第9話『捜査会議』

 同日、午前十一時。

 AGC本部の部屋に入ると、堤先輩の言う通り宮永先輩と上杉先輩がいた。今週は一年生のオリエンテーション期間であるため、二、三年生は休みだという。よって、先輩方は朝からここに来ていたらしい。

「今日が初対面じゃないけれど、正式に入会したわけだし……篤人君には一応、自己紹介でもしてもらいましょう」

 堤先輩がそう言うと、俺は先輩方とまどかの前に立ち、

「今日からAGCに入会することになった、一年二組の成瀬篤人といいます。昨日は本当に申し訳ありませんでした。俺も何か力になれれば良いなと思っています。これからもよろしくお願いします」

 というありきたりな自己紹介をした。

 思い返せば、クラスではまともな自己紹介ができなかったな。まどかへの誹謗中傷に激昂してしまったから。一年二組がどうなっているかも気になるところだが、今はAGCが優先だ。

 自己紹介が終わると、意外にも上杉先輩が真っ先に俺の所へやってくる。

「ついに男子生徒が来てくれたよ。嬉しいなぁ……今日からよろしくね!」

 と、上杉先輩は本当に嬉しそうに俺の手をぎゅっと掴む。何なんだ、大抵の女子よりも可愛いなんて。男子だと知らないで今の言葉を言われたら、大半の男子生徒はときめいてしまうのではないだろうか。

「よろしくお願いします。上杉先輩」

「うわぁ、先輩かぁ……良い響きだなぁ。しかも、こんなにかっこいい男の子に言われるなんて感激だよ!」

 上杉先輩はミーハーな女子みたいにはしゃいでいる。もはや、俺と同じ男子用制服を来ていなければ女子だ。そうとしか思えない。

 俺のことを大歓迎という雰囲気をモロに出す上杉先輩とは対称的に、宮永先輩は昨日と同じように不機嫌な表情をしていた。昨日は防衛本能が発揮しすぎて彼女には酷いことを言ってしまったから、不機嫌なのも当然か。

「ほら、紗希ちゃんも挨拶しなさい。彼は私達と同じ仲間なんだから」

 堤先輩のそんな指示により、宮永先輩は俺の目の前に立つ。文句があるなら言ってみなさい。今度は捻り潰してあげるわよ、と言わんばかりに俺のことを睨み付ける。

 何だか金髪の女子は恐いイメージがある。宮永先輩もそうだし、あのとき俺に反論した相川もそうだ。あのときは脚が震えていた気がする。

 宮永先輩は腕を組んで、

「……あんたは奏先輩に期待されているんだから、それに応えなさいよ。それができない限りあたしはあんたのことは認めないんだからね」

「はい、分かりました」

「きょ、今日は妙に素直じゃない。昨日は私のことを薬物女とか揶揄してたくせに」

 素直になれるのも多分、防衛本能がここにいる先輩方が大丈夫だとようやく認識したからだろう。危険な目に遭いそうでなければ防衛本能が発揮されることはないと思う。

 俺の態度があまりにも予想外だったのか、宮永先輩は急にあたふたし始める。何故か彼女の頬がほんのりと赤くなる。

「ま、まあ……香織の言うように後輩が増えるのは悪い気分じゃないし? だから、その……とにかく頑張りなさいよ。あたしだって期待してないわけじゃないんだから」

「はい。よろしくお願いします」

 良かった、宮永先輩はそこまで怒っていないようだ。これなら彼女と今度とも上手くやっていけそうな気がする。

「じゃあ、さっそく捜査会議を始めるわよ。香織ちゃん、頼んでおいたホワイトボードをテーブルの前まで動かして」

「分かりました」

 上杉先輩は部屋の後ろ側にあったキャスター付きホワイトボードをテーブルの前まで動かしてくる。そこには黒や赤のペンで色々と書かれてある。

 ちなみに、この部屋には長いテーブルが口の字のようにセッティングされており、上座に位置するテーブルには一つ大きなイスがあり、それ以外のテーブルには教室にあるのと同じイスが二つずつある。また、俺が意識を失っている間に横になっていたソファーはドアの近くに一つ置かれている。

「じゃあ、みんな私の席以外の好きな場所に座って」

 そんなことを堤先輩から言われるものの、自然と二年生組と一年生組で分かれて座ることになった。俺の隣にはまどかが座り、向かい側に上杉先輩が座っている形だ。

「今日から本格的な捜査に入るから、今回は事件概要について説明するわ。篤人君とまどかちゃんは聞いているだけでいいからね」

 堤先輩がそう言うのも、上杉先輩と宮永先輩が素早くメモを取る準備をしたからだ。一年間AGCで活動すると、自然とこういう風になるのだろうか。

 堤先輩はホワイトボードの横に立ち、指し棒を持って話し始める。

「事件が起こったのはちょうど一週間前の三月二十九日の金曜日。まどかちゃんの母校である私立鏡浜東中学校の理科第一実験室で発生したわ。被害者はこの中学校に勤務する常勤講師の越水直樹(こしみずなおき)さん、二十八歳。彼は家庭用ナイフで胸部から腹部にかけて数回ほど刺され、それにより生じた傷口からの出血により死亡。そして、被疑者として逮捕されたのがまどかちゃんの妹である、栗橋ななみさん。逮捕されるきっかけとなったのは凶器のナイフの柄に彼女の指紋が付いていたことと、被害者の血痕が彼女の着ている制服に付いていたことよ」

 昨晩、まどかから聞いた内容も含まれているな。この情報だけでは、ななみさんが犯人である可能性が極めて高く感じる。

「奏先輩。被害者を殺した動機は分かっているんですか?」

 宮永先輩の質問に堤先輩は黙り込んでしまう。当たり前だ、ここには逮捕された人間の姉がいるのだから。

 でも、動機については俺も気になっている。

「……分かっているわ。言いづらいけれど、ななみさんは被害者と会う約束を直前に断られたから殺したと言っているわ。いわゆるドタキャンね」

 ドタキャンくらいで殺すほど憎むだろうか。被害者がドタキャンの常習犯であれば殺害の動機に発展する可能性はあるだろうけど。

 まどかは泣いてしまうかと思いきや、真剣な表情で堤先輩の話を聞いている。

「現状ではななみさんが犯人である可能性が高いわ。でも、お姉さんであるまどかちゃんがななみさんは無実であると信じている。だから、今回のAGCの方針は、ななみさんが無実であり第三者が犯人である可能性を常に考えて捜査するように」

 堤先輩もまどかの言うことを信じているということか。もしかしたら、先輩はななみさんが犯人だと思われていることに疑念を抱くような何かを掴んでいるのかもしれない。

「被害者の越水さんは教師と同時に一人の科学研究員だったの。彼は宝来(ほうらい)製薬鏡浜研究所に所属する優秀な研究員だったそうよ。現場は学校だけど、時期は春休み。研究所関係の人物が学校にやってきて殺害した可能性もある。だから、今日の捜査は学校側と研究所側の二手に分かれて行いましょう。学校の方には私、篤人君、まどかちゃん。研究所の方には紗希ちゃんと香織ちゃんでいきましょう」

 五人まとまって捜査するよりも、二人と三人に分かれて捜査する方が効率はいいという考えか。被害者は薬品関係の研究者だった。研究のことで対立し、それによる殺害という可能性も大いに考えられる。

「あと、捜査報告は篤人君のまどかちゃんの家でやるから」

「どうしてですか」

「一応、夕方に行うつもりだけど……二人の家なら誰も入ってくることはないし。別に私達に見られてまずいものなんて置いてないでしょ? 特に篤人君」

「別にないですけど……」

「じゃあ、そういうことで。何かあったらすぐに連絡して」

 やれやれ。あの部屋は俺にとって憩いの場だというのに。プライベート空間が乗っ取られた感じなので少し嫌だが、堤先輩の言っていることも頷けるしここは何も反論しないでおこう。

 とにかく、こうしてAGCによる事件捜査は始まったのであった。

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