―26― ”まだ”穏やかな船内にて起こったある事件(8)~だが、事件の前にアダムの過去の一場面へと~

 59年前――半世紀以上も過去の記憶の扉より、アダムの脳裏に届けられ蘇ってきた一場面。

 わずか3才の神人の子供オリー。

 彼を連れて、セレストの町の雑踏を歩いていたアダムは、かつての昔馴染であるサミュエル・メイナード・ヘルキャットと再会した。

 その時、アダムは彼とともにいた、全身を贅肉に包まれた巨漢の魔導士の気を一目で感じ取った。なんだか”何か”に押さえつけられているようなアンバランスで不安定なその者の気を……



※※※



 黙ってアダムの話を聞いていたジェニー。

 アダムは、自分の話を聞く孫娘の顔が困惑と、そして恐怖で翳っていくのが分かった。でも、きちんと話をしておかなければならない。”自分の推測”が間違っているかもしれないとしても――


「お、おじいちゃん……その太った魔導士の人は、食欲で生まれ持った力のバランスを取っていたのよね……その魔導士の人も、神人さんたちを殺した魔導士の中に入っているということなの?」

 ジェニーは引き攣った顔のまま、恐る恐るアダムに問う。

 彼女は思い出しているのだろう。港町にて、自分たちを取り囲んだ炎がまるで蛇のように炎の鱗をくねらせるなか、自分たちに暴力を奮った恐ろしいサミュエル(神人さんたちを殺した魔導士)のことを――


「いや……確信はない。だが……あのサミュエルが、一緒にいて何のメリットもない者と行動をともにするはずがないんじゃ……あいつは付き合う人間が自分にとって損か得かを昔から計算する奴であった」

 アダムが言う。

 祖父の言葉をジェニーは心の中で反芻し、考える。

――太った魔導士の人のことについては、おじいちゃんも良く知らないみたいよね……それに、神人さんたちを殺した魔導士の中に入っているとの確信もないと。でも、おじいちゃんは、はっきりとした確信もないことを(家族とはいえ)人に話して、むやみやたらと怖がらせたり、人の名誉を傷つけたりするような人じゃないし……


 ジェニーが頭の中でグルグルと思考を巡らせているのが分かったアダム。

「今、わしがお前に話したのは、過去のほんの一場面じゃ。59年前のサミュエルとの再会、そして、おかしな魔導士の男を見たことは、それで終わったことじゃなかった」

 そうだ。

 単なる再会と目撃で終わったことではない。

 神人の子供・オリーを見た、サミュエルの魂に静かに灯されたであろう最初に火種。

 その1カ月後、セレストの町にて「神人殺人事件」は、そのサミュエル含む悪しき魔導士たちの手によって、引き起こされたのだから。


 実を言うなら、さらに、その43年後、67才のアダムと1才のジェニーは自分たち以外の家族を全員失うという、不幸な”事故”と表現される悲劇に遭遇した。一見、何のつながりもないように見えた2つの悪夢にあったある共通点を見出していた。


「ジェニー……わしは神人殺人事件が起こった時――つまりはサミュエルたちが神人たちを襲撃していた時、ちょうど神人たちの元を離れておった。セレストの町と他の町との境にある川の堤防が”決壊し”、前日まで大雨が降り続いたとこもあって……川の近隣に住む者たちに危険が及んでいたため、わしは町境に駆け付けておった…………日はとうに沈んでおり、暗いなかでの救出作業じゃったが、幸いにも堤防の決壊によっての死者は1人も出なかった。流された者たちも溺死や窒息死する前に、なんとか見つけ出すことができたからのう」


 アダムは最初に起こった悲劇の現場へと駆け付けて、生まれ持った力を持って人助けを行っていた。家屋と家財を失った者たちは大勢いたが、気をつかむことのできる魔導士・アダムの活躍によって、命までも奪われる者は一人としていなかった。

 だが、その間にサミュエルたちは神人たちの元へと――


 アダムが神人たちとともにいたら、サミュエルたち複数の魔導士の攻撃に手負いながらも、なんとか反撃することができたかもしれない。

 だが、翼もないのに鳥のように空を自由に飛び回れ、尾びれもないのに魚のように水の中を泳ぐことができ、美しい容姿をしている”だけ”の神人たちは、”おそらく一人残らず”サミュエルたちの手によって――


「……わしが、トーマス達が一時的な居を構えていた付近で発せられたサミュエルの気を感じ、瞬間移動で戻った時、サミュエルたちはすでにトーマスたちを連れ去っておった。そして……セレストの町の山の麓にて、その日の夜、トーマス達が殺されたとしか言えない光景が広がっておった」


 アダムは、ジェニーに”詳細”までは話さなかった。

 悪しき魔導士たちは、神人の肉を喰らい、不老の姿を保っていること。

 彼らがその神人たちを誘拐した時、たまたま近くにいた一般人10数名が”裏返し”となった遺体で発見されたこと。

 神人の(そして加害者のサミュエルの)気を辿ろうとしたアダムであったが”彼らの魂ごと何かに包まれているような感じで気が掴めず”、パッと空間が切り替わった瞬間、神人の”最期の気”を掴んだこと。

 駆け付けた時はすでに遅し。

 山の麓のある平らな一帯は、どんな医学知識のない者でも生存が絶望視されることが一目で分かるほど、神人たちの赤い血で染まっていたこと。

 その”一面の血の海”の中には、目玉や千切れた手の指、そして髪の毛がへばりついた頭皮や、男性器の一部分まで転がっていたこと。

 アダム、そして神人たちの捜索に協力していた”ヘルキャット夫妻”や彼らの元で育っていた魔導士の卵たち、魔導士としての力はないものの武力にて人を守ろうとしていた役人たちも、各々が持ったランプが照らし出す惨たらしい光景に、青ざめた顔のまま言葉を発することができなかったこと。

 そして――

 自分たちが駆け付ける前、山の麓付近に居を構えてはいたが、巻き添えを喰うことはなかった複数の平民たちの話では、この夜、大きな船のような物体が上空にユラリと浮かび上がり、その浮かび上がった”船”は、漆黒の夜空がまるで大海原であるかのように船を走らせ、そのまま漆黒の夜空に溶け込んでいったこと。

 それが、今も悪しき魔導士たちがアジトにしている「神人の船」であり、その神人の船には、神人たちの骨が埋め込まれていること。そのうえ、まだ神人の力(空中浮遊能力)を手に入れていない少年魔導士・ネイサンが残していった「神人の板」をアダムは大切に保管し、この船室内にも持ち込んでいる。「神人の板」からも無念のうちに殺され、今もなお利用されている神人の骨の一部を、アダムはしっかりと感じ取っているといった”詳細”までは――



 59年前の同日、セレストの町には”運悪く”2つの悲劇が重なっていた。

 川の堤防の決壊と、悪しき魔導士たちによる神人の襲撃。


 アダムは、自らの心を落ち着かせるように、息を吐き出した。

「わしがあの日、トーマスたちと一緒にいたままであったとしたら、絶対にサミュエルたちにあいつらを殺させなどしなかった……だが……今思い出しても、わしが最初に駆け付けることとなった、あの堤防の決壊の仕方はどこかおかしかったんじゃ……まるで……人の手によって、ほじくり返されたような……巨人の手が堤防を決壊させたような壊れ方じゃった……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る