第14話『事件捜査-School Side- ⑤』
来客用の玄関から校舎の外に出る。
卒業生であるまどかの案内によって、野球部の活動するグラウンドまで行く。グラウンドは野球部とサッカー部と陸上部が活動しているようだ。
「梅津君がどこにいるか分かるか?」
「ええ、やっと顔を思い出しました」
実は梅津卓巳君はななみさんの小学生の時からの友人らしい。クラスが一緒になることが多く、姉であるまどかも何度か会ったことがあったそうだ。
まずは野球部の活動する場所まで行き、まどかを頼りに梅津君を探す。
「あっ、いましたよ。あの男の子です」
まどかの指さす先には……いかにも野球好きな坊主頭の少年が汗を流しながら素振りをしている。青春してるなぁ、まったく。
「梅津君、ちょっといいかな?」
まどかが少し大きめに声を掛けると、梅津君はこちらを向いて一礼をする。爽やかな表情をしながらバッドを持ってこちらへやってくる。
「お久しぶりっす。まどか姉ちゃん」
「うん、久しぶり。梅津君が中学生になってから一度も会ってないのかな」
「そうっすね。ななみとはよく話すんですけど、不思議とまどか姉ちゃんとは」
「やっぱり野球部では部長なの? 昔から野球が上手かった印象があるけど」
「部長に相応しい奴がいたんで、俺は辞退したっす。その分、俺はのびのびと自分のスキルを磨いているところですから」
「へえ、そうなんだ」
「ところで、今日はどうしてここに来たんすか? 後ろにはめっちゃかっこいい人とめっちゃ綺麗な人がいるけど。かっこいい人の方はあれっすか? 彼氏っすか?」
「あっ、ええと……」
まどかは頬を赤くして黙ってしまう。
どうやら、まどかと一緒にいるだけで俺は彼氏だと思われてしまうらしい。本当にまどかはこれまで男性と一緒にいる場面がほとんどなかったと思われる。
「俺は成瀬篤人でまどかのクラスメイトだ。君の言う綺麗なお姉さんは俺とまどかの先輩の堤奏先輩だ」
「よろしくっす! 梅津卓巳と言います」
「今日、俺達がここに来たのはななみさんが逮捕された事件のことについて訊きたいことがあったからだ」
「ななみは犯人じゃないっすよ! 誰かの仕組んだ陰謀ってやつっすよ!」
「稲見さんや百瀬さんも同じことを言ってたな……」
「も、百瀬に会ったんすか! あいつの体調は大丈夫でしたか?」
「普通に稲見さんと元気そうにしていたけど……」
「そうっすか……良かった。あいつ、三月ぐらいから何度か授業中に保健室に行くことがあって、何か持病でもあるんじゃないかって心配で……」
「そう、なんだ……」
病気持ちのようには見えなかったけどな。大人しい雰囲気ではあったが。
しっかし、百瀬さんの話が出た瞬間の梅津君の慌てっぷり。こりゃ、もしかしたら……梅津君、百瀬さんのことが好きなのかもしれないな。青春してるな、若人よ。
「とにかく、梅津君はななみさんが犯人じゃないって信じているんだ」
「当たり前っすよ。腐れ縁でずっと同じクラスっすけど、喧嘩をしてもすぐに仲直りするし、誰かを殺すほど恨むなんてこと絶対にないっす」
「なるほどな」
「それを訊くだけにわざわざここまで来たんすか?」
「いや、君は知っていると思うけど……事件の直前に越水さんから君宛てに特別課題のことについてメールが送られているはずだ」
「ああ、そのことっすか。保存してあるんで見ますか?」
「そうか、じゃあ……一応」
すると、梅津君は部室まで走って行ってしまった。
そして、一分ほど経って戻って来た梅津君の手には青いスマートフォンが。何だ、今の若者はスマートフォンが主流で持ちたくない俺は爺さんなのか?
梅津君はスマートフォンをタッチして色々と操作している。ああ、そんな汗まみれの手で画面を触らないで欲しい。汗や指紋で汚れちゃうだろ。家だったらすぐに布巾で拭いてやりたいくらいだ。
そんなことを俺が考えている間に、梅津君は俺に例のメールの本文を見せてくれる。内容はもちろん、捜査資料に載っていたものと同じだ。時刻も一致している。
「本当に来たんだね。このメールに気づいたのは何時頃かな?」
「あの日はずっと練習で……少なくとも警察がここに来た後っすね。春休みで学校に来ている先生も少なかったんすけど、警察が来たからすぐに職員室に集合することになって。事件捜査とか色々あるだろうからって、その日の部活は全て終わったんすよ。それで、制服に着替えているときにスマホの電源を入れたらこのメールが来てて」
「そうだったのか……」
「ななみが逮捕されたことを知って。でも、それが信じられなくて……このメールがななみの無実を示す証拠になるんじゃないかって保存することにしたんすよ」
なかなか頼もしいことをしてくれるじゃないか。
「松本先生から課題を受け取ろうと思ったけど、事件のことでそれどころじゃないと思って。新年度が始まってからでいいかなって。そしたら、今週に入ってすぐに松本先生が家に来て課題を渡しに来てくれたんすよ」
これで、特別課題に関する松本さんの証言の裏付けが取れたわけか。
「ちなみに、その特別課題はどうして出されたの?」
「あっ、いや……今年受験だから、春休み中に勉強しようと思って。俺、理科がかなり苦手だから越水先生に何か問題出してくださいって頼んだんすよ。そうしたら、新年度までに出せって凄くボリュームのある課題を出してくれて」
「でも、越水さんが採点したのは春休み中だぞ」
「何かやる気に火が付いて。その課題で猛勉強したんすよ。それで早めに出したらさすがに先生も驚いちゃって。年度末で研究所の方の仕事もあって時間もかかるから、採点が終わったら連絡するって言われました」
「そうだったのか」
それで、採点が終わったから……さっき見せてくれたメールが送られたわけか。
どうやら、特別課題の謎は解けたようだ。そして、今の話を聞く限り……梅津君も犯人じゃなさそうだな。彼だけに課せられた膨大な課題も、彼から越水先生に頼んで作ってもらったものだったし。
「あの、もうそろそろ部活に戻ってもいいっすか?」
「ああ、もちろん。色々と話してくれてありがとう」
「いえいえ。それよりもななみのこと絶対に助けてくださいね!」
「ああ、そのつもりだ」
「じゃあ、まどか姉ちゃん! またな!」
「うん! 部活、頑張ってね!」
すると、梅津君は一礼をして野球部の活動するエリアまで戻っていった。
心なしか、俺の横にいるまどかは自然と笑顔を見せるようになっていた。出会う人みんながななみさんは犯人ではないと信じてくれているからだろうか。
「どうやら、私達のしていることは間違っていないようね。みんな、ななみさんが犯人でないと思っていることが今日の最大の収穫だと思うわ」
本当はここに来る前、誰もがななみさんが犯人だと思っているのだと思った。全ての人がそれは違うと言うことは、それだけななみさんがいい人だからだろう。
「さてと、じゃあ……二人の家に行って、紗希ちゃんと香織ちゃんを待つことにしましょうか。待っている間は三人で……」
「何か変なことを企んでないでしょうね?」
「……もう。さっき、篤人君が現場で私の手をぎゅっと掴んでくれたじゃない。その時の篤人君の目にゾクゾク来ちゃって……」
そういや、初めて会ったときも俺にゾクゾクしちゃったとか言ってたな。見かけによらずこの人はドMなのだろうか?
「ちょ、ちょっと待ってください! 堤先輩の手をぎゅっと握ったってどういうことですか? 説明してくれませんか?」
何時になくまどかが不機嫌そうにしている。
「いや、それは犯行の再現をすることで――」
「何言っているのよ。二人きりになったから気持ちが高まって思わず……」
「デタラメ言ってるんじゃねえよ!」
中学校にいるからすっかりと安心していたのに……まさか、堤先輩に対して防衛本能を発揮してしまうとは。まあ、今のは本音だったんだけど。
「私も頑張って現場に入れば良かった。そうすれば、先輩が篤人さんの手を握るなんてことも……」
「どうした? 何か言ったか?」
「ふえっ、な、何でもありません! ほ、ほら……早く帰りましょう! 宮永先輩や上杉先輩が待っているかもしれませんよ」
と言って、まどかは早足で校門まで向かう。まったく、どうしたことか。
まあ、中学校での捜査もこのくらいが限度かな。越水さんが返り討ちに遭ったかもしれない可能性が浮上したのは大きな進展と言えるだろう。
俺達が校門を出ようとしたその時だった。
「誰だっ!」
不意に防衛本能を発揮してしまっていた。後ろを振り向いてそう叫ぶも、俺の視界にあるのは今の叫びで驚いている数人の中学生だけだ。
「ど、どうしたんですか? 篤人さん」
「い、いや……何でもない」
全然、警戒すべき要素なんて見あたらないはずなのに、どうして防衛本能が発揮したんだろう? さっきの堤先輩への防衛本能の余韻が残っていたのだろうか。
「……帰るか」
俺達は鏡浜東中学校を後にしたのだった。
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