―78― 襲撃(22)~ペイン海賊団~
甲板の最前線。
ルーク、ディラン、トレヴァー、ヴィンセント、フレディ、パトリックは、”前方からの襲撃者”にその剣の構えを崩すことがなかった。
そして、前線に立つ彼ら7人を援護する意志、海の治安を乱す海賊たちに対しての闘志にと、揃いも揃って引き締まった面持ちで剣を構えている20名弱の若い兵士たち。
怪鳥の最前線にて、弓使い・エルドレッドと肩を並べている鉈使い・ロジャーが、そのギョロギョロとした両の瞳で甲板の”勇ましき者たち”を見渡し、感心したような声を出した。
「は~! さすが、エリートさんたちは違うねえ。”先日襲った超セレブ船”のボンクラ護衛ズとは、ウンデー(雲泥)の差だな。お前ら、俺たちの襲撃に気づくのもかなり早かったんもんな。普通の海賊相手だったら、余裕でキューダイ(及第)点突破してるぜ。でもよぉ、俺たちペイン海賊団は普通の海賊じゃねえんだよ。あのお喋りウザオウムを見てても分かったろ? それに、お前らの魔導士たちにはついさっき、”余計なことをすんな”と上から”串を”刺しといたわけだし――」
「――気が散るから、黙っててもらえないか」
目下の獲物たちを黙って見下ろしたままのエルドレッドがピシャリとロジャーの言葉を途中で遮った。
エルドレッドはあえて”串じゃなくて、釘だろ。串を刺してどうするんだ?”とも突っ込みは入れなかったようであった。
当のロジャーは「ああ゛?!」と年下の仲間にメンチを切り始めかけたが、「あーはいはい、ここはエルドレッド”先生”のお力がないといけませんもんねぇ。俺は黙ってりゃあいいんですよねぇ」と頬を膨らませ、とっくに成人している男とは思えない子供じみた振る舞いを見せた。
獲物たちの前でも己の幼稚さを隠すことをしない、というか自身の振る舞いの幼稚さすら客観視できないロジャーは、黙っている代わりにニターッと気味の悪い笑みを獲物たちへと見せた。
彼の両の唇の端は耳へと近づき、開いた唇の隙間からは碌に手入れもしていないであろう黄ばんだ歯が覗いた。
甲板全体を舌なめずりするように見回したロジャーであったが、彼の視線の焦点は兵士隊長パトリック・イアン・ヒンドリーに定められていた。
”俺が下に降りたら、まず一番最初にお前を殺(や)ってやるぜ、おっさんよぉ”と言いたげに、ロジャーは自慢の武器の刃をギラリとわざと光らせ、パトリックを威嚇していた。
ロジャーのその下劣な笑みは、彼の背後に立つ海賊たちにも次々と伝染していく。
大抵の人間の笑顔には、不快感は感じることなど稀であるだろう。だが、甲板で剣を構える者たちの目に映る、その海賊たちの笑みは不快であり醜悪でしかなかった。
今、自分たちを見下ろしている者たちは皆、人間の姿はしている。けれども、明らかに市井で暮らす善良な者たちとは違っている。
罪なき者の返り血を浴び続け、そのうえ今からも赤い血しぶきの花と咲かせんと舌なめずりをしている奴らの笑みは地獄の悪鬼の”小間使い”のごとく醜悪なものであった。
その醜悪な笑みを浮かべる海賊たちのなかで唯一、表情を変えることもなく、というよりも何を考えているか全く読み取れないエルドレッドは異質であり、別の意味で不気味さを醸し出していた。
ルークとディランの視線の焦点は真っ直ぐに、そのかつての友・エルドレッドへと注がれていた。
エルドレッド自身も、彼ら2人からのその身を焼き焦がさんばかりの激しく強い視線には気づいてはいるだろう。
ディランは、隣で剣を構えるルークの手がブルブルと震えていることが分かっていた。決して、恐怖によってルークの手が震えているわけではない。エルドレッドが自分たちのいる甲板に降りてきたなら、ルークはすぐさまエルドレッドに掴みかかっていくに違いない。
そういうディランも、剣を握りしめる自身の手が汗ばみ、微かに震えていることにも気づいた。
俺たちを見下ろしているこいつは、確かにエルドレッドだ。けれども、俺たちの知っているエルドレッドじゃない。海賊となってしまったエルドレッドだ。だから……!
続く緊張状態。
何十分もこうしているというわけではなく、片手で数えられるほどの時間しか実際は流れてはいなかった。
睨み合う両者に命の恵みのごとき陽の光は平等に降り注ぎ、母の囁きのごとき穏やかな波の音は各々の鼓膜を震わせていた。
怪鳥の背にいる奴らからの更なる襲撃はまだ開始されない。
この場の鍵を握っているらしいエルドレッドの表情も全くもって変わることはない。彼は武器である弓矢すら下げたままだ。
けれども、先ほどロジャーは確かに言った。”ここはエルドレッド”先生”のお力がないといけませんもんねぇ”と。
その”力”とは、2人の航海士を殺害し、3人の魔導士に重傷を負わせた人間業とは思えない弓矢の技術のことを言っているのか? それとも……?!
不意に、ルークとディランより目を逸らし続けていたエルドレッドがその青き瞳の端で、”何か”をとらえたようであった。
「?!」と思ったルークたちであったが、そのエルドレッドの表情からは彼が何をとらえたかなどは読み取れなかった。ポーカーフェイスを崩すことはない。
だが――
エルドレッドは、ごくゆっくりと……自身の視線の焦点をルークとディランへと合わせたのだ。
瞳を逸らさずに彼ら2人を――かつての友2人の顔を見つめ返したエルドレッド。
その空虚な青き瞳。
まるで何もかも焼き尽くされてしまったかのような青き瞳。
だが、エルドレッドのその作り物のごとき瞳の中に、まごうことなき生命の輝きなるものが蘇ってきたことにルークとディランは――いや、彼ら2人だけでなく、同じく最前線で剣を構えるトレヴァーたちも気づきハッとした。
それは、ルークとディランが歩んできた人生の物語の頁に、今もあざやかなまでに描かれてる、少年・エルドレッドが黒鉛と画板を手にしていた頃の瞳であった。
静かなる情熱をたたえていた頃の瞳へと戻った彼は、かつての2人の友に向かって、唇をわずかに動かした。
彼が”発した”言葉は、ルークとディランには聞こえなかった。いや、彼の隣で今も変わらずにニタニタニヤニヤ下劣な笑みを浮かべ続けているロジャーにも聞こえはしなかったろう。
彼のその”すまない”という言葉は……
しかし、みるみるうちにエルドレッドの瞳は、再び”海賊としての瞳”へと戻っていった。
蘇ってきたかのようなその生命の輝きは、蝋燭の火が消えるかのごとくフッとかき消えたのだ。
そして、エルドレッドは、弓を下げていない手――左手の指をパチンと鳴らした。
「?!?!?!」
”全ての者”の視界は、一瞬にして闇へと包まれた。
一体、何が起こった?!
昼間のはずなのに、一気に夜になった? 時間を飛び越え、昼夜逆転の事態となったのか?
この船ごと、闇に包まれてしまった? いや、闇そのものへと吸い込まれてしまったのか?!
予期せぬ――いや、普通の海賊団とは違うことは予期というか自分たちも目の当たりにしていたし、あのロジャーの得意気に喋ってくれてはいたが、突如、暗闇へいざなわれた。
当たり前のごとく空にあった太陽の光を奪われたということ。
それは、甲板の者たちの戦意を崩すことはなくとも、その剣の構えを崩すのには充分な事象であった。
が、よくよく”暗闇のなかを見回す”と……
闇へといざなわれているのは、この船を中心とした限られたエリアだけであるらしかった。
はるか遠くには開けた青空と、すでに”離れていきつつある”ペイン海賊団の船がしっかりと見える。
全くの真っ暗闇というわけではなく、周りにいる者たちの表情は見えなくても、その肉体の動きはかろうじて確認することができる。
まるでこの船だけ――いや、正確に言うならこの船と続く”後続船”を囲むように空から下りてきた黒いカーテンによって、光が届くことのない暗黒の海へを戦いの舞台を移されたかのようであった。
「お前、何やったんだよ! 何だよ、これ!? おい、エルドレッド!!」
ルークの怒鳴り声が、”お前はこんな魔術なんて使えなかったはずだろ(お前は俺たちと同じく魔導士の力なんて持って生まれた者じゃないだろ)”という意味も含んだその声が闇の中に響いた。
だが、エルドレッドからの返事はない。
何年かぶりにかつての同僚であり友にその名を呼ばれたエルドレッドの返事はなくとも、ロジャーの「おい、今、お前の名前を呼んだ奴がルークかディランかのどっちかだよな? こう暗くちゃ、そいつの顔なんて見えねえよ(笑)」という笑い混じりの声は聞こえた。
まさか、こうして視界を闇へと落とした状態にして、あいつは……エルドレッドは弓矢で俺たちの頭数を減らすつもりなのか?!
光は遥か向こうに開けている青空にしか見えない。
届かない光。
どこから弓矢が飛んでくるか? 手足を狙われるなら、まだマシだ。頭部や首、そして内臓などをあいつの弓矢で狙われたとしたら――?!
湿った手で剣を握りしめたルークたちの頭上から、黒い怪鳥の身を震わせる不吉な羽ばたきの音とエルドレッドの声が聞こえた。
「今は”俺は”何もしない。もうすぐ夜は明ける。明けない夜なんてないだろ」
――夜は明ける? 明けない夜はない?
エルドレッドは、この闇の中において弓矢で自分たちを貫くことが目的ではないということか?
もうすぐ、闇は取り払われ、太陽の光に照らされた青き海が自分たちの”眼前に”開けるということか?
この闇のなか……
甲板の兵士たち――主に甲板の”後方で”剣を構えていた兵士たちは、ある違和感にいち早く気づいた。
いや、違和感というよりも、気配に気づいたといった方が正しいであろう。
自分たちは先ほどまで、”前方からの襲撃者”に対峙していた。だが、”後方からも”波をかき分けながら、ほぼ黒一色となっている自分たちの視界においてさらに漆黒を塗り重ねるがごとく大きな影が忍び寄ってきている気配に気づいたのだ。
ハッと振り返った兵士たちが見た、この甲板を覆いつくすがごときその大きな影は、おそらく自分たちの船と時をほぼ同じくしてアドリアナ王国の港町より出港し、偶然にも同じ海路を辿っているだけであると思われたエマヌエーレ国の船であるとしか……
――なぜだ? 一体なぜ、あの船が……?!
甲板の者たちが、その問いに対する明確な答えを各々の頭に用意する間もなく、その後続船の甲板はこの船の甲板へとほぼ横並びになるほどに距離をグングンと縮めてきている!
それだけではない。
後方にいた兵士たちには、しっかりと”聞こえた”。
甲板下に位置する”バルコニーにて”、航海士の誰かが花火と赤旗で海賊の襲撃を知らせていたはずのバルコニーにて、何か肉を裂くような鈍い音と呻き声があがったのを――
バルコニーで何事かが起こったらしき、そのわずか数秒後、エルドレッドが言った通り、”夜は”一瞬にパッとして明けた。
黒くて巨大なカーテンを回収されたのがごとく、人為的なこの闇は取り払われた。
だが、たった今”夜が明けた”ことは、その言葉が多くの場合に使われるであろう事態の好転でもなければ救いを現わしているわけではなかった。
……この夜明けに間髪入れず、”後方の船より”この甲板へとバッと”飛び移ってきた”幾人もの者たちのダダン! ドスン! という荒々しいその重みが甲板を震わせたのだから。
戻ってきた眩しさに目を慣らそうとするルークたちの瞳に映ったのは、誰がどう見ても明らかに海賊だと分かる、いや海賊だとしか思えない”新たなる襲撃者たち”……挟み撃ちするがごとく忍び寄ってきていた”後方からの襲撃者たち”の姿であったのだ!
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