第16話 鬼切


 今日も今日とて学校は終わり、俺はいつも通りバイト先へと向かった。

 さて、ここでバイト先についての説明をしないといけない。俺が働く『ツバサ』は、どこからどう見ても喫茶店にしか見えないが、何でも屋というちょっと珍しい仕事をしている。

 頼まれれば犬の散歩から要人の護衛、世界を相手に戦うことだってする。頼まれて店主の柳さんがそれを承諾すれば、本当に何でもやる。

 かくいう俺も、ここで小守の件でお世話になったし、そういうオカルト的なことも受け付けている。

 さて、どう見ても喫茶店にしか見えない店に入ると、「いらっしゃい」と声をかけられた。

「――と、なんだ、大助か。お前今日だったか?」

「アナタが今日こいって言ったんですよ、自分の言葉に責任を持ってください」

 柳さん――本名、柳 舞、何でも屋『ツバサ』の店主にしてとてつもなく顔が広い。その手の業界ではかなり有名らしい。短く切りそろえた髪と、すらりと長い脚、抜群のプロポーションで、男性客の心を鷲掴みなんてことも少なくない。

 ああ、そういえば小守の件で協力してもらった司馬華純さんたちや、砂糖さんなんかも元はここで働いていたみたいだ、そう考えると、ここで働いていた人は後々大物になるってことか、そう考えると俺は平凡な日常に身をやつしたいので有名になるのは困るな。

「それで、今日は何をやればいいですか?」

「んー、そうだなー。最近は妖怪の目撃情報もめっきりなくなってきてるし、あってもハズレばかりだし」

 この街は、現在、小守の影響で妖怪が出現しやすくなっている。そうなってしまった一端は俺にあるので、涼子や砂糖さんに力を借りながらも、危険な妖怪を退治している。基本的には妖怪は俺や、その周囲にいる人たちの近くに現れるようになっているが、たまに一般の人が妖怪に遭うこともある。柳さんにはそういった一般の人から、妖怪が現れたという報告を依頼の形で受けてもらっている。

 のだが、最近はめっきり妖怪の報告が少なくなっているという。

「やっぱり柳さんの所もそうなんですか?」

「というと?」

「俺も、ここ最近まったく妖怪を見ないんです」

「ふぅん、まあ、いくら『影の会』が抑えをしてるとはいえ、こーゆう輩は一定数いるからな」

 面倒くさそうに柳さんは言い捨てる。

「さて、それじゃあせっかく来てもらったんだし、倉庫の整理でもしてもらおうか」

「はい」

「いや、待て」

 柳さん発言を撤回する。

「どうやら出たみたいだ」

「でた?」

「決まってるだろ、妖怪だよ」

「え、でもどうしてそんなことがわかるんです?」

 俺の質問に、柳さんは右手を見せてくる。特に変わったところはない普通の右手だ。よく見てみると人差し指に指輪をしているくらいか。

「この指輪、ざっくり説明すると、妖怪アンテナだ。半径五キロに妖力の反応があると分かるようになっている」

「そんな便利な物があったんですね」

「知り合いからもらったものだ。そんなことはさておいてだ、最近これ誤作動多くてな、多分今回も誤作動だと思うが、お前に見てきてもらおうか」

 柳さんは指輪を外して俺に放り投げる。

「おっと」

「つける指はどこでもいい。小指くらいは嵌るだろう。」

「これ、副作用とかありませんよね?」

「――――ない」

「なんでちょっと無言だったんですか!?」

「いいから行ってこい」

 半ば、押し出されるように『ツバサ』から追い出された。しょうがない、行くだけ行ってみるか。



 指輪の影響だろうけど、ざっくりと妖怪がどの辺にいるのかがわかる。そして、この感覚は、上空にいる感じだ、飛行能力のある奴なら俺にはどうにもできない、文字通り手も足も出せないってことだ。

 だとしても、一度ソイツを見てみて、特徴なり行動なりを小守に報告すれば、対処法もでてくる。

 ……問答無用で強い系だとしたら、もう俺では対処できないのでそうなったら砂糖さんに任せるしかないんだが、まあ、その辺はそうなった時に考えよう。

 なんて、毒にも薬にもならない考えをしながら反応のある方向へと歩を進める。走って行こうとも思ったが、『いる』と分かっているのに、出遭う前に体力を減らしたくない。それに、見失うということはなさそうなのでそうしている。なんというか、非常にゆっくりと空中移動しているみたいだ。




(この街はいまとても不安定だ)

 私は今、この街の現状を再確認する。

 そもそも、怪異とは人から恐れられてしかるべきなのだ。それこそ昔は、外は街灯もなく一寸先は闇ばかり、妖怪怪異と人は隣り合わせにいた。しかしそれはもう昔の話だ。今では外は外灯にあふれ、人々は怪異への恐怖を失い、一部の信仰深い人以外は形骸化している神事行事の意味さえわからない。今はそんな時代になった。

 だからなのか、それとも『そう』なったから『こう』なったのか、怪異が集まり過ぎる街は崩壊する。限界までせき止められたダムが決壊をおこすように、ある一定の怪異が起きたら街は『幻想化』という崩壊を起こす。それは『影の会』に少しでも関わりがある人なら知っていて当然の知識だ。

(なのに……)

 私は自分自身の感情に憤りが浮かび上がってくるのを感じる。

 あの男は、小守を生かせた。

 危険だから、危ないからと殺すのは分かる。可哀想だと声を上げるのも百歩譲って認めよう。だが、

(あの男は、戦場大助は事もあろうに全世界の知恵者、権力者、実力者にむかって小守の生存権を訴えやがった。私は、正直バカかと思った。あんなことをしておいて、『影の会』が、そして世界が許す訳がないと。いくら『架空兵器』の砂糖斗塩が関わっていたって三日とかからず終わると、そう思っていたのに)

 戦場大助は着々と周囲を説き伏せ、協力者を増やし、『影の会』を黙らせ、世界に、小守の生存権を認めさせたのだ。その時の私は、驚きと呆れと、訳の分からないイライラとした怒りの感情、どうしてという混乱が頭を占めた。

 あれは――怪異とは認めてはならないモノ、恐怖心と絶対的な拒絶を持ってあたらないといけないモノ、ましてや『周囲に妖怪を呼び寄せる』だなんて『幻想化』を招くようなモノを世界に認めさせるなんて、絶対にあってはならない。

(誰かがやらないといけない)

 世界が認めてしまい、それを行うと責められるとしても。

(この世から消し去らないといけない)

 たとえそれがどんなに困難なことでも。

(私が、沖恵千里が諸悪の根源戦場大助と小守を打ち取る!)




「あー、この辺りは確か、智香の敷地だったよな」

 妖力の気配を追ってだいぶ歩いた。ここら辺は前に来たことのある山道だ。

 智香の敷地、というか、鳳凰堂家の敷地と言った方が正しいか。

 確か、この無駄に長い山道で狸に化かされ続けたんだっけ? 砂かけられたのを思い出したら、また腹が立ってきた。平八郎今度遭ったらサンドバックにしてやろうか。

 指輪から感じる気配も大分近くなってきているが、それらしい姿は全く見えない。もしかしたら姿の見えない妖怪なのかもしれない。

「あれ」

 山道を登って行って、このまま十分ほと歩いていれば智香んちだなー、なんて考えていた時だった。

 向かい側に見慣れない人がいるのを発見する。

(智香んところ、新しい人でも雇ったんだろうか? 確かにあのキチメイド、春夜さんが変わってくれるなら俺としては断然そっちの方がいいが、しかし、ちょっと若すぎないか?)

 二十歳になっていない学生風情の俺が言うのもおかしな話だが、向かい側の人は俺らと同じかそれくらいだと思う。というのも、それは白い制服を着ている所から、学生だろうと俺が勝手に思っただけなのだが。

 もしこれが、コスプレ好きのお姉さんとかだったらまた話がややこしくなるところだが。そんなことはなさそうだ。

 向こうも俺に気が付き、近付いてくる。互いに近付きあうので、すぐに会話可能な距離まできた。

「初めまして、戦場大助さん、ですね? 私は沖恵千里と言います。高校一年で同じ学年です」

 とまあこんな感じで自己紹介してきてくれたので彼女――沖恵千里さんは俺と同学年だと分かった。手には通学カバンとなんていうんだあれ、剣道部が竹刀を入れる袋のやつ、アレを持っている。もしかして剣道部なのだろうか。

「確かに俺は戦場大助だけど、俺は君とは初対面のはずだが?」

「ええ、そうですね。私もこうして戦場さんと会ったのは初めてです」

「だよな? なら、どうして君は俺のことを知っているんだという話になってくるんだけど」

「戦場さんは、自分で思っている以上に自分が有名だと思ってた方がいいですよ」

「マジでか」

 ということはあれか、俺の悪行(つーかほとんど濡れ衣だったり、嘘話だったりするんだけど)が他校にまで知られているってことか。ああ、最悪だ、むしろ災厄だ。

 はあ、とうなだれると、沖恵千里さんは少しだけ不審そうな目で俺をみる。

「……あの、何か勘違いをしているみたいですけど、私が有名と言っているのは。こっちの業界のことですよ」

 と、沖恵千里さんが言うのと俺の第六感的な部分が危険を感じたのがほぼ同じタイミング。いや、先に俺の方が反応できていた。普段から小守や涼子と不本意にじゃれあっているので身についた危険感知スキルってところか。

 とにかく、身の危険を感じて後方へ飛び退いたのと、中身が入った竹刀袋で俺を打とうとしたのが同時だったのだけは確かなことだ。

 だけど、ただ竹刀で打つだけならそこまで過剰反応する必要もないんじゃないか。ほとんど反射的に飛び退いたのだから仕方がないのだけど、だが、次の沖恵千里さんの行動で、自分の行動が間違いではなかったのだと知ることになる。

 沖恵千里さんは竹刀袋から武器を取り出す。竹刀かと思ったが、その中に入っていたのは刀だった。

(竹刀じゃなく、もしやマジモン!?)

 世の中の警察は何をしているのか。別に勝てなくはないと思う、今の俺なら避けることはできなくはないし、逆に倒してしまうことも難しくはないだろう。

 沖恵千里さんは刀を目の前に持っていき、

「其の刀身に名を映す、映された名の通りを示せ――その名は『鬼切』!」

「ッ!?」

 何をしたのかは分からないが、こんな意味深な物言いをする業界はもう一つしかない。

「お前、術者か!」

「その通り!」

 沖恵千里さんは刀を抜刀してこちらに駆け出す。

「クソッ!」

 勝てるとか一瞬でも思ったのは間違いだった。術者とか相手にするもんじゃない! あの呪文の効果は何だ? 鬼切とか言ってたがそれはどういう意味だ!? 考えることが多すぎる、最悪だ、むしろ災厄だ。

 とりあえず向かってくるので全力で逃げ出す。

 走る速さはさすがに俺の方が早いだろう、相手が術者であれ男女の体の強さがある限り追いつかれることはないはず。まあ、沖恵千里さんが身体能力を上げる系の術が使えるとしたら詰みだが。今の所そんな様子はないっぽい。

 このまま一度、安全な場所にまで逃げてやる。

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