―79― 襲撃(23)~ペイン海賊団~

 甲板へと乗り込んできた新たなる襲撃者たち。

 後続の船は、すでにペイン海賊団の手に落ちていたということか……!?

 荒々しい海の獣たちは何日もの間、血生臭い息を密かに吐き続けながら、獲物である自分たちを前からも後ろからも挟み撃ちにする今日というこの日の”この時”を今か今かと待ち構えていたということか!


 挟み撃ち。サンドウィッチ。

 あの奇怪なオウムの”サンドウィッチ”という言葉は、この前後からの襲撃を指していたのだと。



 薄汚れ履き古した靴でズカズカドスンと甲板へと乗り込んできた海賊たちの背後より、さらに新たな2人の海賊が”新たなる黒い怪鳥”――エルドレッドやロジャーが乗っている怪鳥とは二回りほど小さい怪鳥――とともにブワリと上昇してきた。


「少し待たせちまったな。お前ら、まだ、始めちゃいねえだろ」 

 そのうちの1人の海賊――背の高い方の海賊が発した、”各々の命を懸けた襲撃前”とは思えない、あまりにも軽快であり楽しそうなトーンのその声。


――この声は……!


 ルークとディランの背中がゾクリとした。

 自分たちは、この声の主を知っている。かつて何度も聞いたことがある、この声。


 ルークとディランの記憶の中のものと一致したのは、その声だけではなかった。

 その瞬時に蘇ってきたその声の主は、彼らの記憶の中にあった16才の少年の姿をそのまま数年”縦に”成長させたのは明らかな姿で、ストンとその足取りも軽快に甲板へと下りてきたのだから。

 赤茶けた髪ののっぽ。無数のそばかすが散った頬に、栗色の瞳の男。

 その男とともに怪鳥の背にいたもう1人の海賊――男にしてはそれほどの長身ではないものの、紫がかった黒髪と榛色の”猛禽類のような”瞳、引き締まった体つきの若い男も、ルークたちの記憶の中にあったかつての姿をそのまま赤茶けた髪の男と同じ年数分ほど成長させたのは明らかな姿で、甲板へと身軽に、そして無言で着地した。



「!!!!!」


 ルイージ・ビル・オルコットとジェームス・ハーヴェイ・アトキンス!



 この新たなる2人の海賊の視線も、獲物たちの中にいた”旧知の関係である2人の青年”に、自分たちの記憶から発せられし引力とも言えるものに引き付けられていた。

 絡み合う視線たち。

 決して切れてはいなかった互いの縁。

 ルーク&ディラン vs ジム&ルイージという構図であったが、彼ら全員とも思春期の成長において、そう違う方向性へ成長するタイプではなく、それぞれの外見的特徴を如実に残したまま――つまりはわりとそのまま成長するタイプであったため、すぐに互いが分かった。

 いや、顔がそれほど変貌してはいないということも理由の1つではあったが、仲は決して良くはなく、友情や敬愛などは全く発生はしなかった関係であるも、長年にわたり寝食をともにしていた、一種の「家族」ともいえる間柄であったのだ。顔そのものを見て分かったというよりも、その頭身バランスや背格好、佇まいにおいて記憶の引力が生じ、視線が絡み合ったという方が正しいであろう。

 



「……お! ルーク・ノア・ロビンソンとディラン・ニール・ハドソンじゃねえか! お前ら、甲板(ここ)にいたんだな」

 うれしそうであり、わざとらしいルイージの声。

 こうして、大勢の前でわざわざ彼ら2人の本名をフルネームを晒すという意地の悪さ。

 隣のジムは、ルイージとは対照的に無言のまま、ケッと息を吐き捨てていた。



 兵士たちの視線は、ルークとディランへとザアッと打ち寄せる波のごとく集まった。

――ま、まさか、この2人(ルークとディラン)……エルドレッドという名の弓矢使いだけでなく、また新たに姿を現したこいつらとも知り合いなのか?!


 すでに深く刻まれてしまっている兵士たちとの溝は、さらに相次ぎ判明する事実によって、その溝の断面がさらに削られていくようであった。

 そのうえ、その兵士たちの視線の集合地点を上から見ていた”エルドレッド以外”の海賊たちにも、ルークとディランがどの2人であるのかということは明確に分かったようであった。

「あの2人のガキが例の野郎どもか。金髪の方はいかにも生意気で喧嘩っ早そうだけどよ、栗色の方はなんか碌に喧嘩もしたことねえような面(つら)してるじゃねえか」というロジャーの批評も上から降りかかってきのだから。

 



「!?!」

 ルークとディランだけでなく、海賊たちと睨み合う者たちは自分たちが”目にしている”新たな事実に気づいた。

 遅れて登場したあの2人の海賊のちの1人――赤茶けた髪の長身痩躯の男の剣からは乾ききっていない血が――また新しい真っ赤な血がポタポタと滴り落ち、乾いた甲板へと染み込んでいっていることに……


――まさか、あの男、すでに誰かを斬った……いや、殺したのか?!


 だが、甲板で”剣を構えている”者は誰一人として、血はまだ一滴も流していない。だとすると、一体……?!

 甲板の前線で構えていたルークたちには、あの血の主が誰かは分からなかった。

 けれども、甲板の”後方にて”剣を構えていた兵士の幾人かは、その”血の主の心当たり”があった。


――あの血は、もしや、バルコニーにいた航海士の……

 先ほどの人為的に作られた闇の中で、何か肉を裂くような鈍い音と呻き声が”下のバルコニー”からあがったのを確かに聞いたのだから。



 血塗られた剣を手にしたまま、どこか浮足立っているルイージと比べると、その隣のジムは全身より蜃気楼のごとく殺気を立ち上らせているのがありありと感じ取れた。

 ジムは、その”殺意”の焦点をルークとディランからスイッと外し、自分たちと対峙している獲物たちを素早く見渡した。

 いや、獲物たちをというより、獲物たちの手に握られている武器を確認したというのが正しかったであろう。

「……ハズレか。アドリアナ王国サマ直々のお船であっても、俺らのためのプレゼントは乗せてないってワケか」


 ジムから発された”プレゼント”という言葉の意味が、この場で”即座に”分かったのはルイージただ1人だけであったろう。

 プレゼント。

 負け知らずのペイン海賊団こそ、使うのがふさわしい最新式の武器。 

 その細い筒状の武器は、側面に設置してある引き金を引くだけで、筒の先から小さな玉を音とともに発射し、離れたところにいる獲物の息の根を一瞬で止めることができるらしいジュー(銃)という名の東方の国より伝わってきたらしき飛び道具を指していた。


――泣く子も黙るどころか、大の男でも小便漏らして震えあがるほど恐ろしい俺たちペイン海賊団のお出ましだってのに、対抗できる最新式の武器を隠しておく馬鹿はいないだろう。よって、この船には俺らがいずれ手に入れる運命にある”プレゼント”は用意されてないのは確実だ。また、別の船を襲撃するか、あの貴族のおっさんの捜索の船の到着を待つかのどっちが早いかってトコだな……


 ジムがへッと鼻を鳴らす。

――しかし、こいつら、全員、揃いも揃って剣ばっかり握りしめていやがる。ロビンソンとハドソンの野郎も一丁前によ。まあ、俺とこいつ(ルイージ)も剣の使い手ではあるけどよ、うち(ペイン海賊団)の方が弓矢や鉈や鉤爪など、殺戮道具のバラエティには富んでやがるぜ。ま、今、”鉤爪使いのヤロー”は、てめえらアホどもが守れもしねえのに守ろうとしてやがる女たちの元へと向かっているがな。




「……俺たちのお目当てのモンを乗せてようが、乗せてまいが、俺たちは単にてめえらとお顔合わせするためにこの船に乗り込んだってオチじゃねえことは、どれだけアホでも分かんだろ」

 そう言ったジムが、剣を構え、ザッと歩みでた。

 ジムの瞳が光る。

 血にまみれ他者を虐げ続け、その片手でいや両手ですらも数えられないほどの罪なき者の人間を奪い続けてきた男の瞳が――



「おーい、そろそろ開戦って感じだけどよ。そのロン毛のおっさんは俺が殺(や)るからよぉ」

 怪鳥の背より、ロジャーが、荒れてささくれだった無骨な人差し指で仲間たちに向かって”俺の獲物だからな”とマーキングするがごとく、パトリックを指さした。

 パトリックに並々ならぬ執着と闘争心を抱いているらしい鉈使い・ロジャー。

 だが、隣のエルドレッドが「やめとけ、たぶん無理だ」と呟いた。

 その呟きを聞き洩らさなかったロジャーは激昂し「うるせえ!」と真っ赤な顔でエルドレッドのふくらはぎをガッと蹴飛ばした。



 エルドレッドとロジャーたちが乗っている黒い怪鳥も、その血の臭いを変わらず漂わせている両の翼をブワッと広げ、ジムとルイージ、そのほかの海賊たちの後ろに回り込みんだ……

 鳥の背より甲板へと降り立ったエルドレッドも弓矢を構え、ロジャーもその重たげな鉈をわざとらしく陽の光にかざし始めた。

 二手に分かれていたペイン海賊団は、ついに自分たちと一直線に睨みあう形となった。


 ルークもディランも、トレヴァーもヴィンセントもフレディもパトリックも、そう、この船を守る男たちは、襲撃者たちに対しての闘志を揺るがせはしなかった。

 絶対に負けられやしない。いや、決して負けてはならぬ。



 開戦。


 どちらともなく、鬨の聲はあがった。

 男たちの雄叫びのごときその鬨の聲に間髪入れず、甲板で入り混じり荒ぶる戦いの足音が――そして、弾かれ受け止め、宙を斬りまた”肉を斬り裂き”または”肉を貫き”始めた剣の音が、穏やかな静波を震わせ始めたのだ――

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