第三章(2)

 放課後、土曜日なので十二時頃だ。高瀬さんと一緒に保健室を訪れると、入口の前に長田君の姿を見かけた。どうやら僕達より先に教室を出たものの、入ろうかどうか、迷っているようだ。長田君は僕の姿を認めると、あからさまに不機嫌そうな顔をした。


「入らないの?」

「今、入ろうとしてたんだよ。高瀬まで、お前らどうしてここに?」

「津島さんから話は聞いている。目的は君と同じ」


 僕は長田君を横切り、扉の前まで来た。そこで長田君がこう告げる。


「昨日のことは悪かった。お前の言ったことは正しいんだろうよ」

「そう」それだけ呟いて、僕は扉をノックした。中から返事があったので、三人一緒に「失礼します」と言って入室した。目の前には執務用椅子に腰を下ろした黒田先生がいる。


「来たのね。堤君、高瀬さん。あと、君は?」


 高瀬さんは予めアポイントを取っていたようだ。普段おどけているように見えるが、意外と真面目で几帳面な人だ。黒田先生の質問は長田君に向けられていた。


「一年四組の長田明宏です。同じクラスの春日のことで相談があって来ました」

「そうらしいけど、ここは僕と高瀬さんに任せて」


 長田君に勝手に話されても困る。どうせ訊くことが重複する上に、僕達の方が多くの情報を引き出すことができる。とはいえ長田君は不満そうだ。


「お前、何言って……」

「いいから。君にとってもきっと有益だから」


 ここまで言うと、長田君は黙った。それでいい。


「お待たせしました。よろしくお願いします」

「ええ。ところで訊きたいことは何?」

「はい。八年前の生徒会について教えてほしくて……」


 僕がそう言うと、黒田先生の表情が曇った。


「私が当時の副会長というのは、津島さんから聞いているわね」

「いいえ。その前に今の生徒会長から教えてもらいました」


 そこまで説明すると、黒田先生は少し視線を落とした。八年前のことを話していいかどうか判断しているのだろう。間もなく、黒田先生は顔を上げた。


「あの八尾さんまで協力しているということは、何か事情があるのね?」

「はい。《幻の呪い姫》とは僕のことです」


 今、黒田先生の中で時間は止まっているのだろう。大口を開けて止まっている。《幻の呪い姫》なんて言うこの学校における不吉の象徴がのこのこと入学してきて、挙句の果てには正体が男だったと言われればそういう反応をしてしまうだろう。


「マジかよ……」


 長田君まで驚いていた。昨日津島さんからその話はされなかったのだろう。


「なるほど。それなら八年前のことを知りたいのは当然ね。分かったわ。でもあんまり関係ない人にまで言いふらさないでね」

「はい」と高瀬さんが言い、僕は首肯した。


「ところで八年前のメンバーは知ってる?」


 これには高瀬さんが答える。高瀬さんは生徒会年鑑を見ていないが、八年前の生徒会執行部のメンバーなら、既に僕が教えておいた。


「はい。書記と会計は綱敷姉妹、副会長は黒田先生ですね。そして生徒会長は春日麻美さん。彼女は、現在私達のクラスに在籍している春日照美さんの実の姉ですね」

「そう。照美さんから聞いた時は驚いたわ。麻美の妹がここに入学するなんてね……」


 さて、そろそろ質問タイムだ。とはいえ先に高瀬さんが質問をする。


「例の踊りを考案したのは綱敷姉妹ですか?」


 高瀬さんは「誰ですか?」とは訊かなかった。何か根拠があるのだろうか。


「そうよ。どうしてそう思ったの?」

「ダンスは普通男女で行うものです。これはただの勘なのですが……それをわざわざ女子二人で行ったということは、その二人が姉妹だと思いました。案の定、八年前の生徒会には双子の姉妹がいました。ところで、綱敷姉妹は所謂超常現象に詳しかったですか?」

「そうだけど……どうして分かったの?」


 今度は僕も驚いた。また高瀬さんの予測が当たったことに対してもそうだが、こうもあっさりと超常現象という単語を口にしたことに対してだ。僕の時もそうだ。何か根拠はあるのだろうが、高瀬さんが超常現象について話すことに抵抗がないのだろうか。


「それも踊りから推測しました。とても難しくて激しい踊りだったそうですね。踊りの表の目的は春日麻美さんを弔うことだったらしいですが、それではこの踊りの難しさを説明できません。なら、踊りは何らかの儀式だったと考えられます。そして、その儀式を行った綱敷姉妹は何かの超常現象を好んでいたとも考えられます。例えば、そうですね。それは心霊現象なんじゃないですか?」


 高瀬さんの解説を聞き、黒田先生はくすりと笑った。


「そうね。あなたの言う通りよ。綱敷姉妹はオカルトに凝っていたわ」

「オカルト?」という言葉に反応して、高瀬さんが眉を顰めた。


「綱敷姉妹はオカルトを趣味にしてたんですか?」


 この質問に対して、黒田先生は首を傾げる。確かにおかしな質問だと僕も思う。


「変なことを訊くのね。さっき自分でそう言ったんじゃなかった?」

「いえ、そんなこと一言も……すいません。質問が悪かったです。綱敷姉妹は何らかの心霊現象をオカルトと表現してましたか?」


 心霊現象とオカルトは同じなのではないか。いや、二つは違うものだと思っているから、高瀬さんは質問しているのだろう。


「ええ、そう言ってたわよ」


 黒田先生が答えると、高瀬さんは視線を落として、何かぶつぶつ言い始めた。


「じゃあ、本格的ではなくて……。あっ……でも、そういう認識なら、オカルトか……」


 しばらくしてから高瀬さんは顔を上げて、再び黒田先生を見据えた。


「分かりました。じゃあ、春日麻美さんはどういう人物でしたか?」


 それにしても高瀬さんは何を知ろうとしているのだろうか。綱敷姉妹や春日麻美さんが姉さんに関係があるのだろうか。それともただ文化祭の踊りについて知りたいだけなのだろうか。もしかしたら、手探りの状態なのかもしれない。


「麻美は本当にしっかりした子だったよ。去年の白川さんや今年の八尾さんみたいね。絵に描いたような優等生だったわ。美人だったし、生徒からの人気は絶大だったよ」


 また優等生と思ったが、優等生でないと生徒会長は務まらないだろうという当り前な結論に至った。それに、春日さんの姉のことだ。きっと姉さんのような裏の部分がなかったのだろう。いや、これはいくらなんでも失礼な偏見か――。


「じゃあ、春日麻美さんはオカルトについてどう思ってましたか?」


 高瀬さんは春日麻美さんについて異様に拘っているように見える。そんなことを訊いてどうするのだろうか。本当に何を知ろうとしているのだろうか。


「麻美はオカルト嫌いだったわよ。あの姉妹はよくオカルトの話をしていて、私は別に嫌いじゃなかったから聞いてたんだけど……麻美は結構嫌がってた。幽霊なんているわけないって。でも、オカルトのことを除けば、私達は仲が良かったわよ」

「春日麻美さんが、八年前のホテル火災で亡くなったのは知っています。黒田先生はその時一緒にいたのですか?」

「ええ。当時夏休みで、生徒会執行部の四人で旅行に来ていたの。私と綱敷姉妹は火災の時に一階にいて、麻美だけが泊っていた十三階にいたの。助けに行こうとしたけど、すぐに避難するよう外に出されたわ。後で、麻美は焼死体となって発見されたわ」


 黒田先生は無理をして笑顔を作っているようだ。高瀬さんは真剣な眼差しで応える。


「では、私からはあと一つだけ。八年前の踊りについて先生の知ってることを教えて下さい」

「そうね……。申し訳ないけど、さっき高瀬さんが言ったように、あの踊りが何かの儀式だとしても、私は何の儀式なのか綱敷姉妹から教えてもらってないの。私はその踊りをビデオカメラで撮影することを頼まれただけよ」


 八年前の踊りを撮影したのは黒田先生だったようだ。そこで僕は質問した。


「それは一階で撮ったのですか? それとも二階で撮ったのですか?」

「二階よ。綱敷姉妹に絶対二階から撮ってと言われたわ」


 二階で撮影を行った点は、八年前も去年も同じだった。しかもそれが必要不可欠であるということには、何か深い意味があると思える。


「そうですか。じゃあ」


 そして僕はポケットから例のペンダントを取り出して、黒田先生の前へと差し出した。そしてロケットを開いて、そこに刻まれた文字を黒田先生に見えるようにした。彼女は眉間にしわを寄せて、そのペンダントを睨んでいた。


「このペンダント……先生はご存知ですか?」

「ええ……この前見た時は偶々同じものを君が持っていたと思ったけど、その文字を見れば違うと分かるわ。それは麻美の物よ。あの旅行の時に、照美さんのために買ったものね」


 初めて黒田先生に会った時、彼女は僕のペンダントを見て、不審な反応を示していた。もしかしたら何か知っているのかと思っていたが、春日麻美さんの話を聞いてから、疑いが確信に変わった。


「そうですか。僕はこのペンダントを、あの火災の数日後に、白川一魅から貰いました」


 もう偶然とは思えない。姉さんと春日麻美さんには何らかの繋がりがあったはずだ。二人はあの火災の日に接触していた可能性は高い。


「あなたは八年前白川一魅に会いましたか。もしくは春日麻美さんから白川一魅について何か聞きましたか?」

「いいえ。どちらの答えもノーよ」


 そこで、僕は立ち上ってお辞儀をした。高瀬さんも同様だ。


「いろいろ参考になりました。今日はありがとうございました」

「ありがとうございました」


 僕達は、礼をして保健室を後にした。

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