―62― 砕け散った鏡(8)

 変人。奇怪すぎる、その来客の姿。


 肩に鳥を、言葉を喋るであろうオウムを乗せていた。

 背中には、弓矢を背負っていた。

 そして、髭を生やしっぱなしということは、間違いなく男だろう。

 なのに、真っ赤な口紅を付けて、女物のマイクロミニ丈のスカートを履いていた。

 極めつけに、さりげなくアクセントとしてつけた方がアクセサリーは際立つと思うのに、両手の指全てにビカビカと光る指輪を付けていた。


 趣味が一貫していないうえに、すごく悪趣味。

 ディランの言う通り、”一人の人間の中に幾人もの人間が同居しているようで、その個性を制御できてない”という表現が、しっくりとくる。



 華やかで際立った美に恵まれた者や、人に畏怖を与える外見の親方などとは違った意味で、町中を歩けば人目を引きつけ、道を”あけさせる”謎に満ちた客人についての追加情報を、ディランはさらに思い出したらしい。

「ルーク、そういやさ……その客人にエルドレッドがお茶を出しに言った時、おかしなこと言われたって、すっごく気味悪がっていたこと覚えている。それに、肩に乗せてたオウムが女の名前をヒステリックに叫んでいたとも……」


 ルークが、渋い顔をして「そうだったな」と答える。

 この朝、何回目のルークの渋い顔であるだろうか?


「確か、エルドレッドが、そいつに手首をガシッと掴まれて……”3年後のあなた……燃えさかる炎が見えるわ。私、あなたに今の私が、”背負っているもの”を渡すことになるわ”って、女言葉で言われたってよ……あの後、エルドレッドの奴、”怖かった。絵にも描けないほどの怪奇さだ”って相当青くなってたし。肩に乗せていたオウムは、”ヘレン、オマエニ、アイニイク!”とか男言葉で叫んでたって極めつけで……」


 想像しただけでシュールな光景だ。

 奇怪な客人の姿を間近で見ることとなり、手首を”大人の男の力で”掴まれ、女言葉で訳の分からないことを言われた13才の少年・エルドレッドが怯えるのも、無理はないだろう。

 

 誰も言葉には出さなかったが、その客人は狂気のベクトルを、例えを出すとしたならマリア王女とは別方向に向けてしまった人物なのだろう。

 その客人がエルドレッドを怯えさせた言葉を、ルークとディランは今日というこの日まで深く考えはしなかったが、よくよく考えると意味深すぎる。


 客人が、精神のバグから発してしまった全く意味のない言葉か、それとも予言めいた事柄なのか?

 お茶を出しに言った時のエルドレッドは13才であった。

 それから3年後のエルドレッドは、16才だ。

 16才のエルドレッドに、燃えさかる炎が見える?

 絵を描き続けながらも、鍛冶場などで火を扱う仕事に就くということか?

 それに、客人が背負っていたもの――背中に背負う夢や志などといった抽象的な物ではなく、”見たとおりに考えると”客人が背負っていたのは弓矢だ。それを彼に渡すことになるということか?

 そして、オウムが男言葉でヒステリックに叫んでいた女の名は……


「ヘレン……」

 ダニエルがポツリと呟いた。


 思わず呟いてしまい、ルーク、ディラン、トレヴァー、ヴィンセント、フレディ全員の視線を、ザアッと一瞬にして集めてしまったダニエルの顔が赤くなった。

「すっ……すいません。あ、あの、リネットの町で、ルークさんに攻撃をしてきたフランシス一味の魔導士の少女の名前も”ヘレン”でしたので、つい……」


 必要以上に慌てているダニエル。

 リネットの町での早朝、人形職人・オーガストに捕まって朝っぱらから甘いポエムを吐かれていたレイナ(マリア王女)に気づいたルークがレイナを助けにいった。そこに現れた魔導士がヘレンであった。

 影から生じる酸で、全てを焼き尽くす攻撃をしかけてきたフランシス一味の魔導士の1人。

 華奢な少女でありながらも、醸し出している雰囲気は大人の女のようでいて、どこかアンバランスな魔導士であった。

 全く無関係な一般人の中年男性まで巻き添えで殺そうとしたヘレンの攻撃を、ダニエルが間一髪で救ったのだ。

 あの日の朝以来、ヘレンは自分たちの前に姿を現してはこない。

 フランシス一味であることには間違いないが、首都シャノンの城内にも侵入して来た目立ちたがり屋なフランシスやネイサンとは違い、この船に乗る者でヘレンと面識があるのはルークとダニエル、そしてレイナの3人だけである。


「で、でも……”ヘレン”と言う名前自体はそう珍しい名前でもないですし……話の腰を折ってしまい失礼をいたしました」

 ダニエルは、まるでひゅるひゅるとしぼんでいくかのように、肩をすくめて俯いた。

 

「いや、いいんだ。俺こそ、ごめん。朝から、こんな重たい話してさ。なんか、今朝はいつもと違うっていうか、落ち着かないっていうか……でも……」

 ディランは一呼吸、置く。

「最低最悪な夢の中であっても、現実のことではなくても、エルドレッドやランディーたちにもう一度、会えたことだけは本当にうれしかったな」


 ディランの言葉を聞いたルークが笑顔を見せた。

「そうだよな。あいつら、今、何してんだろ? きっと、エルドレッドは今も絵を描いてんだろうな……」


 ルークとディランがともに歩いてきた18年という人生の道のり。

 彼らは、”もしや、これまでか”という目には、ここ数か月だけでなく13才の時にも遭っていた。

 でも、その道のりにおいて、良き出会いもあったのだ。

 エルドレッドやランディーたち、そのほかの少年との出会いが……


「……親方が解散を唱えた後、そのエルドレッドとランディーって奴は、どうしたんだ?」

 トレヴァーが問う。

「エルドレッドは、住み込みで宿で働く仕事が決まったって言って、愛用の画板と黒鉛を手にしたまま、別れたよ。ランディーは……それほど脚をつかわなくていい仕事を頑張って探すって言ってた。確か、ランディーが行くのと同方向に、親方についていくジムやルイージとあいつらの取り巻きが5~6名いたけど……ランディーが凶暴なあいつらと今も一緒にいるはずねえしな」

「……ランディー、信じられないぐらい視力がよかったから、それを生かせる仕事に就けていたらいいね」

 ディランが同意する。


「そうだ。俺たち2人が”無事にアドリアナ王国に帰ってこれたら”、まず、あいつらを探しに王国内を巡ってみるか。この未知なる旅路の流れに流されるままじゃなくて、目標というか希望を持っていたら、ちょっとは変わるだろ」


 そう言ったルークに、トレヴァーが微笑んだ。

「……今日のディランの夢の話を聞いた限り、エルドレッドとランディーって奴はいい奴そうだからさ……俺とそいつら2人に縁ってものが紡がれていたとしたなら、あのデブラの町で出会っていて、そいつらもここにいたかもしれないな……って思って……」

「!!」

 ルークもディランも、ハッとする。

 

 ルークとディランがこの船に乗り、ユーフェミア国の民を救う旅にでる始まりとなった場所は最北の町・デブラであった。そこで、彼らはトレヴァーとも出会った。

 もし仮に、エルドレッドとランディーが自分たちと行動をずっとともにしていたとしたなら、あのデブラの町で彼ら2人もトレヴァーと出会っていただろう。

 雪の中に人形のごとき超絶美人(レイナ)が倒れていたのを小便を足すために外に出たルークが偶然発見したり、オーガストに飲み残しの酒を揃ってぶっかけられたり、何より宿がフランシスたちの襲撃を受けたりと、色々とあったが、もしかしたらエルドレッドとランディーも、アポストルより”希望の光を運ぶ者たち”との啓示を受けて、ここにいたのかもしれない。

 

 アポストルにおける”希望の光を運ぶ者たち”の選考基準は、全くもって明確でない。

 ”希望の光を運ぶたち”に選ばれた理由は、年老いた今も実力は折り紙つきである魔導士・アダムと、まさにチート過ぎるヒーロー(英雄)候補といったヴィンセント以外はよく分からないわけである。もしかしたら、この船に乗る”希望の光を運ぶ者たち”は7人ではなく、9人となっていたかもしれない。



 と、その時――

 部屋の外の廊下より、複数の足音や話し声が聞こえてきた。


 朝だ。身支度を整え、訓練場に行かなければ……と、他の部屋で寝泊まりをしている兵士たちが活動を開始し始めたのだろう。


「そろそろ、俺たちも行くか」

 ルークが立ち上がった。


「み、皆さん……本日の昼過ぎに、私はヒンドリー隊長とともに、女性たち全員を集めての避難訓練を行うこととなっておりますので……」

 頭の方から仕事モードに入り始めているダニエルが、朝の業務連絡を自分とは違う場所で訓練を行う他の者たちに伝えた。 


「先に鏡をお借りいたしますよ」

 素早く着替えて、櫛を手にしたヴィンセントは、部屋に備え付けられている姿見の前へと向かった。

 意外なことにヴィンセントの朝の身支度は非常に早かった。彼自身、身支度においても要領がいいというのもあったが、生まれ持った素材が非常に良いため、髪を櫛を入れるぐらいで、それほど手をかけずに済むのだ。生まれ持った素材が物を言うのは、女も男も同じである。


 ヴィンセントが姿見の前に立った時であった。

 何の前触れのなく、姿見がけたたましい音を立て、砕け散った。


「!!!!!」

 突然のことに、皆、驚くしかなかった。


「お兄さん、お怪我は?!」

 着替えている途中であったダニエルが、白くて薄い胸板をはだけさせたまま、ヴィンセントの元に駆け寄った。


「いや、怪我はない。でも……」

 当のヴィンセントが、当たり前ではあるが、一番驚いているようであった。

 ヴィンセントは何もしていない。姿見に触れてすらいない。ただ、姿見の前に立っただけであるのだから。


 ダニエルだけでなく、ルークたちもヴィンセントの怪我を心配し、ヴィンセントの元へと駆け寄った。

 自分たちの身だしなみチェックができなくなったことは、この際、問題ではない。

 


 砕け散った鏡。

 以前にも、似たようなことがあった。

 出港前、魔導士サミュエル・メイナード・ヘルキャットによる襲撃の夜。

 あの襲撃の数刻前、ヴィンセントの手の内にあったカップが何の前触れもなく、砕け散ったのだ。


 ”希望の光を運ぶ者たち”の足元の、砕け散った鏡の破片に、各々姿がバラバラに映っていた。

 皆がバラバラになってしまう、という暗示のように――


「あ、あ、後片付けは私がしておきますので、皆様は早く訓練場へと……」

 湧き上がる不吉な予感を打ち消すかのように、血の気のない唇をダニエルはギュっと結んだ。



 ディランの悪夢。

 そしてたった今、何の原因もないのに、砕け散った鏡。

 誰もが同じことを考えていた。

 もしかしたら、今日、何かが起こるかもしれない。

 まさか、曇りなき空を進みゆく悪しき者たちの船からの襲撃がある可能性を示唆しているのかもしれない。

 それとも、もしかしたら、何か別のことが……





 そう、まさにこの時――

 ”希望の光を運ぶ者たち”の間に、瞬時に湧き上がった不快な粘り気のある不吉な予感は、決して、レイナの世界で言う”杞憂”ではなかった。

 ルークとディラン、そしてジムとルイージ、親方との縁は”完全に”切れてなどはいなかった。

 今日、日が一番高く昇った頃、彼らは数多の血しぶきが舞うこの船の甲板にて、再び顔をあわせ――いや、剣と拳を交わらせることとなる。


 少年時代のジムとルイージは、レイナの世界で例えるなら、中学生に暴力を奮う高校生であり、全国ネットで放映されるような事件を起こすDQNであったと言えるだろう。

 だが、今の青年の彼ら――レイナの世界で例えるなら、成人式を迎え、立派な大人の男である彼らは、自分たちの振る舞いを顧みることもなく、犯した罪の悔恨に悩まされることもなく、DQNという言葉が生易しく感じられるほどの海の悪党として、姿を現すのだ。


 そして、数年の時とともに変わってしまったエルドレッドとランディーとの”縁”は、ルークとディランだけではなく、トレヴァーたちとも結ばれていたことを知ることとなる。

 それは、友情や仲間としての縁などでは決してなく、襲撃を仕掛けてくる海賊団の構成員と、”彼らの獲物”としての縁であった。

 エルドレッドに弓矢で狙いを定められる”獲物”としての……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る