第三章(3)

「情報整理をしたいんだけど、ここは人の目が多いから屋上に行こう」


 保健室を出てすぐに高瀬さんはそう言って、僕と長田君を屋上に連れて行った。昼休みの時にはまばらに人がいる屋上も、今は放課後なので僕達以外誰もいない。僕達は並んでフェンスに凭れ掛かり、話し始めた。


「それで、何が分かったの?」


 僕から話を振ってみた。事の真相とやらを早く知りたい。しかし、高瀬さんは浮かない表情をしている。話したくはない内容なのだろうか。


「根拠が少なくて、まだ結論は出せないよ。……けどこれだけは言える」


 やはり自信はなさそうだ。それでも高瀬さんは、はっきりと告げた。


「八年前も去年も、あの踊りには心霊現象が関わっている可能性があるよ」


 僕はその仮説に驚きはしない。僕の知らない振り付けや踊りの由来が、その可能性を示唆している。とはいえ、長田君は唖然となったようだ。


「おい高瀬。それ本気で言ってるのか。心霊現象なんてあるわけねぇだろ」

「その認識は甘いよ。実際に心霊現象が起こったかどうかはともかく、あの踊りは心霊現象を意図してつくられたと思う」


 決め台詞を言う時の高瀬さんは本当に元気そうで何よりだ。依然呆気にとられている長田君放っておいて、僕は本題に進んだ。


「オカルト好きの綱敷姉妹だけじゃなくて、姉さんにもそういう意図があったってこと?」

「今のところあたしはそう考えてる。でも、DVDを確認しないことには何とも言えないよ」

「ちょっと待ってくれ!」


 またもや長田君が叫んだ。


「白川先輩の話がどうしてそういう風になってるんだ?」


 よく考えてみれば長田君が困惑するのも無理はない。少しくらい状況の説明をしてあげてもバチは当たらないだろう。


「僕が幽霊にとり憑かれているって言ったら信じる?」


 やはり問題の起点から話した方がいい。


「どうしてそんなことが分かったんだよ」


 その疑問はもっともである。僕の一存では答えられないので、高瀬さんに眼で合図を送った。すると高瀬さんは首肯して、口を開いた。


「あたしが霊能力者だから、そういうのが分かるの」

「そんな……冗談だろ……」


 心霊現象のことをすぐに信じろという方が無謀か。長田君にとっては、僕が幽霊にとり憑かれていて、高瀬さんはその幽霊を何とかしようとしていることなどどうでもいいかもしれない。


「まあ、僕や高瀬さんのことはこの際無視していいよ。でも……」


 それでも春日さんを救いたいと言うのなら、長田君は把握しておかなければならない。


「姉さんは心霊現象に関わっていて、春日さんがそれを知ったかもしれない。それだけは覚えておいて損はないと思う」


 ここまで言うと、長田君の顔つきが変わった。今までオロオロしていたのが嘘のように、精悍な男の顔になった。事実に向き合おうとしている良い表情だ。


「分かった。話を続けてくれ」


 高瀬さんは首を縦に振った。


「白川さんと春日麻美さんの関係が重要だと思うの。春日さんに……照美さんの方ね……あの子に訊いてみたいんだけど……何か知っていそうかな?」


 春日さんは姉さんのことで何か隠し事をしているらしいが、もしかしたら姉さんと春日麻美さんとの関係がそれだとするのは考え過ぎだろうか。


「どうかな。仮に知ってたとしても、姉さんの事で春日さんから話を訊くことは、津島さんが許さないだろうね。というか今朝忠告されたばかりだ」


 高瀬さんが津島さんに黙って、春日さんにいろいろ訊いたとなると、津島さんは絶対に怒るだろう。それ程、津島さんの敵対意識は強い。


「勿論、霊に関することは極力避けるよ」


 高瀬さんも良識がある人間だ。勿論配慮はするだろう。しかし別の問題がある。


「でも、姉さんに関することを話すだけでも結構厳しそう。昨日、春日さんと姉さんについて話してみて、僕が少し意地悪したっていうこともあるけど、かなり拒絶された。あの反応は異常だった。そもそも姉さんに対してトラウマがあると思う。長田君はどう見る」


 幼なじみの意見も聞きたい。長田君は首肯してから話し始めた。


「あいつはそういうオカルト話が嫌いだ。けどもしお前らの言う通り、白川先輩がオカルトに関わってるのだとすれば、その手の話は避けられないじゃねぇかな」


 長田君にしては中々良い意見だ。幼なじみのことだから頭が冴えたのだろうか。


「そうだね……じゃあ……」

「見つけた!」


 屋上入口から大きな声がした。今問題となっている女子の声だ。高瀬さんと長田君はフェンスから離れて、身体を春日さんに対して正面に向ける。僕は視線を春日さんに向けているが、背はフェンスにつけたままだ。


「堤君。高瀬さん。話があるの」


 春日さんは僕達の二、三メートル前で足を止めた。


「私、実はあなた達が話してるのを保健室で聞いてたの……」


 保健室は一階にあり、歩道に面している。それに確か、あの時は換気のために窓が開いていた。窓の近くまで寄っていれば盗み聞きは容易だったかもしれない。


「どうして……?」


 高瀬さんが呟く。僕の感想も同じだ。誰が、保健室の窓から話を盗み聞きされていると思うだろうか。春日さんがわざわざそんなことをするに至った過程が分からない。


「本当は長田君と話したかったの。昨日のことでゆっくり話したかったんだけどすぐ教室を出ちゃって、待とうとは思ったけど、その後すぐに堤君と高瀬さんが長田君の後を追っていったでしょ。どうしてかと思ってついて行ったら、保健室の前で、三人で話していて……。黒田先生から私のことを聞くのかなと思ったの……」


 その答えは少し間違っているが、それでも全くの不正解ではない。


「ねえ、どうしてお姉ちゃんのこと訊いてたの……?」


 春日さんが懇願するように問いかけた。春日さんにしてみたら、僕と高瀬さんからは春日麻美さんに何の接点も見出せないだろう。疑問に思って当然だ。対する高瀬さんは両手を胸の前まで上げて、その手のひらをぶんぶん振っている。


「春日さん、何でもないよ。春日さんが気に病むようなことは……」

「恍けないで!」


 春日さんが金切り声を上げ、同時に高瀬さんの手が下りた。それはともかく高瀬さん――。春日照美さんに直接関係がある事柄は少ないことを伝えようとしているのは分かるが、言い訳があまりにも下手過ぎる。高瀬さんは自分が経験してきたこと以外のことに対する免疫がないのだろう。つまり、突発的な出来事に弱い。


「全部聞こえてたわけじゃないけど、高瀬さんがいろいろ調べてるのは分かってるんだからね。一体お姉ちゃんのことを調べて、何が面白いわけ?」


「いや……面白いとかそういうわけじゃなくて……」


 まずい。話の道筋が逸れつつある。


「それにオカルトとか儀式とか……そういうのにお姉ちゃんが関わってるって言うの?」


 もう遅い。話が完全に脱線した。春日さんの中で妙な物語が構築されている。冷静さを欠いて僕達が話していたことから形を変えてしまっている。


「そうじゃないよ。……ってそうとも言えないか……」


 さすがにその発言は非常にまずいのではないか。案の定、春日さんの表情がさらに険しくなる。高瀬さんも自分のミスに気付いたようで、顔が真っ青になる。


「違う違う。別に麻美さんが悪いとかそういうわけじゃ……」

「悪いって何? どういうこと?」

「違うの。言葉の綾だよ……」


 話が全く噛み合っていない。高瀬さんが言い訳をするほど泥沼に嵌っていく。そろそろ高瀬さんの手助けをしないといけない。彼女では何を言っても無駄だ。春日さんをさらに傷つける結果になろうとも、この場を収めよう。と思ったが、僕よりも先に長田君が動いた。


「春日、それくらいにしておけ」


 長田君が声を掛けると、春日さんは一旦落ち着いて彼を見つめる。


「信じられないかもしれねぇけど、高瀬達は興味本位でお前の姉さんのことを調べてるわけじゃねぇみたいだ」


 それから僕と高瀬さんもそれぞれ補足する。


「春日麻美さんのことが直接関係あるんじゃない。ただ、参考にさせてもらってるだけ」


「そう……そうだよ。そうなの春日さん。……あたし達は白川さんのことを調べてて、そうしていくうちに麻美さんのことを知っちゃっただけなの……」


 その通りだ。春日麻美さんのことを調べることが本来の目的ではない。ただそこに辿り着いてしまっただけだ。何も、春日麻美さんの不幸を、春日照美さんの辛い過去を掘り起こそうとしたわけではない。それが分かってくれたのか、春日さんはだいぶ落ち着いたようだ。視線を下に落として、じっとしている。


「白川先輩……」


 そして、身を震わせている。――ちょっと待て。


「白川先輩が……お姉ちゃん……」


 春日さんはぎりぎり聞こえるかくらいの小声で呟いている。


「白川先輩が……何か……悪いことでも……したって言うの?」


 どうしてそうなる。いや、悪いかどうかは置いておいて、姉さんと春日麻美さんとの間に何か接点があるのではないかと話し合ったばかりではないか。

 もしかして、春日さんは本当にそれを知っているのだろうか。


「違う……違うの……白川先輩は悪くない……」

「あの春日さん……。確かに白川さんは関係があるけど……別に悪いってわけじゃ……」

「先輩は……ただ……うああぁぁぁぁ」


 春日さんはその場で泣き崩れた。それどころか、身を丸めて地に伏してしまった。春日さんのことは興味がないとはいえ、さすがにここまで弱っている人を放っておけるほど僕は腐った人間ではない。とにかく春日さんの方に寄り、しゃがみ込んだ。長田君も同じだ。


「春日さん、大丈夫?」

「春日! おい、しっかりしろ!」


 いや、明らかに大丈夫ではない。悲鳴も悲嘆もまだ止んでいない。とにかくこんな硬い地面よりも休ませるのに適した場所を用意した方がいい。となれば保健室だ。


「僕、黒田先生を呼んで来る」

「おう、頼む」


 この場に残るのは僕よりも、春日さんと親しい長田君の方がいいだろう。それと、女子である高瀬さんもいた方がいいかもしれない。僕は立ち上がり高瀬さんの方へ向かった。


「先生を呼んでくるから、それまで春日さんをお願い」


 そう言ったが応答はない。高瀬さんはただ大きく目を見開いて、泣きそうになっている。膝をがくがく震えさせて、その場に突っ立っている。


「何をしているの? 早く」


 僕がもう一度言うと、高瀬さんはようやく我に返ったようだ。そして首肯するとすぐに春日さんの元へ駆け寄る。それを確認してから僕は屋上の出入口へと走り去った。

 しばらくしてから、僕と黒田先生が屋上に到着して、この場は収められた。

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