第19話 雷獣
「いやー、今日は天気が悪いねー」
砂糖さんは稲妻が走る土砂降りの空を見上げてそう言った。
「だから最初から言ったではないか、わたしが予知してやったというのに傘を忘れるとはバカなのか?」
小守のヤツはゲームやらお菓子やらいろいろ買ってくれてお世話になっている砂糖さんをバカ呼ばわりするが、俺からしてみればお前の方がバカだ、このバーカ。雷が鳴るのでできるだけ避雷針になりそうなもの(傘とか、傘とか、後傘とか)は持ってこないようにしているって話だ。
さて、現在は土砂降りの雨の中、どうして傘もささずに外に出ているのかというと、今朝がた小守が予知夢を見たからだ。
小守の特殊能力の一つである予知夢だが、的中率はかなりのものだ。ちなみに、普通の夢は起きた時に忘れているものだが、予知夢の場合はだいたいの内容は覚えているそうだ(それでも細部はわすれているという)。
それで、今朝見た内容はというと、ここなんちゃら公園(名前は知らん)に雷獣が落ちてくるそうな、それが近隣の家々を走り回って電化製品によくない影響をあたえるそうな、そんな内容だったらしい。
そこで、俺と小守、そしてたまたま居合わせた砂糖さんの三人でこうして雷獣を打倒そうという訳だが……。
「まあ、今日は砂糖さんがいるから楽勝だな」
砂糖斗塩、『架空兵器』の異名をもって、業界の人からは恐れられているみたいな人。
俺や涼子の保護者になってくれて、小守を助けるのにも大いに力を貸してくれた。
そしてその実力は業界のトップクラス、ぶっちゃけ頭おかしいレベルの攻撃力を持つ。
この人が味方についたら七割勝ったも当然だと俺は思っている。
「ふふ、いつも頑張っている大助くんにたまにはラクさせてあげよう」
雨に打たれる砂糖さんは余裕の表情だ。
「おい、コイツを甘やかすなよ。ちょっとでも腑抜けて迷惑をこうむるのはわたしなのだからな!」
「その言葉テメェにそのまま返しとくぜ」
普段の小守の自堕落な生活ぶりを見てきた俺としては、コイツにどうこう言う権利はないと思う。
「なんだと!? 人間風情が、調子に乗りやがって」
「妖怪引きニートが、せめて自分の出した物くらい片付けやがれ! 誰がいつも掃除していると思ってんだ!」
「やるか?」
「いいぜ、今日という今日はどっちが立場が上なのかはっきりとさせてやろうじゃねーか」
いきり立つ俺たちを砂糖さんが「まあまあ」と止めに入る。
「いつ雷獣がくるかわからないんだし、もうちょっと落ち着こっか?」
「まあ、砂糖がそういうなら……」
「大助くんも、小守ちゃんは顕現してまだ一年もたってないんだよ? いわば、人間で言えば赤ん坊同然なんだ、だから大助くんも小守ちゃんのことを赤ちゃんを扱うみたいに――うおっと!」
小守は砂糖さんに飛びかかってドロップキックをお見舞いした。あーあ、服が泥だらけだよ、あいつあのまま部屋に帰るつもりじゃないだろうな?
「だ、れ、が! 赤ん坊だって?」
倒れた砂糖さんに向かって小守は首を絞めにかかる。
「はははー、土砂降りの中、泥にまみれて小守ちゃんに首を絞められてもらえるのは気分がいいなぁー」
「小守テメェなんてことを!」
「死ねェ!!」
まあ、いろいろあったが一段落して、俺たち三人は泥だらけになりながらも雷獣が現れるのを待つ。
「つーか、いつまで待たなきゃいけないんだ」
泥だらけ&全身を強く打つ雨のせいで割と体が冷えてきている。
人外の小守と、人外みたいな存在の砂糖さんは割と平気みたいだけど、こちとらただの人間だしぶっちゃけいうとそろそろ待つのに飽きた。
「仕方ないだろう、わたしの視た予知夢では時間までは分からなかった。ただ夜、ここで雷獣が雷に乗って落ちてくるところを夢で『視た』んだ、映像としての情報だけなんだから細かい時間まではわからんよ」
「ひとついいか、実はこの天気は明後日まで続くらしいんだが、時間が分からないなら日にちもわからないんじゃないか?」
「日にちは、うん、わからないが……」
「つまりだ小守、最悪ここを張っていて明日か明後日に来るなんてこともあり得るんじゃないのか」
「まあ、そうなるな」
なるほどね。つまり今日のこれは待ち損になる可能性もあるわけだ。
「いや、大助くん。もうすぐ来るよ」
砂糖さんがいつもの糸目のにこにこ笑顔でそう言う。
「え?」
雷雨鳴る曇り空を見上げて砂糖さんはぼそぼそと呟く。
「そうだね。この間は『鬼切』の術者がいたらしいから、僕は『雷切』にしようか」
砂糖さんの手にはいつの間にか刀が一本握られていた。
「二人とも、離れててね」
「は、はい!」
俺は小守を担いでできるだけ離れる。
次の瞬間、視界のすべてか白く染まった、雷が落ちたのだと思い至る。
「ハッ!」
「キィイイイイイイイ!」
砂糖さんと、何かの叫び声。その直後に落雷の轟音が耳を貫く。
「ぐっ」
うるさい。
てか、砂糖さんは!?
砂糖さんの方を見ると、
「はい、終わったよ」
砂糖さんの片隅には、多分雷獣であろう生き物が消えていくところだった。
流石砂糖さん、本当に楽勝だった。
帰り道、俺ら三人はずぶ濡れをもうまったく気にしないで雨に打たれる。
「大助、お前も術のひとつでも使えるようになれよ」
唐突に口を開いたのは小守だった。
「いや、俺一般人だからムリだから」
「砂糖のようになれとは言わん。所詮無理だろうからな」
なんかむかつくなコイツ。ちょっと金縛りや予知夢なんかが使えるからって生意気だぞコイツ。
「いやいや、小守ちゃん。僕のは色々と例外だからね。それに、術師になれるのはある程度才能が必要だからね、大助くんには残念だけど素質はないよ」
砂糖さんがフォローなのか何なのかわからないことをいう。
「俺にはその術ってのも意味不明なんですけど……」
「うーん、僕も専門ではないから下手なことを言えないけど。大体の場合、術っていうのは何かしらのベースがあるんだ、そうだね、今回の僕の場合で説明すると、まず術のベースになる話は『立花道雪の雷を切った話』だね」
「立花――ああ、雷切の、思い出した」
小守は知っているようだが、俺はまったくわからない。でも立花ってなんか戦国時代にいそうな名前だなと思った。
「ああ、大助くんは知らないみたいだね。立花道雪は落ちてきた雷を斬ったといわれている歴史上の人物だよ。その後遺症として下半身不全を起こしたともいわれているね」
「そんな昔の人がなんで今出てくるんですか?」
「さっきも言ったように、このエピソードを術のベースにするんだよ。もちろん、そのままベースにすると不都合が出てくる部分――この場合だと雷を斬った後下半身不全になる部分だね、ここの部分を無視したり、ベースとなるエピソードを自分の都合のいいように解釈していく。そして、最も最適化されたらそれを術として発動する。みたいな」
「へえ」
こちらとしては聞いて損になる話ではない。これからも沖恵千里みたいな術師が出てこないとも限らないんだし、そのベースにしているものが分かれば小守からヒントを聞けるし。
「でも、俺が術を使ったりなんてはたぶんムリでしょうけどねぇ」
なんて思うわけで。
「まあ、練習すればできないこともないんだと思うけどね。何年かかるかもわからないけどね」
年単位で練習ですか。それは非常に面倒だ。
ん、そういえばこの間蓮浄兄妹が術の訓練をしているとか言ってなかったか? 和紀も年単位の訓練をするのだろうか。
「わたしが疑問なのは『雷切』はあくまで雷を斬る刀だ。雷獣が切れたのが疑問なのだが」
小守が砂糖さんに聞く。
「それこそ解釈の問題だよ、それに妖怪は小守ちゃんの分野でしょ? 解釈に足る材料はあるでしょ?」
そう砂糖さんは笑いかける。
「――雷獣を本質の雷として見たのか」
「おう小守、説明しろよ」
小守は俺を睨みあげて面倒くさそうに舌打ちをする。
「雷獣の姿とは諸説色々あるんだが、もともと雷が落ちるあの現象から想像されている。つまり雷獣イコール雷そのものと考えてもあながち間違いではないということだ」
「なるほど、そう考えると雷そのものなら『雷切』で斬れるということだな」
「ああ、そういうことだ」
なんとか俺の頭でも理解が及んだ。
「だが、砂糖なら『雷切』なんぞ使わなくてもゴリ押せるだろうに」
「相性の問題だよ。炎タイプに水技撃っても草技撃ってもどっちみち倒せるっていうなら水技撃つのが人間ってものでしょ」
「普通は草技撃っても倒せないんだがな」
砂糖さんと小守はゲームに例えて会話をしている、元のゲームは分からないが二人の言わんとしていることは何となくわかる。
砂糖さんなら不利相性でも関係なく敵を倒せるってそういう話だそうだ。
今回の一件で分かったというか、再確認できたのは、やっぱり砂糖さんは強いっていうことだ。
その後、アパートに帰って共同風呂に小守をぶち込んで砂糖さんもついでに入ってもらう。アイツこの間浴槽で溺れかけたんだよ、怖いから一人にさせたくない。その後俺は一度部屋に戻る。自分と小守の分の着替えを持って再び共同風呂に戻ると、大家の芽衣子さんが待ち構えていた。
「あ、芽衣子さん」
「はーい、お帰りなさい。ところで、大助くんこんな遅くまで小守ちゃんを連れだしてどうしたのかしらー」
芽衣子さんは顔は笑っているけど、目は笑ってなかった。
(あ、これ起こってるパターンだ)
その後、芽衣子さんのお説教をくらった。風呂上がりの小守と砂糖さんも一緒にお説教をくらってしまった。解せぬ。
戦場大助の日常 九重九十九 @kokonoetudura
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