放課後youkaiバスターズ

水瀬潮

第1話 『瑞希』

 瑞希みずきは気が付くと一人だった。

元は誰かが寄り添ってくれた人がいたのか、それとも

〝その時〝から一人だったのか。

 それは瑞希みずきには分からなかった。

記憶がなかったのだ。何故だか。

「――あ――!」

 口を開いて叫んでみる。問題なく声は出た。

やけに女のような、可愛いとすら感じるような声だけ

れど瑞希みずきは少し満足した。

 少なくとも、自分は失語症という訳ではないらしい

し、きちんと声を出す事は出来る。

 『可愛い』という言葉が浮かぶから、全ての事柄を

忘れた訳ではない。

 では、何を覚えているのかと考え、自分の名は、年

は、と自問する。

「僕の名前は瑞希みずき……更山瑞希さやまみずき……年は十四歳……」

 自問するのも悪い事ではないな、と瑞希みずきは思った。

ちくりちくりと微かな痛みが襲っては来たが、少なくと

も収穫は十分にあった。

 でも、それ以外の事は思い出せない。家も、家族も、友達

も。行くべき場所さえも分からない。

 瑞希みずきは急に心細くなり、膝を抱えてうつむいた。

ここにはいたくない。でも、行く場所なんてない。

「……っ」

 不安そうな気持ちだけが押し寄せて来て、瑞希みずきがひくっ、

嗚咽おえつのような声を漏らした時だった。

「――泣いているの?」

 唐突に声が聞こえた。耳をくすぐるような、甘い少女の声。

かぁっ、と瑞希みずきは瞬時に赤くなった。

「……泣いてない」

「くすくす、嘘はおよしよ。泣いていたじゃないか、ぼうや

は」

 ぼうやだって!? 瑞希みずきは思わずカッとなった。

確かに自分は子供かもしれない。でも、明らかに自分より年下

と思われる少女に言われる筋合いなんかない。

 泣きそうになった所を見られた気恥ずかしさも手伝って、

ふいと視線をそらすように瑞希みずきはそっぽ向く。

 それにしても、変な少女だ。長いつやつやとした黒髪と黒々

とした瞳はお人形さんのように愛くるしいが、やけに赤い唇と

笑う仕草がかなり婀娜あだっぽく見える。

 暗い赤の蝶々の着物を身にまとっているのが印象的だった。

小柄な体と、可愛らしい見た目。なのに妙な色香があり、口調も

およそ子供らしくはない。

「お前、誰だよ……」

 瑞希瑞希はきっ、と相手を睨みつけた。が、そこには誰もいない。

さっきまでいたのに!?とぎょっとして周りを見回していると、

ふぅっ、と耳に吐息が吹きかけられた。

「ひゃ……っ!?」

 びくん、となり身を強張こわばらせていると、相手がくすくすと笑う

のが見えるのが腹立たしい。

 不意打ちと笑われたのとくすぐったさで、瑞希みずきは再び真っ赤に

なった。

 自分でも、顔が熱を持っているのが分かるのだから相当に赤い

のだろう。

「あたしは百合ゆり。あなたを迎えに来たのよ」

「僕と……会った事あるの……?」

 知り合いだったのだろうか。すがりつくように聞いたけれど、

少女――百合ゆりの返事はノーだった。

「いいえ、あたしとあなたは初対面。第一、あなたはあたしの事

を知らないでしょう?」

「……ぅ」

 瑞希みずきは小さく声を漏らした。一瞬、事情を話すかどうかはかり

かねたのだ。

 でも、引き込まれてしまいそうな瞳を見ていると、話してもよ

さそうな気がした。

「――僕、記憶喪失で何も分からない……。自分の名前とか、言葉

とか大事な事は忘れてないみたいだけど、それ以外は何にも……」

「おや……」

 さすがに失言だったと思ったらしく、百合ゆりは赤い唇を噛みしめた。

無表情が崩れたので、こんな時なのに少し可愛いかも、と瑞希みずき

思った。

「だから行くところはない。あんたは、何で僕に会いに来たの?」

「あなたが、凄いはらいの力を持ってるからよ。このあたしでさえも、

ぴりぴりさせるほどのね」

「はらい……?」

 あたしと来ない?と百合ゆりは告げた。

星空のような綺麗な目に引き込まれたように、瑞希みずきは動けなく

なる。

 それほどまでに、彼女は魅力的に見えた。

だから、瑞希みずきに出来る事は真っ赤になってこくん、と頷く事

だけだった――。

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