トウタと二ーナはつないだ手を振り回しながら森の中をあるいていた。


「いいの? ウヲッチとソケットおいてきて。あの人たちって、二―ナの家来じゃないの」


「違うわよ。私に家来なんて一匹しかいないわ。あの二人は単にわたしに頭があがらないだけ。もうちょっと男気とか男らしさとかあったらいいんだけど。まあそんなものあったら、最初からここにはいないか」


「ウヲッチは、すごく変だと思ったんだ。会ったときに。僕の傘ぼうしを狙ってたんだよ。でも今日また会ったらなんだか違う様に思えてきた。今日助けてくれたお礼に僕の時間をウヲッチにあげれたらいいのに」


「だめよ。それは、君がああなってしまうわ。ウヲッチみたいに……時間ってのはねいい?」


 二ーナは人差し指をたててすまし顔でいう。


「時間は自分のために使いな! でないと大変なことになる。時間お化けがやってきて君を食べてあとには何ものこらないぞ」


 二ーナは指をならす。巨木が森の道をふさいでいたけど、その音で木は道を開けた、そのさきに小さな家が見えた。


「何そのお化け。そんなのいなよ」


「さあ、ここをくぐって。……でね。君が他のひとに時間をつかってあげても誰も覚えてはくれていないの。感謝なんてしてくれない、もちろんそれ以上のこと、どうやったって望めないの。君にあげるのは後悔だけになっちゃう。それがお化けの正体よ」


 根上り木をくぐるとそこは明るくひらけていて、真ん中に家がたっている。回りを大きな木にか囲まれていた。


「こうかいって?」


「まだ難しいかな。ああしておけばよかった。こうしておけば。嗚呼あのとき、ってな感じで。……そうね。時間がない。いま何時って聞いてるウヲッチ。あれが後悔そのものよ」


「ウヲッチはお化けにたべられちゃったんだ! かわいそうなんで魔女なのに助けてあげないの」


「かわいそう、そうね……かわいそう最善の道を最初に閉じる。わかっていても高望みや勘違いするものなんだわ。それはないってね。かわいそうみんなかわいそう……あの子も私も。そうやっていずれこの地上には節操も純潔も、自分を犠牲にする勇気も、何ひとつなくなってしまうんだわ」


 二ーナそう呟いてつないだ手をといた。そしてトウタに向きなおる。


「そうねだから、助けて! って彼がいえばいつでも助けてあげるわ。そうすれば歯向かうことは出来るかもしれない」


「なんだ、簡単だね。わ! カレーの匂いがする」


「よく、お気付きでぼっちゃん。今日はぼっちゃまのために特性のカレーをご用意いたしました」


 二ーナは大げさに会釈して家へと招き入れた。


「お、かえってきたな。二―ナそれにトウタ懐かしいなって、おい! ここだよ」


 玄関には猫が一匹待ち構えていた。でもトウタは最初目線を合わせたのに、無視してあたり一帯、田舎者みたいに見まわす。


「ヲイヲイ。一緒に窯の飯をくった中じゃないか。冬はいっしょの布団に寝たなかじゃないか」


 ようやくお目にかかれたトウタに猫は必死に目立とうと飛びはねすり寄り、足を爪でちょこっとひっかく。


「え、猫がしゃべってるような気がするけど二―ナ」


「そう。しゃべってるのよ。シロというの。わたしの唯一の家来」


「そうなのさ。家来の猫はしゃべるものと昔から相場がきまっているんだよ」


 シロはトウタにしゃべりかけているのだけど半分は耳にとどいていないようだ。


「おまえシロっていうのか。そうか」


 トウタは顎の下にてをのばしてくる。こうなるとごろごろなってしまうのが猫の性というものだ。


「え! シロ」


「そう! シロだよ俺はさ。見覚えあるだろ」


「おまえいままで、どこいってたんだよ。ばあちゃん心配してたんだぞ。そう……ばあちゃんがね、泣くほど心配してたんだ。おまえがいなくなってからさ。どうしたんだいシロ僕が嫌いになったの?」


「ごめんよ。トウタ。俺は別に誰も嫌いじゃないさ。ただシキタリってやつなんだ俺たちの古いね。生まれて十五歳くらいになると、一人旅にでなくてはいけないんだ。そして流れ流れて今は二ーナの厄介になってる」


「そうだったんだね。猫も実は大変なんだあ」


 二ーナがエプロン姿で台所から登場する。


「ジャン! どう? カレー食べるかいトウタ」


「うん。……あ、そうだった」


「どうしたの。お腹すいてない?」


「違うんだ。思い出したんだ、シロ会えてれしいよ」






「しまった失念していた」


 再びウヲッチは頭をかかえる。


「肝心の二ーナに僕はすぐ会えないんだ。森の中の家に向かったのはたしかだけど、あれは木に守られて僕らだけじゃ入れない仕組みなんだ。正確な場所もわからないしどうすれば」


「それは大変だ。出てくるまで待つかい」


 ソケットは肉にうまったあごに手をあてる。


「そんな時間なんて、僕にはもうないんだ。……どうしよう。お陀仏だ今度こそ」



 木の影から囁きが聞こえてきた。


「決意なんてそんなもんかい。若いのにだらしない」


「だからいっただろ。絶望が待っているってよ」


「ああ、わたしゃお腹すいたよ。おやカレーの良いにおいがするね」



「あいつらめ! まだ居やが、そうだわ。今夜のごはんはカレーなんだわ」


 ソケットは準備体操をしはじめた。


「今夜のごはんはカレーなのか。もうお腹がすいてきたよ。ところで、ソ体操なんてしてどうしたんだい」


「私が花道をつくってあげる。あなた用に特製のを。つまり二ーナのとこに運んであげるわ。任せといて」


「何っ! しかしどうやるんだい。ソケット」


「今日は運がいい。私がお風呂に入った次の日だもの、今日は私が匂いを抜群にわかる。つまりカレーの匂いをたどれば二ーナはそこにいるのよ、すばらしいじゃない。さあいくわよ! 背中の壁につかまって……ああっそこ、だめっ首はだめよ、よし! 木ぐらいつきやぶってやるわ、もうっ」


 ウヲッチはソケットが背負う壁にしがみつく。ソケットは走りだした。もう止まらぬ勢いで阻む木々すべてをなぎたおし、破壊し、粉砕しながら。





 二ーナの顔から笑顔が消えた。トウタはシロから手を離すと二ーナと向き合う。


「ごめん、二―ナ。僕はここでカレーとごはんを食べちゃいけないんだ。ばあちゃんのカレーとご飯を食べると約束したんだ。それに家を出るとき、じいちゃんにすごく酷いことをいった気がする。僕はカレーを食べてそのことをじいちゃんに謝らないといけない。だからごめん二―ナ。……そしてありがとう」


「だめ、いいじゃない、ここで食べてお腹がまたすいたら家にもどれば。そうしましょう、それがいいわ」


「それは出来ない。ここは居心地がとてもいい、シロもいる。ずっといたいけど、でもせっかくシロが旅に出たのにその先にぼくがいるのはおかしいんだ。こしょうなんだよね。じいちゃんがいってたからさ」


「こしょう?」


 二ーナはエプロンをはずす。


「後生だよ。トウタ」


 シロはフォローを入れる。


「そうそれ。ごしょう。シロは頭いいなあ、もっと早くしゃべればよかったのに」


「ふん。つまらないわ。それじゃ、潰しちゃおうかしらその傘ぼうしさん」


 二ーナは宙を舞ってトウタから傘ぼうしを奪う。


「何するんだよ!二―ナ、返して」


「嫌といったら? ……これがなくなればもう忘れるんじゃないかしらね。そうすればここにいる、いれるわ、トウタ」


 二ーナは指で傘ぼうしをまわす。


「お、来たか」


 猫特有おヒゲとまゆ毛から伸びた長い鋭敏なセンサーが彼らの到来をシロにいち早く知らせた。だんだん地なりが強く。激しく大きくなっていく。


 窓から見えたのはぜい肉の形をした稲妻だった。ソケットはふさがる入口の木々を粉砕し、この空間の突入に成功。勢いは衰えずにそのまままっすぐ、玄関を半壊させ、そのとき器用にウヲッチは玄関先に着地。破壊の振動で二―ナは顔面から床に激突。トウタは空中に浮かぶ。ソケットは反対の巨木にぶつかってどうやら止まったようだ。


 ウヲッチは、トウタを受け止めて二ーナの手から離れた傘ぼうしをキャッチする。


「やあ」


 床にトウタをおろすと傘ぼうしをあたまにしっかりかぶせてやる。


「いま何時かわかるかい。トウタ」


「もうすぐ夕方だよ。ウヲッチ」


「ありがとう。よい機会だきみに僕の名をおしえるね。トレフっていうんだ本当は。よろしく」


 ウヲッチは倒れた二ーナのもとにいって手をかける。


「触るな」


 二ーナはトレフの手を払う。


「何のつもりだい。この有様は。ただで済むと思うのかいねえウヲッチ」


 二ーナの髪が風もないのに逆立つ。


「俺はトレフだ、二―ナ。あなたに大事なことを言いに来た」


「そりゃ楽しみだね。なんだい言ってみなよ」


 二ーナのはなから鼻血がたれる。


「二―ナ。あなたが好きだ。きみの時間を俺によこせ」


「……けかい」


「え?」


「それだけかい!」


 二ーナの拳が震える。


「えっ、うん」


 トレフは満足げな表情をうかべる。が次には二ーナの拳が腹を突きあげ彼は宙を舞い床に倒れた。


「まったくばかやろうだよ。あんたたちは。そんなこと言うためにこの有様かい。もとにもどすのにどれだけ時間と費用と苦労がかかると思うのかい。ええ!」


「ご、ごめんなさい……黒様」


 さっきまでの勇ましいトレフはどこかへいってしまったのか。もとのウヲッチにもどっている。


「もう。まったくしょうがないやつらだわ」


 二ーナは袖で鼻血をふく。


「二―ナ、魔女は約束を破らないんだよね。僕は聞いたよ」


「なんの話だいトウタ」


 二ーナはトウタを睨んで口開くがそこで言葉が止まってしまった。


「そうか、そうだねこりゃやられた。トウタあんたはいいね。ほらトレフお立ちよ。まったくだらしないね」


 二ーナは彼のもとへいって腕を引っ張りおこしてやる。


「トウタに礼をいいな。そして! いいかい良くお聞きトレフ。じゃないと一生後悔するよ。君は私に一生触れられないかもしれない。そのヒドイ顔がもっとぼこぼこになるよ。私は君のものになるけど、残る傷を深くつけて離れていくときがくるかもしれない。……それでも欲しいの?」







 帰り道に迷わないように。トウタはソケットに送ってもらうことになった。森の端にひとつの穴があった。


「どこもかしこも恋ばかし。おお迷いの森よだわ。ここを降りればきっと帰れる。トウタちゃん。また会えるわよね。きっとね……きっと」


 ソケットはポケットからハンカチを取り出すと涙をふく。


「嘘泣きするなよ。まだ会って二日目のやつに泣くやついないんだ」


 トウタはソケットのお腹をつつく。


「ありがとう。この穴よ、たしかに伝えたからね」


 するとあたりは一瞬で霧につつまれる。いつの間にか遠くに、ソケットはいた。彼はたくさん力いっぱい手を振る。そして首から耳へと音の出る機会をはめて、消えて見えなくなった。


「あっ」


 トウタは足元をみないものだから、足をすべらせて穴の中に落ちてしまった。穴の入口は傘ぼうしより少し小さい。傘ぼうしはひっかかってぬげてしまう。でも手は届かずどんどん離れていく。そうして底まで落ちた。下はすごく浅い川で上を見上げると空間がひらけていた。


 穴を出た場所はばあちゃんの家の近く、沢山穴ぼこが空いている土手だった。這い出たとこのわきにカマキリが一匹こちらを威嚇していた。大きくて腹がふくれている。トウタは指を「つ」の字にして近づけて、……やめる。そしてそっと素早くカマキリの背中を撫でてやると、家へと急ぐ。カナカナが鳴いている。





「さあ、この有様どうしましょうかね。トレフくん」


 二ーナは腰に手をあてて疲れた表情をしている。


「いやはやなんといいますかな……まったくもって申し訳ない、とまあいった次第で」


「片付けるまえに、このカレー食べてくれない。ひと皿だけよそいでしまったのよね。あの子頑固だから結局ひとくちも食べずにいっちゃった」


「はい。喜んでいただきます」


 椅子にこしかけて、トレフはテーブルの上のカレーを食べ始めた。


 カナカナの声が聞こえる。


「夏の終わりか」


 窓の方をトレフは見つめる。


「早くたべてよね、片付かないでしょ」


 反対の席に座って二ーナはカレーを食べるトレフを眺める。


「はい、……あの子に感謝しなくちゃなあ」


 呟くトレフ。


「違う色の傘ぼうしでも送ってあげたら」


「それはいい考えだ、二―ナ。うん……そうしよういいね」





 帰ってトウタはばあちゃんに怒られた。帰りついたのが五時を過ぎていて心配したとのことだった。食卓にはカレーが三つ用意してあった。トウタは手を洗って食卓についた。


「おなかすいたあ!」


 トウタはカレーの匂いを嗅ぐ。


「じゃいただこうか」


 じいちゃんはスプーンを持って手を合わせた。


「いただきます」


 三人そろって言う。


 トウタはカレーをかきこんでいく。


「あわてなさんな。カレーは逃げないよ」


 じいちゃんはゆっくり口にスプーンを持っていっている。


「じいちゃん、昼はごめん。僕ひどいこといった」


「はて何のことかな。そんなことあったかいな」


「ばあちゃん、じいちゃんごめんなさい。せっかく貰った傘ぼうしをなくしちゃって」


「あらそうかい。いいんだよ、あんたが無事ならさ。だからこれからはもう少し早く帰ってきてくれるとうれしいよ。それで充分だよ」


 ばあちゃんはトウタの頭をなでた。


 外でカナカナがひと声あげる。


「夏の終わりか」


「じいさん、スプーンの速度がナメクジかカタツムリだよ。それじゃ今日中に片付かないよ」


 ばあちゃんはため息をついた。トウタは笑う。


「これは、いやはや失敬……とまあいった次第で」


「明日、さんぽがてら傘ぼうし、トウタと一緒にさがしておいでな。新聞ばかり読んでないでさ」


「それはいい考えだ。うんそうしよう、……いいね」


 じいちゃんはうなずき、カレーを噛みしめて味わう。


 そとで車がとまる音がした。玄関があいて、トウタのお母さんが帰ってきた。






                                [完]

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トウタと傘ぼうし シウタ @Lagarun

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