第17話 髭切

『ふむ。「鬼切」か』

「ああ、確かそういう名前だったはずだ」

 とりあえず、沖恵千里を振り切って逃げ切った。その後で小守に電話をかけているところだ。まあ、いつものパターンだ。いつもと違うのは、聞くのが妖怪ではなく、人間の術者ということか。

『最初に断っておくが、わたしは妖怪の専門なのでお前に満足のいくようなヒントを出せないかもしれん。そのことを理解してくれ』

 小守は最初にそう断りを入れる。

『わたしの記憶では、恐らくそれは「髭切」ではないかと思う』

「髭切?」

『ああ、罪人の首を切ったら髭まで切れたから髭切と名付けられた』

「だか、沖恵千里は鬼切と言っていたぞ」

『まあ聞けよボンクラ、髭切はな、名付けられてから何度か改名をしている。その改名された名前の中に鬼切という名前があったはずだ。一応、改名とその理由も話しておくか』

「頼む」

 あとボンクラって言ったの覚えとけよ。

『いま言ったように、罪人の首を落としたときに顎髭まで切れたという逸話で髭切、その後、鬼の腕を切り鬼切、獅子の様な声で吠えるので獅子ノ子、別の刀を切り友切、この名前のせいで刀の力を失ったとして再び髭切へと改名された。まあ諸説いろいろあるから私の説明が正しいとは言えん』

「吠えるってなんだよ。あと別の刀を切りってのも――」

『五月蠅い! ざっくりとした説明なのだから気にするな。どうしても気になるのなら自分で調べろよ』

「ああ、悪い悪い、つい疑問に思っちまったからさ」

『チッ、続けるぞ。でだ、今言ったように鬼切は鬼の腕を切った時の名前だ。お前の話ではわざわざ鬼切と言っていたらしいからな、確か、術者は逸話や伝説なんかを利用した術を使用するんだったな。ならこの場合、鬼を切ったという逸話、つまり対魔刀としての属性を得るものがソイツの術ではないだろうか?』

「それって魔の物、つまり対妖怪用の術式ってことか?」

『恐らくな』

「それは違うんじゃないか? だって、ただの人間の俺に対してその術式を使っても意味がないだろう?」

『確かに、でもそれはお前のことをただの人間だと知っている奴の考え方だろう、今のお前の名前は「小守の存在を認めさせるほどの実力者」として広まっているはずだ、ただの人間がそんなことができるとは思えないから戦場大助は砂糖のような特異能力術者か、水穂のような高等術者か、米倉魅魍のような妖怪か、涼子や白蓮のように神にでも愛されているかのような聖人か、まあ考えられるのはこのくらいだろう。いずれの場合もよくわからない恐ろしいものとして解釈が可能だ。日本はよくわからない恐ろしいものを鬼とみなして恐れるという文化があるのは知っているな? 豆まきなんかがそれだとよくわかるだろ。邪気払いが目的なのにわざわざ「鬼は外」と鬼と指定している所からも悪いものは鬼と考えられることも分かると思う。つまりお前は「よくわからないモノ」、「鬼」の解釈が当てはめられると考えられているのだろうな』

「ただの人間だぞ俺は」

『世間はそうは見ない、ということだろう。わたしから教えられるのはこの程度だな』

「そうか。助かった、術式が俺には意味のないものだと分かっただけでも十分だ」

『あくまでもわたしの予想であって、これが当たっているという保証はないぞ。それと、術者が他の術式を覚えている可能性もあることに留意しろよ』

「ああ、助かったよ」

 通話を切る。

「さて、と」

 逃げ回るのはこれくらいにしようか。




 私としたことが見失った。見失ってしまった!

 誤算だった、私は自分で言うのもなんだけど、体を鍛えている方だと思う。だから体格差なんかはあっても基本的に総合身体能力は私の方が高いと思っていた。だけど、逃げられてしまった。

 元々戦場大助ではなく柳舞の方を呼び出す算段だったが、戦場大助が出てきてこれ幸いと仕掛けたらこのざまだ。計画通りに柳舞じゃなかったら撤退すべきだった。

 これで、私の存在が敵側にばれてしまった。どうしよう、どうしよう、どうしよう。

「いや、これは好機。戦場大助という一番の不確定要素がない内にこのまま鳳凰堂家を押さえるか?」

 がさがさと、茂みが揺れる。

「スキ有ったりィ!」

「ッ!?」

 戦場大助だった。

 油断していた訳ではないが完全に不意を突かれた。

 慌てて刀を構えようとするが、その前に拳を一発胸に食らう。

「ぐぅ」

 反撃しようと刀を振るうが、しゃがんで避けられる。そのまま戦場大助は足払いをしてきた。

「あ、うわ!?」

「ほいその刀はボッシュート!」

 転んだ私の右手を蹴り上げ、持っていた刀を蹴り飛ばされる。

「舐めるなァ!」

「あぶねっ!」

 転がった体勢のまま蹴りをかますが、戦場大助は後ろに下がってこれを回避。この間に私は立ち上がる。

「はいドーン!」

「んな!?」

 立ち上がったところでドロップキックが飛んできた。咄嗟に腕をクロスさせてガードを行うが、私は再び倒れる。

(だけど戦場大助も条件は同じ!)

 そう思っていたのは私だけだったようだ。

 戦場大助はそのまま柔道の寝技っぽいものをかけてきた。

「いたたたたた!?」

「さて、お前が降参すると誓うならこの技を解いてやろう。あくまでも抵抗するというのなら、しょうがないので肩の関節でも外してからこの技を解こう」

「だ、誰がお前なんかの言うことを――」

「んん? 聞こえない」

「いだだだだだだ!!」

「で、なんだって?」

「――このド外道が!」

「譲歩してやってるんだよ、お前が降参しておとなしく質問に答えてくれれば危害を加えないって言ってるんだ」

「断る!」

「あっそ」

 ああ、言ってしまった。じきに来るであろう肩の痛みに心構える、が。私の予想に反して戦場大助は技を解いた。

「お、おい、なんだこれは」

「あ? 元々関節外すつもりなんてねーよ」

 戦場大助は面倒そうに言う。

「お前……」

 戦場大助とは、血も涙もない最低な下種野郎だと思っていた。だけど、その認識は間違っていたのかもしれない。



 さて、どうしたものか。

 沖恵千里は思ったよりも意志が固いというか、頑固というか、面倒くさい相手だ。

 戦闘技術はまあある方だとは思うが、奇襲程度で倒せるレベルではある。問題はそこじゃなくて、なんで俺を襲ったのか、そこに尽きる。

「おい沖恵千里」

「……なんでしょう」

「もしかしてだが、ここ最近妖怪を倒しまくっていたのはお前か?」

「そうだ。この街を『幻想化』させる訳にはいかないからな」

「そうか」

 つまり、最近まったく妖怪に遭わない原因はコイツが退治しているからか。まあ、対魔刀(いま気が付いたが退魔刀でもあるのか)の術式持ってるから問題なく倒せるのか。

 さてこいつ、どーするかなー!

 目的が『幻想化』を未然に防ぐっていう正義感溢れる大義名分があって、俺らがその邪魔になるっていうのは分かる。だけど、こういう系の奴は『影の会』が何とかしてくれる手筈になってるはずだ。それを無視してこうして俺に斬りかかってくるとはどうなっているんだ?

 帰りうちにしたけどさ。

 やりずらいなー、コイツ、マジどうしようか。

 仮に、コイツが小守をなんか悪いことに使ったり、街の征服のために俺らが邪魔とかで襲ってきたのなら問答無用で潰しにいけるんだが、多分コイツいい奴だよなぁ。

「あの」

「あ?」

 沖恵千里が遠慮がちに話しかける。

「アナタは、戦場大助ですよね?」

「そうだけど?」

 俺が戦場大助だからこそ、コイツは俺に牙をむいてきたんだろ?

「いえ、噂に聞く戦場大助と実際のアナタとは何か、齟齬があるように思えて」

「ちなみに聞くが、そっちの業界では俺はどういう風に伝わってるんだ?」

「控えめに言って、暴君ですね」

「暴君ですか」

「ええ、小守を私的に使い、あの砂糖斗塩と手を組んで『影の会』を脅しかかる。過去、類を見ない極悪非道な所業だと聞いています」

 砂糖さんと一緒に『影の会』を脅したのは事実だけどな。

「でもアナタは、噂に聞くような極悪非道でもないのかと思いました」

「まあ、噂なんて尾ひれ背びれいろいろつくからな」

「そうですね。私は一度、考えを改めなおす必要があるようです」

 沖恵千里は自然と立ち上がる。

「その、突然襲い掛かってしまい、すいませんでした」

「ああ、いいよ、別に。小守を守ってるのは事実だし、いつかはこういうことがあるとは思っていたから」

「うう、すいません」

「いいよ、これが初めてじゃないから」

 と、慣れているという雰囲気を出して、先ほど俺が蹴とばした刀を拾って、手渡す。

「はいこれ、じゃあ、俺は帰るから」

「あ、はい、すいませんでした」

 こうして、沖恵千里を奇襲で倒して、俺は一時『ツバサ』へと戻るのだった。

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