第6話『依頼』

「私は堤先輩の命令でここへ引っ越してきました」

「やっぱり……」

「先輩に言われたんです。今日から成瀬篤人さんの住む部屋に引っ越しなさいと。私も篤人さんに何かできないかと思っていたのでその話を受け入れました。引越屋さんなどの手配は堤先輩がしてくれました。私も色々と手続きをしなければならなかったので、ここに来るまでに時間がかかってしまったんです」

 色々と手続きが必要だから、引っ越し屋の男性に家具の配置を記したメモを渡しておいたわけか。急な引っ越しだったため彼等もまどかの名前を知る機会がなかった。

 しかし、俺が訊きたいのはそんなことじゃない。

「どうして、俺の部屋に引っ越すことになったんだ。あと、この引っ越しは堤先輩が考えたことだから、彼女の考えも話してもらおうか」

 徐々に防衛本能が前に出てきているのか、強い口調へと変わってきている。そして、逃がすまいとまどかのことをしっかりと抱きしめる。

「……妹が殺人犯として逮捕されたからです」

「さ、殺人犯……?」

 いきなり何なんだ。しかも、殺人犯だなんて。

 しかし、さっきの青いオーラの理由がこれであることが分かった。妹が逮捕されて悲しまない人間なんているわけがない。

「妹……ななみの通う中学校で一人の教師が殺されました。どうやら、警察は凶器に付着していた指紋と自らの犯行を認める自供でななみが犯人だと断定したらしいです」

 その二つが揃ったら、警察はななみさんが犯人だと断定するだろうな。二つともとても強力な証拠だ。

「でも、私はそれに納得できませんでした。なので、数日前にAGCに妹が逮捕された事件について捜査してほしいと依頼したんです」

「そう、だったのか……」

「ここへの引っ越しは私に対する気遣いもありました。マスコミも色々な情報網を使って犯人がななみであることを掴んでいると思います。実家にいればマスコミ関係者が私に接触するかもしれない。そのことも考えて、堤先輩は私に篤人さんの住む特別寮へ引っ越すように言ったんです。篤人さんはクラスメイトで、しかも今朝……私を助けてくれた人です。堤先輩はそのことを考えて篤人さんを推薦したのだと思います」

 まどかの家族や堤先輩さえ口を割らなければ、まどかがここで住んでいることもばれることもないし、マスコミ関係者の目から逃げることができる。でも、まどか一人では不安だったから俺と一緒の部屋に住むように勧めたのか。

「実は俺、AGCのメンバーに部室らしきところへ連れられて、堤先輩と話したんだ。その時に彼女は俺に興味があるというようなことを言っていた」

「篤人さんがAGCの部屋を去った後に、私も話してきました。篤人さんがAGCに入ることに拒否したことも知っています」

 まどかは俺の方に振り返り、上目遣いで俺の顔を見る。

「ですけど、やはり……篤人さんの力が必要なんです。AGCに入って、私たちと一緒に真実を見つけてくれませんか?」

 やっぱり、そう来たか。

 話の流れを考えれば、まどかから俺にAGC入りを勧めてくるのは当たり前か。彼女が俺を必要としていることは俺にも分かっている。まどかの目に嘘はない。

 だからこそ、こう言ってしまうのは心苦しい。

「……すまないな。あの時から気持ちは変わらないよ。AGCという団体が事件捜査に首を突っ込むことは反対しない。でも、事件捜査は警察のやることだと俺は思っている。俺はそんなことに関わりたくないし、俺なりの普通の高校生活を送りたいんだ。まどかには本当に申し訳ないけど」

「そう、ですよね……」

「でも、妹さんが無実だって信じる。俺がしてやれることはそれくらいだ」

 まどかが疑念を抱くということは、妹のななみさんが無実であると確信しているからだと思う。その考えは俺も尊重したいと思っている。

 俺がそう言うとまどかは悲しげな表情の中、俺に微笑みを見せる。

「……ありがとうございます」

「俺をAGCに誘い込むっていうのも引っ越した目的の一つだったのか?」

「そうですね。堤先輩も泣き落とし作戦でAGCに引きずり込んで欲しいと」

 色仕掛けの次は泣き落としかよ。そこまでして俺をAGCに入れたいのか。

「あと、私達……って言ったよな。ということはもう、まどかはAGCのメンバーの一員ってわけか」

「ええ、そうです。ななみのことで依頼したときに堤先輩から勧められて。入学式のあった今日をもって正式に入りました」

「……そうか。頑張れ……って言うのはおかしいのかな。入るのを拒否した俺にそんなことを言う権利はないか」

「いいえ、とても心強いです。私こそ、篤人さんが一度拒否したことをまたお願いしてしまって。本当にごめんなさい」

 俺からようやく離れたまどかは深く頭を下げた。

「謝る必要なんてない。顔を上げろ」

 俺はまどかの顔を上げさせる。

 そこにはやっぱり、まどかの優しい微笑みがあった。妹さんが逮捕されて辛いはずなのに、こんな俺に笑顔を見せてくれるなんて本当に健気で優しい女の子だ。

「そういえば、篤人さん。夕ご飯、まだでしたね。今日は私が腕によりをかけて作りますからね!」

「……ああ。楽しみにしてるよ」

 そうだよ、こいつは強いよ。妹が無実だと信じ、その気持ちをAGCに依頼するという行動に繋げている。そして、今俺にAGC入りと捜査協力を断られても、すぐに笑顔を見せている。

 それに対して俺は……本心でまどかに向き合えたのだろうか。

 AGCのことを断ってから、心のどこかでずっと引っかかり続けている。堤先輩へ同じことを言ったときにはすっきりしたのに、今は逆にもやもやする。

 きっと、さっき言ったことが本心じゃないと本能で分かっているのかもしれない。だけれど、本心を言うのが……怖くて仕方ない。

 そう思うとまどかに合わせる顔がなかった。しかし、必然的に会ってしまうため俺はまどかの目を見ないように心がけた。

 そんなそっけない態度を見せても、優しく接し続けるまどかに対して罪悪感だけが湧き上がり、俺はその夜ろくに眠ることができなかった。

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