―3― ジョセフ王子の終わらぬ苦悩(3)
愛などは微塵もなく、ただ雄と雌が発する肉欲のみによって、まぐわっていたマリアと若い兵士。細身でまだ筋肉の成長途中にあるような体格の若い兵士は、寝台に横たわるマリアに覆いかぶさるような体勢で彼女に自身の肉体を重ねていた。
真昼間から享楽にふけろうとしている彼女たちの、そのあられもない淫らな姿を見たジョセフの顔はさらに厳しく険しくなり――
「あら、お兄様」
「でっ……で、で、殿下……っっ!!」
青筋を立て、唇をワナワナと震わせているジョセフにマリアは全く焦る様子も見せず、それどころか、寝台に身を横たえていても豊かに盛り上がっている両の乳房を揺らすようにクスッと笑った。
対する兵士は、今にも腰に差している剣を抜かんばかりの王子殿下の剣幕に、天を向いていた彼の怒張はみるみるうちにひゅるひゅるとしぼむように、小さくなっていき――彼は慌てて両手でガバッとそれを隠した。
弾かれたようにマリアから自身の肉体を離し、寝台から飛び下りるとほぼ同時に、若き兵士はジョセフにバッと土下座した。
身分も何もない一兵士が、アドリアナ王国の第一王女と(王女から誘ってきたとはいえ)性交を始めていた。しかも、それをアドリアナ王国の第一王子に見つかってしまった。
絶対絶命である。自分はこれからどんな罰を受けるのか、と兵士の骨ばった肩は震え――
「ああああ……あの、あの、これは……っ」
必死で言い逃れの言葉を考えている兵士の声も恐怖でガクガクと震えていた。
「……失せろ!!」
突沸せんばかりの怒りでワナワナと震えているジョセフの怒声。
王子殿下の怒声を受けた兵士は、「はっ、はひっ」といった締め上げられたような情けない声を上げ、床の上に脱ぎ捨てられた服を慌ててかき集めた。
そして、彼はその服で股間だけを隠し、尻を丸出しのまま、部屋を飛び出していった。彼は衣服を身に着けるよりも、一刻も早くこの場から逃れたかったのだろう。
部屋の外から侍女たちの「キャー」という悲鳴が聞こえてきた。
「……何をそんなに怒っていらっしゃるの? お兄様」
寝台から上体だけを起こしたマリアは、媚を含んだ甘い声を出し、潤んだ青い瞳でジョセフを見上げていた。
血を分けた家族とはいえ、異性であるジョセフの前で全裸でいるというのに、平然としていた。いや、むしろ兄に、自身のその少女と女の狭間にいるような瑞々しくたおやかな裸身をわざと見せつけるかのように身をくねらせた。
「貴様……!!」
だが、ジョセフは妹が全裸で、それも清らかな白い百合の花のごとき美しさで自分の目の前にいたとしても、その百合の花を手折ろうとは――つまりはマリアに欲情などするわけがなかった。
「お兄様……デメトラの町に行ってらしたんでしょう?」
ジョセフから発せられている殺気もものともせず、マリアはその花のような愛らしい唇を喘ぐように開いた。
「あんな薄汚い単なる平民に自らのお金を恵んで差し上げるなんて、本当にお兄様は奇特なお方ですわ」
ホホホと笑うマリア。
彼女は知っている。ジョセフがカールやダリオなど少数の供だけを連れ、再びデメトラの町へと向かい、”被害者遺族”に頭を下げ、多額の賠償金を渡したことを――
「何を黙っていらっしゃるの? お兄様。”いつものように”私を罵らないんですの?」
ジョセフが全身から立ち上がる怒りを必死で抑えるがごとく、肩を上下させていることが分かるマリアはフフンと鼻を鳴らした。
血を同じくする青き瞳は交わり合う。
「お兄様の言いたいことはちゃんと分かっておりますわ。私はお兄様の妹なんですもの。こうして、お兄様と視線を交わらすだけでお兄様の心が私にも伝わってくるのです。きっとカールやダリオ、それにアンバーなんかよりも強く……私にはお兄様と同じ血が流れているんですもの」
うっとりと夢見るような感じで、言葉を紡ぐマリアはすっくと全裸のまま、立ちあがった。
色素が薄いピンク色の乳首はぷっくりと存在感を示し、彼女のほっそりとした白い両脚の間の、彼女自身の髪よりもわずかに濃い色合いの茂みは、風もないのにそよりと微かに揺れた。
生まれたままの姿で兄へと近づく妹。
「……お兄様、腰に差しているその剣で、今すぐでも私を叩き切りたいとお思いなのでしょう? でも、お優しいお兄様にそんなことはできませんわ」
ジョセフを上目遣いで見上げるマリア。
「そんな物騒なことより、お兄様……せっかくですから、お兄様も生まれたままの姿になってはいかがですか? 私たち、同じ精を受けて、同じ胎内から生まれたのですもの。私たちが味わう禁断の果実は、これ以上ないぐらい甘い切ない蜜の味が……」
マリアのたおやかな白い指がジョセフの左頬にそっと触れ――
「……触るな!」
「きゃっ!!」
マリアが自身に触れるとほぼ同時に、ジョセフはマリアを突き飛ばした。受け身を取る間もなかったマリアは床に尻餅を着いて転がった。
本来の残虐で淫乱な性質に加え、神に背いて禁断の果実を貪ろうと――近親相姦を楽しもうとしているマリア。
この時のジョセフの背筋を駆け巡った感情は、怒りよりも恐怖の方が勝っていた。
その時――
開けっ放しの部屋の扉の外より、規則正しいがやや急いたような足音が聞こえてきた。
ジョセフもマリアも、この足音の主を知っていた。彼らが物心ついた時より、何度も聞いていた――主にジョセフの側に仕えていた、その足音の主。
「……ジョセフ王子、こちらにいらしたのですか?」
凛として澄み渡った声。
扉の向こうから姿を見せたのは、魔導士アンバー・ミーガン・オスティーンであった。
肩のところで切り揃えられた、艶やかなストレートの茶色の髪。同じく茶色の意志の強そうな瞳、やや薄い唇はキリリと引き締まり、全身より聡明さを感じさせて”いた”、美しいアンバー。
どうやら、ジョセフに何か報告することがあるらしい彼女は、「実は……」とジョセフに向かって一歩を踏み出した。
だが――
一糸まとわぬ姿のまま床に転がり、挑戦的な笑みを浮かべ自分を見上げているマリアの存在に気づいた彼女は、ギョッとして言葉を失った。
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