第四章(2)

 僕は高瀬さんと津島さんを部屋に迎え入れた後、まずシャワーを浴びた。激しい運動をした直後だ。友達を待たせてまでシャワーを浴びるのは何だが、汗をかいた状態で女の子の隣にずっといるのはもっと悪いだろう。身なりを整えて、僕は二人が待つ自室へ入った。

 二人の仲は悪くはないようだが、良くもなさそうだ。高瀬さんは携帯ゲーム機で遊んでいて、津島さんは僕が貸した小説を読んでいた。人一人分のスペースを空けている。二人に会話はない。僕が戻ると、二人は自分が手に持っていたものを仕舞い、隣を手で叩いた。高瀬さんと津島さんの間に僕が座れということだ。両手に花であるのは嬉しいが、二人が視線で牽制し合っているのを見ると溜息が出た。

 それでも二人が用意した位置に収まる。そして高瀬さんがリモコンを手に取った。


「じゃあ始めるね。まず八年前の踊りからだよ」


 高瀬さんはテレビとDVDを再生した。八年前の踊り、姉さんと僕がした踊りのオリジナルだ。体育館の二階から撮影されていた。体育館の照明が全て消され、その後、ステージ中央に立つ赤いドレスの女子と黒いドレスの女子が照らされた。彼女達が件の綱敷姉妹だろう。その二人が深々とお辞儀して踊りは開始した。

 内容は去年の記憶にある踊りと変わりはない。それは当然で、画面にいる彼女達は振り付け通り踊ったからだ。僕もそのつもりだった。逆にいえば、八年前の踊りには振り付けに逸れるような不審な点は見当たらなかった。

 八年前の映像が終わり、高瀬さんはDVDを入れ替えた。


「じゃあ、次は去年の、堤君と白川さんの踊りだよ」


 映像が再生された。体育館の二階からステージが映されている。手前の観客席は八割方が埋まっている。しばらくすると体育館全体の照明が消されて、ステージの照明のみが残った。そして、二人のドレス姿の生徒が現れた。僕と姉さんだ。僕は赤のドレスを、姉さんは黒のドレスを身に纏っている。二人は中央に並ぶと深々とお辞儀をした。

 さて、踊りの始まりである。僕と姉さんが手を取り合い、身を離したり寄せたりする。次の瞬間には手を離して僕が激しく周り、そして再び姉さんの手に戻る。

 ここまでは八年前と全く変わらない。問題はこれからだ。僕の身に覚えのない踊りがこれから始まる。そう思ったところで高瀬さんは映像を一時停止した。


「この時点で、霊が憑依して、堤君がトランス状態になったよ」


 そして高瀬さんは画面に指差している。その先にはステージ中央にいる僕がいる。


「今堤君がいるところに春日麻美さんの霊がいるよ。踊りが彼女を呼んでたんだよ。彼女の振動数が急激に低くなってすぐに堤君に乗り移ってた。分かりにくかったけど間違いないよ。八年前も同じ時間、同じ位置で春日麻美さんの霊が出現してる」


 八年前の踊りは春日麻美さんを弔うために行われたと聞いたが、その時点で春日麻美さんの霊が出現してしまっていたみたいだ。


「綱敷姉妹も憑依されたってこと」

「いいえ。憑依はされてない。ただ現れただけ」


 だから八年前はこの時点でちゃんと踊りが終了したのだ。


「そうか。本来の踊りはこれで終わりだから」


 そう言うと、高瀬さんは残念そうな眼で僕を見る。


「堤君、すごく認識が甘い。もう一度よく考えて」


 どうやら僕はかなり大事なことを見落としているようだ。高瀬さんに馬鹿にされたままなのは癪なので、深く考察する。八年前も去年も現れた春日麻美さんの霊、去年にだけ存在する謎の振り付け、そして高瀬さんの指摘、それらからとんでもない結論が浮かんできた。


「去年の踊りが、本来の踊りの形だってこと?」

「その通り。八年前のは失敗だよ」


 つまり、八年前も春日麻美さんとの交霊を目的としていて、その時は失敗した。その成功例が去年の踊りだったということか。


「綱敷姉妹には霊能力がなかったみたいだね。ただし、霊を降ろす方の降霊は成功していたよ。前に言った通り、霊を呼ぶことなら誰でもできるからね。まあ、霊能力はあっても失敗した可能性がないわけではないけど……。多分霊能力自体がなかったと思うよ。それよりここで重要なのは、春日麻美さんの霊が降ろされてからずっと学校に残っていたことだよ。綱敷姉妹は春日麻美さんを降ろした後に、交霊を終わらせる手続きをしなかったんだよ。その手続きはこれから説明するから、まずは映像を見て」


 高瀬さんは映像を再生した。僕が姉さんと一緒かそうでないかにかかわらず横へと移動する機会が多くなる。しかも僕が何度も床を足でつついている。これは本来の振り付けにはない踊りだった。いや認識を改めよう。この動作こそがこの踊りの本来の振り付けだ。その前はおまけにすぎない。その踊りの途中で高瀬さんは映像を一時停止した。


「肝心の交信手段、つまり交霊術の形式を説明するね。その手段とはずばり、ウィジャボードだよ。二人はウィジャボードって知ってるかな?」


 高瀬さんが津島さんの存在を忘れていなかったことに感心しつつ、僕は答えた。


「うん。知っている。西洋版こっくりさんでしょ。文字盤の上にコインか何かを乗せて、そのコインの上に指を乗せたら、勝手に指が動いて文章を綴るってやつだよね」


 登場人物がウィジャボードを使った物語なら読んだことがある。しかしそれはファンタジー小説だったと記憶している。


「どんどんファンタジーみたいな話になるわね」


 驚くことに津島さんがこの手の会話に参加したのだが、僕は彼女に注意しなければならない。


「津島さん。そう言うと高瀬さんは、その認識は甘いよ、って言い返すよ」

「ふふ、その通りだね」


 高瀬さんは少しだけ笑って、そのまま笑みを維持する。


「ウィジャボードって、日本ではそういうイメージになるだろうね。こっくりさんだって、教室でやってる人がいたら、それこそオカルトだって変な目で見られるだろうし……。けど、ウィジャボードは海外で盛んだった時期があったよ。二十世紀あたりには市販されて、アメリカで爆発的にヒットしたって話もある。とはいっても、実際にウィジャボードが機能するのは持ち主次第なんだけどね。まあ、実害があったケースがあるのも確かだよ」


 昨日教えてもらったイギリスと交霊会の話もそうだけど、海外って意外と心霊関係の話に対して寛容なんだな、と感心した。


「さて、さっき堤君が言ってくれたことは大体合ってるんだけど、ウィジャボードについてもう少し詳しく説明するよ。ウィジャボードにはアルファベットと数字、あとYESやNOといった単語が並べられてるの。それを指示器で指す。さっき堤君はコインって言ったんだけど、ハート形の指示器やコップでもいいよ。あと、ウィジャボードで現れる現象は、つまるところ自動書記なの。手だけに霊を乗り移らせて、文章を綴らせるの。これにはやっぱり霊能力の適性が必要なわけで、ウィジャボードが盛んだったって言っても、大抵は指示器が動かなかったり、動いても霊とは関係ない無意識な運動だったりしたんだよ」


 話していく内に、高瀬さんの笑みが消えていた。


「去年の踊りはウィジャボードによる交霊を行ってたの。つまりあの時、体育館のステージはウィジャボードになっていたの。ある位置を強く踏めばある文字が表現されるようになっていたということだよ」


 あの時、床に文字は書かれていなかったが、その文字が床にあると仮定された上で、踊りの際に任意の位置を踏んでいたということか。


「踊りの撮影が二階で行われたのはこのためだね。後でウィジャボードを解読するには、高い位置から撮らないといけなかった」


 なるほど、一階で撮ってしまったら、前後の位置が分かりにくい。


「それで堤君がトランス状態になった時、横の動きが多くなった理由だけど、それはウィジャボードに沿って移動してたからだよ。ウィジャボードはアルファベットを二行か三行並べてあるの。この踊りは二行だったようだね。ただ、一番手前はYESとNOが対応してたかもしれないけど、ここでは使われなかった。その次の行の上手端がAで下手端がM、次の行の上手端がNで下手端がZだよ。その次の行は数字の0から9だったのかな。これも使われてないけど。あとは……あとで説明するよ」


 意味深な台詞を残したまま、高瀬さんは説明を続ける。


「ほとんど二行の文字盤を行き来してたから横の動きが多かった。因みに前後の動きは少なかったよ。文字の選択は移動で行って、文字の決定は床を二回強くタップすることで行っていたよ。堤君は、ところどころで床を強く踏んでいたというのはこのためだね。踊りとウィジャボードの対応については以上だよ。何か質問あるかな?」


 些細なことかもしれないが一つある。高瀬さんと話すにあたってはこういう些細なことでも理解していなければいけないような気がするので訊こう。


「ねえ、踊り子も幽霊も日本人なのに、どうして英語なの? 綱敷姉妹の趣味?」

「綱敷姉妹の趣味だろうね」


 本当にくだらない質問だったようだ。


「っていっても、こっくりさんみたいにひらがなを並べるよりかは文字が少なくていいでしょそれと一応捕捉しておくけど、霊に言語は関係ないよ。霊媒が知らない言語でも霊が知っていたらそれを使うことはできるし、霊はどの言語も使えるよ。ただ、今回は簡単な英語しか使われてないからどうでもいいかもね」


 結構真面目な話に発展したと思いきや、やはりどうでもいい話だったようだ。


「他に質問はあるかな?」

「ありません」

「じゃあ次に交霊の目的について説明するね。これも結論から言うけど、霊に霊的真理を諭すことだよ。呼び方はいろいろあるけど、あたしはこれを招霊と呼んでる。簡単に言うと、春日麻美さんは自分が霊だという自覚がないわけでしょ。だから春日麻美さんが霊であることを分からせてあげるの。そしたら振動数が高くなって、普通の霊と同じ領域に行くことができる」


 高瀬さんの説明は理解した。しかし引っ掛かることがある。


「その招霊以外に考えられる目的はないの?」

「今回の場合は招霊しか考えられないよ。交霊会っていうのは普通、霊に霊的真理を教えてもらうものなの。霊界の様子やシステムについてね。八年前の綱敷姉妹はそういう目的でしたかもしれない。彼女達は霊媒じゃなかったとすると、春日麻美さんの様子を知らなかっただろうし。けど霊感を持っている白川さんは話が別だよ。彼女は春日麻美さんの様子を把握していたに違いないよ。たとえあたしくらいの知識がなかったとしても、春日麻美さんが霊になりきれてないことは分かってたはず。そうなると、霊的真理を教わろうとすることはまずないよ。それに、霊を成仏するって発想なら白川さんにあったかもしれないしね。だから、この交霊は招霊を目的にしてたと考えられるよ」


 違う。そういうことではない。確かに高瀬さんは僕の質問に対する十分な答えをくれた。しかし、そういう意図で先程の質問をしたのではない。


「さっき姉さんについて話したばかりだからピンとこないとは当然だろうけど、姉さんはそんな人じゃないんだよ。進んで人を助けようだなんて考える人じゃなかった」


 高瀬さんは怪訝そうに僕を見る。


「あれ……そうだったっけ?」

「そうだよ。姉さんが人を助けようとするのは他人の目がある時だけ。助けないと自分は非難されるから。けど、春日麻美さんは他の誰にも見えない存在だ。たとえ八年前の火災で二人に何かあったとしても、姉さんが春日麻美さんを助けようとするなんて考えられない」


 高瀬さんの眼差しが鋭くなる。僕の考えが気に食わないのは分かる。しかし、僕は姉さんのことを知っていて、高瀬さんはそれを知らない。


「そうだね」


 突然、高瀬さんが口角を広げて、笑った――。


「実はもう一つ可能性があるよ。それは除霊だよ。単に、白川さんは春日麻美さんのことが目障りで、だから交霊会を通じて、彼女に消えるように命じていた……」


 高瀬さんは依然として意地悪そうに微笑む。しかし、その説明の方が得心いく。


「なーんてね」


 そこで、高瀬さんの表情が一変した。笑顔であることは変わりないが、嫌らしさが消え、朗らかなものになった。


「堤君、もしかして今の信じそうになったかな?」

「ああ、姉さんだったらそうかなって思った」


 姉さんはそういう人だ。臆病者で、弱くて――。


「でも実際は、白川さんは春日麻美さんを救おうとしてたよ」


 進んで人を救おうなんて考えない人だったはずなのに、高瀬さんはそれを否定した。


「よく考えてみて。白川さんにはわざわざ除霊をする必要がないの。もし堤君みたいに憑依状態に遭うんだったら必要だけど、白川さんにはその害はなかった。だって彼女に霊言能力があるのだとすれば、わざわざ堤君に春日麻美さんを憑依させる意味はないでしょ。春日麻美さんを放っておいても体育館でちょっと嫌な思いをするだけ。それなのに、堤君に協力してもらってまで交霊会を行ったのは、白川さんが春日麻美さんを助けたいと思ったからだよ」


 そして、高瀬さんの笑みがより一層優しさを内包する。


「あたしは白川さんのこと全然知らないよ。白川さんの本性は君が言った通りだろうね。もしかしたら堤君が考えた通り、白川さんは春日麻美さんを鬱陶しく思ってたのかもしれない。けど、鬱陶しく思ってても、白川さんが春日麻美さんを救おうとしたのは事実だよ。その事実を、君は受け止めてあげて」


 高瀬さんが目を閉じ、首を傾げる。


「だって堤君、白川さんのことが好きだったんでしょ」


 その通りだ。その僕が姉さんを信じてあげられなくてどうする。


「まあ、そうだね。分かった」


 高瀬さんの言う通りならば、姉さんは変わっていたのかもしれない。とにかく、人の目を気にせずとも、春日麻美さんを救うと考えられるまでには、臆病さが減っていたのかもしれない。僕はどうだろう。そんな姉さんを下に見られるような人間なのだろうか。いや、僕の方が駄目な人間だ。僕は何も変わってはいないのだから。

 僕は白川一魅という枷を嵌められていたのではない。白川一魅を言い訳にして自らに枷を嵌めていたようだ。そのことにようやく気付いた自分が恥ずかしい。


「とにかく、話を進めよう。交信の内容を教えて」


 ならば、僕も変わってやる。白川一魅を言い訳にしない自分を作ってやる。

 高瀬さんは一瞬満面の笑みになって、そして真顔に戻った。


「交信の内容だね。っていっても一文だけ、おそらく白川さんは『何かしてほしいことは?』と訊いたのだと思う。今から言うのがその答え。これで儀式は終わる。そして、その言葉が問題だね」


 問題? よく分からないが、とりあえず首肯して高瀬さんに続きを促した。


「『Give your neck』この言葉を打った直後に堤君が倒れたんだけど、どう思う?」


 直訳すると『あなたの首をください』――あまりいいことが連想でできない言葉だ。そして、姉さんが聞いたという『首がほしい』という言葉はこのことだったのだ。比喩ではなく『neck』という言葉がそのまま使われていたのだ。その言葉が誰によるものか謎であったが、そういうことだったのか。これはそもそも生きている人間によって発せられた言葉ではなかった。


「この応答はやっぱり『死ね』っていう意味にならないかな」

「そう思うのも無理はないけど、私はこう結論するよ」


 高瀬さんは断言する。今から言うことは予想ではなく事実なのだろう。


「『neck』というのは本来のメッセージじゃなくて、途中で切れてそうなったんだよ」


 姉さんはそう考えなかった。しかし高瀬さんは踊りの映像を見た上でそう断言した。


「ウィジャボードって終了するときに『Good bye』や『Farewell』というように別れを告げる言葉を指さないといけないの。そうしないと終了できない。ウィジャボードは大抵下の行にあって、踊りの方もそれに対応してステージの奥にそれを意味する位置があると思うんだけど、堤君はそれを踏んでないの。つまりこの交霊術はまだ終了してない。堤君に春日麻美さんの霊が憑いてるのはそれが原因だよ」


 姉さんはウィジャボードの手続きを知らなかったのだろうか。それとも知っていた上で踊りを中断されてしまったのではなく、普通に終了したと思いこんでしまったのだろうか。どちらにせよ、姉さんは春日麻美さんが残した言葉を誤った意味で受け取ってしまったようだ。そして、その言葉の所為で、姉さんは最初から存在しない呪いにかけられてしまった。


「じゃあ、本当のメッセージは……まさか……」


 一つ思いついた。『neck』に続く言葉が僕の身近にある。高瀬さんもそれを察しているようで、重々しく首を縦に振った。


「『necklace』それが、本当に春日麻美さんが求めてたものだと思う」


 ネックレス。つまり僕がいつも肌身離さず持ち歩いているペンダントのことだ。『TERUMI』という文字が彫られた、姉さんから託されたあのペンダントだ。それは春日麻美さんのものであり、本来春日照美さんに渡されるべきものだったのだろう。


「でも、どうしてその言葉が最後まで伝えられなかったの?」


 僕にとってそれは疑問だ。高瀬さんは既に答えを用意しているだろう。しかし彼女はすぐに答えようとはしない。根拠が足りなくて言いあぐねているのか。いや違う。単純に僕に伝えたくないからだろう。それ程僕にとって衝撃的な理由なのだ。


「多分、その答えは君を傷つけるよ」


 そう。高瀬さんがそれを答えれば、真実で僕を傷つけることになる。春日さんにしたことを僕にもすることになる。高瀬さんはそれが嫌なのだろう。


「いいよ。それでも」


 それでも僕は真実を受け止めたい。姉さんのためならいくらでも傷を負おう。


「堤君……。本気なの……?」


 津島さんが心配そうに僕を見つめている。人が傷つくことに対して敏感な彼女のことだ。これ以上真実に踏み込んでほしくないと思っているのだろう。


「本気だよ。だから高瀬さん。お願い」


 今までたくさん傷ついてきたのだ。どんな真実が来ても受け入れてやる。その決意が伝わったのか、高瀬さんが首肯してくれた。


「それは君のエクトプラズム不足だよ。途中でエクトプラズムを切らしてしまったから、強制的に憑依状態が解除されたんだよ」


 予想通り、それは最悪の結末だった。僕の実力不足の所為で踊りが中断して、姉さんには間違ったメッセージが伝えられてしまった。そして自分の死が望まれているものと姉さんが勘違いしてしまった。


「《幻の呪い姫》って、言い得て妙だよね」


 ありもしない呪いを姉さんにかけてしまった。


「僕は姉さんに、幻の呪いをかけた姫だった」


 この呼称を言い出した人間はそこまで考えていなかっただろう。本当に下らない噂として広まったのだ。そもそもその名前が意味していることが違う。しかし実際、《幻の呪い姫》は真実を表していた。そして――。


「姉さんが死んだのは僕の所為」

「それは違うよ」「それは違うわ」


 二人同時に否定された。しかし僕はそう思わずにはいられない。


「どう違うの。あんな呪いに悩まされなかったら、姉さんは事故に遭わずに済んだかもしれない。だから姉さんを殺したのは僕だ」


 そう言った瞬間、津島さんが僕の両肩を掴んでそちらに向かせた。僕は平静を保っているのに、彼女はなぜかかなり焦っている様子だ。


「しっかりして。踊りが失敗したのも、白川さんが亡くなったのもあなたの所為では……」

「気休めならやめて」


 慰めるだけの言葉ならいらない。本心からではない言葉が嫌いだ。


「堤君。こっち」


 高瀬さんに呼ばれたので、僕は反対側を向いた。その瞬間に平手が飛んできた。小気味の音が響く。こちらの頬が痛むのに、見れば高瀬さんの方が泣きそうだった。


「堤君。確かに君は失敗した。君にもう少し霊的素質があればあの踊りは完成されてた。それは事実だよ。それから踊りが完成されてたら白川さんが死ぬことはなかったかもしれない。けどこれは、かもしれないってだけ」


 そして今度は高瀬さんが必死に僕の両肩を握る。


「幻に惑わされないで。真実だけを目指して」


 危うく僕も、ありもしない呪いにかけられるところだったのだろう。高瀬さんがそれを防いでくれた。姉さんを殺したという幻想に囚われて、真実を見誤るところだった。


「ごめん。目が覚めたよ。ショックで頭がどうかしていたみたい」


 そう言うと、高瀬さんに笑顔が戻った。ゆっくりと安堵したいところだが、僕はなすべきことを知ろう。


「ところで、どうすれば踊りを終わらせられるの? 解決策は分かっているんでしょ」


 高瀬さんは満面の笑みを浮かべて、ブイサインを正面に出した。


「ばっちりだよ。交霊術の続きをやって、『Good bye』を踏めばいいんだよ。それで交霊術は終わって、堤君から春日麻美さんが離れるよ。でも、それだけじゃ問題の根本の解決にならないから、同時に春日麻美さんの招霊も行うよ――」


 これで終わる。姉さんの無念を晴らすことができる。僕は姉さんのために何かをすることができる。やっと姉さんの役に立てる。

 しかし、それは姉さんが生きている間にしておきたかった。その想いは踊りを成功させたとしても、ずっと消えることはないだろう。

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