第9話 蚊帳吊り狸
さて、これはどういうことだ?
地面を見ると、確かに智香んちの屋敷の床だ。が、しかし、前後左右四方向にはくすんだ緑色の布切れが吊ってある。
「なんだこりゃ」
もう一度言おう。
「なんだこりゃ」
数分前に遡る。
小守が言うところの、砂かけ婆の攻撃――という割には地味なものだったが――を受けてすぐのこと。
「あーあ、お前髪の毛の中に砂が入り込んで面倒なことになってるぞ」
「この時ばかりは実体のない妖怪に羨ましさを感じる」
「智香っちのことろで風呂貸してもらえば?」
「わたしは風呂は嫌いなんだ」
俺、小守、涼子の三人は智香の屋敷を目指していた。すでに道はコンクリートから土道に変わっており、左右に見える景色も山の中のように木々に囲まれている。そしてようやく遠くの方に屋敷が見えてきた。正直に言うと前回もここに来たときにも思ったのだが歩いて行くのはとても面倒だ。出来うるなら誰かに車で送ってもらうか、自転車を買わない限りここには来ないことにするかのどちらかを選びたい。
「お、ほら小守っち、あれが智香っちの住んでる屋敷だ」
「ふん、人間の分際で偉そうな所に住んでいるでなないか」
「居候の分際で俺の部屋で偉そうにしている奴はさすが言うことが違うな」
皮肉を飛ばしてみる。
「当たり前だ――あだだだだ!?」
偉そうにされたので小守のこめかみを両サイドからぐりぐりとしてやった。
「あにすんだ!」
「いや、つい偉そうにしてるから」
「鬼か!」
「いや、人間だが」
「ニシシ。小守っちよ、大ちゃんはな、学校では『暴君』なんてあだ名で呼ばれてるんだぜ」
「ああ、この男の特徴をとらえた素晴らしいセンスのあだ名だと思うぞ」
小守が若干の泣き目になりながら煽ってくる。そんなに痛くした覚えはないぞ。
「ほらほら、じゃれあいなさんな二人とも、ほら、智香っちの家はもうすぐだぜ」
いつの間にか、屋敷入口の巨大な扉の前に来ていた。この扉、縦に四メートルもあるらしい、これだけ大きければ高級車二台が並んで通れそうだ。そして扉の左右にはどこまでも続く壁、上の方に有刺鉄線が張ってあるが、前回ここに来たときはこの有刺鉄線を乗り越えてきたんだっけか?
「大ちゃん、覚えてるか? 前回はちゃんとしたところから入ったことがないから、正式にお邪魔しますするのは初めてだな!」
どこか嬉しそうに涼子は言う。
コイツも割と周りから浮いた存在だからな、こういう『普通』なことに憧れだとかそういうのを感じているのかもしれない。ま、コイツに関しては長年一緒にいるが何を考えているのかまったくわからないからいま俺が思ったことなんて的外れもいいところなのかもしれないがな。
「ああ、そうだな」
「ええーと、呼び鈴は……ああ、あった」
呼び鈴は扉の横側の壁にあった。涼子はそれをぽちっと押す。ピンポーンと音が鳴って、二十秒ほどしてから扉がゆっくりと開く。重量感あるのかゴゴゴと低い音がするのには驚いた。
「お、あいたな」
扉があいたので敷地内に入る。俺ら三人が入ったところで扉はしまった。どこかにカメラが付いていてそれで確認しているのであろう。
「おお、でっか……」
小守の口から思わずといった感じでこぼれたその言葉があらわすように、智香の家は大きかった。
「ほら、行くぞ」
「お、おう」
止まっている小守に一声かけてから歩く。
「確か、さっきの仕切りの扉があいたら、こっちの方の鍵も開くんだったよな」
前に智香から教えてもらったことを思い出しながら、屋敷のドアノブに手をかける。扉は何の抵抗もなくガチャリと開いた。
(ん、前来た時ってこんなのあったか?)
扉を開くと、のれんのようなものがかけてあった。まあ、だからなんだという話ではあるのだが。のれんのことは気にせずに俺は屋敷に一歩、足を踏み入れる。
「待て、愚か者!」
後ろで小守の声が聞こえたが、振り返ったときにはもうそこには屋敷の外はなく、四方をのれん――いや、もうこれは明らかにのれんではないなにかの布に囲まれてしまった。
そんなはずはない。そう思って布をくぐって外方面に出る。
「そんな馬鹿な」
位置的に外に出ないとおかしいはずなのだが、そこにはやはり四方向を布で囲まれた部屋になっていた。
そんなこんなで冒頭へ戻る。
「しかし、どうしたものか」
現状、俺はこの不思議空間にとらわれてしまった。こんなことになってしまうのは十中八九怪異絡みであろう、こういう時にどうすればいいのか知っているであろう小守はいないし。
「つーかあのガキ、必要な時にいないな。使えん」
しかし、いない奴のことをどうこういっても仕方がない。仕方がないので勝手に動くことにする。とりあえず、適当にまっすぐ突き進むことにする。布をめくっても同じような部屋に心の中で(知ってた)と言って更に先に進む。
「しかし、今日はやけに怪異に遭うな」
タテクリカエシと砂かけ婆、それと今のこれ。いつもなら二日に一回くらいのペースなのに、今日はもう三回も出遭っている。運が悪いだけなのかそれとも別の要因があるのか。
そんなことを思いながらひたすら布を潜り歩を進める。九枚目の布を潜り抜けた小部屋で見知った人物を発見した。
「お、智香じゃん」
四方を布で囲まれた小部屋にいたのは、クラスメイトであり、この屋敷に住んでいる鳳凰堂智香であった。智香は小部屋の中心くらいでうずくまっていた。
栗色のウェーブがかった髪は腰まであり、派手さはないが優しそうな顔をしているので可愛い顔の部類に入ると思う。地味に可愛いというやつだ、地味可愛い。
「え……あ、大助くん? 本物、なの?」
智香の表情は泣きが入る一歩手前という感じだった。
「おう、本物だけど? どうしたんだよそんな顔して、折角の可愛い顔が台無しだろう」
「ふぇ!? そ、そ、そんな、私なんて全然だよっ!」
顔を赤くして両手をブンブンと振って否定に入る。予想通りの反応をしてくれる、可愛い奴め。
「それにしても、智香はなんでこんなところにうずくまってるんだよ」
近付いて手を差し伸べる。
「ん、ありがとう。えっとね、なんか昨日から変なことが続いてるんだけど、このカーテンみたいなやつは本当についさっき、急に扉の前にカーテンが出てきて、それを潜ったらこの迷路みたいなのから抜け出せなくなって、それで、怖くなって……」
「なるほどな」
「ホントに、大助くんが来てくれてよかった」
ぐず、目元をこすり、智香は笑顔を向けてくれる。
「まあ、俺もどうやって抜け出すのか全く分からないんだがな」
「ええ――!!」
予想通りの反応ありがとう。
「まあ落ち着け、涼子も来ているし小守だっている。あの二人に任せておけば大概のことはどうにでもなるだろう」
「涼子ちゃんが?」
「ああ」
「なら安心だね」
「そうだな、俺らはじっとして救助を待てばいいというわけだ」
「そっかー」
まあ、こっちから行動を起こさないとダメなパターンかもしれないが、しばらく待って助けが来なければ動けばいいか。楽観的なのはいつものこと、まあ、奴らを信じることにしておく。
「待て、愚か者!」
小守っちが大ちゃんに叫ぶ、が、大ちゃんはのれんをくぐった途端に姿が消えてしまった。
「ちぃ、話を聞かない奴だ」
小守っちは悔しげに親指を噛む。
「なー小守っち」
「なんだバケモン」
「ハハ、それアタシのことか? 潰しちゃうぞ? じゃなくて、この現象はなんだ?」
「――――これは、おそらく蚊帳吊り狸だろう」
「蚊帳? あれか、昔の蚊よけだよな。説明よろ」
「その蚊帳であっている。蚊帳をめくってみるとその先に更に蚊帳が吊ってあってな、それをめくって進んでみるとまた蚊帳が吊ってある。それをめくると更に吊ってあって、とまあこんな感じで出口のない迷路みたいな空間に取り込まれる。正体は名前の通り狸の仕業だな」
「ふーん、狸ねぇ。そういえば、道中で出遭ったタテクリカエシも正体は狸だとか言ってなかったか?」
「あくまで、狸であろうって感じだ。いや、ちょっと待て、さっきの砂かけ、あれは砂かけ婆ではなく、砂かけ狸や砂ふらしだったとしたら?」
「小守っち?」
「ならば、この屋敷……おい人間、お前確かそこら辺の妖怪よりも強いんだよな」
「アタシの名前は寺門涼子、いい加減名前で呼んでくれよ」
そういえば小守っちが名前で呼んでるのを見たことがあるのって、大ちゃんと砂糖さんだけだったな。大ちゃんは一番関係が近いから当然だけど、砂糖さんはなんでだろう。
まあいいや、どうでも。
「多分この屋敷、面倒なのに憑かれてるぞ」
「オウフ、無視されちまったぜ」
「とりあえず、蚊帳吊り狸に取り込まれた大助を助けに行かなければな」
「うん? 大ちゃんもう帰ってこれないのかと思ってたけど、戻ってくるのか」
「別に命にかかわってくる怪異ではないからな。平常心で三十六枚蚊帳をくぐると抜けられる」
「なんだそりゃ、それはどういう意味でそうなるんだ?」
「これが蚊帳吊り狸の『攻略法』だ、意味など知らん。ほら、さっさと行くぞ」
「へいへい」
そんなこんなで、アタシと小守っちは屋敷へと足を踏み入れた。
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