第15話『事件捜査-Laboratory Side- ①』

 四月五日、午後一時。

 堤先輩から教わった教訓通り、僕と紗希ちゃんは喫茶店でお腹を満たした後、鏡浜市内にある宝来製薬鏡浜研究所に向かう。

「美味しかったわね、香織」

「そうだね、紗希ちゃん」

 紗希ちゃんは昼食にフレンチトーストを食べたからか、すっかりとご機嫌だ。それまでは主に成瀬君のことでずっとイライラしていたのに。

 成瀬君、そんなに悪い子には見えなかったけれど。むしろ、男の子がやっと入ってきてくれて嬉しいし。

「何だか嬉しそうじゃない。まさか、成瀬のことを気に入っているとかないわよね?」

「僕は普通に歓迎しているけどね。それよりも、紗希ちゃんは彼を嫌いすぎだよ。ちゃんとAGCにも入ってくれたし、僕は彼がいい子だと思ってるよ」

「だって、あいつ……初対面であたしのことを薬物女って言ったのよ! そんな奴を嫌って何が悪いのよ……」

「それには僕も同意するけど、彼の言っていることも間違ってないと思うよ」

「ふうん、やけに成瀬の肩を持つじゃない」

 成瀬君の弁護をしたためか、紗希ちゃんは頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。昨日の成瀬君の態度が本当に気に入らなかったみたい。

「それに……まどかもAGCには入って欲しくなかったのよ」

「どうして? 彼女は素直で優しそうな子だよ?」

 僕がそう言うと、紗希ちゃんは僕の方をちらちらと見る。

「だ、だって……彼女には辛い思いをさ、させたくないし。それに、彼女の妹が逮捕された事件よ。もし、聞き込みをする度に妹が犯人だって言われたら、それこそ……彼女にとっては残酷な気がするのよ。……それだけ」

「ふうん……」

 本人がいないわけだし、もっと素直になってもいいと思うんだけど。素直になれない紗希ちゃんも可愛いけれどね。

 でも、栗橋さんのことについては紗希ちゃんの言うことに同意だ。妹さんが犯人だと言われたら、栗橋さんにとって酷なことだと思う。堤先輩は栗橋さんに対して何か興味を抱いていたようだったけど。まあ、栗橋さんには堤先輩と成瀬君がいるからある程度は大丈夫だと思うけどね。

「見えてきたわね。あれが研究所か……」

「結構立派な施設みたいだね」

 紗希ちゃんと話しているうちに研究所のすぐ近くまで来ていたようだ。研究所だと思われる白く立派な外観が見える。

 宝来製薬は風邪薬などで有名な製薬会社で、日本有数の老舗。新薬の開発にも力を入れており、鏡浜市にある研究所を含めて全国に十ほどの研究所を構えているそうだ。

「有名な製薬会社の研究員ってことは……被害者は優秀だったようね」

「そうだね」

「結構大きな研究所だし、何か研究のことについて被害者に恨みを持つ人物がいるかもしれないわ。例えば、研究についての考えの対立……とか」

「それは色々と聞き込みをしてみないと分からないよ。でも、研究所関係の人が犯人ならその可能性は大いにありそう」

「でしょ?」

 事件現場は越水さんのもう一つの職場である中学校で起こった。自分に疑いがかかりにくくするために学校で殺害した、と考えれば研究所関係の人物が犯人である可能性も十分にあり得る。

 でも、紗希ちゃんに言ったようにまずは色々な人から話を聞かないと。

「確か、今日は被害者の元教え子ってことで行くのよね?」

「うん、中学校ならともかく研究所に事件捜査で来た高校生二人を入れてくれるわけがないからね。越水さんの知り合いだったらすんなりと入れてくれると思って」

 そう、僕達は今回、化学に興味のある越水さんの元教え子、という設定で研究所にアポイントメントを取った。その際に電話で話した小関理こぜきおさむさんとは、午後一時半に研究所の入口近くで会うことになっている。

 まあ、嘘をつくことは嫌だけど……事件捜査のためなら仕方ないか。

「でも、よくすんなりとアポが取れたわね。さすがは香織」

「堤先輩が越水さんの教え子だと言えば大丈夫だろうって言ってくれたおかげだよ。僕はそれに従っただけだって」

「でも、あたしだったら無理かも。交渉とか苦手だし……」

 確かに、紗希ちゃんだと無理かも。嘘はあまり付けない方だし、それに時々、感情的になって暴走しちゃうことがあるから。そんな彼女を上手く止められるのは僕と堤先輩しかいない。

「くれぐれも感情的にならないでね。下手をすれば研究所から即刻追い出されて事件のことについて何も訊けなくなっちゃうから」

「わ、分かってるわよ。あたしだって何時までも子供じゃないんだから」

 紗希ちゃんはそう言うけど、ちょっと不安だなぁ。彼女が感情的にならないためにも僕が上手く話を進めていかないと。

「アポを取ったのは香織だから、香織が話を進めて。あたし、化学とか苦手だし」

「うん、分かったよ」

 紗希ちゃんがそう言ってくれて少しほっとしているということは黙っておこう。紗希ちゃん、文系科目はある程度できるけど、理系科目は赤点スレスレなんだよね。

 研究所の入口へ向かうと、白衣を着た一人の男性が立っていた。成瀬君よりも少し背が低い。黒髪でメガネをかけているので、真面目そうなイメージが伝わってくる。

「すみません、小関さんでよろしいですか?」

 僕が男性に声を掛けると、男性は僕達の方を向く。

「はい、そうです。もしかして、君達が越水さんの元教え子の?」

「はい。城崎学院二年の上杉香織です」

「お、同じく二年の宮永紗希です」

「今日はお忙しい中ありがとうございます。本当は今日、越水先生に研究所を案内してくれる約束だったのですが、一週間前の事件で亡くなってしまって……」

「そうだったんですか。僕で良ければ案内しますよ」

「ありがとうございます。僕達の我が儘に快く承諾してくださって……」

「いいんですよ。彼には色々とお世話になりましたから。さっそく案内しますが、その前に来客証を二人分用意しましたのでこれを首から提げてください」

 僕と紗希ちゃんは小関さんから来客証を受け取り首から提げる。そして、小関さんに連れられて研究所の敷地に足を踏み入れるのであった。

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