【R15】人生は彼女の物語のなかに(今風タイトル:生真面目JKの魂が異世界の絶世の美人王女の肉体に?!運命の恋?逆ハーレム?それどころじゃありません!)
―40― ”まだ”穏やかな船内にて起こったある事件(22)~レイナ、そしてルーク~
―40― ”まだ”穏やかな船内にて起こったある事件(22)~レイナ、そしてルーク~
突如、自分たちのテーブルへと、やってきたスミス。
夕餉の時間が始まって間もないというのに、相当に酒臭い息を彼はルークたちの鼻孔に届けてきた。いや、スミスの場合はまさに、まき散らすといった表現が適切であるだろう。
酒に酔って気がさらに大きくなったスミスは、気に入らないであろう自分たちにちょっかいをかけにきたのか。彼は自分たちにずっとちょっかいをかけてやろうと常々思っており、今この時がまさにその時なのかもしれない……
ルークたち6人がついたテーブルより離れたところで、スミスの取り巻きたちが面白そうにニヤニヤ笑いながらこっちの様子をうかがっていた。
そして、ルークたちの近くのテーブルについている兵士たちにおいても、スミスの取り巻きたちと同様の表情を浮かべている兵士もいれば……”おいおい、やばいんじゃ”や”スミスの奴、何する気だよ?”と自分たちとスミスの様子を見て、固唾を呑んでいる者だっていた。
当のスミスは、周りの兵士たちの注目を集めているのを理解しているようであった。
彼は自分がこうして、周りから注目を浴びているのが一種の快感でもあるのだろう。
”俺は今から、お前らが気になってたまらなかった、こいつらにちょっかいをかける。だから、お前らもちゃんと見とけよ”と言いたげに、ニヤついていた。
だが、ニヤつくスミスのその顔を初めて真正面から見たルークたちは、意外にもスミスの瞳が澄んでいる……というか、まだ分別もついていない子供のような瞳であることに気づいた。
乗船してからというもの、スミスのガハハと笑う声が卑猥で笑えない冗談しか聞いたことがなかったが、スミスは中身は悪ガキのまま、図体だけがこうしてデカくなったような印象を改めて受けたのだ。
ついにスミスはルークたちのテーブルのすぐ側へとやってきた。
舌なめずりをするように、酒に濡れた唇をペロっと舐めたスミスは、その酒臭い息を”希望の光の運ぶ者たち”のうちの”1人に”向かって、吐いた。
「よう、色男。お前”も”随分とモテるみてえだが、今まで何人の女とヤッたんだ?」
スミスのちょっかいの第一標的となったのは、ヴィンセントであった。
娼館好きというか、いわゆる女好きのスミスは、男から見ても水も滴るような濃厚な色気を枯れることなく放ち続け、なお大変に見目麗しいヴィンセントは、自分と同じく(?!)女性経験豊富であることが見るからに感じ取れるため、気になる存在であったのだろう。
スミスはヴィンセントの返答を待たずに、得意気にフフンと鼻を鳴らし続けた。
「俺は100人の女とヤッた。同じ女と100回ヤッたわけじゃねえ。全部別の女だ。いくら、お前でも、100人はいってねえだろ?」
「……確かに100人は、いっていませんね。でも、私は魅力的な女性に出会うことができ、濃厚な一夜を過ごせましたことを感謝しております」
ヴィンセントは余裕に満ちた表情を全く崩さず、スミスを睨み付けることもなく、冷たくあしらうわけでもなく、その艶のあるテノールを蠱惑的な唇より発した。
まあ、一言で表現するなら、ヴィンセントはスミスのちょっかいを軽くかわしたのだ。
ヴィンセントは隣で頬を引きつらせているダニエル、そしてルークたちに、流し目で”ここは穏便に行きましょう、穏便に”とアイコンタクトを行った。
”へっ、負け惜しみ言いやがって”と言いたげに口元を歪めたスミスの次なる標的は、そのヴィンセントの隣にいたダニエルであった。
ガラの悪い兵士に大好きなお兄さんがからまれている、と険しい顔へと変わっていくダニエルの肩に手を置いたスミスは、グッと体重をかけた。
「よう、フニャチン。男に生まれたってのに、剣も碌に持てねえとは、情けない奴だな。もしかして、お前、ママのお腹に金玉忘れてきたんじゃねえのか?」
「な、なぜ、そのように下品なことを食事中におっしゃるのですか? それに、私のことだけでなく、母のことまで馬鹿にするなんてっ……」
”フニャチン”や”金玉”という下品な言葉にダニエルは、頬をカッと紅潮させた。だが、ダニエルもまたきわめて冷静にスミスに言葉を返そうとした。
ダニエルが家を出る――つまりは貴族の身分を捨てる原因となったのは、自分が次期領主として不適格であったこと、そして母・エヴァとの確執である。
自分は母の望む”力”を持たずに、この世に生を受けた。自分が母の望む力を持って生まれていたなら、母に必要とされていたかもしれない。けれども、ダニエルは自分を必要としなかった母を、決して憎んだり恨んでいたりはしなかった。
いかにも気弱そうで、そのうえ軟弱な肉体のダニエルが、予想に反して自分に言い返したため、スミスは驚きで少しだけ目を丸くした。きっとスミスはダニエルが自分に何も言い返したりしないと思っていたのであろう。
「おめえも言うじゃねえか」と言ったスミスは、ダニエルの肩を激励するかのように、ポンと叩いた。
ヴィンセント、そしてルークたちも、ダニエルが自分でスミスに言い返したため、あえて助け船は出さなかった。ここはダニエルの顔を立てたのだ。
だが、ルークたち全員とも、心の中でスミスに対し、”お前、もういい加減どっかいけよ”と――
けれども、スミスはまだまだ、ちょっかいをかけたりないらしかった。
新たに彼の矛先が向いたのは――
「よう、ゾンビ野郎。お前が喰うのは、人肉じゃねえんだな」
3番目の標的は、フレディであった。
テーブルの空気が、一気に凍った。ルーク、ディラン、トレヴァー、ダニエルはもちろん、”ここは穏便にいきましょう”とアイコンタクトをしていたヴィンセントでさえ……
いや、ルークたちのテーブルだけではなく、近くのテーブルで今のスミスの言葉を聞いた兵士の幾人かの顔が凍りついた。
今の言葉は、ジョークであったとしても、あまりにもブラック過ぎる。
200年前に一度目の死を迎え、その後、生者でもなく死者でもない状態のまま、蘇ったのはフレディ本人の責任は一切ない。だが、それにも関わらず、スミスはフレディを墓場から蘇り、死肉を喰らう怪物呼ばわりしたのだ。
いち早く、ルークが立ち上がろうとした時、スミスに向き直ったフレディが自分を覗き込むスミスの喉元にフォークをスッと突き付けた。
「俺たちは今、食事の最中だ……だから、お前も自分のテーブルに戻ってすみやかに食事を終えろ。お前も”俺の食事に加わりたい”っていうなら、話は別だがな」
フレディは、スミスを上回るブラックな返しをした。
スミスは自分の喉元に突き付けられたフォーク、そしてフレディの生者としての光をたたえているグレーの瞳が”失せろ”と言っていることを感じ取ったらしい。
「ふん、なんでえ」
スミスは捨て台詞を吐き、取り巻きたちが待っているテーブルへと戻っていった。
渋い顔をしたスミスの帰還に、彼の取り巻きたちはいかにも面白くなさそうな顔をしているようであった。
ルークたちの近くのテーブルにいた兵士の幾人かは、ホッと胸を撫で下ろしているのが分かった。
嵐を巻き起こることを楽しみに待っていた者より、嵐がどうか巻き起こりませんようにと願っていた者の方が多く、どうやらその者たちの願いが今回は通じたらしい。
もしここで乱闘でも起きたら、訓練でクタクタになっている自分たちが止めに入ることになるに違いないのだから。
自分たちは、天からの気まぐれな光に照らされたというだけで、この船に乗っている6人の若い男(と、上の船室フロアに可愛い孫娘といる魔導士のじいさん)と、騒々しく下品なスミスとその取り巻きたちの、どちらの味方もする気はない。
先ほどの件は、船長の息子であり、船医ガイガーとも懇意にしているらしいスミスに、多大な非があるのは明らかだ。自分たち一兵士よりも、大きな後ろ盾を持っているスミスが、怖い者知らずにも自ら規律を乱し、自分の首をぎゅうぎゅうと絞めあげただけであるのだと。
けれども、自分たちの出世のためにも、余計なことに巻き込まれたくはないのだ。
「……お前たちも早く食べろよ」
そう言ったフレディは、ナイフで切った肉を口の中へと放り込んだ。
フレディの瞳は”俺は平気だから、事を荒立てるな”と言っているようであった。
それに、彼がスミスの喉元に突き付けたのは、ナイフではなくフォークであったのは、彼の”優しさ”であったのだろう。
完全に湿っぽくなった空気のなか、ルークたちはフレディの言葉に黙って頷き、各々の口へと残り少なくなっている夕餉を俯き加減に運び始めた。
が、またしても、自分たちのところへと向かってくる足音に彼らは顔を上げた。
「さっき、何かあったのか?」
兵士隊長パトリック・イアン・ヒンドリー。
国王陛下と王子殿下に任命され、”希望の光を運ぶ者たち”とともに首都シャノンから旅立った彼には、兵士たちの統括という義務と責任がある。
パトリックは、ここより離れたテーブルでともにアドリアナ王国からやってきた兵士たちと食事をとっていたが、スミスの不審な行動とこのテーブル近辺に漂う”不穏な空気”を感じ取ってやってきたらしい。
「ヒンドリー隊長、先ほどの件につきましては、後ほどきちんとご報告いたします」
一番の年長であるヴィンセントが、この場を代表するように答えた。
「……分かった。後ほど、きちんと話を聞かせてもらう。場合によっては、双方の話を聞く必要があるかもしれないが」
そう言ったパトリックは、スミスにチラリと目をやった後、それ以上は追求はせず、元の席へと戻っていった。
兵士隊長に今の場面を見られていたことに気づいたらしいスミスと、彼の取り巻きたちは”やっべー”と猛烈なまでに顔をしかめていた。自分がけしかけてきたというのに、自分の行動によって引き起こされる未来の予測能力にあまりにも欠けたスミスであった。
ディランとトレヴァーは、スミスと船医ガイガーの未遂に終わったレイナに対する企みを、既にパトリックに報告していた。そして、今日、レイナが血相を変えて自分たちの部屋から逃げ出すこととなった”原因”についても、きちんと説明した。というよりも、説明せざるを得ない状況であった。
”原因”であるルークは、パトリックから「存分に気を付けるように」との注意も受けていた。
そのうえ、先ほど、兵士スミスが自分たちに一方的にたきつけてきた火種。
その火種は大火事になることはなかった。
だが、これから先、自分たちとともに剣を手にして、ユーフェミア国の民の救済の旅路を行く者たちとの間の”目に見えぬ溝”を、より実感させられる出来事となったのだ。
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