ー18ー 出港(4) ~港町の酒場におけるペイン海賊団の構成員たち~

 息せき切って酒場に辿り着いた少年・ランディーは、自分と同じく数年前に海へと生活の拠点を移した2人の青年の姿を探した。


 生活の拠点を海へと移した――それは、すなわち……


「おい、見張りボーイ。なんだよ、その顔。まるで死んだ奴を見ちまったような顔じゃねえか」

 すさんだ酒場のなかに飛び込んできたランディーの顔を見た青年のうちの1人――紫がかった黒髪のジェームス・ハーヴェイ・アトキンスは、おかしそうにククッと喉を鳴らし、朱く染まった頬をしたまま酒の混じった息をふうっと吐き出した。


 見張りボーイ。

 その言葉どおり、ランディー・デレク・モットの仕事は船――それも海賊船での「見張り」であった。

 このアドリアナ王国を離れ、数年もたった現在、海でのみならず、このアドリアナ王国に陸地においても彼が属する「ペイン海賊団」は相当に悪名高い集団であった。



「よく考えろよ、ジム。こんなヘタレが死んだ奴を見れば、とっくに小便もらしてるだろ」

 ジェームス――愛称ジムの傍らにすわる赤茶けた髪のルイージ・ビル・オルコットもまた、おかしそうに喉を鳴らし、右手の酒をグイッとあおった。


 真昼間から酒を飲み、酔っている彼ら。

 海賊である彼らが、自分が生を受けたアドリアナ王国の陸地に戻り、ガブガブと酒を飲み干している。

 この酒場はもちろん、海賊たちの息がかかった場所である。

 もし運悪く、この酒場に漂う裏社会のオーラに気づかず、足を踏み入れてしまった善良な一般市民が役人に知らせるために走り出そうとすれば、真っ先にジムかルイージ、どちらかに彼らがそれぞれ腰に差している”幾人もの血をたっぷり吸った剣”で背中からぐさりと殺(や)られるだろう。

 海賊たちがこうして陸地に潜り込んでいる。

 だが、今、この港町には彼らの本拠点となっている海賊船などは泊まっていない。

 なのに、なぜこうして陸地にいるのかというと――


 ランディーは”考えたくないこと”を吹き飛ばすように、頭をブンブンと振った。

 それに何よりも、今自分がこの瞳でしっかり見たことを、彼らに伝えなければ――と。


「船に……今、出港の船――国王陛下の命を受けて、昔消えたなんとかって国を探しにいく船に、ルーク・ノア・ロビンソンとディラン・ニール・ハドソンが乗ってたんだ!」

 興奮気味に頬を赤らめたランディーは声を張りあげる。


 そのランディーの様子を見たジムとルイージは、”誰だっけ、そいつら?”というように、顔を見合わせた。

 だが、数秒のちに思い出したらしい。

 先に口を開いたのは、ジムであった。

「ああ……あのクソ生意気な奴といい子ちゃんぶりっこか」

 顔をわずかにしかめたジムは、酒をグイッと飲み干した。

「そういえば、いたなあ。そんな奴ら。あいつらなんて、俺らの中じゃ死んだ奴と同じ扱いだけど」

 ルイージは、鼻からフンと酒の混じった息を吐き出した。


 ジムとルイージ。

 彼らもまた、思い出したのだろう。

 数年前までこの陸地内にて、寝食をともにしていた自分たちより3才年下の2人の”少年”を。

 くすんだ金髪と榛色の瞳、そして栗色の髪と瞳の、今は自分たちと同じ青年――いや男になっているだろう2人のことを。



「ランディー、お前なんか見間違えたんじゃね。なんで、俺らみたいなド底辺の生まれが船に乗って、民衆に盛大に送り出されるんだ?」

 ルイージが馬鹿を言うな、と言いたげに、再び鼻を鳴らした。

「そもそも、国王ヘーカなんてモンに、どうやったら縁続きになれんだよ。もっとましなジョークを考えろよ」

 ジムもおかしげに笑い声をあげた。だが、彼のその瞳は全く笑っていなかったが――


「嘘なんかじゃない! 本当にルークとディランが乗っていたんだ! あいつら2人だけ、なんか……頭に白い包帯みたいなの巻いてたけど……確かにあの2人だった!」

 なおも興奮気味にまくしたてるランディー。

 ジムが”分かった、分かったから一旦落ち着け”と言うように、ランディーを制止するためにスッとその手の平を彼へと向けた。


「もっと詳しく聞かせてもらおうじゃねえか。でも、やっぱりつまんねージョークでしたってオチだったら、一発しばくぜ」

 ジムの目がキラリと光り、ランディーは少しだけ、背筋がビクンとした。

 だが、ここまで来たら、引き下がれない。


「あいつらの他に……5人の男がいた。一人は明らかにじいさんだったけど……あとは全員、若い男で……特に目立っていたのは、筋肉ムキムキのでかい男と赤毛のやたら煌びやかな感じの男……あとの2人の男は20才前後に見えた。じいさんと4人の若い男は、俺の知らない顔だった。でも……でもでもっ……確かにルークとディランもいたんだ!」

 自分は嘘など言っていない。

 この両の瞳が映したことは、全て真実なのだ。


 ランディーの真に迫ったその表情に、ジムとルイージは再び顔を見合わせ、ハン、と口から同時に息を吐いた。

「あいつら……あれから、ずっと一緒にいたってことか。でも、あいつら、全く正反対の性格だったのに、なんであんなに仲が良かったんだか」

「それはよ、ルイージ。つまるところ、ホ×だってことだろ。今も毎晩、お互いのケツの穴使いまくって、もうユルユルなんじゃね」

 ジムとルイージは下品な笑みを浮かべ、下品な笑い声をあげた。

 彼らの笑い声のけたたましさに、同じ酒場にいる、口をだらしなく開けて壁にもたれかかっている男や、テーブルの上によだれの海を作っている男が、顔をしかめたが、何も言わなかった。

 男たちは、ジムとルイージが何者かを知っている。もし、この2人の若者たちに”うるせえなあ”と言おうものなら、自分たちの命が危ない。



「今思い出すと、相当にムカついてくる奴らだったな。俺らが気に入らねえ奴、ボコってたら関係ねえのに、止めに入ってきてたしよ」とルイージ。

「……確かにな。俺は真っ向から年上のこの俺に逆らうロビンソンの野郎もムカついてたが、俺はどっちかっていうとハドソンのほうがムカついてたな。理詰めで来やがる奴ってのは、どうもなあ」

 ケッと息を吐いたジムは、クルリと”ムカつく奴を思い出す知らせ”を持ってきたランディーへと視線を向けた。

 

「見張りボーイ……お前の言うことが真実だったとすればおもしれえな。俺らと同じ海賊になっていてもおかしくない奴らがエリート面して出港とはよ」

 ジムのその言葉に、ランディーは反論したくなった。

 だが、彼もまた同じ酒場にいる男たちと同じく、自分の保身を考えて黙った。

 ”ルークとディラン。あの2人は絶対に海賊になることを選択なんてしないだろう。金品を奪い、人の貞操や命まで奪いつくす集団の一員となることなんて……”と。

 ランディーは考える。

 数年前、レンガ積みやななんやらいろんな肉体労働をしていた団体に自分は所属していた。身寄りのない子供たちを集めて働かせていた親方が、その団体の解散を唱えた後、親方やジムやルイージ”たち”ではなく、ルークとディランと行動をともにすることを選んでいたとしたなら……

 選択によって人生は大きく変わる。

 ルークとディランと一緒にいたなら、自分は一体、どこで、どういうふうに今日というこの日を迎えていたのだろうかと。


 そして、ランディーは改めて、自分の目の前にいる2人を見た。

 

 ジェームス・ハーヴェイ・アトキンス。

 ルイージ・ビル・オルコット。

 彼らはともに21才であった。

 親方――セシル・ペイン・マイルズを頭とするペイン海賊団の構成員であり、彼のすぐ下に位置している3人の部下のうちの2人。


 紫がかった黒髪と、彼が気に入らない奴らの1人であるルークと同じような榛色系の瞳をしたジム。

 ジムは、身長はそれほど高くはないが、目が大きく鼻筋が通った整った顔立ちをしていた。だが、彼の場合は、美形と形容するよりもハンサムと形容したしっくりとくる容姿であった。

 身長の割に手足も長く、体つきも均整がとれ、容姿にはわりと恵まれているといってもいいジムであるが、ランディーにとってはジムのその険のある目つきが、彼を恐れ、また彼に逆らえない要因の一つであった。

 年々、その目つきは彼自身がその手で行っている殺戮数に比例するかのごとく、鋭く研ぎ澄まされていくように(ここで研ぎ澄ますという言葉を使うのはおかしいとランディーも思うが)と思えた。


 赤茶けた艶のない髪と、彼が気に入らない奴らの1人ディランと同じような栗色系の瞳をしたルイージ。

 ルイージはジムとは対照的に非常に背が高かった。

 おそらく、ジムとは15cm以上の身長差、そして自分とは25cm以上の身長差があるだろう。だが、そんなにガッシリとした体格というわけではなく、細め――ひょろ長い体格であった。赤茶けた髪ののっぽ。彼の白い頬には、無数のそばかすが散り、顔の彫りも浅めであった。

 ルイージは、美形やハンサムと形容するにはやや厳しい容姿であるものの、顔立ち自体は一見していかにも人が良さそうは見えた。だが、彼が喋るとその口元は下劣なまでに歪むのだ。


 ペイン海賊団の2人。

 仲間と呼びたくないし、そもそもこの2人は剣も振るえない役立たずの自分を仲間の頭数には入れていないだろうけれども。



 ランディーがジムとルイージについて考えている間――ジムとルイージもまた、ランディーについて考えていた。


 ランディー・デレク・モット。

 年は”こう見えても”17才。

 ペイン海賊団の見張りボーイであり、童貞(チェリー)ボーイ。


 黒のようなグレーのようなはっきりしない髪の色と同じ色のフサフサとした睫毛は濃すぎで長過ぎで、どういう趣味なのか、女みたいなおかっぱ頭をしている。

 二次性徴期をとうに迎えているはずなのに、雄としての要素が足りていないような小柄で華奢な肉体もあってか、後ろから見ると一見本当に女のようにも見える。(だが、俺たちは男色の趣味はないし、犯(や)るなら女に限るから、どうもしねえけど。時々、イラついた時にそのケツをぶっ飛ばしたくなるぐらいでよ)

 髭もはやしたことないんじゃねえかと思うぐらい幼い顔立ちの中にある、その瞳は海賊団の一員とは思えないほどに澄みきり、混じりけのないものであった。

 ランディーは、視力がすこぶるよく、穏やかな海の彼方も、荒れる海の彼方も見渡せた。

 本当に人外の者と形容してもいいぐらいの視力の持ち主。

 ランディーは魔導士としての力を持って生まれてはいない。

 けれども、彼のその両の瞳が持つ視力に限ってだけいえば、魔導士レベル、いや神レベルといっても過言ではなかった。

 この童貞ボーイは、ペイン海賊団における戦闘員ではない。だが、その瞳において、重宝すべき存在であった。


 ランディーが戦闘員でないその理由、それは――

 彼は左脚を引きずりながら歩いている。これからの生涯ずっと引きずりながら歩き続けるだろう。

 自分たちのように素早く駆けて、獲物の懐に飛び込んだり、飛びあがって獲物に剣を振り下ろし、息の音を止めることなんてことはこいつには到底無理だ。

 レンガ積みならなんやら、だるい仕事をする前、暴走した馬車に轢かれるという不運な事故によって幼いランディーは左脚を怪我したらしい。

 親もなく、金もなく、孤児院(いや孤児院とは名ばかりの親のない子供たちがかき集められた場所)で、ただ血が流れ続ける傷口に包帯だけを巻かれ、しけった匂いのするベッドに彼は寝かされていたとのことだ。

 怪我による高熱にうなされていたランディーは、辺りに漂う黴の匂いとひび割れた天井の薄汚さ、そして脈打っているかのような左脚の痛みを覚えていると言っていた。

 金があったなら、そして親がいたなら、医者に見せて、こうも一生涯ものの後遺症が残ることはなかったかもしれない。

 自分たちより4才年下ということを差し引いても、体力もそれほどなく、もともとドンくさいところがあり、ヘタレた野郎だけれども、その左脚の後遺症だけはジムもルイージも複雑な思いをいだかずにはいられなかった。



 ジムが手の中の酒をあおり、グイッと飲み干した。 

「そういやよ、俺たちが”あの船”に乗って、この港町に着いた日はちょうど国王生誕祭だったんだよな」

 ルイージが彼のその言葉に頷き、ジムは更に言葉を続けた。

「国王が退位したあとは、王子が新しい国王になンのか。俺らが海で暴れている間に王子サマは嫁でももらっているんじゃねえかと思っていたけど、まだ独身とはな。人生、何があるか分かんねえし、早いとこ、自分の種、残しといた方がいいかと思うけどなあ」

 

 いくら無学な彼らと言えども、アドリアナ王国の国王ルーカス・エドワルドと、その国王の唯一の息子であり、直系の後継者であるジョセフ・エドワードのことは知っている。


「フン、同じ年に同じアドリアナ王国に生を受けたってのに……いいねえ、王子サマってのは……こちとら、自分の正確な誕生日も分からねえっての。国王になったら、さらに盛大に誕生日もお祝いされんだろ。毎日毎日蝶よ、花よとちやほやされ、上手いモンたらふく食って、そのうえ、自分の妹とはいえ、絶世の美女を間近で拝めてよ」

 吐き捨てるように言ったジムも、そしてルイージもランディーも知っていた。

 国王の娘・第一王女マリア・エリザベスが、自国どころか他国にもとどろいているほどの美貌の持ち主であるということを。


「……今までたくさんの女、犯(や)ってきたけど、どうせならマリア王女みてえな最上級に高貴で本来なら手も届かないような女をガンガン突きまくって孕ませてえよ」

 ジムの言葉にルイージがクッと笑った。

「でもよ、ジム。俺らが今までに裏娼館に売っぱらった貴族の女や、海に”還してやった”女の中に俺たちのガキを孕んでいた女、数人いたんじゃねえか」

「まあ、そうかもしれないな」

 ジムもまた、ルイージの言葉に笑った。


 彼らの会話を聞いていたランディーは、”いつものことながら”その背筋が冷たくなっていた。

――何が”還してやった”だよ。お前たちが殺したんだろ……なんで、笑って話ができるんだよ。笑うところじゃないだろ。

 と、思ったものの、また”いつものように”自分の保身のために黙っていた。


 襲撃、殺戮――凌辱。

 このジムとルイージは、ともに剣を振るって、罪なき数多の人々の命を奪い、互いの勃起した性器までも見ている間柄でもある。

 野蛮で極悪な殺戮集団に属する”彼ら”を前にしているランディーは、冷たい背筋のまま、何も言わずにその場に立ちつくしていた。

 ……けれども、ランディーも自身は彼らと違うと思っているのかもしれないが、戦闘員ではないにしろ、その殺戮集団の立派な一員ではあるのだが。

 


「さて……”あいつら”どうしよっかな。一応、あの貴族のおっさんはまだ使えるかもしれないから、ボコって柱に縛り付けているけどよ」

 ジムの言葉にランディーは我に返った。

 そうだ。ランディーが”考えたくなかったこと”。それは、自分たち海賊がどうやったら、港の警備をくぐりぬけて、港町の酒場まで潜り込み、こうして酒を飲んでいるのかとの答えだ。

 

 今、こうしてここにいるということ。

 その答えは「船の強奪によって、アドリアナ王国内に潜り込んだ」からである。

 仮に、海賊船のまま、港に姿を現わそうものなら、即座に衛兵たちが駆け付け、撃退されるだろう。


 海上にて自分たち海賊は、とある貴族の船を襲撃した。

 エマヌエーレ国からアドリアナ王国ではない国へと向かう、その船にはエマヌエーレ国の貴族と彼らに使える使用人たちが乗っていた。

 その40代半ばだと思われ、「旦那様!」と使用人たちに呼ばれていた中年男をジムとルイージは殴りつけて、脅し、血だらけのまま、船の柱に縛り付けた。そして、その中年男の妻と娘については、船の中に監禁し、ペイン海賊団の他の構成員たちとともに残している。


 ジムが酒混じりの息をプハッと吐き出した。

「しっかしよお、貴族の妻だとか、令嬢だとかいう肩書があっても、美人とは限らないな。あの母娘は揃いも揃ってひでえ醜女だ。人間というよりもサルに近え。あれなら、まだ年増の侍女たちのほうが見れる顔してるだろ。案外、マリア王女も十人並に少し毛が生えた程度だったりしてな」

「同感だぜ、ジム。船で待機している奴らも今は侍女たちの方とやりまくってるに違えねえ。でも、やり過ぎると目が肥えてくるし、それにそんなにがっつく気力もなくなってくるし。俺ら、なんだか女に関しては、悟りを得たじいさんみてえだ」

 ルイージは、ククククッと喉を鳴らして、笑う。

 今、ペイン海賊団のとらわれの身になっているエマヌエーレ国の貴族の母娘。

 彼女たちは、その容姿に恵まれずにこの世に生を受けた。だが、そのことによって、ジムやルイージの残酷な性欲から逃れることなったのだ。不美人であったことが幸いとなり、彼女たちの貞操は守られている。

 


「そうだ、ランディー。お前、あのサル娘とやってきたらどうだ? 童貞卒業できるぞ」

 口元を下劣なまでに歪ませたルイージが、ニヤニヤしながらランディーを見た。

「い、いや……俺は……」

 ”できるわけないだろ”という喉まで出かかった言葉を、ランディーはまたまた飲み込んだ。


「ンなこと言ってっから、お前いつまでたってもチェリーボーイなんだよ。いつだったか、お前、女のガキを俺らから隠してたっていうのに、手を出すこともせず、まんまと”女に海に逃げられちまう”しよ」

 ジムがランディーの心の傷痕をえぐる。まだ血が滲んでいる心の傷痕を――

 ジムの言葉にランディーは眉根を寄せ、グッと唇を噛みしめた。

 

 ランディーのその顔を見たジムとルイージは、”お? 一丁前に俺たちに反抗する気か? 単に目がいいだけで、何も出来ねえヘタレのくせによ”と心の中で軽く毒を吐いた。

「なあ……ルイージ。酒はここまでにしとくか。そろそろ、海に戻ろうぜ。下船してもう4日目だ。いくらアドリアナ王国の空気が懐かしいからといっても、ちょっと長居しすぎたな。あのエマヌエーレ国の貴族の船が捜索されちゃあまずいしよ」


 あのエマヌエーレ国の貴族は、一隻の船を持っていることから、エマヌエーレ国内での爵位は相当に高いということはランディーでも予測はついた。

――あの貴族たちの到着を待っている他国の者が、捜索隊を差し向ける頃合いかもしれない。いや、むしろ差し向けてくれたら……この悪名高いペイン海賊団を討伐してくれたら……そうすれば……


「おい、ランディー。何、ぼさっとしてんだ。船に戻って、あいつらを追いかけるぞ」

 ジムが手の内の酒瓶を音を立てて、テーブルに置いた。

「え……っ?」

「なんだよ、てめえが面白い話の種、持ってきたんだろ。大出世したロビンソンとハドソンが船に乗って出港したってよ」


 ジムの榛色の瞳がキラリと光った。

 その瞬間、ランディーは自分が相当にまずいことをしてしまったと理解した。考えが浅かった。自分の言動によって引きこされることを全く考えていなかった。しかも、よりよってこのジムとルイージに……



 椅子から立ちあがったジムはそのまま、この酒場の主人のところへ行く。

「親父、悪いけど、酒を幾らかもらえるか」

 そのジムの言葉に、この荒んだ酒場の主人は黙って数本の酒瓶を彼に手渡した。

 ジムは主人に酒の代金を支払うそぶりも見せず、主人もまたジムに酒の代金を請求するそぶりは全く見せなかった。


「ジム……その酒、親方の土産にするんだろ」

 ルイージが言う。

「そうだ。酒に目がない親方に、アドリアナ王国の味を久しぶりに持って行ってやりたくてよ。エルドレッドの奴は酒飲めねえから、つまんねえし」


 本船――自分たちが主な拠点としている海賊船にいる親方の土産として、この酒場から酒を”無料で”もらった。その本船には、ジムやルイージと同じ立場――頭であるセシル・ペイン・マイルズのすぐ下にいる3人の男の最後の1人が待っている。


 エルドレッド・デレク・スパイアーズ。

 年は18才。

 偶然にも、ランディーと同じ”デレク”というミドルネームを持つ彼。

 ランディーは、エルドレッドについては、ジムやルイージなどよりも、どちらかと言うと、ルークとディランに近いカラーの性格をしているように思っていた。

 レンガ積みの仕事をしていた頃、エルドレッド自身もジムたちよりもルークたちの方と気が合っているようであった。

 だが、そのエルドレッドも今や立派な――立派という言い方はおかしいがペイン海賊団の一員、それも幹部のような立場にいる。


 人は変わるということか。

 ランディーは思い出す。

 エルドレッドが、ペイン海賊団の構成員となることを選択し船の乗る幾月か前、火事にあったとかいっていた。

 当時の勤め先が全焼し、エルドレッド自身も火傷を負ったと――

 その時の火事の恐怖によって、彼は変わってしまったのか。


 だが、ランディーがエルドレッドについて疑問に思うことは、他にもあった。

 火傷で重症を負ったとの彼であるが、ランディーが見た限り、エルドレッドの肉体に火傷の痕などはないような……

 全裸にして彼の全身をマジマジと調べたわけではないが、彼が上半身裸になったり、膝上丈のズボンを履いているところは幾度も見たことがある。だが、ランディーから見える彼の素肌には、火傷の痕などはなかった。もしかしたら、見えない部分に火傷の痕があるのか?

 それと、もう一つ。奇妙なことがあった。

 エルドレッドには、ドンくさい自分と比べるとさすがに失礼だが、それほど身体能力が優れているというイメージはなかった。ジムやルイージ、そしてルークとディランほどの身体能力ではないが、まあ働いてた少年たちの中では平均程度といったところだったろう。自分は間違いなくドベであったが。

 だが、今の彼は抜群の腕を誇る弓矢使いである。

 接近戦ならジムやルイージ、そして親方にも軍配があがるが、遠距離戦ならあの海賊船の中に彼の右に出る者はいない。 

 彼が放つ弓矢は、真っ直ぐに、その狙いを外すことなく、獲物を貫いた。そう、まるで”魔法のように”。

 彼はこれほどの弓矢の技術を一体いつ身につけたのだろうか?



「さ、鳥を使って、本船に知らせるか。挟み撃ちといこうぜ」

 そう言ったジムに、ルイージも「おう」と相槌を打ち、彼に続き、荒んだ酒場から眩しい太陽が照りつける外へと向かう。

 ランディーも黙って、彼ら2人に続いた。ランディーの額には、タラリと冷たい汗が幾筋も流れ始めていた。

――まずいことになった。ルークとディランがこいつらに……いや、ルークとディランだけじゃない。さっき、同じ船に乗って出港した人までもがこいつらに…… でも、無理だ。俺”一人じゃ”こいつらを止められない……



 レイナたちが港町に到着した日、宿の窓から見えていたあの光景。

 穏やかな綺麗な海の彼方より、その姿を見せていた、港に泊まっているアドリアナ王国の船とはやや毛色の違う船。エマヌエーレ国からやってきた船。

 その船は、すでに悪名高い残虐なペイン海賊団の手に落ちていた。

 

 ”希望の光を運ぶ者たち”は、ついに出港した。

 そして、彼らを追いかける悪しき海賊たちも、また出港するのだ。

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