第二章(4)

 翌日金曜日、高瀬さんは風邪を引いてしまったらしく、学校を休んだ。会長から渡されたDVD等を高瀬さんに預ける約束だったが、それは延期だ。高瀬さんはメールで謝っていたが、僕は『気にしないで。お大事に』とだけ返信した。

 その日の放課後、津島さんとの約束通り、姉さんについて春日さんと話し合うことになった。津島さんが春日さんに僕と姉さんのことを言ったら、春日さんは是非僕と話してみたいと申し出たらしい。ホームルームが終わり、他のクラスメイトが出て行くのを見計らって話し合いをすることにした。当初は、僕と津島さんと春日さんのみが参加するはずだったが、もう一人参加者がいる。長田明宏(ながたあきひろ)という男子だ。どうやら春日さんの幼なじみであるらしい。春日さんから今日の話を聞いて、参加することを決めたらしい。昼休みにそう挨拶された。というわけで四人が教室に集まった。僕と春日さんは一つの机を挟んで、向かい合って席に着いている。津島さんと長田君はその横で立っている。

 春日さんと話すにあたって津島さんから注意事項を承っている。自分が《幻の呪い姫》であることを明かさないことだ。これは以前に言われたことなので特に異論はない。二つ目が問題なのだが、ペンダントのことを隠しておくことだ。僕として目の前にいる春日さんがペンダントに彫られた名前の人物と一致するかどうかを確かめたかったのだが、あえなく却下された。八年前の火災や春日麻美さんのことなど論外であった。

 それを踏まえて、話し合いは開始した。


「えっと……白川先輩のことなんだけど……」


 声がひどくたどたどしい。訊きづらいのかもしれないが、早く言ってほしい。


「先輩に……何か悩んでることがあったと思うんだけど……知ってる?」


 かなり曖昧な質問だ。しかし、春日さんが何を言いたいのかは大凡の察しはつく。はっきり訊いてくれればいいものを、どうして問題の本質をぼかすのだろうか。


「それは、姉さん……ああ勘違いしないで、従姉だから……あの人が言われたという『首がほしい』という発言を踏まえての質問?」


 予想通り、春日さんは首を縦に振った。


「そう。けど、どうだろう……。特定の誰かとのトラブルっていう類の悩みなら、僕は本当に知らない。姉さんはそういうの隠したがるから……。だから、例の発言が誰のものなのかは見当がつかない」


 僕の答えに対して、春日さんは辛そうな表情を浮かべた。


「でも……何かあるはずなの……?」


 悩みとは限らないが何か裏はあるはずだ。でなければ僕が《幻の呪い姫》になることも、姉さんが『首がほしい』と言われることもなかった。

 ふと、あることに気が付いた。最近、高瀬さんや津島さん、そして会長のような興味深い女子ばかりに出会ってきた所為で感覚が狂ってしまっていたようだ。だから、春日さんは姉さんと関わりがあると知った時、春日さんも同じような、僕の関心を引くような人間ではないかと錯覚していた。しかしそうとは限らないのだ。むしろそうでない可能性の方が非常に大きい。ここはテストをしよう。


「まあ、姉さんの悩みについて思い当たることは……やっぱり、あの人の人格かな」


 姉さんのことを本当の意味で知る人物ならばこの解答に辿り着くだろう。優等生で臆病者、強くて弱い、姉さんの人格が彼女の最大の悩みであることは容易に分かる。

 しかし、春日さんは顔を上げて、首を横に傾いだ。挙句の果てに「人格?」と呟きやがった。恍けているわけではなく、本当に理解していなさそうだ。念のため再試験を実施しよう。春日さんにもう一度チャンスを与えよう。


「ねえ、春日さんから見て、姉さんはどんな人だった?」


 春日さんは不自然に笑顔を作って答える。


「それは……すごく綺麗で、かっこよくて、優しい先輩だったよ」


 少し待った。同じ質問をされたらおそらく僕はこう答えるだろう。「強くて弱い人」だと。矛盾した答えだが、それでいい。姉さんは矛盾している人なのだから。春日さんも、後に姉さんの弱い部分を列挙するかもしれない。

 しかし、いつまで待っても続きの答えが来ない。


「別に隠す必要はないよ。僕は姉さんを知る人間だし」


 僕が怪訝そうに春日さんを見据えると、彼女は少し困ったように顔を強張らせた。


「えっと……それってどういう意味かな……? もうちょっと詳しく言った方がいいこと……。面倒見が良かったとか……」

「ああ、もういい」


 なるほど、典型的な不正解だ。春日さんは姉さんを知る人ではない、ただ姉さんに憧れを抱いているだけの存在だ。おそらくこういう馬鹿が姉さんの周りにたくさんいるのだろうと思っていたが、こうして目の前にすると逆に驚いてしまう。そしてすっかりやる気を失くしてしまった。こんな馬鹿を相手にしても意味がない。

 僕が話し合いの終了を告げようとした時、春日さんが口を開いた。


「ねえ、堤君。……白川先輩の人格と悩みに何か関係があるの? 例えば……、優し過ぎるから、かえって困ったことに巻き込まれたとか……そんなことかな……?」


 まだそんな馬鹿なことを言うのか。春日さんには現実というものを少し思い知らせなければならないようだ。僕は、姉さんのために、ありのままの僕を出さなければならない。僕が僕であるためにもそうしなければならない。


「そうではない。ところで、春日さんは姉さんのことが好きだった?」


 春日さんは怪訝そうに僕を見たが、すぐに自信がありそうな表情を作った。


「うん。好きだよ」


 対する僕も自信を持って質問する。


「じゃあ、姉さんの人格は?」

「えっ?」わけが分からないという感想が、春日さんの表情から窺える。


「姉さんの全てをひっくるめて姉さんが好きだったかって訊いているんだよ」


 春日さんは暗い表情のまま押し黙った。さっきみたいに即答すればいいものを――。姉さんに憧れている者なんて所詮はこの程度のものか。これではもう、春日さんに止めを刺さざるを得ないだろう。


「じゃあ、君は、姉さんのことが……」

「待ちなさいっ! 堤君!」


 津島さんに制止されたので、言葉を切り一旦横を向いた。案の定、津島さんは眉を顰めて僕を鋭く睨めつけている。つまり明らかに怒っている。まったく、頭の回転が速い人だ。一方、長田君は状況がよく分かっていないようだ。


「堤君、ちょっと来なさい」


 そう言って、津島さんは教室を出た。僕は立ち上がってついて行く。扉から少し離れたところで、僕と津島さんは向かい合った。津島さんが小声で話し始めた。


「あなた、どういうつもりなの? 私言ったわよね。春日さんを傷つけるような言動は避けなさいと。あれはどう考えても……」

「どう考えてもね……。長田君は気付いてなかったみたいだけど……」


 僕も小声で話す。後ろに聞かれても僕は別に構わないが、津島さんに注意されそうだ。


「そうね。それはともかく……、間違っていたら申し訳ないけど……、もしかしたらあなた、白川さんのことが嫌いだったかとか、嫌いになったかとか、そういうニュアンスのことを春日さんに訊こうとしたのではないかしら?」

「正解。津島さん凄い」


 その通りだ。あれだけの文脈でそれを言い当てるなんて、津島さんは凄い。津島さんとお近づきになれて本当に嬉しいと改めて思う。


「褒められても嬉しくないわ。それより、目的を忘れないで。私達の目的は白川さんについて探ることであって、春日さんをいじめることではないわ」


 確かにそうだ。春日さんが馬鹿な所為でその目的を忘れるところだった。しかし――。


「そう。けど、無意味だと思う」

「そうね」「えっ?」


 僕は驚かざるを得なかった。以前僕が津島さんにした仕打ちを、今度は僕が受けたのだ。小口を開けて、呆然と津島さんを見つめていた。そんな僕の様子に気付いたのか、津島さんは首を傾げた。


「私はあなたの意見に同意したのよ。いけなかったかしら?」


 僕は間抜け面を正して、津島さんに訊いた。


「いや……でも、どうしてそれが分かったの?」

「白川さんは『首がほしい』と言われたのよ。何かやましいところが一つや二つあってもおかしくないわ。むしろそんなことがない限り『首がほしい』なんていう殺意に満ちた台詞は聞けないでしょうね。けど春日さんは、白川さんからその話を聞いたにもかかわらず、彼女から拒絶されたにもかかわらず、白川さんのことを褒めちぎっていたのよ。白川さんの裏にあるものを探りたいのなら、彼女自身の暗い面を探るはず。けど春日さんはそれを悩みと表現した。あくまで白川さんはただの被害者だとした。それはおかしくないかしら。きっとあの子は白川さんに憧れていたんだわ。それで白川さんの汚い部分から目を逸らしているのよ」


 完璧だ。姉さんについて詳しいことを事前に僕から聞いていなかったにもかかわらず、姉さんに関する情報が乏しかったにもかかわらず、よくそこまで卓越した推理ができるものだ。やはり僕の眼に狂いはなかった。津島さんは本当に、他の人間とは格が違う存在だ。ますます彼女に興味が湧いた。


「何をにやにやしているのかしら。今は真面目な話をしているのよ」

「ごめんなさい」


 いつのまにか表情が綻んでいたようだ。失礼なのですぐに反省した。


「でも、すごい。僕と考えていることが全く一緒だ」


 そう。もう僕が春日さんと話すことに意味がないのだ。春日さんは、姉さんについて知りたいのではない。ただ自分が納得できる答えが欲しいだけなのだ。姉さんの陰に潜んでいる暗い真実を知ろうという気はさらさらないのだ。

 意見が一致しているにもかかわらず、津島さんは不可解そうに眉に力を入れている。


「でもよく考えると、それだと少しおかしいわね。春日さんの話によると、白川さんは『首がほしい、って言われたんだけど、どういう意味だと思う?』ってわざわざ訊いたのよね。普通、死ねって考えると思うのだけど、白川さんは他の解釈があると思ったのかしら?」

「皮肉で言っただけじゃないの?」


 大きな問題のようには思えない。津島さんも有意義な考察が浮かばなかったのか、反論をしなかった。


「それで、今度は君の方から説明して。何、この茶番は?」


 津島さんは最初からこの結果を予測していたのだろう。その上で僕と春日さんを話し合わせたのだ。そうでなければ、僕に《幻の呪い姫》や春日麻美さんやペンダントのことを黙らせておく必要がない。真実などこの場ではどうでもいいのだから。


「ごめんなさい。怒って当然よね」

「別に怒ってはいない。けどおかしいとは思っていたよ。姉さんのことを春日さんに話せと言っておきながら、踊りのこととか重要なことは避ける。どう考えたって不自然だ。でも、これでその謎は解けたよ。けど――」


 残る謎は一つだ。


「春日さんのことをあれだけ分析していながら、どうしてこんなことをしたの?」


 春日さんに姉さんのことを教えることは無意味だと分かった上で、姉さんについて話をした。これだけならば本当に茶番以外の何ものでもない。ならば他に目的があるはずだ。


「私だって、春日さんが白川さんのことに目を逸らしていることに確信が持てなかったわ。白川さんのことをよく知らなかったもの。だから堤君に試させてもらったの。結果は堤君の考えている通りよ。おかげで確信できたわ」


 まんまと利用されたというわけだ。別に悪い気はしない。津島さんくらいの人間にされるなら許容はできる。姉さんにいいように使われていたことだってある。

 津島さんが答える前に、謎は解けた。


「つまり春日さんは姉さんのことでトラウマか何かを抱えていて、津島さんは春日さんのことを助けようとしているの?」

「そうよ」


 津島さんはそういう人だと自分で言っていたではないか。困った人を見れば手を伸ばさずにはいられない。それほど春日さんの状態は急を要しているのだろう。


「あなたはちゃんと見ていなかったかもしれないけど、《幻の呪い姫》の話を聞いて、あんなに怯えるのはどう考えて普通じゃないわ。《幻の呪い姫》に纏わる一連の出来事があの子の心に大きな闇を落としたのよ」


 僕は悪いわけではないが一応当事者である。その僕が全く責任を感じていないのだが、全くの無関係であるはずの津島さんはまるで本人のように心を痛めているようだ。それを馬鹿だとは思わない。むしろ津島さんは僕と似ている。きっとそうせずにはいられないのだ。そういう風に自分の信念に縛られているのだ。


「だからごめんなさい。あなたの件は後回しにさせてもらうわ。春日さんを助けたらすぐとりかかるから」


 自分のことは今のところ高瀬さんに力を貸してもらっているから大丈夫だが、それを言うと津島さんが怒りそうなので黙って首肯した。津島さんの力も借りたいのも事実だ。


「さて堤君、私は春日さんを助けたい。あなたにはもう得がないと思うけど、一旦協力して。今度お茶を奢るから」


 僕は迷わず首肯した。津島さんと一緒に喫茶店でお茶をするなんて喜ばしい限りだ。


「春日さんが、白川さんの暗い面を認めないことには何も解決しないと思うの。認めさせるにはどういうことを話せばいいと思うかしら? 勿論、彼女を傷つけないようにね」

「どうだろう……。次に何か訊くとしたら、姉さんに関心があるかどうか、かな」


 僕の答えを聞き、津島さんは右手で口を抑えながら視線を落とした。まるで探偵のような真似をしている。やがて彼女は顔を上げた。


「良い着眼点ね。分かったわ。あなたが話したいように話して。けど、しつこいようだけど、津島さんを傷つけないようにね。あまり酷いことを言うようだと止めるわ」

「分かった」異論はない。打ち合わせが終わったところで、僕と津島さんは教室に入り、それぞれの配置に戻った。話し合いの再開だ。


「さて、さっきの続きだけど、春日さんは姉さんに関心があったのかな?」


 相変わらず、春日さんは不思議そうに僕を見る。


「さっき、白川先輩のこと好きだって言ったけど……」


 やはり、春日さんは僕の質問の本質を理解してくれなかった。仕方ないか――。


「そう聞いたよ。でも、今は質問が違う」

「えっ? 好きだから、関心があるっていう……」

「違うよ」


 やはり、春日さんは勘違いしている。というより、自分が姉さんに憧れているだけの存在に過ぎないことを自覚していない。


「好き嫌いと関心の有無は本質が全然違うよ」

「でも、好きの反対は無関心ってよく言うじゃない?」


 危うく、「君は馬鹿か」と言うところだった。事前に津島さんが忠告していなかったら確実にそう口にしていただろう。できるだけ、春日さんを傷つけないように反論しよう。


「違う。【好き】の反対は【嫌い】で、【関心がある】の反対は【関心がない】だ」


 と言ったところで、春日さんはピンとこないようだ。確かに、抽象的な説明だけをされても分かりづらいだろう。ここは僕の説明不足を認めるべきだ。


「具体的に言うと分かりやすいかな。例えばだよ。よく話す友達がいる。彼には少なからず好意を抱いているよ。それは間違いない。けど彼に対して関心を抱いてない。つまり、彼のことを深く知ろうと思っていない。普段よく接してくれる彼が心の内ではどんなことを思っていようが、そんなことはどうでもいい。ただ、彼といることで愉快な気持ちにはなれるってだけ。これを聞いてもまだ、好きの反対は無関心なんて言えるかな」


 春日さんは俯いてしまった。返事はない。それでも僕は思ったことをそのまま言い続けるだけだ。


「大抵の人間関係なんてそんなものだと思う。誰にでも関心を抱くなんて疲れるから。だから、今から言うことは別に春日さんを責めることじゃない。別にそれが悪いってことじゃない。本当に仕方ないことだと思う。それは断言する」


 嘘はついていない。馬鹿だと思う。愚かだと思う。しかし悪ではない。さすがの僕も、思慮が浅いという理由でその人の人格を全て否定しようとは思わない。

 春日さんの頭がさらに下へ傾く。それに構わず、僕は最も必要なことを口にした。それが第一に姉さんのためであることは言うまでもない。


「春日さんも同じで、姉さんが好きなだけであの人に関心はなかったんじゃないかな?」

「そんなことないっ」


 春日さんからの久しぶりの返事は、悲痛な叫びだった。机には水滴がいくつか落ちている。すかさず、津島さんが春日さんの傍へと寄り、彼女の両肩に優しく手を置く。


「春日さん。ごめんなさい。今日のところはもう帰りましょ……」


 と津島さんが言いかけたところで、春日さんが激しく肩を揺らして、津島さんの手を弾いた。そして、椅子を倒しそうな勢いで立ち上がり、そのまま走って教室を出て行ってしまった。


「私、彼女を追うわ……」


 津島さんがそう言うので、僕は彼女の方を向き、そして首肯しようとした。しかし、僕の顔は縦ではなく横に動いた。長田君に胸倉を掴まれて、そのまま引き寄せられたのだ。彼はいかにも怒っているような眼で僕を見下ろしていた。


「お前、今のは一体どういうつもりだ?」

「どういうつもりも何も、僕の考えを春日さんに伝えただけだよ」


 僕が答えると、長田君は両手の力をさらに強めた。


「長田君。止めなさいっ!」

「津島は黙ってろ! 今は堤と話してるんだ!」


 長田君は僕を睨みつけたまま叫び続けた。


「お前、春日が何か悪いことでもしたって言うのかよ!」

「話聞いていた? 悪いとは言ってない。馬鹿だとは思うけど」


 春日さんは姉さんのことを何も分かっていない。それはとても愚かなことだ。


「てめぇ……」


 長田君は言葉を切り、少し俯いた。と思いきや、すぐに顔を上げた。


「てめぇに春日の何が分かるってんだよ!」

「分かったよ」


 そう分かった。今さっきのやり取りで、春日さんの悩みを確信した。依然大まかにしか把握しておらず、春日さんと姉さんにどのようなやり取りがあったかまでは分からない。しかし、悩みの核心部分は僕が考えていることでまず間違いないだろう。


「お前……何言って……」


 長田君は大きく目を見開いている。本当に何も分かっていないようだ。


「だから、君よりも僕の方が、春日さんのことが分かっているって言った」


 小さく開けられた長田君の口から段々と歯が見えてくる。大きく開かれた長田君の眼が段々と細められていく。そして、それをバネにして長田君の口と眼が一気に開かれた。


「てめぇぇぇええ! いい加減にしやがれぇぇぇえええ!」


 咆哮が放たれ、同時に長田君の右手が高く振り上げられた。しかしそれが僕の顔面へ届くことはなかった。津島さんの両手が長田君の二の腕を押さえつけたからだ。


「なっ、津島? 放せっ」

「いい加減にするのはあなたの方よ。堤君を放しなさい」


 津島さんはあくまで冷静にしている。しかし、長田君が手を放してくれない。


「うるせぇ! お前、こいつが好き勝手言っていいのか……」

「堤君の言う通りよ。あなたは春日さんのことを理解していないわ。それを認めなさい」


 荒らげていないものの、その声は冷たくて鋭い。津島さんも怒っているのだろう。


「それに、堤君の話の中には私がそう話すように頼んだところもあるわ。私も同罪よ。堤君を殴るのなら、私も殴ってみなさいよ」


 長田君は彼女の威勢に圧倒されたのか、右腕を下ろし、僕から左手を放した。


「長田君。今あなたがするべきことは、堤君を責めることではなくて、春日さんを追うことよ。そして、少しでもあの子のことを分かってあげなさい。それと、鞄を置いてきたようだから持っていってあげて。いいわね」

「ああ」


 長田君は返事をすると、自分と春日さんの両方の鞄を持ち、走って教室を後にした。


「長田君だけだと少し心配だから私も後を追うわ。あなたは、来たら話がややこしくなるから、しばらく教室で大人しくしてから帰りなさい。今日の反省は明日の朝にしたいから、予鈴の三十分前くらいに教室に来なさい。いいわね」

「うん。分かったよ」


 津島さんは鞄を持ち、教室の出入口へと駆ける。扉を開き、いざ教室を出ようとしたところで、津島さんはふと僕の方を振り向いた。


「急ぐから、明日改めてちゃんと謝るわ。ごめんなさい。」


 それだけ言い残して、今度こそ教室を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る