―76― 襲撃(20)~ペイン海賊団~

――……ルーク……ディラン……!


 ペイン海賊団の囚われの船の甲板の片隅にて、ランディー・デレク・モットは、頭を抱えて座り込み震えていた。

 恐怖と悔恨。

 自分が酒場にて、余計なことをジムとルイージに話してしまったがために、獲物として狙いを定められてしまった、かつての友たちが乗っている船。

 恐れていた襲撃の日は、ついにやってきた。

 そのうえ、襲撃の幕は今現在、すでに上がってしまっている。

 本船の方で待機していた弓矢使いエルドレッド・デレク・スパイアーズならびに、鉈使いロジャー・ダグラス・クィルターたちが、獲物の船の甲板上に浮かぶ黒い鳥の背にいるのを、ランディーはその神がかり的な視力でしっかりと確認せざるを得なかったのだから。


――どうしよう……どうしよう……!

 ランディーの魂が歩んできた物語の頁の中にあったルークとディランの笑顔は、ランディーの震えに呼応するかのごとくあざやかに蘇ってくる。

 いつもジムやルイージたちの虐めから、他の者をかばっていたルークとディラン。エルドレッドがルイージに真冬の川へと蹴り落された時だって、彼ら2人がいなかったらエルドレッドはきっとあのまま、溺死体となって下流で発見されていたはずだ。

 

――俺は……俺はあんないい奴らを、ジムやルイージたちに……ペイン海賊団に殺させてしまうのか……?!


 肉体だけでなく、その魂まですうっと冷たくなっていくランディーであったが、青き空の眩しき太陽は、彼と甲板で襲撃の構えを見せている全ての者に降り注いでいた。

 命の恵みのごとき陽の光に包まれ、母の囁きのごとき穏やかな波の音の中にあるも、自分は”光無き暗黒の海”にいるのだ。

 その暗黒の海に高くそびえる氷山に、自分の肉体も魂もは固い鎖で繋がれて……

 いや、氷山に固い鎖で繋がれているのは、自分だけではない。

 下の船室の一室に人質として監禁されているエマヌエーレ国の貴族の男性や、また別の部屋で監禁されている彼の妻子や侍女たちも同様である。

 彼らもきっと、今、この船が進む道の風向きが変わりつつあることを感じ取ってはいるだろう。その風は、さらに血と獣の臭いに満ちた風であることも、甲板からの光景を見ることができない彼らにも伝わっているのかもしれない。


 震え続けるランディー。

 ただでさえ幼い外見にさらに輪をかけるようなその有様は、とてもペイン海賊団の一員とは思えない。

 そう、弓使いエルドレッド・デレク・スパイアーズの外見”だけは”野蛮なペイン海賊団の一員には見えないが、すでに2人の人間を顔色一つ変えずに殺害した彼のその行動は立派な海賊であるのとは違い、ランディーは外見も行動も海賊団の一員には見えなかった。



 甲板の襲撃者たちの中心部にいたジムが、チラリと後方のランディーへと目をやった。


――全く、情けねえ野郎だ。まさに”スペシャルヘタレ”ってとこか。あの野郎、襲撃前には、いつもあんな感じになってっんな。……てめえ自身が戦うわけでもねえし(そもそもてめえが戦うなんて到底無理だし)、もういい加減”慣れろ”っての。本当に情けねえうえに、学習能力のねえ野郎だ。いや、今日の襲撃はランディーにとっても特別か……なんてったって、獲物の中には”あいつら2人”がいるんだしな。


 ジムの魂が歩んできた物語の頁のルークとディランの気に入らねえ面も、彼の戦闘欲(殺戮欲)に呼応するがごとく、あざやかに蘇ってきた。

 ともに働いていた時、自分たちの遊び(虐めと暴力)の邪魔をことごとくしてきた、あいつら2人を――あの正義漢ぶった甘ちゃんどもを俺たちペイン海賊団がコテンパンにボコり、この世からも”強制退場”させてやる、と。



「おーい、ランディー。てめえは”全部終わった”後、適当に頃合い見つけて、本船の方に移っとけよ。この船は、焼いちまったり、海の藻屑とするには惜しいクオリティから、親方がこの船を気に入ったら、この船を本船にするかもしれねえけどよ。てめえは”操舵室にいる野郎”みてえに船は動かすこと”も”無理なわけだし、いつもの見張りとあのアホオウムの世話に戻れ」

 へッと鼻を鳴らしたジムが言った。

 この”囚われの船自体”がどうなるかは、親方セシル・ペイン・マイルズの一存によって決定する。”元々の操縦者”を失っているこの船は、”船を操縦できるペイン海賊団構成員”によって動かされているのだ。


 ジムの言葉を聞いたルイージが、何かを思い出したみたいでプッと笑いを漏らした。

「……なあ、あのギャアギャアうるさいアホオウムの奴。絶対、自分のことペイン海賊団のマスコットだって思ってんだろうな。でも、俺たちが思うに、うちのマスコットはランディーだろ。アソコもマスコットみてえだし」

 ルイージは自身が言ったことに自身で受け、さらに湧き上がってきてくる笑いを押さえるように、口元を手で覆った。

 そして、誰がペイン海賊団の真のマスコットかということに、同意を求めるかのようにジムの顔をのぞき込み、目配せした。


「まあな……ランディーのアソコが”俺たちのお宝”とは違って、マスコットレベルなのには、俺も同意はするけどよ。あのアホウザオウムの野郎、最近ことさらに調子乗って喋り過ぎだろ。クリスティーナに”ピート”なんて名前つけてもらってっけど、てめえをちゃんと名前で呼んでるのはランディーとエルドレッドだけだ。黒い鳥みてえに”キャリーバード”としての役割も果たせねえし、てめえはただのやかましいメッセンジャーバードでしかないっての」

 イラついたようにジムは、息を吐いた。


 彼のその様子を見たルイージではなく、ジムのすぐ横に立っていた別のペイン海賊団構成員――レナート・ヴァンニ・ムーロがジムに同意するように頷いた。

「でもよ、ジム。あのオウム、ごく普通の鳥頭の鳥よりかは、ずっと頭の容量は多くて、俺らの顔と名前だって分かってるし、間違えることは一切ねえ。それに、”いつの間にかいなくなっていた”学者崩れの奴が覚えさせていた『遠からん者はなんとか』みたいな言葉も暗記して得意気に朝日が昇る海に向かって、喚き散らしていたこともあったぜ」


 レナートが”ピートの奇行(いや、ピートはいたって真面目に教えてもらった言葉を復唱していたんだろう)”を暴露する。

 ジムがクッと喉を鳴らす。

「ああ、それ、知ってら。あン時ゃ、睡眠を妨害されたからよ、あの騒音オウムとっ捕まえて、マジで絞め殺してやろうかと思ったわ」


「……俺らがに忘れちまってる奴の名前も、あのオウムは覚えてっかもしれねえぞ。レナート、お前は前にいた学者崩れの奴の名前は、覚えてるか?」

 さらにニヤついたルイージの問いに、レナートも口元を歪ませ、首を横に振った。


「いいや、全く。名前どころか、もう顔も思い出せねえ。たぶん、あいつは年も30近かったろうし、剣を握らせてもてんでダメで、何しにペイン海賊団に入ったって言いたかったわ。んでもって、いつの間にかいなくなって(獲物からの返り討ちにあってこの世から退場)てよ。ただ、東方の国の歴史だかなんだか、何の役にも立たない薀蓄を得意気にベラベラしゃべってただけのインテリ気取り野郎だった」

 レナートの答えに、ジムとルイージは目配せしあう。


「……そのインテリ気取り野郎の薀蓄だが、少しばかり役には立ちそうな一幕もあったけどな」

「そう、ジムの言う通り。ただ、”ランディー坊や”が横槍を入れてきただけでよ」

 

 今、ペイン海賊団の手中にいる囚われの貴族――パオロ・リッチ・ゴッティ。

 俺たちに襲撃される前までは恵まれ過ぎている人生を送っていたに違いないあのおっさんは、今や単なる無力で無様な人質のくせに、俺たちを虚仮にした。その制裁として、生きたまま少しばかりの肉を削ごうとしたが、笑えてくるほどの大根演技のランディーが顔面蒼白で止めに入ってきた。生きたまま肉を削ぐその刑が東方の国で実際に行われていたらしい――いや、今も行われているのかもしれない拷問を教えてくれたのは、その学者崩れの野郎であったのだから、と。



「でもよぉ、ジム、ルイージ、お前たち思わねえか。あのオウムは、ある意味、この世に二羽といないお宝オウムだぜ。学者崩れやランディー”ちゃん”よりかは、ずっと役には立つし、付加価値は高くないか。見てくれも頭もいいし、そのうえ魔導士サマのように瞬間移動までできる。ウゼエなら、あいつも物好きな奴に売り飛ばしたら、結構いい値で売れるんじぇね?」と、レナート。


 ジムが口を開くより先に、ルイージが答える。

「バーカ。どっかに売っちまったら、あのオウムは絶対に俺たちのことベラベラ得意気に喋りまくるに決まってんだろ。それに、勝手にオウムを売り払われたら、いくら変人で”男好きの”クリスティーナだって怒るだろ」

 ルイージが自分の頭上で発した”バーカ”という言葉に、レナートは少し眉毛をピクリとさせたが、この程度のことで襲撃前に喧嘩の火種を――しかも年は同じぐらいであるも、ペイン海賊団の先輩へと向かって勃発させるのは止めたらしかった。

 ただ、彼が両手に装備している鉤爪が、眩しい太陽の光に反射し、キラリと光っただけであった。いいや、太陽の光に反射し光ったのは、彼の両手に装備している鉤爪だけではない彼の靴のつま先に常備している鋭い鉤爪までも光った。



 ペイン海賊団構成員の1人、レナート・ヴァンニ・ムーロ。

 年齢はおそらく20代前半と推測される彼の名の響きは、ジムやルイージ、ランディーとは少しばかり違うこと、そして単なる日焼けではなく元々の肌のトーンがジムたちよりも浅黒いことからして、アドリアナ王国の出身者ではない。

 彼がその生を受けたのは、エマヌエーレ国であった。

 生を受けた国は違えど、ジムたちと同じく孤児として育っていった彼は、ペイン海賊団の構成員となる前は、旅一座の軽業師として生計を立てていた。

 彼の背丈は、長身のルイージには遠く及ばす、男としてそう背が高いわけではないジムよりも低かったが、ランディーよりかはやや高かった。だが、彼の肩幅、そして肩甲骨にかけてはジムや痩せ形のルイージ、華奢なランディーなど比べ物にならないほどに発達し見事な鎧のごとき筋肉の盛り上がりを見せていた。


 彼の武器は見ての通り、両手に備え付けている鉤爪と靴のつま先部分に備えつけている鉤爪である。

 この鋭い鉤爪なら、獲物の喉元をザシュッと真横に切り裂き血を吹き出させることなら、いともたやすい。だが、彼の鉤爪は殺戮道具であると同時に、別の役割をも放っていた。

 これは、”元軽業師”としての技術が身についている彼だからこそできることであった。


 今、隣にいるジムやルイージ、そしてエルドレッドやロジャーたちが甲板にいる者たちを、叩き潰している間――このレナートは、元軽業師としての身のこなしと”使い慣れた鉤爪”で、動いている船の舷を蜘蛛のようにシャカシャカと這って、獲物の船の内部へと侵入するのだ。

 侵入の途中で男に遭っちまったら、「運が悪かったな」と遠慮なしにこの鉤爪を血に濡らせばいい。

 けれども、親方や仲間(先輩)に献上、そしてレナード自身も”使う”ために、今の段階でまだ殺してはいけない者たちに対しては、鉤爪から血をしたたらせ、脅すだけに留めておく。


 そう、レナート・ヴァンニ・ムーロの襲撃における”第一の役割”は、ペイン海賊団がその手中におさめて弄ぶための”女ども”の居場所を把握し、仲間たちに教えることであった。

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