだ。

「小関さん、ちなみに……そのプロジェクトの発案者はどなたですか? 娘さんの病気の特効薬のことですから、やはりあなたが?」

 発案者は気になるところだな。さすが、警察の人は訊くところが違う。

「いえ、それは……竹内君ですよ」

「竹内君?」

「その方は女性ですが……彼女は越水君の後輩で。越水君が理科の講師として務めている鏡浜東中学校で彼女も同じく理科の講師として働いているんですよ」

「つまり、竹内さんは被害者と全く同じ職業というわけですか」

「そうです」

「ちなみに、彼女はどうしてこのプロジェクトを?」

「それは僕にもはっきりとは分かりませんね。でも、彼女は研究所に来てからずっと人の役に立つ薬を開発したいと言っていて、僕も彼女に娘の病気のことを話したことがありましたし。それを思い出して今回の話を出してくれたのでしょう。僕が言うのはどうかと思っていていたので、彼女には感謝していますよ」

「そうでしたか。では、プロジェクトの中止を聞いて彼女も……」

「落ち込んでいましたね。発案者だっただけに」

 自分の提案した計画が途中で白紙になったら、落ち込むのは仕方ない。

 プロジェクトの中止から考えると竹内さんも気になってくる人物だ。でも、彼女は鏡浜東中学校の教員だそうだし、堤先輩達が会っているかもしれない。とにかく、このことは三人に報告しておかないと。

「分かりました。あと、一応……事件当日のことについて教えてくれませんか? 特に昼過ぎから事件が起こったとされる午後三時半までの間のことを」

「昼は気分転換をしようと思って研究所の外へ出ていました。正午過ぎから午後二時くらいまで。色々な場所へ行っていたので、それを証明してくれる人がいるかどうか分かりませんが……」

「そうですか。どのような場所に?」

「本屋や喫茶店ですね」

 事件当日どうしていたのかは重要だ。後で報告するからメモをしておこう。

「分かりました。ということは午後二時以降については?」

「研究所内にいました。それは所員に聞いてくれれば分かりますし、その日は午後六時くらいまでずっといました」

「そうですか、分かりました」

 今の話だと、小関さんにはアリバイがありそうだ。午後二時までに鏡浜東中学校へ行って研究所に戻ることは優にできるが、死亡推定時刻は霧嶋刑事の話だと午後三時半らしいし小関さんに犯行を行うのは不可能だ。

 それにしても、やっぱり警察相手だと素直に話すんだな。まあ、普通の高校生に世に出ていない研究内容を教えてくれる方が普通じゃないけど。

「あと、最後に……被害者に恨みを抱いていた方は研究所にいますか?」

「僕の知っている限りではそんな人はいません。皆、彼の死に悲しんでいますから」

「分かりました。今後、何か気づかれた点などがありましたら、遠慮なく私の方に連絡してください」

 と言って、霧嶋刑事は小関さんに自分の名刺を渡す。

「また、ここにお伺いすることがあるかもしれません」

「分かりました」

「今日はこの辺で失礼します。君達も今日は帰ってくれるかな」

「……はい」

 霧嶋刑事がそう言うのなら、僕達もここから立ち去る他はない。と言っても、霧嶋刑事のおかげで僕達の訊きたかったことも全て訊いてくれたし、今日はこの辺にしておこう。

 僕と紗希ちゃんは霧嶋刑事と一緒に研究所を出る。

 研究所の入口まで戻り時計を見てみると、時刻は既に午後四時になっていた。西の空は少し赤くなり始めている。

「霧嶋刑事、さっきはありがとうございました」

「……そこの金髪の女の子の怒鳴り声が聞こえてね。被害者が中止にしたプロジェクトの内容は俺も気になる。だから、訊いただけだ」

「そうでしたか。あと、AGCのこと……知ってくれていたんですね」

「鏡浜警察署で知らない人間はいない。堤奏さんにはお世話になったことがあるんだ。最初は身の丈を知らない高校生かと思ったんだが、彼女は小さなものから大きなものまで色々な事件の真相を明かしてきた。彼女の父は法曹界の権威だが、それに関係なく彼女と彼女がリーダーを務めるAGCを信頼しているよ」

「やっぱり、凄かったんだ……奏先輩」

 僕の横で紗希ちゃんはそう呟く。堤先輩のことだからか若干興奮しているようだ。

「彼女から連絡があってね。栗橋ななみが逮捕された事件を再捜査してほしいって。彼女は現場に行くから、俺には研究所に行ってほしいって言われた。まあ、現場には彼女を知る部下がいるから大丈夫だと思ってね」

「そうだったんですか……」

「君達も事件捜査をしてくれることには感謝するよ。でも、高校生ということを忘れちゃいけない。俺ら鏡浜警察署では君達がヒーローでも、世間一般では普通の高校生なんだからな。あと、法に触れるようなことはするな。それは青髪の彼よりも、金髪の彼女の方に言えることかな?」

「す、すみません……」

 紗希ちゃんは頬を赤くして俯いている。さすがにさっき自分がしたことがどれほどのことだったのか分かったみたいだ。

 霧嶋刑事はそんな紗希ちゃんを見て微笑んでいる。

「無理せずに警察に協力を求めてくれればいい。少なくとも俺は協力する」

「それは本当に心強いです」

「……まあ、堤さんから話を聞いてから事件資料を読んだが、どうも栗橋さんが犯人だとは限らなくなってきたんでね。それは、現場の方に行っている堤さん達も気づいている頃じゃないかなと思っている」

 何を根拠に言っているのかはさっぱり分からないけど、堤先輩も分かっているならこの後の捜査会議で訊いてみることにしよう。

「じゃあ、俺は署に戻って色々しなきゃいけないことがあるから」

「分かりました。今日はありがとうございました」

「ああ、君達も頑張れよ」

 霧嶋刑事は近くの路上に停めていた黒い車に乗り、走り去っていった。

 事件の半月ほど前に越水さんが中止を宣言したプロジェクト、か。現場は学校だけど背景は研究所にありと考えるのもありかもしれない。

 スマートフォンを確認してみると、新着メールが一件と表示されている。メールを開くと堤先輩からで、先に成瀬君と栗橋さんの家に行くらしい。僕は先輩に今からそっちに行くという旨のメールを送った。

「学校側の捜査はもう終わったみたいだね、紗希ちゃん」

「あっ、うん……」

 霧嶋刑事に指摘されたことが堪えてしまっているのか、紗希ちゃんはしょんぼりとしている。今回はさすがに反省しているようだ。

「香織、ごめん。小関さんと会う前に香織に感情的にならないで、って言われたのにそれを守ることができなくて」

「今回の紗希ちゃんは今までの中でも指折りに凄かったからね。あそこで霧嶋刑事が来なかったら、プロジェクトのことは永遠に分からなかったかも」

「うっ……」

 さすがに、今の言葉はきつかったかな。紗希ちゃんが涙ぐんでしまっている。

「でも、紗希ちゃんのおかげで、越水さんが中止したプロジェクトが外部に漏れることを相当恐れていたことが分かったよ。これは、僕だけじゃ分からなかったことだと思う」

「香織……きゃっ」

 僕は紗希ちゃんの頭をゆっくり撫でる。

 紗希ちゃんを関わっていると、何だか僕は彼女のお兄さんになった気分だ。色々な意味で彼女から目が離せないというか。

 今回のことを反省してもきっと、紗希ちゃんは今日みたいに感情的になることが再びあると思う。でも、今度は一人で感情的ならないで欲しい。そう願うばかりだ。

「紗希ちゃん、今度は感情を適度に抑えられるようにしようね」

「……ど、努力するわ」

「うん、今みたいに素直に返事が出来ればいいんだけれどね。どう? 成瀬君のことはもう許せたかな?」

「な、何で急にその話になるのよ……」

 成瀬君の名前が出た途端、紗希ちゃんは少し不機嫌な表情になる。

「彼だってきっと堤先輩や栗橋さんと一緒に頑張っていると思うよ。それに、本当に悪い子なら絶対に協力なんてしてくれない気がする」

「べ、別に……成瀬の人間性を否定しているわけじゃないわよ。ただ、彼って突然……猟奇的にならない?」

「随分と大げさな言い方だね……」

 でも、紗希ちゃんの言う通り、成瀬君は突然凄い態度を示してくる。まあ、それは決まって何か危険なことがありそうなときに限られるけど。

「何かされそうで怖くて。だから、意地を張っちゃったりして……」

「紗希ちゃんが怖いって言うなんて意外だね。それも成瀬君に対して」

「な、なに笑ってるのよ!」

 いつも意地張っている紗希ちゃんが怖がっているところを普段は見ることができないからね。こういう汐らしい部分も見せれば凄くいいと思うけどなぁ。

「もしかしたら、紗希ちゃんと成瀬君は似ているかもしれないね」

「ど、どういうこと?」

「なかなか自分の素を表に出せないことだよ。まぁ、成瀬君の場合、何も危険なことがなければ大丈夫そうだけどね」

「その言い方じゃまるで成瀬はいいけどあたしは悪いみたいじゃない……」

「そんなことないよ。世の男性はギャップのある女性を好むらしいし」

「へ、へえ……」

「少しずつ素直になっていければいいんじゃないかな。成瀬君や栗橋さんだってもうAGCにいる立派な仲間なんだから」

「……そうね。が、頑張ってみる」

 そうだ、紗希ちゃんだって普通の女の子なんだ。ただ、自分の気持ちが素直に出せないというだけで。僕も紗希ちゃんと今みたいに話せるまでになったのは、出会ってから少し時間が経ってからだった。

 これからは僕が紗希ちゃんと後輩二人の架け橋になれればいいと思う。

「さてと、二人の家に行こうか」

「そうね……」

「中止になったプロジェクトのことは絶対に話さないとね」

「犯人は研究所関係の人間なのかしら……」

「どうだろう。でも、プロジェクトは事件に関わっているような気がする」

「そうね。あの様子だと、彼は事件に関することで何か隠しているかも」

「可能性は高そうだね」

「とりあえずは今日、入手できた情報を三人に伝えないといけないわね」

「そうだね。そのためにも早く行こう」

「うん!」

 紗希ちゃんは笑顔を見せた。やっぱり、笑顔が彼女に一番似合う表情だ。笑顔を見せればきっと成瀬君とも仲良くなれると思うよ。

 僕と紗希ちゃんは三人の待つ、成瀬君と栗橋さんの家に向かうのであった。

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