―77― 襲撃(21)~ペイン海賊団~

 ジムやルイージをはじめとする10名弱のこの船にいる海賊たち、そして本船で待機していたエルドレッドやロジャーたちという、二手に分かれていたペイン海賊団が挟み撃ちで獲物たちを完膚なきまでに殺しまくっている間、元軽業師で”現”鉤爪使いのレナートが船内に侵入して――


 早くも下腹部が疼いたらしいレナートは、己の視界にて段々と大きくなりつつある獲物の船を顎でしゃくる。

「なあ……あの船ン中での一番いい女は、俺たちに働かせて最後に美味しいとこどりばっかの親方に”いつもどおり”譲ることになるんだろうけどよ……”こんだけ”禁欲生活続いてたらよ、ボーダーラインスレスレのチョイブスやチョイババアでもバコバコ犯りまくれそうだぜ」


 レナートの言葉に、同じ雄として同意するように頷いたルイージ。

「ま、俺もお前の気持ちはムスコが痛くなるほど分かるわ。この船の女どもは、かつてないほどの大外れだしな。若い娘は一応いるっちゃいるけど、富くじの大凶かっつうレベルのブスだと勃つもんも勃ちゃしねえ。しかし……その娘の父親は、元々はわりとまともな面(つら)してたに違いねえだろうによ。やっぱ、俺たちド平民でも、貴族のヤローであっても、子供を成すってのは一種の博打だろ」

 そう言ったルイージは、人質の貴族(ゴッティ)の妻と娘の容貌をジムとともに散々なまでに侮辱した昨夜を思い出したのか、一人でブブッと吹き出していた。

 自分たちの性欲をそそる女にも酷い扱いをする彼らであるが、性欲をそそらない女に対してもまた別な意味で残酷な目線を向けていた。


 ルイージとレナートの話を近くで聞いていた別の構成員が口を挟む。

「……あの船の獲物どもを片づけた後の”ご褒美”に期待してえけどよ、どうやら、あの船も俺たちと同じく男所帯ってとこじゃね? 若い男と若い女が乗ってるといろいろと風紀が乱れんは確実だし。仮に女が乗ってるにしても、大半が料理・掃除・洗濯担当のおばちゃんどもに違げえねえよ。1000年に1人の美少女とか美女が乗ってたら、信じてもいねえ神に感謝してもいいぐらいだがよ」


 彼の言葉にルイージとレナートが顔を見合わせて笑い声をあげ、薄笑いを浮かべつつあるジムが口を開く。

「あのよ、1000年に1人の美少女とか、それはもはや、ゼッセー(絶世)の美人レベルだろ。そこまではいかなくても、若くてキレーな都会の匂いのする女がいりゃ儲けモンだろ。あの船は国をあげての出港だったらしいし、それなりに見てくれのいい女の1人や2人は乗ってるに違えねえよ。俺たちのチ×コが反応する女がいたなら、とりあえずは”当たり”としとこうぜ」

 そう言ったジムは、”何か”を思い出したらしかった。

「……そういや、船のクオリティはイマイチでも、乗っている女どもは一級品ってケースが過去にあったろ。なあ、ランディー……あの”海に逃げちまった女のガキ”相当可愛かったよな?」


 ククッと喉を鳴らしたジムは、後方で座り込んだまま、”まだ”震え続けているランディーを振り返った。

 ビクリと肩をさらに大きく震わせ顔を上げたランディーとジムの目が合う。

 ただでさえ青くなっているランディーの唇はワナワナと震えていた。

 ”な、なんで……今、あの時のことを……可哀想なあの娘(こ)のことを言うんだよ”というように――

 だが、ランディーが実際にその心の声をジムに対して口にすることはできない。それはランディー自身も、ジムも分かっていることであった。


「ああ、あン時の船の女どもは、この船の女たちとはまさに真逆のクオリティだったな」

 ルイージがジムの”意地悪”に加勢する。

 ジムとルイージ。彼らは出港前にもアドリアナ王国の酒場において、ランディーの”心の傷”をえぐろうとしていたが、この襲撃前においても同様のことをしようとしている。

「そ、ジムの言う通り、金目のモンは貴族の船にしちゃイマイチすぎってとこだったけど、母親も娘たちも揃いも揃ってかなりの美形でよぉ。一番下の娘っぽかったもあのガキもかなり可愛かったな。でも、俺はロリの趣味はねえから、いくら可愛くてもあのガキと犯(や)れと言われたらキツイけど。せめて、セーリ(生理)を迎えている女じゃなきゃなあ」

 何がおかしいのか、笑える要素なんて微塵もないのに笑い声をあげたルイージに、ランディーの背筋はスウッと冷たくなっていった。


「俺は普通に犯(や)れたと思うけどな」とジムが言う。

「多少ガキでも”俺のが”勃ちゃ問題なしだ。あれぐらいの年齢だったら、間違いなく処女で締まりも良かったろうし」と、ジムはさらに続けた。

 そのジムの肩を「お前、性欲強すぎだっての(笑)」とルイージが軽く小突いた。

 ジムたちのやり取りと、彼らに同調したレナート含むその他の構成員たちの笑い声を聞いていたランディーの背筋は、なお一層冷たく、彼のまるで少女のようにか細い指先までもが冷たくなっていく……

 この甲板に一人置き去りにされたかのような――いや、この場場合、彼らに同調など到底できず置き去りにされているランディーの方が人間として正しいと言えるが。



 そんなランディーの様子など、今というこの時も、そして普段からもあまり気など留めていないレナートが、再び獲物たちの船を顎でしゃくった。

「お前たちが甲板で殺(や)りまくっている間、俺は犯(や)りまくるための女の居場所を把握して、明らかに船医っぽい”おっさん”がいたら、一応、まだ生かしておくってわけだが……確か、あの船にゃお前たちの昔の同僚も乗ってるんだよな? どんな奴らなんだ?」


「…………くすんだ金髪で超絶に生意気な面(つら)したのと、栗色の髪のいかにも坊っちゃんって面(つら)した野郎2人だ」

 ジムが答える。

 出港前、ランディーが船の甲板にて手を振るルークとディランの姿を遠目で目撃した時もすぐに彼らが分かったということは、彼らの外見的特徴は数年前と変わっていないのだろうと、ジムは予測づけた。


 ジムのそのざっくりとし過ぎている説明に、レナートもその他の構成員たちも「……」と一瞬無言になった。その大雑把な外見的特徴に当てはまる自分たちと同じ年頃の男はあの船の中に他にもいるに違いないのだから。


「ジム、俺はその2人の野郎の顔なんて知らねえわけだし、そいつらと船ン中で鉢合せしたら、俺のこの鉤爪で、そいつらもザックリ殺(や)っちまってるかもしれねえけど……それでいいのか?」

 ”俺たちの仲間に引き入れなくて”という言葉をレナートは飲み込む。

 


「別に構やしねえよ」とジム。

「別にオトモダチってわけじゃねえし」とルイージ。

 まるで事前に打ち合わせをしたかのようなタイミングで、即答した彼ら。


 少し唇を尖らせているようなジムとは対照的に、ルイージはその唇を緩めまくっていた。

「昔から俺らに立てついてくる奴らだったから、単なる喧嘩は今もそれなりにできるんだろうけどよ。モノホンの殺しの経験値は明らかに俺たちの方が上だと思うぜ……ま、できることなら、あいつらの先輩でもある俺たちの手で、”異例な大出世”の階段かけあがってる途中のあいつらの鼻っ柱をへし折って、世間の厳しさってモンを教えてやりてえトコだけどな」

 ルークとディランがレナートに船内で殺されず、甲板にて自分たちと再会をする縁が紡がれているとしたなら――かつての後輩2人への最後となる”徹底的な可愛がり”をルイージは考えている。


「お前らの昔の同僚ってことは、エルドレッドとも同僚だったってことだろ? ……本船で待機していたあいつには、昔の同僚たちがあの船にいるってことを知らせているのか?」

 他の構成員たちからの疑問の声。

 ハン、と鼻を鳴らしたジムが答える。

「いいや、あいつには知らせてねえ……”かつての友”との衝撃的過ぎる再会に、どんな反応するんだか。案外、いつもと変わらず、無言でビシバシ矢を射るだけだったりしてよ。俺とルイージは、てめえらよりあいつとの付き合いは長いけどよ。いまだにあいつは何か掴めねえ。別にそう掴みたいわけじゃねえけど……というか、そもそも……あいつ一体、どうしちまったんだろうな?」


「だよな。エルドレッドの奴、明らかに昔とは違うよな。身体能力は人並み程度で泳ぎはそう得意ではない絵描き気取りが、弓の名手という属性も持っちまっただけじゃなくて、何かもっと根本的な何かが違ってしまっている気ィするぜ。ま、俺たちもあいつとは”過去にいろいろ”あったけど(笑)。どっちかつうと無口で性格的にはそれほどウゼえ奴じゃねえから、あいつがペイン海賊団の役に立つなら、”細けえことはいいんだよ”っつう最終結論に達したわけだ」

 ルイージも明らかに、エルドレッドが”かつてのエルドレッド”――数年前のエルドレッドと違うことは感じ取ってはいる。

 その違和感は”細けえこと”などでは断じてないのだが、ジムとルイージは――そして、今も昔も自分たちの親方であるセシル・ペイン・マイルズも、それをスルーし続けて今というこの時に至っているのだ。

 

 別の構成員が口を挟む。

「なんか、エルドレッドってよ…………背は高めでスラリとしてっけど、物凄ぇイイ男ってわけでもねえのに……俺たちの中に一羽だけ場違いでお上品な白鳥が紛れ込んだみてえじゃねえか? 仲間の俺らから見てもあいつ一人だけ放ってる”カラー”が違うっつうか……」

 ジムが”馬鹿をいうな”と言わんばかりに、再び鼻を鳴らす。

「いくら海賊には見えねえ面(つら)してても、あいつは俺たちと同じく”立派な”ペイン海賊団の一員だっての。あいつがあの弓矢で何人、殺めたと思ってんだ。それによ……より正確に言うなら、俺たちの中にはあの白鳥(エルドレッド)の他にも、いまだチェリーボーイの雛鳥(ランディー)と比喩ではなくて本物の騒音アホ鳥(ピート)の二羽も紛れ込んでるだろ」


 底意地悪いジムのその例えに、”プッ、クスクス”といった含み笑いが海賊たちの間に広がっていった。


「さてと……ちょっとお喋りが過ぎたな。リラックスタイムはそろそろ仕舞いとするか」

 そういったジムは、その鋭い視線を本日の獲物の船へと向けた。

 ペイン海賊団における、ナンバー2――いや、大将である親方は最後の最後にお出ましのため、”実戦面では”おそらくナンバー1の地位にある男の紫がかった黒髪も、彼の周りに控えているペイン海賊団の”戦闘員”たちの若々しい髪も、”慣れっこにはなっている”が嫌すぎる悪臭によってたなびいた。


 この船と獲物の船の距離は、刻々と縮まっていく――

 穏やかで規則正しい波の音すら、自分たちにとっては殺戮開始のファンファーレ代わりであるようであった。

 もうすぐだ。俺たちペイン海賊団の挟み撃ちによる襲撃の本番が始まる。いつもどおり容赦などするものか。殺して奪え、奪って殺せ、そしてその後は犯し尽くせだ。



「しっかし、あの船のバルコニーの……あの野郎は、やっぱり航海士か? あんなに必死になって”赤旗を”無駄に振りまくってるけどよ。まさか、この船もペイン海賊団の手に落ちてるとは思っちゃいねえんだろうな」

 そのルイージの声にはこらえ切れないおかしさが滲んでいた。


 自分たち後続の船へ向けて”海賊の襲撃を知らせる”花火は打ち上げ尽くしてしまったらしく、今はああして船のバルコニーにおいて、おそらく”早く逃げろ”などといったことを叫びながら、必死で赤旗を振っている航海士らしき男の姿がはっきりと見えてきた。

 

「……あの航海士っぽい奴、ジジイではなさそうだけど、そう若くもねえってとこか。遠目に見ても、決してデブじゃあねえけど、あの肉の付き方はどこかおっさんっぽいしな」

 すでに臨戦態勢へと入り始めているジムの両の瞳が、自分たちの”本日の第一の獲物”に殺意の照準を合わせ始めていた。


「ジム、あの”笑えてくるほど”必死な奴、肩慣らしに俺、殺(や)るわ」

 片方の唇の端をニヤッと歪ませ、腰の剣を早くも抜いたルイージの両の瞳も、バルコニーで赤旗を振り続ける航海士らしき男へと殺意の照準を合わせ始めてた。

 いや、ルイージの場合は、”肩慣らし”というその言葉どおり、本番前のウォーミングアップ代わりの殺しの照準といった方が正しいだろう……






 ……このように容赦も慈悲もなく、他者の命や人生に対する尊厳なども微塵も持ち合わせていない獣のごとき海賊たち――ジェームス・ハーヴェイ・アトキンスとルイージ・ビル・オルコット含むペイン海賊団の血塗られた手に掻きまわされつくした船は、違和感と迫りくる危険を全身で感じつつも、これ以上の被害を何としてでも防がんと赤旗を振り続けている航海士ドミニク・ハーマン・アリンガムに迫り来つつあった。

 

 ドミニク・ハーマン・アリンガム。

 43才の彼の人生の始まりも、迫り来る海賊たちのほぼ大半と同じく、社会の底辺と言えた環境からであった。

 だが、幼き頃より海を愛し、今はともに船に乗る者たちを心より敬愛している彼が、に勤勉な努力と温厚な人柄によって今日というこの日まで築き上げてきた人生において、人の道に外れたことなどは一度たりとしてなかった。

 

 けれども――

 彼のその生き様にふさわしい死に様で、彼の人生という物語の幕が下ろされるとは限らない。

 不条理であり理不尽な運命の時は、刻々と迫りつつあった。

 これ以上ないほど懸命に、そして善良に生きてきたドミニク・ハーマン・アリンガムは、血にまみれ他者を虐げ続け、自堕落に生きてきた20も年の離れた男の手によって、その命を無惨に絶たれる運命も知らず、赤旗を振り続けていた――

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