第4話
「やっぱり、あなただったのね? 紫(ゆかり)をどうしたの? 紫を返してよ!」
「落ち着け、杏子(きょうこ)! すみません。でも、妹がこんなになるのも、それなりに事情があって――」
取り敢えず、妹を押さえながら直哉(なおや)は弁明した。
「こいつの親友が行方不明になっているんです」
流石に、青年も顔を強ばらせた。
「行方不明……?」
描かれた少女の肖像を指差しながら杏子は叫ぶ。
「そうよ! もう三日も家に帰って来てない! あなたに会ったのを最後にね!」
「確かに、僕はそのお嬢さんを描きましたが、でも、一回、そこにある、それだけですよ?」
「三日前の夜も約束したんでしょ? 紫は私にそう言ったわ。そう言って……出てったんだから!」
青年は首を振った。
「でも、彼女は来なかった」
静かな口調で青年は言うのだ。
「あの夜は、僕も無理強いしたわけじゃない。時間も時間だし。でも、彼女の方がぜひ描いて欲しい、その時間帯しか自由にならない、と言うので、それで、一応待つことは待っていたんです。お世話になっている五百木(いおき)邸で、です。なあ、帆(かい)君?」
「うん。蒼真(そうま)さんの言う通りだよ」
二人を追って慌てて引き返して来た少年も背後で頷いた。
「僕も、紫さんが行方不明になったのは聞いたけど、まさか、蒼真さんが疑われるとは思ってもみなかった――」
「実はこの村界隈で行方不明になったのは紫さんで四人目なんです」
村一番の旧家、蒼真の滞在先でもある帆の祖父の邸の座敷。
腰を下ろすと、改めて直哉は事の詳細を説明した。
当家の主、帆の祖父の五百木晋平(いおきしんぺい)は国会議員である。ほとんど帝都に暮らしていて、この広い屋敷には孫の帆と養育係兼家政婦、その他は女中と男衆しかいない。
その養育係兼家政婦の若竹サキが淹れたお茶を一口飲んでから、
「最初にいなくなったのは小西ハツという十九歳の娘。花嫁修業を兼ねて家事手伝いとしてこの村の親戚の家に住み込んでいたのですが、使いに出てそれっきり帰って来なかった。
それが、ちょうど一年前の今頃です」
「五月か……」
頷いてから、直哉は続けた。
「次は、その四日後。村内の井上元太の若妻、和恵(かずえ)。嫁いで半年にもならない、歳は十八歳と聞いています。これも一人、畑へ出たきり戻って来なかった。
そうこうする内に今年に入って、十日ばかり前、古都に旅行に来ていた娘が一人、行方がわからなくなっている」
家族で観光旅行に訪れたのである。
今年四月より法隆寺は〈昭和の大修理〉が開始されて全国的に話題を呼んでいた。
「地元の娘ではないものの突然姿を消すスタイルが似ている。この娘さんは、土産物を買いに行くと言って一人、旅館を出て、駅前で目撃されたのを最後に連絡が取れなくなった。名前は下野ミチコ、十九歳。
そして、四人目が――」
杏子の親友、高等女学高三年の島田紫(しまだゆかり)、ということになる。
「そんな大変なことが起こっていたとは、ちっとも知りませんでした」
青年の困惑を察して、慌てて直哉は言った。
「ご存知なくて当然です。公にはされてないので。先の二人についても、地元の、それも一部の人しか知りません。親御さんや夫、身内の者たちが嫌がって、警察の方でも内々で捜索を続けているんです」
帆が口を挟んだ。
「こちらの直哉さん、杏子さん兄妹のお父さんは県警の警部さんなんだよ。直哉さんはK帝大法学部に通う秀才さ。検事を目指してるんだよね?」
「僕のことはともかく」
直哉は大いに照れて人差し指で眼鏡を押し上げた。これがこの青年の癖なのだ。
「まあ、出身地の村のことでもあるし、父としても配慮しているようです。この一連の失踪に関しては、何と言うか、とても嫌なカンジなので――」
「と言うと?」
一年前、短い期間に相ついだ行方不明者、小西ハツと井上和恵、この二人の所在は未だにわからない。
が、戻って来たものもある。
彼女たちが身につけていたもの全て――
「衣類は勿論、髪留めや指輪、リボンまで。足袋や……下着もです」
ある日、突然、それらは見つかった。
小西ハツは村境の道祖神の祠の前。
井上和恵は村道沿いの一本杉の下。
「それが、また、就寝前の枕元、或いは浴場で、自分で脱いで畳んだかのようにきちんとまとめられていた。一番上には履物が乗せてあるんです」
とはいえ、〝身体〟が見つからない以上、あくまで行方不明者として捜索が続いているのだった。
ここまで無言だった杏子が叫んだ。
「紫ちゃんは、まだ、衣類さえ見つかっていないわ! だから、何としても、無事に連れ戻してみせる!私、そう誓ったんだから!」
「でも、僕じゃないですよ」
一瞬、妙な間が空いた。
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