僕だけの過去

@monobro02

第1話 2002年

 最近変な夢を見る。

それは自分が大人になっていて暗い部屋で一人泣いている夢。それが何故泣いているとかは分からないがとても悲しいことなんだろう。最後にはいつもお腹の辺りが熱くなって目が覚める。

今日も同じような夢を見て目が覚めた。

「おはよう!」

 後ろから元気のいい声が聞こえた。振り返るといつものメンバーがいた。

僕たちはいつも5人で行動する。僕らの中で一番背が高いのが杉山準(スギヤマジュン)。スポーツ刈りの野球少年が猪間双葉(イノマフタバ)。特に何もなくてもいつも泣き顔が特徴の小平大輔(コダイラダイスケ)。僕らのメンバーの紅一点の長戸睦美(ナガトムツミ)。そして僕は笠上利久(カサガミリク)。

準と大輔は保育園の頃からの中で双葉は中学1年の時に。長戸は中学2年からだ。双葉は席も近くてみんなと話があったからすぐに仲良くなれた。長戸とは元々はそんなに話すことはなかったけど班の決め事で一緒になってからよく話すようになり今では僕らのメンバーの一員。

そんな彼らに夢のことで悩んでいる素振りを見せるわけがなく明るく朝の挨拶をする。

「みんなおはよう!」

 今日もいつも通りの朝を迎えいつも通りみんなと学校へ登校した。



「それじゃあみなさん。気を付けて帰るように。不審な人が現れたりしたらすぐに近くの家に逃げ込むように。わかったわね?」

 楽しい学校の時間は終わり帰りの挨拶をした。立川先生の話はいつも同じで不審者に気を付けるようにと必ず言う。ここ最近は不審者が現れたとかの情報は出ていない。先生なりの心配と言うことなのだろう。面倒ごとが起きると先生の立場が疑われてしまうというのも理由かもしれない。

今は5月で梅雨の時期だけど今日はたまたま晴れていたので帰り道はまだ明るい西日が差していた。久しぶりの晴れなので帰りは少しテンションが高くなった。それにテンションが高い理由はもう一つある。それは今から大輔の家に遊びに行くのだ。

大輔のお父さんとお母さんはとてもお金持ちで家が大きい。みんなは大輔の家の近くに来たりすると羨ましがる。しかし大輔の反応はと言うとあまりいい気分ではないみたいだ。金持ちの子だから一緒にいるんじゃないのかと思われるんだろう。でもそんなことは決してない。

 今日大輔の家に行くのは新発売のゲームをして遊ぶからだ。発売したてのゲームを買えるというのはやはり羨ましいものだ。

「早く『大乱闘スタースペース』やりたいな!」

「そうだね。確か昨日発売したばかりだよね。やっぱりすごねー金持ち――」

 準の言葉に返した双葉だったがつい「金持ち」という言葉を口走ってしまった。双葉は自分の過ちに気づき両手を口に当てた。

「ちょっと猪間君」

 立川が注意をする。

僕たちは大輔のことを考えて大輔の前では金持ちだと言わないようにしている。

「ご、ごめん」

 双葉は申し訳なさそうに大輔に頭を下げた。

「大丈夫だよ双葉君。顔を上げて?」

 それでも頭を下げ続ける双葉に僕は

「大輔もこう言っているんだ。変な空気のままでゲームなんかしたくないだろ。あ、そうだ! ここから大輔の家に着いた人からゲームできるってことにしようぜ! 大輔もいいよな?」

 と言った。

「よーし! じゃあ競争だ!」

 僕の言ったことに大輔が乗ってくれた。双葉も頭を上げて競争に参加した。

僕たちは時々嫌な空気にはなるが喧嘩にまで発展したことはない。僕たちの友情が深いからだろう。

そうこう考えている内にもうみんな走って行ってしまった。ゲームがやりたいからかみんなとても早くて追いつけなかった。



もう外は暗くなっていた。今日一日は雨は降らないとされていたが少し雨が降っている。周囲には雨に濡れたアスファルトの生暖かい匂いがするからまだ降ったばかりだろう。

4人は大輔の家を出て途中まで一緒に帰り、僕だけ途中から1人になった。少し名残惜しそうにさよならを言う。

その時一瞬だけ長戸と目があった。彼女が何故この時僕に目を合わせたかはわからなかった。

僕らが住んでいるところは比較的に田舎で住宅地が多い。だから細い道が多くよくみんなで鬼ごっこをしたりする。夜にやる鬼ごっこは「リアル鬼ごっこ」とか名前を付けている。夜の暗闇に潜む鬼から逃げるのはとてもスリルがあって楽しい。

大輔の家を出てから少し雨が強くなってきた。傘は持っていなかったのでこのままだと全身が濡れてしまう。お父さんに少し叱られるかもしれない。

僕の帰る足が少し早くなった。学校の鞄を頭の上にのせて雨よけにする。よくテレビドラマとかでやっているのを見ているからそれを真似てみた。

雨の勢いは徐々に強くなっていき僕も早く帰りたい気持ちが強くなっていく。

そんな時近道を見つけた。そこは大きな家と家の間の通路で塀に囲まれている。狭くて大人が一人通れるくらいだ。だけどここを通れば家の距離はかなり縮まるはず。僕は初めて見つけた近道でこの先どうなっているか分からないけど探検するようなワクワク感に満ち溢れていた。

「はっはっ……」

 雨音と僕の息遣いが耳に響く。

カツン――。突然にその音は鳴った。

僕の動きがピタリと止まる。後ろから足音のような音がハッキリと聞こえた。

カツン――。

まただ。雨の音と心臓の鼓動の音で一杯なはずなのに何故かその足音はハッキリと聞こえる。頭にまで響く。直接音を聞かされているみたいだ。

震える手を押し殺し生唾をゴクリと飲み込む。そういえば学校の帰りに先生が言ってたっけ。不審な人が現れたりしたらすぐに近くの家に逃げ込むように、って。

僕はその場から逃げるように走った。近くに入れる家を探して。しかしここは塀に囲まれた近道。この道を抜けないと入れる家は見つからない。

 それに僕が走ったと同時に後ろの足音も早くなった。確実に僕を追いかけている。どんなに早く走ってもその音は遠ざかることなくカツンという音だけを鳴らし向かってくる。段々と足音の間隔が狭くなってくる。

カツンカツンカツン――。

そして後ろの足音がもう真後ろまで来たとき僕は覚悟を決め目を瞑った。

すると大きくて重い木の扉が開くような音がして僕の意識は暗くなった。



ここは……。

暗闇から意識が戻った。俺は赤く眩しい夕陽が差す部屋にいた。

ていうか俺って……僕? なんだ? 記憶が変だ。ズレている。酷く混乱しているようだ。

俺の顔に眩しい夕日が当たっていることに気づき手で影を作る。

「な、なんだこれは!?」

 影を作った俺の手が、大きくなっていた。いや、正確には俺自身が大きく……まるで大人になってしまったような。

俺はさっきまで夜の雨の中を走っていた中学生だったのに目が覚めたら大人になっていた。

ブブブ――。突然に俺のズボンのポケットが振動し始めた。手を突っ込み振動しているものを取り出す。それは四角くて表の面が全部液晶のスマートフォンだった。

いやまて。何故俺はこれをスマートフォンだって知っているんだ? 中学生の時はこんなもの見たことも知ったこともないぞ。

そのスマートフォンを見るとメールの通知が来ていただけだった。

「はぁ……」

 電話ではないことに安心した。しかしその時にたまたま目についたものを見て目を疑った。

スマートフォンの画面の上に2012年5月23日と表示されていた。

「ここは俺がいた2002年から10年後の世界……!?」

 信じがたいが俺は日付上未来にいることになる。

俺が困惑している中、背中からガチャリとドアが開く音がした。俺のいる部屋の廊下の先から誰かが向かってきている。

自分が一体何なのかもわからないのにこんな状況で人に会っては混乱を招いてしまう。この状況をいかに誤魔化すか、俺の頭はそれで一杯だった。

「ふぅーただいま」

 俺の前に現れたのは口にはしわがあり白の髪が際にある年老いた男性。俺の父さんだった。

「父……さん?」

「ん? なんだ急に。記憶障害か何かのボケか?」

 俺は真面目に疑ったのだが父さんからしたらボケに聞こえてしまったらしい。

「まあ仕方がない。お前の大事な友達がまた亡くなってしまったんだ。ここ数年で……。全員……。辛い記憶を忘れたいのは分かるよ」

 え? 今なんて言った? 俺の大事な友達が死んだ?

「父さん! 俺の大事な友達が死んだってなんだよ!」

 俺は父さんの両肩を掴み詰め寄った。それに父さんは本当に大丈夫かと言いたそうな目で見てきたが答えてくれた。

「そ、そうだ。お前の友達の準君、大輔君、双葉君、睦美ちゃんがここ数年でみんな亡くなってしまったんだよ」

 目の前が真っ暗になった。そして俺の記憶にはないはずの事実が頭に沸いて現れた。


杉山準 近くの工事現場から落ちたパイプが頭に落ち死亡。落としたとされる男性を逮捕。男性は準を殺す動機があった。

小平大輔 恋愛関係にあった女性による放火で死亡。お金のトラブルと思われる。

猪間双葉 仕事がうまくいかず自殺

長戸睦美 行方不明。ストーカーの被害にあっていた。


そう。俺の友達はみんないなくなってしまった。記憶になかった事実が今でははっきりと認識できる。これは本当の出来事だと。

そして準が亡くなったのはつい2日前だ。

「落ち着いたか。少し休んでいなさい。夜ごはんは父さんが作るから」

 俺はふらふらと近くにあった椅子に腰かける。

俺はついさっきまでは確かに彼らの死を知らなかった。だが未来に来たことで中学生から今、約10年間に起きた記憶の断片が送り込まれている。まるで思い出したかのように。

ピンポンと家のベルが鳴る。俺は椅子に腰かけたままで父さんが出てくれた。

今日から未来の俺として生きるということになるのか。右も左もわからない。だけど知らないはずの事実を少しずつ『思い出して』いる。

「こんばんは。えっと……利久の友達かな?」

 父さんが玄関先で何か話している。……。

話し声が止まったのに戻ってこない父さんを不思議に思い見に行くことにした。

「父さん。どうかしたの?」

 部屋を出て曲がった廊下に出る。廊下に光はなくとても暗い。

すると突然俺のお腹の辺りが熱くなった。

「あれ?」

 全身の力が一気に抜け去り俺はその場で力なく倒れる。腹には刃物が刺さっていた。体から血が止めどなく出てくる。

刺された方を見ると影になっている所に人が立っていた。黒いスーツで顔も影で隠れており曲がった先に人がいることに気が付くことができなかったのだ。

「ぐっ……」

 もう声もろくに出せない。

カツン――。

いきなりその音はなった。その音はさっき……いや10年前にも聞いた足音。

カツン――カツン――。

足音の間隔は段々と狭まり俺の真後ろで止まった。すると大きくて重そうな木の扉が閉まる音がして俺の意識は真っ暗になった。



暗い意識の中でとても美味しそうなご飯の匂いがした。これは僕の好きなカレーの匂いだ。

ゆっくりと目を開けると僕は自宅の机に突っ伏して寝ていた。

「おお。起きたか」

 父さんの声だ。

「ここは……」

「寝ぼけているのか? さっきまで大輔君の家で遊んでいただろう。走って帰ってきて風呂に入ったから疲れてたんだよ」

 そっか。僕はあの近道を抜けて家に帰ったんだ。そして疲れて寝てしまったから記憶が朦朧としているんだ。

僕はまだ濡れた頭をかこうとした瞬間、動きが止まった。手に血が付いていた。そして思い出した。自分が一時的に未来に行っていたことを。

「父さん。僕って大輔の家からまっすぐここに帰ってきたんだよね?」

「そうだけど」

 未来で経過した時間はこっちでは一瞬ということか。

僕は思い出す。未来で見たことを。しかしその記憶は何故か断片的で大事なところが思い出せない。僕の大切な友達がみんな死に、僕も父さんも死ぬのはハッキリと思い出せる。いつ死んだかも。しかし自分を殺した犯人像にノイズがかかる。黒っぽい服装をしていて顔は見えないだけしかわからない。だが自分が死ぬタイミングは何となく覚えている。

あれは父さんが……玄関に行った時だ。そう、その時に父さんは誰かに殺され俺も殺される。だからそのタイミングまたはその時した行動とは別の行動を取れば死から免れるのではないのか。

それにしても頭が痛い。一度に大量の情報が流れてきたからパンクしそうだ。

カツン――。

その音はまた鳴った。僕は今日2度も聞いた。この音が鳴るということは。

靴音のようなものは段々と間隔を狭めやがて僕の真後ろで止まった。そして大きくて重い木の扉が開くような音がした。

間もなく僕の意識は真っ暗闇に消えた。



暗闇から意識が戻った。俺は赤く眩しい夕陽が差す部屋にいた。

「ここは……」

 俺の顔に眩しい夕日が当たっていることに気づき手で影を作る。影を作ったその手は中学生のサイズではなく大人のサイズだった。

その時突然に俺のズボンのポケットが振動し始めた。手を突っ込み振動しているものを取り出す。それは四角くて表の面が全部液晶のスマートフォンだった。

2002年にこのような機械はないが俺は2002年の時点ですでに知っている。

俺は再び未来に来ていた。

手を顔に当て眩暈を治めようとする。2012年に行き2002年に戻り再び2012年に来た。この繰り返しが俺の頭に酷く負担になっているようだ。

「俺は2002年の中学2年生だが今は2012年の大人としている。理由は分からない。友達と父さん、そして俺が死ぬ」

 今ハッキリとわかることを声に出して頭の中を整理してみた。

2012年の今は大輔が死んで病んでた俺を父さんが少しの間面倒を見てくれているんだ。そしてこの後すぐに父さんが帰ってきて晩御飯を作る。

ここで俺と父さんが死なない選択肢はあるのだろうか。考えても思いつかないな。ならいっそのこと俺がこの場からいなくなるというのはどうだろうか。

俺は部屋の机の上に『外に出てくる。人が来ても絶対に開けないで。それとちゃんと家の鍵かけてね』と書置きを残した。

よし。これで父さんは人が来てもドアは開けないはずだ。

前に未来に来たときは父さんが帰ってきて少ししたら殺人者が来て父さんを殺し俺を殺した。ということは今俺と殺人者が会ってしまうことはないはずだ。そして今回は俺は家の外にいて父さんは家にいても俺以外の人はドアを開けない。犯人は付け入るスキがないということになる。とりあえずはこれでやろう。

俺は少し安心した様子で部屋から廊下に出た刹那、腹の辺りが熱くなった。人生2度目の感覚だ。

俺の腹には刃物が刺さっていた。

恐る恐る前を見るとあの殺人者がいた。黒いスーツを着ていて顔は影に隠れて全く見えない。

俺は力なく倒れる。

「ぐっ……ふぁ」

 抜けていくような息をする。

何故なんだ。殺人者は父さんが帰ってきた後に来るはずだろ? 一体何が起きたというのだ。

暗い廊下には俺の鮮血が広がっていく。同時に俺からは力が抜けていき意識が朦朧とし始める。今にも命というスイッチが切れてしまいそうだ。

 その時俺の耳に女性の甲高い悲鳴が聞こえた。

「キャー! ちょっと笠上さん! 血が!」

 ああ……。父さんもあいつに殺されたんだ。

意識が途切れそうな時にあの音は聞こえた。

カツン――

カツン――カツン――。

靴音に扉が閉まる音を最後に俺の意識は途切れた。



暗い意識の中でとても美味しそうなご飯の匂いがした。これは僕の好きなカレーの匂いだ。

ゆっくりと目を開けると僕は自宅の机に突っ伏して寝ていた。

「おお。起きたか」

 父さんの声だ。

「ここは……」

「寝ぼけているのか? さっきまで大輔君の家で遊んでいただろう。走って帰ってきて風呂に入ったから疲れてたんだよ」

 そっか。僕はあの近道を抜けて家に帰――ってそうじゃない!

僕は、2012年から2002年に戻ってきたんだ!

「はぁ……はぁ……」

 僕はあの時少し先の未来を変えようと別の行動を取った。だけど僕は殺人者に殺され間もなく父さんも殺された。これが意味することは少しの改変では意味がないということ。もっと前の出来事から変えないと意味がないということか。

服をめくり腹を出す。当たり前だがそこに刺し後はなく綺麗な状態だ。

「どうした? 腹なんか出して。風邪ひくぞ?」

 父さんは心配をしてくれた。

あの時も父さんは僕を心配してきてくれていた。僕にとって家族であり大切な人。僕は死なせたくない。そして僕自身もあの先へ行き、生きていきたい。


僕は2012年5月23日に絶対に死なない未来へ行き、僕たちを殺した殺人者を捕まえだす。


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