第12話『事件捜査-School Side- ③』

 実験室から出ると、まどかはこの中学校に通っていると思われる女子生徒二人と談笑していた。知り合いなのだろうか。

「まどか、調査終わったぞ」

「お疲れ様でした。篤人さん、堤先輩」

 まどかの後ろにはブラウン色のワンサイドアップの髪の子と、ピンク色のツインテールの髪の子がいる。どちらの子も結構可愛いらしい。

「そこにいる二人はまどかの知り合いなのか?」

「はい。二人ともななみのクラスメイトで小学校の時からの友達なんです。帰ろうとしたら私のことを見つけて、ここまでついてきたんですって」

「そうだったのか」

 ななみさんのクラスメイトか。ななみさんと越水さんの関係を知るためにも、彼女達にも話を聞くべきかな。

 と、思った矢先……ツインテールの女子が興味津々に俺の前まで歩いてくる。

「初めまして。ななみちゃんの友達で、クラスメイトの稲見葵(いなみあおい)と言います」

「俺は成瀬篤人だ。まどかとは……高校でのクラスメイトで、色々な理由があって一緒の部屋に住んでいる」

「そ、それって同棲というやつですかっ!」

 そう言って、ツインテールの女の子……稲見さんは一人で盛り上がっている。恋愛ごとに敏感な今時の女の子って感じだ。

 やっぱり、一緒に住んでいることはあまり喋らない方がいいのだろうか。俺とまどかは恋人同士とかそういう関係でもないし。

 とにかく、まずは稲見さんの誤解を解かなければ。

「いや、同棲とかそういうわけじゃなくて……ななみさんが逮捕されたから、マスコミがまどかに付き纏わないように俺の住む部屋に来たんだよ。そうしろと言ったのは堤先輩ですよね?」

「確かに私はそう言ったけど、まどかちゃんって篤人君のことが――」

「あ、篤人さんの言う通りですっ!」

 まどかはあたふたしながら、今までの中で一番大きな声で堤先輩の話を断ち切った。何故か、彼女の頬が真っ赤である。

「篤人さんは私を守ってくれるために一緒に住んでいるだけですよ。同棲なんて、私となんかつり合わないでしょうし……」

 後半部分が良く聞こえなかったが、これで稲見さんの誤解も解けるはずだろう。本人が違うと言っているわけだし。

「そうだったんですか。いや、まどか先輩ってかなり可愛いんで、凄くかっこいい成瀬さんと付き合っているんだと思いました!」

「ふえええっ! ち、違うって……」

 付き合っていないと分かっているのにどうしてまどかは喘ぐのか。可愛いと言われるのが恥ずかしいのだろうか?

 それにしても、凄くかっこいい……か。俺、自分がかっこいいとか豪語するナルシストじゃないから特に嬉しくもない。でも、年下の女子に言われると微笑ましい気分になるのは何故だろう。妹みたいだからかな。

「遥ちゃんもこっちに来なよ!」

「あっ、うん……」

 稲見さんのそう言われ、ワンサイドアップの女子が稲見さんの横まで来る。この女の子はまどかに似て大人しそうな雰囲気を持っている。

「初めまして、百瀬遥(ももせはるか)と言います。ななみちゃんの友達でクラスメイトです」

「成瀬篤人だ、よろしく」

「は、はい……よろしくお願いします。成瀬さん」

 百瀬さんはやんわりと微笑んだ。

「それで、まどか先輩達はどうしてここにいるんですか? それも、越水先生が殺されちゃった実験室に……」

 やっぱり、そこが気になるよなぁ。

 稲見さんに答えようとしたが、まどかが俺の前に出て、

「ななみが逮捕されたことがどうしても信じられなくて。篤人さんと後ろにいる堤先輩は事件の真実を見つけるために協力してくれているの。ここにはいないけど、あと二人協力してくれている先輩がいるんだ」

「つまり、事件の捜査をするために来たんですか」

「そうだよ」

 妹を助けるという意志が強いのか、まどかの表情が勇ましく思える。

 事件のことで来たと分かった瞬間、稲見さんと百瀬さんの表情も真剣なものになる。ななみさんが逮捕された事件であるから、それも当たり前だろう。

「まどか、ちょっといいか」

 俺はまどかの耳元でそっと囁く。

「まどかの力で彼女達のオーラの色を確認してくれないか? 色々と話をしていくうちに色が変化するかもしれない」

 万が一、何か隠しているときには、せめてどんな気持ちを抱いているのかを知っておきたいからな。

「そうですね、分かりました」

「ちなみに、憎しみの気持ちを抱いているときには何色のオーラが見えるんだ?」

「黒です。もちろん、色の濃淡があって恨む気持ちが強くなるほど濃くなります」

「なるほどな……」

 黒か。イメージ通りだ。

 もし、越水さんに恨みの念やそれに類する気持ちが抱かれていたら、まどかにはその気持ちが黒いオーラとなって見えるわけか。

「もし、黒いオーラがはっきりと見えたら俺に教えてくれ」

「分かりました、篤人さん」

 他人の恨みを見てほしいという俺の酷な要望にも、まどかは素直に受け入れてくれた。真実を知りたいという気持ちが強いからできることだろう。

 そういえば、堤先輩が全然口を挟まない。どうしたんだ?

「この写真についてですが……」

 という声が聞こえたので後ろに振り返ってみると、堤先輩が理科第一実験室の前に立っている警官と事件資料を見ながら話していた。おそらく、さっき俺と一緒に導き出した返り討ち説を説明しているところなのだろう。

 まあいい、こちらはこちらで二人に話を聞くか。

「いきなりで申し訳ないが、二人はななみさんが越水さんを殺したと思ってる?」

「そんなわけないじゃないですか! 最初に二人を見つけたのは私だけど……」

「最初に、見つけた……?」

 稲見さんが意味ありげなことを言い出した。最初に見つけたということは、

「君が事件の第一発見者なのか?」

「……はい」

 まさか、ここに事件の関係者がいたなんて。たまげた。

 でも、事件捜査のためには第一発見者の話も非常に重要だ。

「さっき、現場で色々と調べたんだけど、事件当日、ななみさんは越水さんへ午後三時半に実験室へ会いに行くってメールを送っていたんだ。そして、ななみさんの供述では午後三時半に越水さんを殺害したと言っている。警察の通報は午後三時四十分。この十分の間に稲見さんはここに来たことになるね」

「はい。私、吹奏楽部に入っていて、事件のあった日は午後に練習がありました。その日は思ったよりも上手くいって、午後三時に終わりました。その時、午後三時半に越水先生へ会いに行くってメールを確認したんです。すぐに行くって返信しました」

「そのメールは何時頃来たのかな」

「……ちょっと待ってください。確か記録がまだ残っていたはずなので……」

 と、稲見さんはピンク色のスマートフォンを取り出した。

 今の中学生ってスマートフォンを持つのか。俺はタッチパネルで操作するのが凄く苦手だし、指紋で画面が汚れるのが嫌だから暫くの間は買わないつもりだ。

「このメールです。どうぞ」

 稲見さんからスマートフォンを受け取り、メールの内容を確認する。

『なんかドタキャンされちゃった。先生、何かあったのかなぁ?

先生のことが心配だし、私、実験室に行ってみるよ! 葵と二人で行けば先生も合ってくれると思うの。一緒に行ってくれるかな。

三時半頃に行くつもりだから、行くなら返事ちょうだい!』

そして、このメールを受信した時刻は午後二時半だ。

「どうもありがとう」

 俺は稲見さんにスマートフォンを返す。

「ななみさんは稲見さんがいた方がいいと思っているはずだ。どうして、三時半に会うって決めたんだろう? 稲見さんは部活動があるのに」

「いつも、だいたい三時半前後に休憩するんです。その時にはななみちゃんとメールをしていたりするので……」

「だから、三時半頃なら稲見さんも大丈夫だと思ったわけか」

 まあ、一人で行くよりは友達と一緒に行った方が心強いもんな。それに、一人なら門前払いだけど何人か一緒であれば無理に返すことはできない、という風にななみさんは考えたのかもしれない。

「でも、どうしてななみさんは実験室に行くって書いてあるのかな。普通ならまずは職員室に行くと思うんだけど」

「先生は授業期間以外の出勤の時はいつも実験室にいるんですって。人がいないし、学校の仕事や研究のことに集中できたからそうです」

 まあ、確かに授業期間でなければ職員室にいる必要はあまりないか。それに、理科準備室という理科教師専用の職員室まであるわけだし、こっちにいる方が集中できるのは分かるかも。

「それで、稲見さんはそのメールの通り、三時半にここに来たわけだ」

「……はい。でも、ここにはななみちゃんはいませんでした。実験室の扉が開いていたので入ったら……」

 すると、稲見さんは泣き出してしまった。それを見た百瀬さんがゆっくりと稲見さんのことを抱きしめる。

「ナイフが刺さって……血を流している越水先生がいて。そのすぐ側には血まみれの……ななみちゃんが座り込んでいて……」

 血まみれ、か。ななみさんの着ていた制服には越水さんの血がついていたな。

「それで……よく分からなくなっちゃって。職員室まで行って、先生達を呼んで……警察へ通報しました」

「通報が三時四十分になったのは職員室に行ったからだったんだな……」

「はい。スマホを持っていたんですけど、気が動転しちゃって……まずは先生達に言った方がいいと思って」

 その後、警察が学校へ来て事件の捜査を行った。ななみさんの自白や凶器のナイフの指紋、ななみさんの制服に付いた血痕を根拠に警察はななみさんを逮捕したのか。

 稲見さんは第一発見者だから、今の話を警察にも言ったのだろう。もしかしたら、ななみさんの逮捕される瞬間も見てしまったのかもしれない。

「……辛い中、よく話してくれたね。ありがとう」

「だって、私……ななみちゃんが先生を殺したりしないって、信じてるから……。今でも私の所為でななみちゃんが逮捕されたんじゃないかって思って……」

「そんなことない。悪いのは……越水さんを殺した真犯人だ。稲見さんは自分のすべきことをちゃんとしたんだよ」

 そう、ななみさんが逮捕される原因を作ったのは……越水さんを殺害した真犯人だ。そいつが今でもどこかで普通に生きていると思うと、俺も許せない。

「成瀬さん。葵ちゃん……あの日の夜、私に電話をかけてきたんです。私の所為でななみちゃんが逮捕されちゃったんだって……」

 百瀬さんにはすぐに知らせたわけか。まどかも三人が小学校の頃からの友達だって言っていたし。それに、稲見さんにとって辛い胸中でまともに話せたのは百瀬さんだけだったのかも。

「女子からも人気があって、真面目だった先生がどうして……。私も、越水先生が殺されてしまったことが今でも信じられません。もちろん、そんな先生をななみちゃんが殺してしまったことも信じられませんけど」

「じゃあ、百瀬さんが知っている限りでは、越水さんに殺意を抱きそうな人はいなかったってことだね?」

「……はい。でも、クラスメイトの一人が越水先生から春休み中の特別課題を出されていました。お前はあまり成績が良くないからって」

「もしかして、そのクラスメイトの名前は梅津卓巳って言わない?」

「はい、そうですけど」

 やっぱりそうか。特別課題という単語でピンと来た。

 ここに通う生徒で唯一殺意を抱きそうなのは梅津卓巳という生徒だけど、その生徒はきちんと課題を終えている。殺意を抱く人間がわざわざ課題を終わらすか?

 やっぱり、後で梅津卓巳と話をしたいと堤先輩に言ってみるか。

「まあ、色々とあって。じゃあ、越水先生が真面目だった……ということは、ななみさんが殺意を抱くなんて考えられないって思っているんだな?」

「当たり前です。あんなにいい人を……」

 殺す理由なんかないって、か。大人しい雰囲気の百瀬さんでも、さすがに強気な口調で言ってくる。これは本当そうだ。

 これでますます返り討ちの可能性が強くなったような気がする。今のところでは、誰かが越水さんを恨んで殺害に至ったというのは考えにくい。

 百瀬さんの胸の中で泣いていた稲見さんはようやく泣き止んだようで、

「ご、ごめんなさい……途中で泣いちゃったりして」

 と、少し笑顔を見せながら俺の方を向いた。そして、百瀬さんから離れる。

「いや、こんな辛いことを思い出させた俺が悪いんだ。本当にすまなかった」

「いえ、いいんです。遥ちゃんの言う通り、あんなにいい先生を元気で優しいななみが殺すはずがないって信じていますから」

「……そう思うことが、ななみさんにとっても俺達にとっても励みになるよ」

 本当なら、クラスメイトにもそう思って欲しかった。でも、知らない人が無実であるとすぐに信じることは無理に等しかったのかもしれない。

 俺はただ、自分の思う通りにクラスメイトがまどかのことを考えなかったから、暴れて八つ当たりしただけだったんだな。

「どうしたんですか? 成瀬さん。俯いたりして……ね? 遥ちゃん」

「うん、元気がないようですけど」

 気づけば、稲見さんと百瀬さんに上目遣いで見られていた。どうやら、顔に出てしまったみたいだ。

「何でもない。事件のことを考えていただけさ」

「そうですか。あの……ななみちゃんのこと絶対に助けてください! まどか先輩を助けたときのように!」

 稲見さんがぎゅっと力強く俺の手を掴んでそう言った。

 さては、まどかの奴……俺と堤先輩が現場で捜査しているとき、昨日の騒動のことを二人に話しやがったな。お前にとっては最高の思い出かもしれないが、俺にとっては随一の黒歴史なんだぞ。

 でも、まどかの時のように助けられれば何よりだ。いや……助けるんだ、絶対に。

「ななみさんのことは俺達に任せてくれ。また、何か気づいたりしたことがあったら俺やまどかに遠慮なく言ってきてほしい」

「分かりました!」

「ななみちゃんのためなら、私も協力しますね」

 稲見さんも百瀬さんも本当にななみさんの無実を信じているようだ。まず、この二人が真犯人ということはないだろう。

 二人はすっかりと安心したのか笑顔になって、俺達に軽く頭を下げ立ち去っていった。

「いい子達だな」

「そうですね。小さい頃から私の家で遊んでいましたし、三人は……本当に信頼し合える親友同士だと思います」

「そうか。それで、二人のオーラの色はどうだった?」

「二人とも終始青いオーラが出ていました。親しい先生が殺されたことと、その犯人としてななみが逮捕されてしまったことからだと思います」

「そりゃ、悲しいに決まっているよな……」

「でも、篤人さんのおかげで最後には白いオーラも見えるようになりました。ななみを救ってくれると信じているんでしょうね」

「……彼女達のためにも頑張らないとな、まどか」

「はい!」

 ななみさんの無実を信じる人がいると分かったのか、まどかも自然と笑みを浮かべている。やっぱり、笑ったときの顔が一番輝いている。

 越水さんは真面目で生徒からの信頼も厚い人物だったようだ。少なくとも、鏡浜東中学校サイドでの話だが。

 堤先輩の方を見ると、彼女も警官との話が丁度終わったようだった。彼女が俺とまどかの所まで歩いてきた。

「越水さんが返り討ちにあったという話、ちゃんと伝えてきたわ。彼の着ていた白衣の皺のこと、まだ詳しく調べていなかったみたい」

「そうですか」

 白衣の皺にもし越水さんのものでない指紋が出てきたら、その指紋の持ち主こそ犯人である可能性が非常に高い。

「ちょっと待ってください! 返り討ちとはどういうことですか?」

 まどかが慌てて俺達の話に入り込む。

「そうか、まどかは知らなかったな。事件の捜査資料を見ていたら堤先輩が越水さんの着ていた白衣とななみさんの着ていた制服の袖の矛盾に気づいて、そこから越水さんが返り討ちに遭った可能性が浮上したんだ」

「つまり、それって……」

「越水さんが誰かを殺そうとした。そう考えられる」

「そんな……。あの二人だって、越水先生はいい人だったって言っていたのに……」

 さすがにまどかもショックが大きかったか。今は言うべきじゃなかったのかも。まどかは一週間ほど前までこの中学の生徒で、生前の越水さんを何度も見てきたわけだから。誰かを恨んで殺そうとした、というのが信じられないのだろう。

「まどかちゃんの気持ちも分かるけれど、可能性がある以上……越水さんが誰かに殺意を抱いたことも考えるべきよ」

「堤先輩……」

「それに、あなたには人の気持ちを見ることができるでしょ。あなたの前では誰でも本心は隠せない。そんなあなたの力を見込んで、初めての捜査でも現場である中学校に連れてきたのよ」

 堤先輩、まどかの能力のことを知ってたのか。

 稲見さんと百瀬さんの話を俺とまどかに任せて警官と話していたのも、まどかが能力を上手く使うと分かっていたからかもしれない。

 堤先輩はまどかの両肩を掴んで、

「現実と向き合いなさい。あなたの持つ能力で色々な人の本心を見ることでね。これはあなたにしかできないことよ」

「……はい」

 まどかがしっかりと返事をすると、堤先輩は穏やかに笑いまどかの頭を撫でる。

「うん、それでいいわ。あなたには期待しているから。人の本心は……口から出る言葉だけじゃ全てを汲み取ることはできないし。まどかちゃんの能力は重宝するわ」

 堤先輩の言うことがもっともだ。

 人の本心なんて、喋った言葉や態度、目つきだけでは全てを汲み取ることは不可能だ。その最たる例は言うまでもなく俺だろう。あんな騒動を起こし、ほとんどの生徒から恐れられてきたのに、まどかは俺の本心を分かっていた。もしかしたら、そんなまどかを見て堤先輩は彼女をAGCに入れることにしたのかも。

「じゃあ、職員室にでも行って……松本さんに話を聞きましょう」

 堤先輩の呟きが号令のようになり、俺達は職員室へと向かう。

 自分にしかできないことがあるかは分からないけれど、俺も自分にできることを精一杯やってそれをAGCに還元できるように頑張らないと。

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