第13話『事件捜査-School Side- ④』
放課後であっても、意外と職員室の前には生徒がいる。職員室の前には教師と生徒が一対一で会話できるスペースが数個あるようで、俺の背と同じくらいの曇りガラスで仕切られている。全てのスペースに教師と生徒らしき姿が見える。私立校だからか、みんな勉強熱心なのかな。
卒業生ということもあり、まどかが松本さんを呼び出すことになった。まどかは職員室の扉をノックした後、ゆっくりと開ける。
「すみません、松本先生はいらっしゃいますか?」
まどかの言葉に対し、入り口の近くに座っていた職員達が周りを見渡す。
どうやら、松本さんはここはいないらしく一人の男性職員が、
「来客の方のようですが、どのようなご用件でしょうか? 松本先生とは事前に会う約束はされていますか?」
と、落ち着いた口調で言ってきた。
それに対してまどかはとまどってしまう。ここの教師が殺されたことについて話を聞きに来ました、と堂々と言えないだろうし。俺だってなかなか言えない。
だが、そんなまどかの横に堤先輩が出て、
「私達は城崎学院の生徒で、越水直樹さんが殺害された事件について調べています。彼の婚約者である松本麻美さんと話をするために来ました」
淡々とそう言った。やっぱり、AGCのリーダーだけあって度胸があるな。
事件、というワードが出たせいか職員室内の空気も一変する。放課後の穏やかな雰囲気から一転して暗くなってしまった。まずいんじゃないか?
まどかに話しかけた男性職員は少しの沈黙の後、
「ちょっと待ってくださいね」
と、その場を立ち去り、俺達の視界から消えた。
高校生が殺人事件の捜査をしているとなると、もしかしたらお偉いさんが出てきて俺達に注意してくるかもしれない。一般人にとってはAGCなんて得体の知れない高校生の団体という認識だろうし。
俺がそんな不安を抱いていると、一人の女性職員が俺達の方にやってくる。ベージュの七分丈のパンツに、上は白いワイシャツを着ており、首から職員証のようなものを提げている。可愛らしい人だけれど、彼女が松本さんなのだろうか?
「竹内先生……」
「久しぶりね、まどかちゃん」
どうやら、松本さんとは別人らしい。といっても、今の会話から女性職員はまどかと知り合いのようだ。
「初めまして、竹内由佳(たけうちゆか)といいます。麻美ちゃん……いえ、松本先生は今、生徒に教育相談を受けているので戻ってくるまで私がお相手します」
「初めまして、城崎学院三年の堤奏です」
「まどかのクラスメイトの成瀬篤人です」
「よろしくね。それにしても、まどかちゃんが同級生の男子と一緒にいるなんて。高校生になって大分垢抜けたのかしら?」
竹内さんはまどかへ意地悪そうに微笑む。真面目そうな第一印象だったが、意外とフランクな人のようだ。
「いえいえっ! 篤人さんとはそんな関係じゃ……」
と、まどかは激しく首を横に振る。彼女は中学校時代、あまり男子とは接してこなかったのかな。垢抜けたのかと竹内さんが言うってことは、中学校時代のまどかもかなり真面目な生徒だったようだ。
「うふふっ、相変わらずまどかちゃんは可愛いわね。からかいがいがあるわ。ここで話すのも何だから、小会議室で話そうか。今日はもう使う予定がないから」
そう言って、竹内さんは俺達に小会議室の鍵らしきものを見せる。話題もあれだし別の場所で話した方がいいかも。
俺達は竹内さんに連れて行かれる形で、職員室と同じフロアにある小会議室に。
竹内さんが鍵を開けて小会議室の中に入る。広さは大体、AGC本部の二倍くらいだろうか。長机や椅子の配置はAGC本部と似ている。
「私は松本先生と同級生でね。高校で一緒だったのよ。あと、殺された越水先生とは高校と大学の後輩だったの。殺人事件のことでここに来ているなら、私と話すのはもってこいだと思うよ」
竹内さんは微笑みながらもそう言う。
被害者である越水さんの後輩となると……もしかしたら、越水さんに動機を抱くきっかけが過去にあったかもしれない。
「それに、私は越水先生と一緒で……ここに常勤する理科の講師で、宝来製薬鏡浜研究所の研究員なの」
つまり、竹内さんは中学校での越水さんと研究所での越水さんを知っているのか。研究所サイドは宮永先輩と上杉先輩が調べてくれているけど、竹内さんにも研究所での越水さんのことを訊いてみるのもいいかもしれない。
「そこら辺の席に適当に座って」
俺達は入り口側に並んでいる椅子に堤先輩、まどか、俺という並び方で座る。竹内さんは俺たちと向き合うように窓側に並んでいる椅子に座った。
「殺人事件のことを調べに来たって言っているけど、何について訊くのかな? 何でも訊いていいわよ」
「では、事件当日のことについて訊いてもいいですか?」
堤先輩がさっそく訊き始めた。
「あの日は学校に来て、職員室で仕事をしていたわ。年度末で色々としなきゃいけないことがあってね。稲見さんだったかしら、彼女が職員室に泣きながら事件のことを知らせに来たこともはっきりと覚えているわ」
「つまり、事件の起こったと考えられている午後三時半にも竹内さんは職員室にいたということですか?」
「そうね。でも、お昼ご飯を多く食べ過ぎちゃったのか、お腹が痛くなっちゃって……午後三時前から十五分くらい職員室から離れていたわ」
ということは、竹内さんにも越水さんを殺害することは可能か。午後三時からの十五分間は死亡推定時刻の範囲内だ。
腹痛によって職員室から離れた。このことを話したとき、まどかにはどう見えていたのだろう?
「まどか、オーラの色は何色だ?」
と、まどかに小さな声で訊いてみると、
「薄い青色のオーラです。きっと、越水先生が殺されたことに対し、今でも少し悲しんでいるんだと思います。職員室から離れたことを言ったときに黒いオーラが出なかったということは、竹内先生は本当のことを話していると思います」
つまり、竹内先生が職員室から離れたことは事実か。十五分もあれば越水さんを殺害して職員室に戻ってくることも可能だ。もし、彼女が犯人であればお手洗いには殺害した前後に行ったことになる。そういう意味では嘘はついていないから、まどかは黒いオーラが見えなかったんだ。
「そうですか。次に、事件当日……越水さんと会われましたか?」
「朝、理科準備室で少し話したわ。やっぱり年度末だから彼も忙しくてね。研究所の方の仕事もあったそうだし。あとは、その日に松本先生のクラスの子に返すつもりの課題の採点をしなきゃいけないって言ってたわ。採点を終わらせて麻美に渡しておくんだって。だから、今日は一人にしてくれって言われたの。だから、それ以降は会っていないわ」
年度末だとどんな仕事でも忙しいんだな。
松本先生のクラスの子というのは梅津卓巳のことだろう。彼の取り組んだ課題ってそこまで量が多かったのだろうか。
「でも、まさか……ななみちゃんに殺されるなんてね」
「ななみは犯人じゃありませんっ!」
まどかは机を叩いて立ち上がった。
「……ななみはそんな酷いことをするような子じゃないです」
「ごめんなさい。……そうだよね、ななみちゃんが犯人じゃないって思っているから、友達と一緒にここにいるんだよね」
「いえ、私こそ……声を荒げてしまって。ごめんなさい」
まどかはどこか悲しげな表情をして、静かに席に座る。
世間ではななみさんが犯人だと断定されたと思っている。まどかにとって、それはとても辛いことなのだろう。
「私達はななみさんが犯人でないという前提で捜査をしています。あなたが職員室を離れた十五分ほどの間、怪しい人物を見たりはしませんでしたか?」
沈んでしまった空気の中でも、堤先輩は表情を一つも変えずに話を再開させる。さすがはリーダー。
「……特には見なかったわね」
「そうですか。では、越水さんに恨みを持っていた人物……あるいは、越水さんが恨みを持ちそうな人物は誰かいませんか?」
「生徒からも人気があるし、研究所でも彼に信頼していた人は結構いたから恨むなんて人は特にいないと思うけれど、どうして彼が恨みそうな人も訊くのかしら?」
「現場を調べたらちょっと……越水さんが返り討ちに遭った可能性が出てきたので」
「そう、なの……」
竹内さんもさすがに真剣な表情になる。稲見さんや百瀬さんと同じように、誰かを恨んで殺そうだなんて考えられない、というところだろうか。
「……特に心当たりはないわね」
「そうですか……」
どうやら、越水さんは多くの人から信頼されていたようだ。今のところ、動機という面から考えれば犯人はななみさんの可能性が最も高いと考えられる。
――コンコン。
というノック音が扉の方から聞こえた。
「どうぞ」
と、竹内さんが一言言うと、入り口の扉が開いて、
「教育相談が思った以上に長引いちゃって。ごめんね、まどかちゃん」
ブラウン色のロングヘアの女性が入ってきた。膝丈の黒いスカートに上はフリル付きのワイシャツを着ている。男女問わず人気がありそうな綺麗な人だ。この人が例の松本さんなのだろうか?
「お久しぶりです、松本先生……うわっ!」
まどかが扉の方へ振り返るや否や、松本さんはまどかのことをぎゅっと抱きしめる。
「ななみちゃんと同じ匂いがする……」
と呟きながら、松本さんはまどかの胸に顔を埋める。
「彼女は匂いフェチなの。家庭科の教師だからかしら?」
それは絶対に関係ないだろう。
それにしても、家庭科の教師にしては随分とフォーマルな格好をしているように見えるけれど。授業がまだ始まっていないからかな。
「でも、麻美がまどかちゃんを抱きしめたい気持ちも分かるかも。だって、彼女……逮捕されたななみさんの担任教師だから」
薄々、そんな予感はしていたがやっぱりそうだったか。
さすがにまどかから離れると思いきや、松本さんはまどかの胸の中で頭をすりすりしている。かつて、教師と生徒という関係だったとは思えない光景だ。というか、俺にとってはこの人……見た目とのギャップが激しい気がする。良い家のお嬢さんという第一印象だったんだけど。
「あうっ、みんなの前で恥ずかしいですよ……」
と、まどかは頬を赤くしている。
「麻美! まどかちゃんが困ってるでしょ!」
この状況をさすがに見るに見かねたのか竹内さんは席から立ち上がり、松本さんをまどかから引き離す。
「ごめんごめん、ななみちゃんと匂いが似ているから……」
「姉妹なんだからそれは当然でしょ」
「それに、まどかちゃんとこうして会えるとは思わなかったから……」
「それは同意してあげる」
「だったら、もうちょっと抱かせてくれても……」
「だからそれは駄目だって!」
「うううっ、由佳のいじわる……」
竹内さんに叱られた所為か松本さんは泣いてしまう。
もはや、この二人が教師には見えない。今のも、学生の日常の一部分を切り取った感じだ。だけど、こういう風に接することができるのも、高校以来の友人同士だからかもしれない。
「再開の喜びはここら辺にしておきなさい。まどかちゃん達はあなたに大事なことを訊きに来ているんだから」
「……そうだね、ごめん」
「謝るならそれはまどかちゃんにでしょ」
竹内さんにそう指南されて、松本さんはまどかの前に立って、
「まどかちゃん、ごめんなさい」
と言って深く頭を下げた。素直な人だな。
「い、いえ……私、松本先生のことは大好きですし……抱きしめられたのが突然だったからそれに戸惑っちゃっただけで……」
松本さんが今にも泣きそうだからか、まどかも気を遣いまくっている。今頃、まどかの視界には青いオーラが充満していることだろう。
落ち込んで暗い感じかと思いきや……この様子なら、事件のことについて結構訊けるかもしれない。
俺は堤先輩の方をちらっと見ると、彼女は真剣な眼差しで俺の方を見て一つ頷いた。どうやら、松本さんに対しても堤先輩が色々なことを訊き出し……松本さんが話しているときの心の様子をまどかの能力で確認してもらう、というスタイルで進めるみたいだ。
「じゃあ、私は仕事に戻るわね」
「うん、ごめんね。私が早く終わらせないから……」
「いいわよ。私もまどかちゃん達に結構話したから」
「そうなんだ……」
「じゃあ、私はこれで失礼するわ。また何かの機会があったら会いましょう、まどかちゃん」
竹内さんはそう言うと爽やかな笑みを浮かべながら手を振り、部屋を出ていった。それを確認した松本さんが透かさずまどかのことを抱きしめる。どれだけ匂いフェチなんだ、この人は。
「この匂い、落ち着くなぁ……」
「今度会ったときにゆっくりと抱いていいですから、本題に入りましょうよ」
「まどかちゃんがそう言うなら……」
松本さんはようやくまどかから離れて、さっき竹内さんが座っていた椅子に座る。
「さっきはすみませんでした。まどかちゃんを見たら凄く嬉しくなっちゃって。初めまして、ななみちゃんの担任の松本麻美です」
「お忙しい中ありがとうございます。私は城崎学院高校三年の堤奏です」
「俺は一年の成瀬篤人です。まどかのクラスメイトです」
「……へぇ、まどかちゃんが男子を連れてくるなんて。もしかして、成瀬君ってまどかちゃんの彼氏だったりする?」
「……いえ、違います。ただ……訳あって同じ部屋には住んでいますが」
松本さんまで同じような反応をするとは。それだけ、鏡浜東中学校の関係者にとってのまどかの印象が一貫しているということなのだろう。
「クラスメイトが一緒ならまどかちゃんも大丈夫そうね。それで、彼が殺された事件について捜査しているんだっけ?」
「ええ、越水さんの婚約者である松本さんと話をしたいと思いまして」
「そっか」
「それでは、単刀直入に訊きます。私は越水さんの携帯の送信記録を見て、松本さん宛てにメールが送信されたことを知りました。しかも、午後三時十五分に現場である理科第一実験室に来てほしいという内容でした。松本さんはそのメールの通り、午後三時十五分頃に現場に行きましたか?」
いきなり訊いたな、堤先輩。
でも、松本さんから訊きたいのはこの一点に尽きる。午後三時十五分というのはまさに死亡推定時刻の範囲内であり、ななみさんが犯人でないなら午後三時半よりも前に殺害されたことになる。午後三時十五分に現場へ来るように指示された松本さんの話は何としても聞いておきたい。
まどかもオーラの色の変化を見逃さないためなのか、松本さんのことを真剣な眼差しで見ている。
さて、訊かれた本人である松本さんは非常に落ち着いていた。
「行ったよ。彼の言う通り、三時十五分に着くようにね」
「その時、越水さんはまだ生きていましたか?」
「……生きてたよ。少し話して、十分ぐらいで実験室を出たかな。六時くらいになったら一緒に帰ろうって約束をしてね」
つまり、松本さんが現場にいたのは午後三時十五分から二十五分までか。これが事実なら、真犯人は午後三時二十五分からの五分間で殺害したことになる。
まどかの方を見ると、彼女の表情が何時になく強張っている。彼女には今、何が見えているのだろう。
「そうですか。でも、気になるのは松本さんへ送ったメールの最後に『このことは誰にも言わないでくれ』と書かれていることです。何か他の人に気づかれたらまずいことでもあったのですか?」
そう、最後の締めに書かれているこの一言が非常に気になる。松本さんを殺害するために書いた言葉とも読めるわけだし。
「実はみんなに内緒で婚姻届を何時出そうか話し合っていて。彼、真面目な割に周りの人を驚かせるのが大好きだったの。もう、職員の間では結婚は秒読みだって思われていたけれど、それでも彼なりに驚かせたかったみたい」
「だから、誰も言わないでくれって書いてあったんですね」
越水さんはサプライズ好きだったのか。結婚するんじゃないかと思っていても、いざ本当にその報告をされると俺でも驚く。密かに話を進めるということが、越水さんの拘りだったのかも。
「……嬉しい気持ちが全く感じられません」
まどかは俺の耳元で囁いた。
「どうしたんだ? まどか……」
「松本先生から、全く嬉しい気持ちが感じられないんです。結婚するはずだった越水先生が殺されたのでその感情がないのはまだ納得できますけど、青いオーラ……悲しみの感情さえ一切見えないんです」
「じゃあ、今……松本さんに見えているのは?」
「黒いオーラです。恨みや罪悪感を抱いています」
ということは、今の婚姻届の件は真っ赤な嘘で、彼女が真犯人だというのか? まどかの能力は俺も信頼しているけれど、安易にこのことを松本さんに言ってしまっていいのだろうか。
「……篤人さん、お願いします。私、怖くてとても訊けません」
どうやら、まどかは黒いオーラの存在に怯えてしまっているようだ。ここは男として俺がちゃんとしないと。
「すみません、俺もちょっと訊きたいことがあるんですが」
「何かな、成瀬君」
一瞬、堤先輩のことを見る。彼女はまどかの様子から今の状況を上手く汲み取ってくれたようだ。その証拠に、俺に対して小さく頷いた。
「どうも、婚姻届の件を話しているとき、松本さんの表情が明るくなかった気がします。それも、越水さんの死に悲しんでいるのではなく、何か罪悪感を抱いてしまっているような気がして」
「……鋭いのね、成瀬君って」
「じゃあ、罪悪感を抱いているというのは……」
「本当よ。私がもう少し長くいたら……彼が殺されずに済んだのかもって。殺したのがななみちゃんでも、他の人でもね」
「自分がいない所為で越水さんが亡くなった。そう思ったわけですか」
「だってそうでしょう? 職員室に戻ってすぐに、葵ちゃんが泣きながら彼が殺されたことを言いに来たんだから」
確かに、それは自分を責めてしまうだろうな。あの時、自分が帰らずにもう少し長く一緒にいれば、越水さんは殺されずに済んだかもしれないし。
松本さんの目からは大粒の涙がこぼれ落ちる。
「彼が殺された上に、ななみちゃんが彼を殺した罪で逮捕されちゃって。それが本当に辛かった。大切な人が二人も奪われた気がして」
「俺達はななみさんが犯人でないという前提で捜査をしています。松本さんは真犯人について心当たりはありますか? 越水さんを恨む人、あるいは越水さんが恨む人を」
松本さんは首を激しく横に振った。
「彼はとても優しくて、真面目な人よ。どんなことがあっても、ちゃんとそれに向き合おうとする人だから。彼が恨んだり、恨まれたりする人は私の知る限りではいないわ」
「そう、ですか……」
婚約者だった松本さんもこの答えか。もしかしたら、松本さんさえも知らない人間が越水さんを殺害したのだろうか。そうなると、学校の関係者でない可能性が非常に高くなってくるな。
そして、松本さんの話が本当であれば、真犯人は僅か五分の間に犯行を行ったことになる。未だに捜査線上に上がらない人物が真犯人だとすると、この五分で自分に疑われないように工作することが果たして可能なのだろうか。
そういえば……すっかりと忘れていた。松本さんにはまだ訊いておくべきことが残っていたんだった。
「すみません、もう一つだけいいですか?」
「何かな」
「松本さんの担当するクラスに……梅津卓巳という名前の生徒がいますよね」
「いるけど、彼がどうかした?」
「事件直前に越水さんから送信されたメールはもう一つありました。梅津卓巳宛てにあなたに頼んで特別課題を返してもらってほしいという旨のメールを」
「えっ、あれって……あの日に私に渡すつもりだったの?」
意外にも松本さんは驚いている。
「そうですよ。でも、おかしいですね。あの日に渡す事実をたった今知ったように見えますが。そのことは越水さんに言われなかったのですか?」
「え、ええ……婚姻届の話で盛り上がっちゃって。彼、話が熱中しちゃうと他のことが考えられないことがあるのよ。多分、その所為じゃないかな」
「でも、さっき……特別課題をあれと言っていましたね。それはどうしてでしょう?」
「後日……警察の方が私の家に直接、梅津君の課題を届けに来てくれて。その日は休みだったから私は梅津君の家に直接届けに行ったの。どうして私のところに特別課題が来たんだろうって疑問に思っていたけど、そういうことだったんだ……」
「だから、尚更驚いてしまったんですね」
「ええ、そんなメールを直樹さんが送っていたんだって」
なるほど、筋は通っているな。
松本さんから訊けるのはこのくらいかな。彼女の抱いた罪悪感のことで頭がいっぱいになったせいで危うく特別課題のことについて訊き忘れるところだった。
「堤先輩、梅津卓巳君に話を聞きに行った方がいいですか?」
「……そうね。彼が学校にいるならだけど」
「梅津君は野球部に入っているから、今も午後の練習をしていると思うよ。校内放送でここまで来させることもできるけどどうする?」
「いえ、私達の方から聞きに行きたいと思います。野球部の活動場所を教えてもらえませんか?」
「野球部は外のグラウンドで練習しているわ」
「そうですか。色々と話してくださってありがとうございました」
堤先輩につられて俺とまどかも頭を下げる。
「ううん、いいんだよ。私はななみちゃんが犯人じゃないって思っているし。頑張って真犯人を見つけてね」
松本さんもななみさんが犯人でないって信じているんだな。ここまで多くの人が思ってくれているんだ、絶対に真犯人がいる。
そして、真実を知るためにも俺達が今できることは、梅津卓巳君に話を聞きに行くことだな。
俺達は再び松本さんに一礼をして、小会議室を出るのであった。
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